イーガ団によって乱暴な散髪に遭った私の髪は、長さがまちまちになってしまっている。だらしなくて仕方がないので、思いきって短髪にすることにした。肩甲骨が隠れる程度まであった髪はうなじと同程度までに短くなり、かなり風通しが良い。生徒からは「フラれちゃったんですか!?」と的外れな驚き方をされ、同僚からは「誰かと思った」と言われる始末。イーガ団が絡んでいることは口にしなかった。
やはり私に短髪は似合わないのだろうか、とすら思えてしまう。だが長さを揃えたらおかっぱになってしまうのでそれはいただけない。消去法で選んでこれなのだから、仕方がなかろう。
「アルバート様、髪をお切りになったのですか?」
二度目の『デート』で、リンクさんは私を見るなりそう訊ねた。当然の問いかけだろう。彼女の前に立つ私はいつでも長髪だったのだから。
「えぇ。……どう、でしょう?」
思わず試すように聞いてしまう。
「素敵だと思います。けど……」
「けど?」
「私は、アルバート様の靡く髪が好きだったので……」
そう言ったリンクさんの顔は、どこか寂しそうだった。私が知らない人になってしまったような気がするのかもしれない。
「あっ、もちろん長い髪ありきでアルバート様が好きというわけじゃ無いんです! ただ、とても特徴的でしたし……その……」
リンクさんは慌てて付け加えながら、口をもごもごさせる。そんな様子が可愛らしくて堪らないが、彼女を安心させたい。
「ではまた伸ばすことにしましょう。貴女の好きな私でいたいですからね」
そう言って微笑みかけると、リンクさんは真っ赤になって俯いてしまった。見合いの時には私ばかりが照れていたから、リンクさんの照れ顔が見れるのはどうも堪らない気持ちになる。けれど少しは『恋人への振る舞い方』が上手くなったのだと思いたい。
「それで、今日はどちらへ向かいますか?」
特にデートコースも決めていなかった私はリンクさんに問いかける。前回は私の趣味に付き合わせてしまったし、大聖堂ではイーガ団に邪魔をされた。今度はリンクさんの好みに合わせたい。
「……じゃあ、城下から出てみません?」
リンクさんは俯いた顔をそっと上げ、薄氷色の瞳は溶け出すようにこちらを見つめてくる。思わぬ提案に私は返事が遅れてしまった。
「城下の外の……どちらへ?」
「メーベの町の近くです。牧場があること、ご存じですよね?」
「えぇ勿論ですよ。だいぶ昔から続くところだと伺っています」
リンクさんの表情は安心したとばかりにウキウキとし始めた。子どもっぽい笑い方が愛しく思えてならない。
「そこで乗馬が出来るんです。どうですか?」
「良いですね。では本日はそちらまで」
私の回答にリンクさんが微笑む。私が髪を切ったことをが残念がった理由が、何となくわかった気がした。
✽✽
メーベの町までは城下から発着している乗合馬車を利用して向かう。昼前なのでそこまで客が多いわけではなく、私たち以外にちらほらいる程度だ。私はリンクさんと隣り合って座り、話に花を咲かせる。
「ところで何故急に乗馬を?」
「実は今度、『空の記念日』のパレードで勇者役をすることになって……」
「なんと! それはおめでとうございます」
ハイラルには一年を通して何度か祝日がある。『空の記念日』はそのひとつで、女神様の生まれ変わりが地上に降り立った日とされている。そしてリンクさんが扮するという『勇者』は女神様の生まれ変わりである巫女を守った存在。彼を起点としてハイラルの歴史上に幾度となく『勇者』が現れ、それが王国に仕える騎士たちの源流となっている。
空の記念日で勇者役を演じるというのは、王国騎士にとって誉れのひとつ。教官として二十数年、教え子から空の勇者役に選ばれたことはなかった。我が事のように嬉しい気持ちになる。
「本当なら、空の勇者は『神の鳥』に乗っていたそうなのですけど、ハイリア人が乗れるサイズの鳥はもういないそうで……その代わりが馬なんです」
「なるほど。確かに『時の記念日』もそうですからね。それで、練習をしたいということですか?」
「はい。……なんだかすみません、私の都合にお付き合いさせてしまって」
リンクさんは微笑みながらも、少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「いえいえ。実際、私たちはお付き合いしていますから」
「アルバート様は、乗馬のご経験は?」
彼女は私が経験者だと踏んでいたのだろう。だが私は頭を横に振るしかない。
「残念ながら私は騎兵としての訓練を受けておりませんので……乗馬に関しては全くのド素人です」
私の回答にリンクさんは目を丸くする。
「意外です。何でもできると思っていました」
「私も人間ですからねぇ、できないことはありますよ。ちなみに重装兵の経験もありません。私の強みは機動力だったので」
「たしかに、鎧を着たアルバート様は想像がつきません」
クスクスと笑うリンクさんの姿に安堵した。彼女がどこまで私を万能だと思っているかは知らないが、過大評価されては困ってしまう。彼女だけには、等身大の私を知っていてほしい。それと同時に、彼女の前で格好つけたいと思ってもいる。恋い慕う相手がいるとは、幸せでありながらも難儀なものだ。
やがて御者がメーベの町への到着を告げる。私たちはそこで運賃を支払い降車した。
目的地である牧場へは、メーベの町から少しばかり南へ歩いたところにある。一説によれば、この牧場は『時の勇者』の時代から続いているらしい。ゆうに一万年を超える伝統を持っているのだから感服に値する。
週の真ん中であるためか、観光客の姿はあまり見られなかった。休みを平日に取るのは決して楽ではないが、互いにストレス無く過ごすには人出が少ない方が良い。
牧場に入ると、左には各動物の小屋が、右には牧場主の一家が住む母屋が建っている。その先には放牧するための楕円形の大きな土地が広がる。馬が駆け回ったり、牛がのんびり草を食んでいたり、コッコが空へ飛び立とうと躍起になっている。のどかで穏やかな、理想の昼下がりと言えた。
リンクさんの瞳はとにかく馬に注がれていた。あちこちを自由に闊歩する、ブチや黒一色、栗毛、様々な馬を興味深げに視線を行ったり来たりさせた。
「あっ! あの子可愛い!」
貴女の声の方が可愛いですよ、と言いたくなったが其れを抑え、リンクさんと同じ方を見る。するとそこには、白いたてがみをした栗毛の、周りの馬よりも遥かに小柄な子が牧場娘からブラッシングを受けていた。
「おや、本当ですね。まだ仔馬でしょうか?」
「可愛い……もうちょっと近くで見てみたい……」
リンクさんは感極まっているのか、声が高くなって小さくなっている。そろそろと近づいていくと、仔馬の毛並みをブラッシングしている牧場娘がこちらに気がついた。彼女はどうやら、リンクさんの同じ年頃の少女のように見える。リンクさんも彼女も、若いのによく働いているものだ。
「あら、お客さん? こんな日に珍しいわね〜」
「あの、乗馬をしたくて来たのですが」
「あっ、乗馬体験をご希望ね! オッケーわかったわ! じゃあこっちで手続きと料金のお支払いをしてもらうから、付いてきて!」
牧場娘の少女は朗らかにそう言うと、先程私たちが来た道を歩き進んでいく。そして躊躇無く母屋の扉を開き、「父さ〜ん?」と父親を呼んだ。どうやらこの牧場主は彼女の父親らしい。当の父親はというと、ソファの上でひっくり返って大いびきをかいていた。鼻提灯が膨らんだり縮んだりしているのが何とも愉快な様子だが、娘さんはがっくりと肩を落とす。
「 って、また昼寝? ちょっと、いい加減にしてよ……。あぁごめんなさい、私が代わりに手続きするから待ってて!」
娘さんはそう言うと、カウンター側に回って何やら探し始めるリンクさんはどこか気遣うような顔をして娘さんに訊ねた。
「ねぇ、この牧場って貴女とお父様の二人で切り盛りを?」
「ううん。母もいるけど、今は城下町にミルクを売り行ってていないの。あとはお手伝いの方が一人いるわよ。けど父はご覧のとおり、ほとんど戦力にならないの。……あっ、あった!」
娘さんは見つけた記入用紙をボードに挟み、鉛筆も添えてリンクさんに手渡した。
「お名前と住所、あとは幾つかの条件に同意してもらうだけかな。見本通りに書けば大丈夫よ!」
娘さんはそう言うとソファまで向かい、「父さんってば!」と父親を揺さぶり始めた。リンクさんはそれをどこか羨ましげに見つめている。
彼女は今、弟君と二人だけの身。ご両親のいないリンクさんにとって、自分と同じ年頃の子に親が健在な光景は羨望してもしきれないものがあるのだろう。私はその顔にひどく胸が締め付けられて、空いている方の手の指先に触れた。
リンクさんはピク、と肩を震わせてこちらを見る。彼女の指の間にスルリと自分の指を滑り込ませて、やんわりと握った。
彼女は、独りというわけではない。弟君もいる。仕事も上手くいっている。けれどそれだけでは、彼女の孤独感は消えない気がしてならない。
年の離れた少女と夫婦になることに、抵抗感が無いわけではなかった。私は正真正銘のおじさんで、若いお嬢さんに望まれるような年齢はとうに過ぎている。相手を幸せにできるほどの器量があるかもわからない。努力しようと思えたのは、相手がリンクさんだったからだ。気にかけていた教え子ともう一度話す機会を得られたことはまたとない幸運。
しかしそれでも尚、彼女を『妻』と呼ぶ未来に足踏みしていた。それが本当にリンクさんの幸せなのか、考えものだったからだ。
けれどリンクさんのこの顔を見て、思ってしまった。もっと彼女の近くにいたいと。そのことで、彼女の寂しさが緩むのなら。
「アルバート様?」
「……あぁ、すみません。これでは書けませんよね」
私はパッと手を離した。今ここで妙なことを言って彼女の心をかき乱すのは得策ではない。馬は人の心の機微に敏感と聞く。練習に支障をきたしては申し訳ない。
✽✽
リンクさんは牧場娘さんの手ほどきを受け、それはそれは上手に馬を乗りこなしていた。いや、馬と心を通わせることができたというのが正しいかもしれない。馬を怖がらず、かと言って見下したり軽んじたりすることのない、敬意を払う姿が馬の心を開いた。彼女と馬は打ち解け合い、「パレードでもあなたと一緒なら良いのに」と呟いたほど。
私はそんな様子を見ているだけだったが、それだけで十分だった。というのも、私がリンクさんを乗せた馬に近づいたところ、馬が鼻息を荒くして私を軽く頭突きしてきたのである。娘さんは「ダメよお客様にそんなことしちゃ!」と馬を叱っていたが、「私は動物に嫌われるタイプなようで」とフォローを入れた。
優雅に乗馬をこなすリンクさんは、まるで本物の勇者に見える。だが勇者の出現とは国の有事。現れないのが平和の証拠。彼女には、彼女が望んだ通り近衛としてその生涯を全うしてほしいものだ。
乗合馬車の最終便に間に合うように牧場を離れ、私たちはメーベの町で早めの夕食をとっていた。リンクさんは今、この町の名物であるメーベスフレを食後のデザートにいただいているところである。私は紅茶を啜りながら、スフレを頬張るリンクさんの顔を観察した。
「これすごくフワフワですよ。生地に気泡が満遍なくあって!」
「リンクさんはパン屋で働いていらっしゃったんでしたね」
「はい。なのでこういうのがちょっと気になっちゃうんです」
「弟君は今、どうされていますか? いつかの夏に会って以来お会いしていませんが……」
私がそう訊ねると、リンクさんは困ったように笑う。「なにか悩みでもおありですか?」
「その……アルバート様に対して失礼なのでお話しづらくて」
なんとなく察した。私は弟君からひどく嫌われている。当たり前だ。たった一人の肉親が……自分を育ててくれたたった一人の姉が年の離れたおじさんなんかの婚約者候補になれば腹も立つ。そして相手が固辞せず、乗り気になっていると知れば更に苛立ちは募るだろう。
「いえ、教えてください。弟君のことは、私も気にかけているのです」
「アルバート様……」
申し訳なさそうにリンクさんの眉が緩やかに下がる。
「それが……。アルバート様に会わせろって……」
ティーカップを持つ私の指が、僅かに緩んだ。
続く
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