wawan78
2024-12-11 00:48:38
2949文字
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穴の空いた心臓

ゴータシュが親に虫を入れた理由がわからない

「エンバー、夕食の用意ができたわよ。片付けていらっしゃい」
「ああ、ありがとう母さん。久しぶりの母さんの手料理だ」

 やせ細った体に似つかぬ上等なドレスを着た母は、「心の底から愛する息子」へ眼差しを送る。ゴータシュは友との手紙を折りたたんで箱にしまうと、あとに続いて温かな湯気ののぼる食卓についた。
 席には先に父が座っていて、ゴータシュと母が腰を落ち着けると穏やかに微笑み、3人はゆるりとささやかな夕食を始める。今朝焼いたレーズンとナッツの入ったパン、野菜と豆のスープ、港で捕れた魚を焼いたもの。普段ゴータシュが貴族を相手にした晩餐とは、比べ物にならないほどに質素だが、それでも昨今の物流事情を考えれば贅沢な方であった。

「エンバー、注文のあったブーツだがね。来週の納期には間に合いそうだよ」
「おお有り難い。無理を言ってしまったと後悔していたんだ。しかし我らが燃える拳の装備品は、父さんの手でなければ信頼できない」
「息子の頼みだ、頑張るさ」
「食事中に仕事の話はしないと約束したわね?」「おっと……すまない、母さん」

 何気ない家族の会話だった。食卓はなごやかで、パンはやわらかく、スープはひとくち飲めば体に染み渡る。皿が空けば、母は立ち上がって鍋からスープのおかわりを注ごうとする。最近の商売の話をすれば、父は息子の活躍に目を細めて頷く。
 理想の家庭とはこういうものだ。愛し合う親子とはこういうものだ。ゴータシュはよく知っていた。だって今、こんなに愛されているのだから。

  * * *

 富豪の地下室に悪臭が充満している。やや酸化した血の臭いだ。今回は内臓を派手にぶちまけず、淡々と喉を一本裂いたらしい。
 血の海の中心に立ち、恍惚とカビの生えた天井を見上げているのは、殺戮の神に愛されし落とし子である。彼にとって殺人は父への愛であり、忠誠である。ゴータシュの知る「理想の家庭」とは違うそれに、彼は大変に満足しているらしい。

「神の子直々に頼むような案件では無かったと思うが……手早くやってくれて助かるよ」
「構わない。ちょうどこれで一旬分の死を捧げられた。父もお喜びだ」
……

 べハルの子は正しく、その神の望みを理解していた。彼のしもべである信者たちは、殺し方にこだわったり誰を殺すかにこだわったり、その手柄を誇示したがったり、余計なことをしがちだ。それはゴータシュにとっても不都合である。派手にやって見せしめにしたいならまだしも、今回のようにしばらく秘匿しておきたい死の場合、見せびらかしたがる目立ちたがり屋は邪魔でしかない。
 その点、彼ならうまくやってくれる。何故なら彼は、殺すことにしか関心がないからだ。
 その雑念のなさ、合理的で冷淡な様は、いつ見ても美しい。

……お前は父に愛されているのだな」
「ん?」

 ついうっかり口からこぼれた言葉は、気付いたところで戻らない。動揺を見せないように微笑んでみると、知ってか知らずかどうでもいいのか、彼も微笑んで振り返った。

「そうだ、愛されている。何故なら俺は、俺ならば、父の望む死を捧げられるからだ」
「例えばお前が窮地に陥ったとして、べハルは助けてくれるのか?」

 うーん、と少し首を傾げ、ハエが集まり始めた死体を跨いで、べハルの子はゆっくりと血だまりを歩く。質問が不快というわけではなかったようだ。

「窮地、というと、死にかける、ということかな」
「まあ、わかりやすい場面とすれば、そうだな」
「であれば、別に」
「別に?」

 宝石がこれでもかとくっついた成金趣味の指輪を死体から抜き取り、弄ぶ。地下室には小さなランタンの灯りしかなく、血を弾く金と石は殺人犯の手の中にあってなお、無関係に輝いた。

「俺が死ぬのなら、その死を捧げることになる。父はその死を受け取る。だから、助けるということはないだろう」
「ふむ? それは……

 相手は神だ。人間の親子愛などに当てはめること自体がおかしいのだろう。しかし。
 人間の親であったなら、我が身に換えても我が子を守ろうとするはずだ。それが愛というものだ。きっと今の我が父なら、ゴータシュをそうやって守るだろう。

「父が俺に力を与えるとすれば、よりよく殺すためだ。その例が、スレイヤーの姿。お前も見たことがあるだろう?」
……ああ、あの……恐ろしい姿」
「遠慮するな。そう、あれは父が俺を認め、さらなる殺しを求めたから与えられたもの。他の誰でもなく、俺を選んだのだ。父は俺に期待し、望んでいる。それを愛と言わずして何と言う?」

 それは、愛なのか。
 そうか。それも愛か。
 神からの愛とはそういうものか。
 盟友は固まり始めた赤黒い血液を足で蹴って遊ぶ。それはとても満たされていて、幸福そうだった。

  * * *

 実験をした。
 親子を別々の牢に入れる。向かい合わせで、お互いの顔がよく見える位置だ。そして、親には十分な食事を、子供には1日にパン一切れだけを与えた。
 結果として、親は食事に手を付けなかった。なんとか皿を滑らせて、子供の牢に投げ込もうとまでした。
 そうだ、ゴータシュの思い描く理想の親子とは、まさにこういうものだ。親は自らのみが幸福を求めない。子の窮地は何がなんでも回避しようとし、時にはその身を犠牲にする。ゴータシュに懇願する両親は、牢に入ってから一度も食事を口につけなかった。

「そんなに我が子の空腹が辛いか? ふむ」

 このままでは親子共倒れだ。そこで翌日は両方に同じ食事を与えた。親子は励ましあって、格子越しに久方ぶりの食事を始め、そして食べきった頃に子供は死んだ。盟友が自ら隠し味を入れていたからだ。
 親は昨日まで泣き叫んでいたその同じ顔で、今度は怒りと罵倒をこれでもかとぶつけてきた。死ね、ろくでなし、お前なんか、お前なんか。
 なんとも懐かしい響きだ。
 そうか。子供が死ぬと親は悲しむのか。その後親は餓死した。どんなに温かくたっぷりのごちそうを与えても食べなかった。
 いいデータが取れた。さっそく使わせてもらおう。友は残念ながら特殊すぎた。平凡な家庭をモデルにするのが一番よい。何故ならフリム家は、バルダーズ・ゲートの下層地域でひっそりと慎ましやかに暮らす、しがない靴屋の一般家庭なのだから。

 * * *

 忙しい合間を縫って実家へ戻る。父は愉快に笑い、母は暖炉を温め、腹が減ったと言えばすぐに山盛りのスープを作る。

「エンバー、きちんと食べてちょうだい。お前が痩せてしまうのは耐えられないわ」
「大丈夫だよ、母さん。ありがとう」
「男は少しくらい太っていたほうが、威厳が出て良いんだぞ」
「勘弁してくれよ、父さん。スタイルが悪くなったら貴族たちが……

 うん。ゴータシュは満足して頷く。またひとつ理想の親子に近付いた。今の両親なら、ゴータシュが誰かに殴られたり、罵倒されたり、売り飛ばされそうになったなら、すぐにその身を呈して守ろうとするだろう。

 両親は微笑んでいる。
 皿には常に暖かな食事がある。

 私は愛されている。





(無ければ作り出せばよい)