植村
2024-12-13 23:31:59
3546文字
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秘密とキラキラ

相互さんの誕生日に贈った女装司くんのお話(彰司)

ふんふふ〜ん
楽しそうな鼻歌。跳ねるように、歩を進める度揺れるスカートの裾。さらりと靡く、金糸のような髪。春先の陽射しを反射する白くきめ細やかな肌は傷などなく、形まで良い。
誰もが思わず目を見開いて二度見してしまうほどの美少女が、ご機嫌に街中の人混みを横断していく。
キラリと瞬く星のような瞳に見覚えがあり、オレはその背を追いかけた。

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(今日はとても良い買い物ができたな!)
自分でもよく分かるほどにご機嫌な足取りに、くすと笑う。
最近お気に入りのブランドの新作。いつもならば、買いに行く前には売り切れているであろうそれが今日だけは一点残っており、今しっかりとオレの両腕の中にいる。
せっかくだから、″次回″はこれを着て出よう。などと、次のことを考えながら人混みを進む。
今日はカフェに寄ったら帰ろうか。それとも、靴も見ていくか?そろそろ春物が
「司センパイっ!」
なんて、浮かれた思考が途切れた。
この一年ですっかり聞きなれた声に笑顔で対応しようとして、しかし″今の自分の姿″を思い出し、オレはそいつの名前よりも「ひゅっ」という間の抜けた音を喉から発した。ピタリ、自然と止めてしまった足が憎い。あのまま、歩き続けていればしかし、それであいつを無視する形になるのも違うだろう。それは先輩として、さすがにしてはならない態度だ。
ぐるぐると回る思考。でも、だって、を繰り返すオレの肩に、人の手が触れた。
「あの、司センパイですよね
「え、えっと
なんとか意識して少し高めの声を出せた。しかし、震えてしまっているし、ろくな言葉は出てこなかったので意味がない。振り返ってしまった視線の先で、橙色のふわりとした髪が風に靡いた。
どうしようどうしよう
焦る頭に、「あの、人違いなら」と戸惑う声がして、混乱したままオレは「いやっ!ひ、人違いじゃっ」と言いかけ、しまった!と口を噤んだ。
「え、やっぱ、司センパイなんすか?」
「う、そのそれは
見開かれる瞳。思わず、目を逸らしてエクステに指を通すが少し絡まっていたようで、引っかかってしまった。
どう説明すればいいのだろう。いや、どう説明したところで幻滅されてしまうのは目に見えている。だって、あの″かっこいいの権化″であるオレが、天馬司が″女装″をして街中を闊歩していたのだから。

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最初は興味すらなかった。女性のファッションなど。
しかし、病院のベッドの上で日々病気と奮闘する妹から「お兄ちゃん!アタシの考えたファッションで、ファッションショーしよう!」とお願いされ、断りきれずにファッションショーをしてしまったばかりに
咲希に言われた通りの格好をして、室内をモデルのように意識して歩く。それだけで妹は嬉しそうな声を上げた。
いいのか、オレもう中学生なんだが?男子なんだが?
そんな事を聞いたところで、咲希は「大丈夫!お兄ちゃんだもん!」と自信満々に答えるばかりで、諦めてくれる気配は全くなかった。
なによりも、何かあった時のために病院着から着替えるのは難しいからと、自身の考えた楽しいを具現化することすらできず落ち込む咲希の姿に、オレが断ることなどできるはずもなかったのだ。
そうして何度か行われたファッションショーの中で、咲希から繰り返し「可愛い!」と言われる度、咲希の隣のベッドを使用していたお婆さんから「素敵ねぇ」と微笑まれる度、オレの中の何かが満たされていった。何が満たされていたのかは未だに分からない。けれど、今だって「これだ!」と思える格好ができた時、同じように満たされている。
オレはこれをストレス発散のようなものとして受け入れ、しかし家族にすら知られないよう隠しながら行ってきた。今日まで。


「あ、彰人これは、あの
連れてこれられたカフェの一席。真向かいに座る後輩は、じっとこちらを見つめてくる。それに耐えきれず、「と、とりあえず、何か注文しないか?」と提案すれば、意外にもすんなりと頷いてくれた。
「じゃ、オレはカフェラテで」
「オレはそうだな、紅茶にするか
店員さんに声をかけ、それぞれ注文を口にする。定員さんはニコリと笑みを浮かべ、「カフェラテと紅茶ですね。しばらくお待ちください」と定型文を口にし、下がって行った。そしてまた、オレと彰人の間に沈黙が落ちる。
パフェとか、頼まないんすね」
「へっ?」
先に口を開いたのは、彰人の方だった。まだ席に備え付けのメニュー表とにらめっこをしていたオレは、その声に顔を上げる。
「だって、今の格好的にそーゆうの頼みそうな雰囲気あったし」
まあ、パフェは好きだがあまり食べると腹回りが苦しくなってしまうのでな」
「あー男と女じゃ骨格違いますしね。それも、そういう作りにはなってないでしょうし」
彰人の指す″それ″とは、おそらくオレの穿いているスカートのことだろう。机越しに視線を注がれ、なんとなく落ち着かない気持ちでもぞと足を動かした。
そういうことだ」
「ふーん……で、なんでそんな格好してんすか」
話題が逸れていたことに安堵していたオレは、うぐっ!と謎のダメージを食らってしまった。ちらと視線を彰人に寄越せば、目が合ってしまい慌てて逸らす。
何故、彰人にここまで連れてこられたのかがわからない。わからなくて怖い。もしかして、弱みを握られたのだろうか。いや、彰人が人の弱みを握ってどうこうする人間だとは思えない。なら、なんで
「あの、言っときますけど。この事いいふらそうとか思ってませんから。なんとなく、気になっただけなんで」
彰人の言葉に顔をあげれば、そこにいたのは誰かを嫌悪する後輩ではなく、いつも通りの彰人だった。バクバクとうるさいばかりだった鼓動が、落ち着いていく。彰人になら、言ってしまってもいいのかもしれない。
「その昔、妹の咲希にな、」
オレは自然と口を開いていた。そして、かつて行われたあのファッションショーの事を語り出す。彰人は何を言うでもなく、静かにオレの話を聞いてくれた。


というわけで、今でもたまにストレス発散のようなものでこういった格好をすることがあるんだ」
「なるほど
呟く彰人の表情からは、今の話を聞いて何を思ったのかは読み取れない。いつも通りに見える。だが、実際どう思っているかはわからない。それがやっぱり怖くて、オレは少し目を逸らす。
「ま、いいんじゃないすか」
目を逸らしたまま、オレは静かに目を見開く。
「服なんて好きに着りゃいいんすよ、そんなビクビクしなくても」
ちらと見れば、彰人は笑うでも呆れるでもなく、ただオレを見ていた。片手で数えられる程度にしか見た事のない、ステージの上にいる時のような表情。強い光を放つ瞳が真っ直ぐにオレを見つめている。視線に撃ち抜かれるというのは、こういう感覚なのだろうか。と、文学的表現について思わず考えてしまう。
そんな思考の隅っこで、彰人の言葉がぐるぐると回る。
服なんて、好きに着ればいい。
当たり前みたいな言葉なのに受け入れがたくて、けれど彰人がそう言うのだからそれでいいんだと思わされる。
「そう、か
「そうですよ。それに、」
オレの呟きを丁寧に拾って、彰人は言葉を続ける。言葉と言葉の隙間。途切れた瞬間、彰人は少し視線を逸らした。不思議に思い、じっと見つめれば、徐々にその頬が染まっていく。まるで、桜の花びらのような色に。
一度口を閉じて、下唇を緩く食むとまた開いた。
「その似合っててかわ、いいし
……へ?」
聞き間違いだろうか。そう思うけれど、何度彰人の声を脳内で再生しても「かわいい」と言っている。
だ、だからっ!もったいねぇし!たまにはいいんじゃないんすか!って!」
桜色どころか、リンゴみたいに真っ赤になった頬がよく動く。ヤケになったみたいに、衝動のままに言葉を吐き出している。
「そう、だろう
顔に熱が集中する。熱くて熱くて堪らない。けど、悪くは無い。そんな気がする。
頬を両手で包めば、頬がカイロになってしまったかのように熱かった。
咲希に「可愛い!」と言われた時よりも、咲希の隣のベッドの住人であったお婆さんに「素敵ねぇ」と言われた時よりも、お店の店員さんに「良くお似合いですよ」と言われた時よりも、新作の中からものすごく好みの服を見つけた時よりも、新しい服に袖を通す時よりも。激しく心臓が飛び跳ねている。
知らない感情だけれど、嫌じゃなくて。
「うんっそうだな!」
オレは小さく呟くと、自然と口角を上げて笑っていた。