せつが
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12月8日伊剣ワンドロワンライお題「手袋」

ワンライ遅刻もいいところで申し訳ない。
江戸軸。襟巻きとか年寄りと病人のスタイルなんですけど、ビジュ的にどうしてもやりたくてやりました。
じれじれ仲は進んでるけど、決定的ななにかは起きてないふたり、ぐらい。
伊織の大きな手がセイバーの手をつつむと全部くるまれてしまって、まるで手袋みたいだなと思ったので。
時代考証とか色々とふんわりです。
冬のふたりとか本編では拝めないのですけど、儀を延々とやってたらこんなこともあったかもね、というところ。二次創作なんでやりました。私が書きたかったからやった、を優先しております。


「セイバー」

 伊織は抜いた刀を腰に納めて声をかけた。
 冬の晴天。雲ひとつない空は澄みわたり青色は薄く、声とともに吐かれた息は白くけぶり、吹いた北風にたちまち運ばれてゆく。襟巻きからのぞく鼻は赤く、頬は毛羽立ち冷たくこわばるようだった。
 呼ばれたひとは声に振り向き、軽快な足取りで近寄ってくる。
 盛夏ですら汗ひとつかかず涼しげで、作りものめいた整いかたをしているはずのそのひとの唇は乾き、ごわごわと硬く、皮すら剥ける有り さまだ。

 ちろり。その唇を赤い舌が舐めてゆく。



 江戸の冬は寒い。
 雪国ほどではないものの、当たり前のように浅草の冬は気温が下がる。
 年が明ければ雪も降り、木枯らしが吹いてむやみやたらと乾燥もする。
 おかげで江戸の町は冬場はとくに、火事に怯えているといっていい。一度 ひとたび火が出たら最後、風で煽られどこまでも燃え広がり、すべてが灰と瓦礫に還るのだ。
 火事は怖い。とても怖い。そして冬場はもうひとつ、たいそう怖いものがある。晦日に怖い借金取りだ。

 年の瀬も迫りつつあるいま、この年一年のツケを払わせるべく、掛け売りの取り立てが始まろうとしている。
 この江戸でツケ払いが通る たなでは年に二度、盆と暮れにたまったツケの支払いがくる。とくに大晦日となると大騒ぎだ。この日のうちに残りの掛け売りを回収しようと、借金取りが駆け回る。なにせこの日を逃してしまえばもう、次の回収は半年先、翌年の盆との習わしがあるためだ。
 払うほうは捕まらなければ踏み倒せると逃げ回るが、店としてはたまったものではない。そうはさせぬとやっきになり、賑やかな追いかけっこが始まるのだ。

 そして伊織もまた、取り立て困難となった掛け売りの回収を引き受け、いままさに話をつけたところであった。
 もっとも、流れ流れて伊織のところへ回ってくる話ではあるから、回収困難な理由に荒事ありと示唆されていたのは自然な流れといえる。
 そう、交渉の結果、刀を納めた伊織とセイバーの足元には、ふたりにされたごろつきどもが転がっているのだ。
 動いたおかげでほかりと体は温まり、ツケは全額、耳を揃えて払ってもらえることとなった。交渉の結果である。話が早くてまったくもってありがたい。

「セイバー」

 伊織は抜いた刀を腰に納めそう声をかけると、寄ってくるセイバーへと目を向けた。
 横たわり呻きを上げるごろつきどもをぴょんと乗り越え、セイバーは伊織の元へとやってくる。
 その出で立ちはいつもと変わらぬ白妙の姿だ。

 セイバーはサーヴァントである。
 息をして肉を持ち熱があったとしても、その肉体は魔力で編まれていて人の体を模したものでしかない。ゆえに外気の暑いも寒いも、魔力で編み上げられた身体にはさしたる意味を持たなかった。
 四六時中汗ひとつかかず涼しげで、作りものめいた整いかたをしているセイバーだが、目の前の姿はどうにも様子が違っていた。

「セイバーおまえ、だいぶ冷えているのではないか? 剣が鈍るとまではいかないが、いささか気になる」
「ん? 云うほどでもないぞ? 確かに寒くはあるが剣は鈍らぬ。そこに支障が出るようならさすがに道楽はせぬ」

 咎められたと取ったのか、セイバーは唇を尖らせそう返した。

 先の夏、江戸の季節を楽しみたいと、わざと暑さを感じるよう体を変えては、暑い暑いとぼやいていたのは彼だった。
 そうして次は冬を楽しむのだと、寒さを感じるよう調整をしているらしい。
 そんなこともできるのかと驚くばかりだが、伊織としては、なにゆえかような不便を買って出るのかいまひとつ理解できないでいる。
 暑いも寒いもないほうが、思う存分剣を振るえるというものだ。

「わかっている。では云い直そう。見ているこちらが我慢ならん。見た目が寒い。なんとかしよう」
 
 云うと伊織は、まじまじとセイバーの姿を確かめる。
 本人は冬を楽しむとまんざらでもない様子だが、耳横の髪が風に攫われ、寒さで赤く色づいた耳朶が見える。
 頬は鬼灯のように染まり、かさつき、舌は甘味を舐めるよう、ぺろりと唇を撫でている。乾いた唇を湿らせているのだ。
 だが乾いた気はたちまちのうちに水気を奪い、よけいに乾きを増してゆく。乾いたところで皮が剥ける。見るだに痛々しい さまだった。
 
「エドの冬を満喫しておるのだ。このくらいの不便は楽しみの範疇だぞ。イオリとそう変わらんと思うがなぁ」
 
 たしかに伊織とてあちらこちらがかさついて、さして変わらぬ有り様だ。
 しかしながらいかんせんこの寒空。いくら銭なしとはいえ冬場はそれなりに着込む。
 多少動きは悪くはなるが体を壊しては元も子もない。見てくれなぞ捨て、病人よろしく襟巻きまで巻いているのだ。
 対してセイバーは春夏秋と同じ姿である。とてもではないが冬の姿ではない。寒さで病になどは罹らぬし、本人曰く楽しんでいるとこのとだが、見ているこちらが寒々しくてたまらんのである。
 
「おまえの云いぶんはよくわかった」
 
 云いぶんはわかる。わかるがその装いを取り繕おうと伊織が声をかけたところで
 
 くしゃん!
 
 という音がした。
 続いてもひとつくしゃん! が出た。
 これはいよいよいけない。
 
……江戸の冬を楽しみたいというのならセイバー、江戸の冬らしい装いをするというのはどうだ? 俺のように襟巻きをして一枚羽織れば様にもなろう。損料屋か……いや、古手屋に寄るか」
「いいのか?!」
 
 着込む必要を感じていないセイバーを見て、こう誘えば乗るとふんで言の葉を口にした。
 ところが思いのほか前のめりの反応が返ってくる。
 誘いを聞いた瞬間、セイバーの目はぴかぴかと輝き、頬には寒さのせいではない赤みがさした。元気のいい前髪がふわんと揺れて、弾む心が見えた気がした。
 
「いやに嬉しそうだな」
「実はな、興味はあったのだ。皆と同じなりをして、同じように冬を楽しめたらなと。くふふ、私の襟巻きか……楽しみだ!」
 
 そう云って夏に咲かせた花のように笑うので、伊織の顔も柔和にほぐれた。
 
 そこではたと、思い至ってしまった。
 寒々しい姿を見るに堪えないなどとはいうものの、結局のところは、痛々しそうに我慢不便を味わうばかりではなく、時候に見合った装いや過ごし方で、この当世を楽しんでほしいと思っているのではないか、と。この夏に髪を結うのを手伝ったのも、つまりはそういうことなのだろう。
 セイバーがわざわざ不便を買って出るのを、伊織はいまひとつ理解できないでいる。いるが、自分が置き去りにしてきたこと、当たり前でしかないことにセイバーとともに目を向けるうち、視界には少し、色がついたような気がした。
 そしてそれを楽しんでいるセイバーを見るのは……悪くなかったのだ。

 伊織は襟巻きを取ると、それをセイバーの首元にぐるりと巻いてやる。これだけでだいぶ温かそうに見える。

「おまえのを買うまで使うといい」
「それだとイオリが」
  
 イオリが寒くなるからと、襟巻きを解こうとするセイバーを止め続く言の葉を口にした。
 
「俺は温まっているから大丈夫だ。そうだ、セイバー手を」
「手?」
 
 そう云い、差し出されたセイバーの手を取り、もう片手にも手を伸ばす。
 けっして白魚のような指ではない。硬く、厚く、皮を変えた剣士の手だ。それでも、伊織のものよりずっと小さくしなやかなそれは案の定ひどく冷たく、その指先は赤を滲ませている。皮剥けこそないものの、乾き白ぼけかさついていた。
 その手を両の手でくるみさすってやる。口元に引き寄せ、はぁと息を吐きかけてやる。吐かれた息は色を変じて風に乗り、その白はまたたく間に消えてしまう。それでも、手をくるんで熱を移し、息を吐くのをやめなかった。
 
……こそばゆいぞ」
「だがいくらか温かくはなるだろう」
「うん……温かい。まるで手覆いのようだな。ぬくい。ふふ……ん、いいな、これは」
「そうか」
「うん、うん……それにな、襟巻きも温かい。イオリの匂いがしてな、くっついているみたいだ。わはは!」
 
 なとどかわいらしいことを云うものだから、つい、手に力が入ってしまいぎゅうと握った。
 セイバーを見る。
 目が合い、ぱちり、と、ひかりが散った気がした。
 
「あ……
 
 するとセイバーもなにかを感じたのか、身を固くして押し黙り、すでに寒さで赤く色づく耳や頬が茹だったようになった。
 腹の奥に妙な熱が生まれ、ぬくめるためにくるんだ手をさすり上げることに、別の含みを持たせたくなるものの——

「行くか」
 
 そう、欲を見ぬふりして声をかけた。
 黙ってこくりとうなずき返し目を逸らしたセイバーの、その冷えた手を引き歩き出す。
 すると当のセイバーから物言いがついた。
 
「イオリ、手を、手を離してくれ」
 
 見れば形のよい眉尻を下げ、困り果てた おもてがあった。
 セイバーは人前で触れ合いを見せることをひどく恥じらう。だから此度も戸惑い渋り、焦ったように言い募るのだ。
 いつもならこの申し出を受け入れ手を離すところだ。だが。
 
「いやセイバー、このまま行こう。おまえの体はひどく冷えている。くしゃみもしたな。このままではよろしくない」
 
 いまはそれを聞き入れるつもりは髪の毛一筋ほどもなかった。
 なにせ今日はとても寒く、セイバーの体はあちこちが冷えているので。
 
「ゆえにな、ぬくいという俺の手で温めながら帰らんといかん。これは俺の手で暖をとっているだけだから、なにも照れることはない。寒いからな、しかたがないことだ」
 
 そう云って繋いだままに、引っ張るように歩を進める。
 後ろからぐぬ、とか、ううー、などと唸り声が上がったが、聞こえていないふりをした。

 帰る足で古手屋に寄ろう。セイバーの襟巻きと羽織を一枚。かさついた手と唇には油を塗ればいいだろうか。長屋にあるのは丁字油だが問題はあるまい。あれは閨事にも……いや、いや……あとは火鉢に火を入れるか。となると炭団も入り用だ。
 それなりの出費にはなるが、このぶんだと年の瀬まで仕事には困ることはないだろう。そう伊織が算盤を はじいたところで
 
「今日だけだ! 大通りにでたら離すからな!」
 
 ふんす! と、白妙のひとが手を握り返してきた。その手はすでに温かく、もう、伊織の手でくるむ必要もない。
 けれどてのひらのぬくみを知ってしまったいま、どちらからも手を離すことはなかった。
 
 白い日差しはあるものの、乾いて冷たい、肌刺す風が師走の空を吹き抜ける。
 年越しまであと、わずかだ。