yuiazetsu
2024-12-14 03:42:14
3252文字
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ロッカーに着替えのシャツがあって良かった。

二ノ宮君と織部さんがEqweevenと出会った時妄想。

少し遅れた昼休み。疎らな雲が流れていく。
とりあえず適当な飲み物でも買おうかと、自動販売機の前に立った。
……?」
上空から、微かな人の声がした気がした。
上空から?
寝不足か何かかと思いつつ、ガコンと音を立てて現れたコーヒーを拾い上げる。
……
やはり、自分の上から声がする。
まるで上空を飛ぶ鳥がこちらに話しかけてきているかのような。
いやいやそんな訳、と開けた缶に口をつけながらぼうっと上を見る。
「二ノ宮君」
……ッ!?」
驚くほど綺麗にコーヒーを吹き出した。
気管に滑り込んだカフェインに咳き込みながら、口の端から垂れた黒いそれを何とか手の甲で拭う。
……織部さん!?」
「二ノ宮君、ちょっと、助けてもらえると有難くてね」
いたのだ。上空に。
自分の上司が。
得体の知れない人型の化け物に抱えられて。
「なんッ……誰なんですかその人?!」
「誰なんだろうねえ……
「誰なんだろうねえじゃなくて……ッ!」
缶を近くのごみ箱に叩き入れて、連れ去られていく上司を走って追いかける。
ジョギングより少し早いくらいの速度で、地上から五、六メートル上空を浮遊していく上司。
二メートル以上はあるであろうその化け物は細身の人間の様な風で、深い青色をした触手を揺らめかせながら浮遊している。
「何で真顔なんだあの人……人?」
人間に似ているが、人間とは言い難い。
そもそも成人男性を涼しい顔で抱え上げて、いやそんな事より。
「何で飛んでるんだあの人……
物理法則をいとも簡単に無視して、その人の形をした超常現象は織部を抱えて進んでいく。
この後は昼飯をどうしようかと考えていたのだが、そんな事はもうどうだっていい。
一番の問題としては。
「いやあ、飛んでるねえ」
「飛んでるねえじゃなくてですね……ッ」
当人から余りに焦りが感じられない事だ。

──────────

デスクワークの脚には走りがきつくなってきた頃。
平日の昼、誰一人いない公園に差し掛かる。
……あれ?」
滑り台のついた大きめのジャングルジム。
その頂上に、唐突にその人型の何かが降り立つ。
そこに、座らせる形で織部が降ろされた。
「はあ、はぁ……
軽く脚を縺れさせながら、二ノ宮はよろよろと立ち止まる。
「ちょっと、貴方……なに、ゲホッ……なに……してるんですか」
「ン?」
その何者かは、人に似た声を発しながら首を傾げた。
「何者、なんですか……貴方……
「霑ス縺?°縺代▲縺 髱「逋ス縺九▲縺溘↑ 縺昴?閠」
人の声に似ている。むしろ人の声そのもののようにも聞こえる。
だが、聞き覚えのない言語だ。
日本語ではない。英語でもない。他の聞いたことのある言語、いずれとも合致しない。
「蜿矩#縺 遏・繧雁粋縺?° 螟ァ莠九↑閠?°」
「え、と……?」
「騾壹§縺ェ縺?°」
青いその人型は、ジャングルジムの頂上からふわりと舞い上がって、音もなくすっと二ノ宮の前に降り立ったかと思うと、こちらの顔をぐいとのぞき込んできた。
「ひッ……
「ヤル?」
……えっ?」
「ヤ、ル?」
これは日本語か?
それとも知らない言語における知らない言葉か?
分からない。真っ赤な瞳の真っ白な瞳孔が、こちらを見ている。
「えっ……あ、え……?」
その人型が、二ノ宮の後ろに回り込んだ。
「あっ」
「ン?」
「いやン? じゃなくて」
すっと腰のあたりに手が添えられる。
ふわ、と足が浮いた。
「二ノ宮君……ッ」
「織部さッ……
思わず織部の方を見る。
……滑り台で降りるんですね」
「この方が早いかと思って」

──────────

上空をふわふわと浮遊しながら、先ほどの織部のような形で進む二ノ宮。
「ちょっと、降ろしてくださいよ」
「ン~?」
「ン~? じゃないんですよ。ちょっと、さっさと……
抵抗しようとした刹那、下から駆ける足音が聞こえた。
……!」
軽く身を乗り出して、視線を後方下に移す。
「二ノ宮君!」
「織部さん、追いかけてきてくださって……!?」
「追いかけるよ、もち、ろん……ッ」
追いかけてきている。
自分を追いかけてくれている。
織部が自分を追いかけてくれている。
……ッ」

息を呑む。
胸に図太い針が刺さったような衝撃。
ネクタイごとシャツを掴んで胸を押さえる。

何とか走る織部だが、年齢とデスクワークの染みた脚は長距離走には向かない。
……どなたか、知らないん、ですけど。あの……ちょっと、良い、ですか」
「ン?」
「少し、飛ぶのを……遅く、出来ますか」
「オソク」
明らかに、通じている。
「そ……うです。遅く……
「ン」
……!」
少し、速度が落ちた。
およそ、ジョギング程度の速度だろうか。
これなら彼が長く追いかけてくれる。
……
そこまで一気に思考が回って、また胸を押さえた。
危機的状況と言っておかしくないはずなのに、自分はこの状況を"楽しんでいる"?
……あ」
ぼたりと何かが胸にあてた手に落ちた気がして、思わず顔を触る。
……鼻血だ。
鼻をぐっと抑えながら、荒くなりそうな息を必死に静めようと努める。
「タノシ?」
……へ?」
「タノシ?」
確かに、聞き取れる言語で尋ねられている。
……ありがとう、ございます」
思わず零れた返答に、その誰かは頷いた。

──────────

十数分後。
織部が幾度かよろけて、数度転びかけた頃。
「ン~」
ふわりと、舞い上がった。
「あっ、ちょっと」
鼻歌のようなものが聞こえるので、どうやら自分を抱えるこの誰かはご機嫌の様子らしい。
ふわりと浮かんで、すとんと降ろされたのは市役所の屋上。
「髱「逋ス縺九▲縺」
真顔のまま、その誰かはまた自分の顔を覗き込んできている。
「タノシ、カッタ?」
思わず目が泳いだ。
本当は、否定しなければならない。頭では分かっているはずなのだ。
だが幾ら考えを巡らせても、途中で自分を追いかけてくる織部の姿が頭の中にちらついて止まってしまう。
……楽しかった、です」
「ン!」
顔は真顔なのだが、よく見ると頭についたアクセサリーのような部位が、にっこりと笑った目のような模様をしていた。
「イクィーヴェン」
……はい?」
目の前の青い誰かが、自身の胸辺りを右手でトントンと示しながら、はっきりとそう言う。
「イクィーヴェン」
……貴方は、イクィーヴェン……さん?」
「ン!」
満足そうにその誰か……イクィーヴェンは頷くと、右手を軽くひらひらと振るように動かして、どこかにふわりと飛んでいってしまった。
夢だったのかもしれない。そう思うほどに非現実的な何か。
不安と、それを掻き消しても余りある衝撃と高鳴り。
もう見えなくなってしまったイクィーヴェンの軌跡をぼうっと眺めたまま、二ノ宮は固まっていた。
「二ノ宮君……!」
扉が開く音。聞きなれた声。
急いで屋上へ上がってきたのだろう。肩で息をする上司がそこにいた。
「無事かい、二ノ宮く……
織部の言葉が詰まる。
どうかしましたか、と二ノ宮が口を開きかけた時。
「その血、もしかしてあの誰かに何か」
はっとした。
既に鼻血は止まっていたが、鼻から口元、シャツや手に血が付いたままだ。
「こ……れは、いえ、あの……鼻血で……
……鼻血?」
「大した事じゃないと言うか、あの……あの人、悪い人じゃない気がして」
……なる、ほど?」
「いえ、あの……何というか……
まさか、あの楽しい非日常を与えてくれたから内心感謝しているなんて言える訳がない。
……とりあえず、顔とか手とか……洗おうか」
「そう、ですね」
扉を抜け、すぐ下の階にあるお手洗いの方へ向かう。

あのイクィーヴェンと名乗る誰かが、地球から見るとイレギュラーな宇宙人である。
二人が42375µからそう教わったのは、それから数日後の事だった。