米田
2024-12-14 22:38:51
2913文字
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第二回歌会黒閃、詠草への読み

2024年12月14日に開催された第二回歌会黒閃の、皆さまの詠草への私の読みです。

皆さま、素敵な歌と読みをありがとうございました!

①銀となるなまくらでさえ凸となる 研ぐ先の死を浴びた言祝ぎ(米田)

自作でした。伏黒甚爾の歌です。
渋谷事変での伏黒甚爾の、再び生を受け、狩るために生き、最後に息子の姓を知って自死するというあの一連の流れが大好きでして、どうにかあれを表現できないか……と苦心した歌ですね。
あの男の一番最後が息子を祝福する言葉であったということが、本当に胸に来てしまうんですよね。
呪いに見捨てられたのに呪いに囚われた人たちから呪われたように生きてきた男が、一緒に生きようと思って事実途中まで一緒に生きた女性からおそらく影響を受けて、最後にそのことを思い出したであろうこと、本当に、言葉にならないくらい好きで……呪いだけじゃなく、祝福も巡るんだ、ということを思わせてくれるエピソードです。
歌については、「なまくら」という語を出したことで七海読みされるかも、というのはちょっと思ったんですが、伏黒甚爾が游雲を游雲自身で削って槍みたいにして投擲するシーンも大好きでして、大好きだからな……という甘い判定でそのまま提出しました。
短歌に凹凸の凸って使っていいのかな、と思いつつ、これも削った游雲のことを槍そのものとしては表現したくなく、また他に良い言葉も思いつかなかったので凸という語を使いました。
「銀となる」の「銀」は刃物の鳴る「ギン」という音でもあり、カネになる、儲かるという意味で使った銀でもあります。賭博をしていた、かつ過去編では賭博で勝つ描写がなかった甚爾らしさがでるかなと思いました。
なので「銀となる」の「なる」は「鳴る」でも「成る」でも、両方に取ってもらってもいいなと思って漢字を開いています。そのあとの「凸となる」の「なる」は「成る」ですね。
「研ぐ」は剣を研ぐでも神経を研ぐでも、どちらに取ってもらっても大丈夫です。
間違いなく悪人ではあったけれど、最後には優しさで終わった彼の人生のことを考えて、言葉の意味を二重に取ってもらっても意味が通ることを想定して作ってみた歌でした。




②わかってた 語よりも先に頭ん中揺らしてんのが怒りなんだって(禍原さん)

具体的なシーンを言っているのだろうな、と思うのに、その具体的なシーンがどこで誰が主体か、というのが絞りきれなくて悩んだ歌です。でもすごく好きです。
悠仁の、たとえば真人などに対する怒りだとしたらかなりスッキリとわかりやすく理解できるかな、と思うのですが、他のキャラクターであっても納得できるというか、色んなキャラクターに当てはめることもできるな、と思った歌でした。
でも「頭ん中」や「揺らしてんのが」など、口調の感じが悠仁っぽいな〜というのがあり、私は悠仁から真人への怒りの歌として最終的には読みました。
悠仁と真人って、最初は純粋に真人、嫌なやつ〜〜……という気持ちでいたけど、後半になって、真人が「お前は俺だ」って言ってくるのとかもあり、純粋な気持ちでの真人、嫌なやつ〜〜……という心持ちではいられなくなるという流れがあるなと個人的には思っているので、この歌は初期の方の、幼魚と逆罰の最後の方の悠仁の気持ちなのかな……と思いました。
宿儺への初期の頃の気持ちでも当てはまりそうといえばそうで、でも宿儺に対しても渋谷事変の頃になってくると「自分が生きていたせいで死んだ人が大勢いる」という重い現実のことなどが強くのしかかって来て、その後最終回あたりはもう怒りとかそういう次元にない心持ちになっているので、その流れも真人と結構似ているな、というのは自分の中での新鮮な気付きでした。
怒りといえばわりと宿儺の方が、最後の方で悠仁に対して怒っていたな、と思い、でも宿儺はこういう怒り方はしないんだよな、と怒りの種類についても考えることができたのも個人的には良かったことかなと思います。
口調が重要になっている歌なのかな、と思いつつ、誰、と明確に言えないのがもどかしいですね……解題がすごく気になる歌です。





③バスタブの縁こぼれ落ちてく水 星の涙も塩味がするの(mofu.さん)

一読して、バスタブに入っている描写のある、星漿体としての天内理子ちゃんの歌かなと思いました。
理子ちゃんがお風呂に入っているシーンがアニメで綺麗に映像化されて、より印象に残るようになりました。
バスタブの縁からこぼれ落ちていく水を見つめて、じっと自分の境遇について考えている瞬間のことを詠んでいるのかな、と思いました。
「お湯」と言わずに「水」としたことにも意味があるのだろうなと思って、しばらくずっと長考しながらお湯に浸かっていて、お湯がだいぶ冷めてきているから水と表現したのかな、と想像しました。
「星の涙も塩味がするの」という下の句の切なさが胸に迫ってきます。
「星の涙」というのは、理子ちゃん自身が星漿体であるということからも来ている語だと思いますし、それは自分がみんなとは違う存在で、でもみんなと同じ塩味の涙を流すんだよ、と言っている、理子ちゃんの、みんなと同じではない自分の、みんなと同じでありたいと思う気持ちのことを表現していると思いました。
下の句まで読むと、「こぼれ落ちてく水」には「星の涙」も含まれているのではないかと思わされます。
バスタブの中で動けなくなって泣いている少女のことを思ってつらく切なくなるような歌で、胸が締め付けられました。



④めくらまし此処は海よと囁いてもうあなたには朝しか来ない(夜際さん)

「此処は海よ」と「もうあなたには朝しか来ない」という言葉から、禪院真依ちゃんの歌かなと思いました。
二人が最後に一緒にいた、心象風景としての海は、真希さんにとっては真依ちゃんと一緒に超えるはずだった海で、真依ちゃんにとっては真希さんを置いて旅立つための海だった。
海の向こうに行こうとする真依ちゃんを真希さんは止めようとするけどうまくいかなくて、真依ちゃんは「これが終わったら私死ぬから」と言って、剣を置いて、死んでしまう。
この一連のシーンを思い出しました。
「此処は海よと囁いて」という語の、相手に語りかける言葉の優しさ、その直前の「めくらまし」という語から来る少しのずるさ、思えば、あの心象風景は真依ちゃんが「此処は海よ」と言ったから海になったのかもしれないな、と思い、納得してしまうところがあります。
そして、下の句である「もうあなたには朝しか来ない」の、圧倒的な優しさ、祈り。
打ちのめされたような気持ちになりました。
こんな祈りがあるのか、と思いました。
今まであなたに襲いかかってきた夜はもう来ることはなく、朝だけが、優しい朝だけがあなたに訪れる。(もしかしたら、私のいない世界で。)
どんなに優しい言葉も、これには敵わないのではないかと思いました。
この歌全体に流れる幻想的な空気と、主体が思う相手への祈りに近い優しい言葉が、ままならない現実の中で主体を行動させた理由に、必ず主体の思う人があったのだということを思わせます。
とても美しい歌だと思いました。


皆さま、素敵な歌と読みをありがとうございました!