とはり
2024-12-15 00:19:52
3010文字
Public ハデ少
 

冥府の雪

【ハデ少】※メリバ
ハーデイが少年の魂を天へと送った後の話
後追い描写あり

個人用に発行したLa Mort(ハデ少)本にもいれた話

冥界の食べ物を口にして一緒に堕ちる少年が書きたかった あと、歌う少年も

 少年の魂が天に送られて幾ばく。少年の墓を見つめて物思いに耽る『断罪の死神』に歩み寄る影がありました。
「そんなに未練があるなら連れ出せば? 腑抜けたあんた見てると調子狂うんだよね」
 『悠久の死神』はそう言って『断罪の死神』へザクロをひとつ手渡しました。
 少年を想って世界との向き合い方を思案していた『断罪の死神』は、発破をかけられたような思いになり、少年を取り返しに天界へと向かいました。天高く見上げる瞳には確かな決意が宿っていました。
 
 
 一方、少年は真っ白な天使の庭、いわゆる天界で飼い殺しにされていました。
 半分死神、半分人間という『半死神の少年』の性質が興味を引いたのか神様に愛玩人形のように扱われ、好きなときに呼び出されて気が済んだら部屋に帰される生活。ただ傍で立っている時もあれば跪くよう促されてただ髪を撫でられるだけの時もありました。
 いつだったか、地面につくほど伸びてきた少年の長く綺麗な髪に、神様が気まぐれに鋏を入れました。
 呼び出された少年は耳の傍でざくざくと鳴る刃の音に身震いしながら耐えていると、不意に「切りすぎたな」と神様が呟きました。
 顔を上げる間もなく「やり直しだ」と神様が告げればうなじにむず痒さが走って、切られたはずの髪がみるみる内にもとの長さまで戻っていました。
 もちろん、足元には切られた髪の毛が散らばったままで、何が起こったのか理解できず少年は花のように散った自らの髪をじっと見つめていました。
 結局、「興が削がれた」と神様の言葉で解放され、再度髪を切られることはありませんでしたが、理解の範疇を越えた現象におぞましさを覚えて少年は肩を震わせました。
 この世界は主である神様の思いどおりに働く世界なのです。少年は自身を神様に飼われた人形か何かなのだろうと思い知りました。
 天使なのか使用人なのか、辺りを歩く人たちの言葉も少年には分かりませんでした。唯一、神様が伝える言葉だけは頭に直接響くように理解できましたが、肝心の神様とはまともな会話はできようもありませんでした。神様は少年と会話をすることに興味はなかったからです。
 神様から告げられる言葉に少年は「はい」と答えるだけ。返事以外を要求されたことはありませんでした。
 神様が暇潰しに読んでいる背の分厚い本をめくってみたこともありましたが、模様のような文字だけが並んでいるだけで内容はさっぱり理解できず、読書すら暇潰しになってくれません。
 床まで伸びた髪とそれよりもうんと長いローブを引きずりながら歩くのも面倒になり、少年は無気力な体をベッドに沈めることが多くなりました。現世での冬の厳しい寒さに比べればここは何でもあって暖かくて不自由のない生活でしたが、少年にとっては退屈で仕方ありません。
 しかし、ここには歌がありました。時々外から聞こえてくる透き通るような歌声。文字も言葉もその意味も分からなくても、聞こえたメロディをなぞるだけで少年の心は少し慰められるようでした。
 それからどれくらい月日が流れたのでしょう。時の流れは慈悲もなく、少年がお守りのように胸中で握りしめていたハーデイとの思い出もその顔すらも、朧気にしていきました。
 永い時の中で、部屋の外から聞こえてくる歌はすっかり少年の身体に根付いていました。寂しさに耐えられず口ずさみますが、それが退屈を紛らわせてくれるのもほんの一時のことでした。
 ある日、少年が過ごす部屋の窓を真っ黒な影が覆いました。暖かく真っ白な陽射ししか射し込むことのないこの世界では珍しい景色に、窓の外を覗き込むと、少年の目の前に懐かしいシルエットが舞い降りました。
「少年、迎えに来た」
「ハーデイ……?」
 朝日のように真っ白な光を背負うハーデイは少年にとって、まさに思い描いていた神さまのようでした。
 少年は信じられない気持ちでいっぱいでした。都合のいい夢だと、幻覚なのだと、自分の目を疑いました。
 それでもかまわない、と縋るような思いで伸ばした手をハーデイは優しく掬い上げました。少年はそれだけで胸がいっぱいになって、強く手を握り返しました。
「行こう」
 この世界に似つかわしくない黒の衣と赤の瞳が誘惑するように微笑んで、少年はその誘いに迷わず頷きました。



 天界を抜け出した少年とハーデイは天に見つからないよう身を潜めながら慎ましくも幸せに暮らしていましたが、その生活も永くは続きませんでした。神様の仕向けた追手から少年を庇ってハーデイは命を落としてしまったのです。追手はハーデイを始末した後、少年には目もくれず、用は済んだと言わんばかりに足早に立ち去っていきました。まるで少年の姿など見えていないようでした。
 少年は独りぽっちになってしまいました。
 無慈悲な神様によって見逃された少年は、ハーデイの亡骸を膝の上に横たえて歌いつづけました。天界で響いていた歌を。子守唄のように柔らかく響く歌を。
 神を讃える歌を。その歌のもつ意味も知らぬまま、少年は美しい旋律を夜の静寂に響かせるのでした。

 歌い続けてついに声が枯れて出なくなってしまった少年は途方に暮れて俯きました。その目線の先には真っ赤な果実が転がっていました。
 その果実が纏う艶やかな紅はハーデイの瞳によく似ていました。どうやらハーデイの懐からこぼれ落ちたもののようです。
 少年はそれを拾い上げて一口かじりました。そのとびきりの美味しさに少年は目を見張ります。喉が渇き、空腹に喘いでいた少年にとっては当然のことでもありました。
 少年は夢中で果実を貪りました。その口の端からとろりと赤い液体が滴ります。
 その果実は冥界の食べ物でした。長年天界で過ごしていた少年の身体にそれは猛毒になり得ていました。
 果実を喰むごとに毒が少年の全身を蝕んでいきます。呼吸が苦しくなって、視界が霞み遠のく意識の中でも少年は怖くありませんでした。何故なら果実が喉を通る度にハーデイを近くに感じたからです。
 ついに果実を丸ごと食べ終わった少年は、ぐったりとハーデイの亡骸の上に重なるように横たわりました。体がずっしりと重たくなって、指先ひとつ動かせそうにありませんでした。目を瞑ると闇の中から遠い遠いハーデイとの思い出が次々と浮かび上がってきます。
 鮮やかに蘇る記憶に唇を緩めた少年はそれを最期に事切れました。寄り添うように眠る二人の身体を漆黒の夜が包んでいきます。



 少年が目を開くと、そこは真っ暗な闇の中でした。自分が目を開いているのか閉じているのかも分からないほどの暗闇。ここがどこなのか分からず、少年は探るように手を伸ばしました。虚しく空を切っていた手のひらが諦めかけたその時、それを掴み取る手がありました。
 その瞬間、目の前の闇に影の輪郭が浮かびました。その形を少年はよく知っていました。
「ハーデイ!」
「ああ……君はとうとうこんなところまで来てしまったんだね」
 ハーデイは哀傷を抱きながらも微笑みを浮かべました。少年は再会の喜びに震える心でハーデイの手を握り返し、二人は歩き出します。その足跡に雪明かりのような仄かな光が射しますが二人が振り返ることはありません。
 光の届かぬ冥府の底でも、一緒にいればそれだけで二人は幸せなのでした。

 おしまい