ベリルウッドの中心部は一年を通して過ごしやすい気候だが、地域や時季によっては雪がちらつく場所もある。ミゲルの父親が領主を務めるファーミントン領もまた、今は積雪のシーズンを迎えていた。
普段は緑豊かな景色が眼下に広がるこの小高い丘も、今は白い雪化粧をまとい辺り一面が白銀の世界だ。
「……あれは、雲がちぎれたのか?」
鼻の頭を真っ赤にしたヒューゴが、曇天の空から舞い散るぼたん雪を見てぽつりと呟く。
隣でソリ遊びの準備をしていたミゲルが、つられて空を見上げる。
ミゲルにとってはすっかり見慣れた光景だったが、ベリルウッド城からあまり外に出ることのないヒューゴにとっては、これが初めて間近で見る雪だった。
ちがうよ、あれは雪だよと、初めて見る植物を前にしたヒューゴへ得意気に説明するときのように、ミゲルなりの言葉を尽くして聞かせることは簡単だった。農業や酪農が盛んなこのファーミントン領では、天候とは収穫を大きく左右する大事な要素だ。だから雪が降る原理についても、もちろんミゲルは幼いながらに理解している。
けれど、降り続ける雪に目を奪われているヒューゴへかける言葉としては、何だか違う気がした。
「……うん、そうかも」
雲がちぎれて、空から降ってくる。この白一色の世界で凛と立つヒューゴの目には、目の前の景色がそんな風に見えるらしい。
自分が生まれ育った土地の、ミゲルにとってはごくありふれた光景のはずが、途端に特別なものに見えてきた。
だからミゲルは、小さく頷くとヒューゴの横に立った。同じように空を見上げ、いつもよりずっと静かなこの丘で、しんしんと降り積もる雪を見つめる。
どのくらいそうしていただろうか。もこもこの外套と、耳当て付きの帽子にランタングローブ。二人揃って防寒ばっちりの格好とは言え、雪の中でずっと立っていればさすがに体も冷えてくる。
「ねえ、ヒュー」
「なんだ?」
「手、つないでもいい?」
「……別に、いいけど」
「えへへ、あったかいね」
ほんの少し背の高いヒューゴを見上げ、ミゲルが嬉しそうに笑う。
何がそんなに嬉しいんだか。そうは思うものの、お日様のような笑顔を浮かべるミゲルを見ていると、ぽっと胸に明かりが灯ったような心地がするから不思議だった。
「王子様で暖を取ろうとするとか、不敬なやつ」
「ええっ、ちがうよー!」
「何がちがうんだよ」
「俺とヒューは仲良しだから、ぎゅうってするんだよ?」
何となくごまかすようにわざと意地悪を言ってやれば、アーモンド型の大きな瞳を真ん丸にしながら、ミゲルがヒューゴの腕にしがみついてきた。
繋いだ手と手、触れる半身から伝わってくる温もりは、流れる血潮に乗って全身を駆け巡っていく。頭のてっぺんから足のつま先まで、まるで酸素を届けるように。ああ、だからミゲルの隣は息がしやすいのか。点と点が繋がって線を結ぶように、あらためて合点がいったヒューゴはひとつ年下の初めての友達をまじまじと見つめる。
「やっぱり、おまえって変なやつ」
「ええ〜、そうかなぁ?」
どこまでも立派で堅牢な鳥籠のようなお城の中、傅く大人たちに求められるまま神の子として正しい言動を繰り返すだけの日々を送っていた頃は知らなかった。
時間や季節の移ろいとともに色や姿形を変えるあの空や、ベリルウッドを象徴する豊かな自然。こんなにも色づいて見えるのはきっと、隣にミゲルがいるからなんだろう。
「そうだよ。おまえみたいなやつ、初めてだ」
「う〜ん……ヒューのいちばんってこと?」
「そうは言ってない」
「俺はね、ヒューがいちばん好きだよ!」
「……そんなの、口では何とでも言える」
「うん、だからね、いっぱいぎゅうぎゅうって、するんだよ!」
「ふぅん……じゃあ、好きにすれば」
「うん! わかった!」
ころころと鈴が鳴るように笑いながらまとわりついてくる温もりに、どんな風に手を伸ばせばいいのかヒューゴは知らない。けれど、その腕を振り解こうとは思わなかった。いつの日か王様になったそのときに、たとえ薄ら寒さを感じることになるとしても。
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