溶けかけ。
2024-12-14 22:45:47
1684文字
Public ほぼ日刊
 

惑溺

フリーナに愛を分からせるヌヴィレットのお話。


 初めて彼女の舞台を観たとき、私は心を奪われた。

 称賛が拍手の豪雨となって鳴り響く。歌劇場を埋める人々は皆、椅子から立ち上がり、今回の舞台の立役者を食い入るように見つめていた。どこからともなく、「流石はフリーナ様だ!」と声が上がり、名前の挙がった本人が登壇すれば、より、大きな拍手が彼女を歓迎した。
 こほん、と気取ったように咳払いをしたフリーナは、少し照れながらも人々の称賛に応えるように、監督としての挨拶をした。彼女を照らすスポットライトだけがやけに輝いて見えた。

「いつも要らないって言っているのに……懲りないね、キミは」
 花束を渡せば、はにかむように顔を埋めるフリーナ。フラワーショップに頼んで作ってもらったそれらは、彼女をイメージしたもので、青の花でも様々な種類が季節毎に入れられている。
……私が渡したいと思ったのだ。不要であれば捨てても構わない」
「わああ!? そ、そんなこと一言も言ってないだろう!? キミからの贈り物だ。捨てるなんて勿体ないことするわけないだろう!? ……その、ありがたく頂戴するよ。でも、毎回こんな立派な花束じゃなくていい。キミの懐も心配だし……何より、僕の部屋が花束だらけになってしまうんだ……花は好きさ。だけど、以前と違って管理してくれる者がいるわけではないからね。折角貰っても僕ではこの子たちを生かしておけないんだ……
 フリーナの脳裏に萎れてしまった窓辺の花々が蘇る。花瓶の水は毎日取り替えているにも関わらず、すぐに枯れてしまうのだから、切り花の管理は難しい。その手の書籍の通りにしても上手くいかず、結局、捨てる羽目になってしまったことも一度や二度ではない。
 彼女の話を聞いたヌヴィレットは顎に手を寄せると眉を僅かに寄せて、考え込む仕草をした。
「なるほど……それは確かに盲点だった。次からは量を減らすか別の物にしよう」
「まだ持ってくるつもりかい!? 本当にいらないよ! キミからの真心は十分に伝わっているからね。忙しいキミがこうして感想を話に来てくれるだけで僕には十分さ」
「む。だが……
「そもそも、なんでそんなにプレゼントにこだわるんだい?」
「それは……
 ヌヴィレットが露骨に目を逸らす。疾しいことがあると言っているも同然の仕草にフリーナがじっとりとした視線を向ける。
「それは?」
 観念したヌヴィレットは小さくため息をつくと観念したように話を始めた。
 フリーナの演技に魅入られて以来、歌劇場で演技を観るのが楽しみになったこと。
 フォンテーヌの予言が終わって以来、フリーナが演技をしなくなったこと。
 フリーナにもう一度役者として舞台に上がって欲しいこと。
「私……いや、君を慕う者たちは、私を含め、君が水神であったから愛していたわけではなく、君自身を愛しているのだと理解して欲しかった……フリーナ殿? 顔が赤いが熱でもあるのかね?」
 フリーナは耳まで赤くして俯いていた。やがてゆっくりと顔を上げると口を開く。
「キミ……いったい、どれだけ自分が恥ずかしいことを言っているか分かっているかい?」
 きょとんとした顔をして首を傾げるヌヴィレット。
 ああ、人の気も知らないで……
 永く生きてきたが、かつて、これほどまでに熱烈な賛辞を聞いたことがあっただろうか。いや、ない。
 それも相手があのヌヴィレットである。
「はあ……まあいい。それで? なんで僕への愛がプレゼントを贈る理由になるのさ?」
「ああ、それは……パイモンとナヴィアさん、それにクロリンデに聞いたのだ。君に愛を伝えるにはどうしたらいいのか、と……
「なるほどね」
(いやいやいや!? おかしいだろう!? それでプレゼント攻撃に繋がるなんて絶対何か誤解してるはずだ……! あぁ~……皆になんて伝えればいいんだ……
 頭を抱えて唸るフリーナを眺めながら、ヌヴィレットは、こっそりと口の端を持ち上げた。

 私たち……ではなく、私からの五百年分の愛を受け取ればいい。────そのための外堀は既に埋めたのだから。