いを
2024-12-11 18:14:04
1971文字
Public モイラと鼎と糸車
 

猫と杓子を食べました


 大人しくしていたら殴られた。命令されて薪を取りにいったら殴られた。自分の言動のなにもかもがあの人たちにとっては気に食わないらしい。ならばせめていないもののようにしていようと身動きしないものなら、それはそれで殴られる。自尊心など幼い頃からなかった。自分を尊ぶ気持ちがないものに、文学などつとまるものなのか分からない。今も、分からない。だがあの人たちは、自分をやはり、「いないもの」にしようとしていたようで、飯も水ももらえなかったから雨水や泥水を啜った。食いものはその辺りに生えていた草を食べていた。これが当たり前だと命じられていたから、それが正しいと自分でもきちんと分かっていた。
 春木了と名乗る前、――今はよく思い出せない――べつの名前があったと思うのだが――。その少年はいつも身を縮めて、学校でも影のように潜んでいた。学校に行かせてもらってた分、それで幸福だったのかもしれない。けれど棒きれのようなからだの少年は気分が沈みがちで、教室の隅の机で背中を丸めていた。鉛筆を持ち、ちり紙に文字を綴っていた。それが将来、春木了の代表作になるとはその頃は夢にも思っていなかった。

 戦争が始まり、空襲により家は崩壊した。家にいた家族はみな死に、小屋にいた少年は生き残った。慌ててやってきた親族は棒きれのような少年を不憫に思ったのかそのまま郊外に向かった。少年が初めて見たその人たちはみんな大人だったため、怖がってみせたがなかば少年を引きずるように親族たちはとある男の家へと連れて行ったのだった。
 言葉もうまく使えない少年を見て、男は「もう大丈夫だよ」と笑っていた。少年の手にはちり紙一枚が握られていた。
 男はとても優しかった。少年が眠ったころにそのちり紙を見て、文才があると確信したし、喜んだのだろう。それからたくさんの蔵書を少年に読ませた。少年も喜んでそれに応じた。言葉をうまく使えるようになり、時折男を驚かせてみせた。「お前は立派な作家になるよ」と嬉しそうに少年の頭を撫でていた。
 
 だから少年は自分は将来作家になるのだと、信じて疑わなかった。
 それこそが生きる意味で、生き残った自分の役割で――そして、価値だ、と。

 男と先生は親友のようで、時折男が先生と了の家に上がって酒を飲んでいた。そこに了もいたが何となく居心地が悪くなって、自室に籠もっていた。男が自室にやってくると、原稿を見て大した出来だと喜んだ。先生もうれしそうに微笑んでいた。了はくすぐったい気持ちになりながらも、あなたと先生のおかげです、と頭を下げた。
 その半年後、春木了の代表作「氷蓋」が発表された。だがその後はあまりもて囃されることはなかった。先生は了を励まし、お前はまだ若いから大丈夫、きちんと面倒を見るからと頭を撫でた。あの男と似たようなしぐさで。
 自分の命の使い道を見いだせた頃、先生は死んだ。自死した。
 了は悲しいというよりも、悔しいという思いになった。自分といて、つまらなかったのだろうか。自分といたことが苦しかったのだろうか。重荷だったのだろうか。首を括るくらいに――嫌だったのだろうか。だったら捨て置いてほしかった。売れない時期にこの家から放り出してくれていたらよかった。そうしたら、きっと楽だった。名前を忘れたあの頃のようにただ、生きることだけに必死になっていれば。こんないらぬ苦しみなどなかったのだろうに。

 春木了にとっての先生は、あの人だけだ。だから今も「春木先生」と呼ばれることを嫌っている。
 あの人が春木了にならないように。そして春木了が、あの人にならないように。

 書かなければならない。書かない自分などに、意味も価値もない。どれだけ一発屋と後ろ指を指されようが嘲笑われようが、書かなければならない。すり減る何かを無視して、書かなければならない。
 書くことは苦しい。だが、書いてこその春木了だとちっぽけでぎこちない自負を持っている。

 だが時折、怖くなる。
 作家をやめたとき、はたして自分は春木了でいられるのだろうか。
 書かなくてもよくなったとき、そこに自分がいていい意味、生きる価値があるのだろうか。
「息をしているだけありがたいと思いなさい」
「お前は生まれてはいけない子どもだったから」
「お前のせいで」
「お前がいるから」
「ただの家畜が」
「近寄らないで喋らないで。臭いから」
 そう言ったあの人たちは死んだが、いらない人間だった少年は大きくなり生きている。
 皮肉だと思う。
 ――そして、優しい人たちがいた。幸福なことだった。
 自尊心を持たない人間が人を好きになってもいいのか、まだ分からない。
 もし許してくれるなら、春木了は嬉しい、と感じるだろう。ただひとつ、嬉しい、と思うだろう。