荷造りは最小限。なんなら手ぶらでも良いくらいだが、ポータブルゲーム機は絶対に持っていきたいしスマホの充電器の類も必要だ。カバンに適当に突っ込んで顔を上げるとスーツケースを広げていた新兎はまだまだ持っていく荷物を選んでいる最中だった。
「おい、ンな大量に何持ってくつもりだ」
「え? 普通に着替えとかスキンケアとかゲームとか、あとお土産も」
「土産?」
「お世話になります、と、あとはまあ一応いつも獅子丸にお世話になってます〜的な、ね。一応。これ稽古場の差し入れでもらったことあるお菓子なんだけどめちゃくちゃ美味しいからお母様たちにオススメしたくて」
「……ふーん」
「安心して、ちゃんとポチャ丸の分もあるから、帰ったら食べな」
「チッ。誰も欲しいなんて言ってねえわ。そんなことよりさっさと終わらせろ。置いてくぞ」
「獅子丸もう終わったの? ……うそ、まさかそれだけ?」
「俺は実家帰るだけなんだから着替えもなんもいらねえし」
「う、たしかに……。……にしても身軽すぎる」
「おまえの荷物が多すぎ」
「これでも最小限に抑えてるよっ」
いーっとガキっぽい顔を見せる新兎にため息を返し、俺はソファーに移動してテレビの電源をつけた。昨日の夜やっていたゲームのトップ画面がそのまま付いて、とりあえずこれでいいかとスタートボタンを押す。
「あっ、オレもやりたい!」
「テメェのこと待ってんだよ。さっさと行かねえと昼メシ間に合わねえだろうが。早くしろ」
「えーん、獅子丸手伝って」
「誰が手伝うかバーカ」
わざとらしい鳴き真似は無視してゲームを始めれば新兎もすぐに黙って荷物をまとめ始めた。昨日の夜、緊張して落ち着かないという新兎が眠くなるまでゲームに付き合っていたから今朝は二人してアラームで飛び起きた。午前中のうちに帰って実家で昼食を食べる予定だったが、この調子じゃ着くのは昼過ぎだろう。賞味期限が切れてしまうからと朝メシはキッチンに残っていたパンやヨーグルト、牛乳などをいつもより多く食べたから空腹でイラつくことはなさそうなことだけが幸いだった。ただでさえモタモタしてる新兎にムカついているのに、これ以上ムカつく要因は増やしたくない。
「ねえ、オレ、本当に行っていいの?」
「は? なにが?」
「だってお正月って、家族とか親戚とかで集まって今年もよろしくお願いしますって挨拶する行事でしょう。オレ、邪魔じゃない?」
「別に一人増えようが減ろうが気にしねえだろ。つーか今さらそんなこと」
「今さらだけど不安になっちゃったの! 仕方ないじゃん、オレ、家族団欒のお正月とかよく分かんないし、獅子丸んちってそういうの、得意そうだし……」
「……得意かどうかは知らねーけど。ただ顔合わせるだけだろ。メシ食って小言聞いてアレコレ詮索したがるめんどくせえ質問テキトーに流して。帰ってこい帰ってこいってうるせえから長期休みは仕方なく顔見せに帰ってるだけで、正月とか関係ねえ。……そういうもんなんだよ。俺だって親の気持ちなんて知んねーけど。ババアがおまえの顔も見たいんだと」
こういう家族の集まりみたいなものに新兎は過剰に夢を抱いているようだけれど、実際はそんな大層なもんじゃない。俺は昔話に花を咲かせる趣味はねえし、恋人の有無や将来についてしつこく聞かれるのもバカらしい。どうせ俺はメシを食う時以外ずっと自分の部屋でゲームをしてるだけだから、それなら対戦相手がいた方が暇つぶしになる。
つーか、コイツが自分の家に帰っても気ぃ使ってバカみたいにヘラヘラしてそうだったから、なんとなく、つい、出来心で、年末年始の帰省におまえもついてくるかと誘ってみただけで。俺の家についてきたってコイツはやっぱりバカみたいにヘラヘラしてババアたちに気を使うんだろうけど、……俺にはそんな気色悪い気遣いはしないから、その分ちょっとだけマシかと思っただけだ。
「ありがと」
「あぁ?」
「もう言いませーん。よし、持ってくもの揃った! ……全部入るかな」
「……無理だろ」
「そこを綺麗に入れるのが地方公演で旅慣れしてる人気役者です。ふんっ」
「……どうせそんなサイズ変わんねーんだし、俺の服適当に着りゃいいのに」
「は。……え、は、いやいや、……だって、おまえの服とか絶対趣味合わないし、……、……えー……部屋着、なんか、借りれる?」
「絶対趣味合わねえけど、いいのかよ」
「……荷物の量を減らせるならやぶさかではない」
「……んじゃ、なんか適当に貸す」
「……ハイ、適当に借ります。……や、ごめん一応選ばせて欲しい。おまえの趣味全く信用してない」
「わざわざ言うなアホうさぎ。ちゃっちゃと荷物詰めろ」
「アイアイサー」
ステージをクリアして手が空いた隙にチラッと振り向き見遣った新兎はぷくっと頬を膨らませて荷物を整理し直していた。拗ねているように見えるその顔が、バカうさぎなりの照れ隠しだと、わざわざ指摘したことはないけれど知っている。
ふいっと顔をテレビに向き直して俺はカチカチと押す必要のないボタンを連打した。なんだこの、変な感じ。知らねえ感情が胸の中を渦巻いていて、それを解きほどいてみたいという考えと、このまま、知らないままでいた方がいいという考えが天秤を大きく揺らしていた。
服貸すくらいするだろ、知らねえけど、たぶん、トモダチなら。
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