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森永
2023-03-25 15:09:24
6381文字
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勝つも負けるも好きのうち
無限×風息♀/1年前のアンソロに参加させていただいたときの作品です/現パロ年の差幼馴染
無限の恋人は、かわいい。
単なる恋人自慢だと思われても仕方がないが、本当のことなので一番はじめに記しておかなくてはならない。しかし、これだけでは不足なので、これも書いておかなくてはならないだろう。
無限の恋人ははとこだ。そして、十七歳年下だ。
無限の祖父は彼女の祖母の兄で、今時めずらしいのかそうでないのか、それぞれの親族ぐるみの付き合いがあった。子供の頃から盆暮れ正月はそれはもう盛大な集まりが催されている。風息と無限が出会ったのも、ある年の盆休みだった。
彼女と初めて会ったとき、無限は十九歳で、彼女は二才。実に十七歳差のはとこは、たくさんの親戚のうちの一人で、そしてちょっぴり他と違う子だった。
風息は、死ぬほど負けず嫌いだった。
「無限! 久しぶり! 勝負しよう!」
風息は会う度すくすくと育ってゆき、そして会う度に勝負をしかけてきた。それもなぜか、無限にだけ。
他の親戚とはほのぼのとおしゃべりしたり遊んだりしているのに、無限と顔を合わせるや、風息のほうからカルタ勝負だ、凧揚げ対決だ、スイカ割りだと持ちかけてくるのだ。
で、最後には不機嫌になる。
途中まで無邪気に笑い声をあげたりしているのに、だいたい無限が勝つ形で遊びが終わると、時にはべそまでかいて拗ね出す。ずるいずるいと言って頬を膨らませる。こんな具合に、筋金入りの負けず嫌いなのだった。
無限は風息より十七年早く生まれていて、カルタも凧揚げもスイカ割りも風息より何倍も経験を積んでいるのだから仕方がないのだが、そもそも勝負のつもりもないのだが、それでも悔しいらしい。無限が「ごめん」と素直に謝っても唸って威嚇するし、「まだまだだな」とからかってもぽかぽか叩いてくる。
まあ、これが風息なりのコミュニケーションで、甘え方なんだろうと無限は納得していた。
なんのかんの言っても、風息は無限と会うたび真っ先に飛んできてくれる。懐かれているのだと思えば悪い気はしなかったし、泣いて悔しがっても一時間もすればころっと機嫌を直して「一緒におやつ食べよう」と誘ってくるのも、可愛かった。無限は年の離れた妹でもできたような気持ちで、風息のことをかわいがっていた。
しかし、その負けず嫌いな風息の性格こそが、二人を恋人にしたきっかけというか、アクセルというか、燃料なのである。
「無限のことが好きなの」
そう言って、風息が一世一代という顔をして無限に告白したのは、彼女が中学生になってしばらくした頃だ。
あんまりにもびっくりしたものだから、無限ははじめ、聞き間違いだと思ったのだ。だから、ごめんもう一度、と、風息に聞き返した。ぶどう色の猫目をうるませた風息は、絞り出すみたいにして、全くおなじ告白を繰り返した。
好き。すき。スキ。無限の頭の中を緩慢に文字が駆け巡った。好き。無限を。誰が。風息が? 好きの二文字がいくつも脳裏を舞い、続いて幼い頃の風息の姿がいくつも浮かんで、泡のように弾けていく。
そして、無限は。
「
………………………………
無理だ、付き合えない」
それからの風息は、それはもう手がつけられないほど泣き、怒り、最後には暴れかけた。無限との(一方的な)勝負に負けて悔しがる幼少期を懐かしく思う余裕もないほど、カフェから連れ出すのにとても苦労した。
なんで、はとこ同士なら結婚もできるって聞いたのに、どうして無理なの、真剣交際なら未成年でもいいんでしょ、と言って泣きじゃくって聞かなかった。
無限は困り果てた。いくら風息が自分のことを好いてくれていても、こればかりは叶えてあげられない。
「君のことを、そういう対象として見たことがない」
かわいい妹のように見ていた風息が、自分の恋人に? 無限にはまったく想像ができなかった。彼女の気持ちに寄り添ってやることができず、できたのは、その恋心がちょっとした思い違いだろう、と想像して宥めてやることくらいだった。昔からそばにいた年上の異性に親しむ気持ちと、思春期特有の恋に憧れる気持ちがごちゃ混ぜになってしまっているんだろう、と。
困った末に無限ができたのは、しばらく距離を置いて、風息の恋心が落ち着くのを待ってやることくらいだった。
それで事が済むと思い込む無限は、風息という女の子を侮っていたと言っていいだろう。風息というのは生まれたときから、何度打ちのめされても目標を達成するまでは絶対に諦めない、おそろしく負けず嫌いで、つまりは一途な少女なのである。
無限の予想を遥かに超えて、風息の告白という玉砕作戦はおよそ五年に渡って続いた。
何度目かの「好きだから付き合って」に、無限はこう言った。
「私じゃなくても、きみに似合う素敵なひとは見つかるよ」
どうかこれで諦めて欲しい、と無限は思っていた。いくら今の風息が無限を好いていてくれるからと言って、ことはそう簡単にはいかないのだ。十七歳の歳の差は、いつかきっと、若い風息の重荷になる。
けれど、そんな無限の想像に反して、十五歳になっていた風息は、顔をくしゃくしゃにしてやけっぱちのように言い返したのだ。
「知ってるよ! おんなじおとこのひとでだって、かっこいい人もやさしい人もいるって! でもどんな人になんて言われても、それでもやっぱり無限がいいなって思っちゃうんだもん! 無限が好きだなって、何度も思っちゃうんだもの
……
!」
目尻に光る涙の粒を、場違いにも綺麗だと思ってしまう時点でもう、無限の降参は目に見えていたのかもしれない。つまり無限は、十七歳下の女の子の痛々しいまでの純粋さに絆されたのだ。
無限はそこで初めて、拒んできた風息の肩を抱き締めてしまった。昔よりもずっと大きくなっていると思ったが、腕の中で震える背中は、少しでも力加減を間違ったら壊れてしまいそうなほど小さくて、他の誰でもなく無限が守ってやらなければ、と思わせた。
その年が明けないうちに、無限は風息の両親に頭を下げて交際の許可をとり、晴れて二人は恋人となったのだった。
そうして晴れてお付き合いを始めた二人だが、すぐに無限は頭を抱えて悩むことになった。無限が想像していたおよそ五百倍、風息がかわいかったためである。
無限の部屋の合鍵を手に入れた風息はそれはもう喜んだ。「恋人みたい」と言ってはしゃぐ彼女に「恋人だろう」と指摘すると真っ赤になって押し黙るのがもうまずかわいらしかった。ただ、そこまでは無限もこれまで通り、はとこの女の子に対する兄心で微笑ましく思うだけだった。
しかし、実際に合鍵を使って自分の部屋にいる風息が「おかえり」とはにかむのを見て、無限は咄嗟に「これはダメかもしれない」と悟る。無限はその時、人生で初めて、胸がきゅんと高鳴る音を聞いた。
――――
有り体にいえば、その時本当の意味で、無限も風息に恋をしたのである。
一度きゅんとしてしまえば、もう歯止めは効かなかった。手を繋ぎたそうに袖を引く風息もかわいいし、待ち合わせに現れた無限を見てぱっと表情を輝かせる風息もかわいければ、デートの終わりに電車でうとうとして無限の肩に懐く風息もかわいいのだ。あんまりにもかわいいのでいっそ不思議に思って、無限は友人に訊いてしまったほどだった。恋人って、あんなにかわいく見えるものなのか? 本人には全くその自覚はなかったが、無限の人生で初めての、これが惚気というものだった。
友人は呆れながらも、恋人はかわいいものだろうが、お前の場合は違うだろう、と言う。ここまで自分のことをひたむきに想ってくれる相手を、かわいいと思わないでいられないだろう、と無限は答えたが、友人は肩をすくめるだけだった。いいか、無限。友人はむっちりと丸い飼い猫を撫でくりながら、言い聞かせるようにこう言った。
お前は恋人だから彼女をかわいいと思っているんじゃなくて、その子のことをずっとかわいいと思っていただけだろう。
はたして無限はその言葉に、すこんと音がするほど簡単に納得してしまったのだった。たしかに、風息は昔からずっと、かわいい。
さて、そんなかわいいかわいい風息はいま、無限の視界の先でナンパに遭っている。
そう、ナンパに遭っているのである。
離れていてもぱっと目を惹くすらりとした頭身に、くっきりとした黒のスキニーやラフなサイズのキルティングジャケットが嫌味なほど映えている。暗色のハイネックにヒールの高いショートブーツでほとんど肌も見えないのに、なぜかどきりとしてしまうような、コケティッシュな印象があった。近づいてみればつんと澄ました表情の頬にかかる髪はやわらかく、その下で瞼を伏せた目は思わず見つめたくなる深い葡萄色。形のまろくも眦がきゅっと上がった猫目で、つめたい表情をしているとちょっと近寄り難い雰囲気になるのに、ナンパ男は風息の雰囲気に目が眩んでいるのか身の程も弁えず話しかけてしまったらしい。
ねえきみひとり? 待ち合わせ? すっごくかわいいから声かけちゃった。相手が来ないんだったら一緒に遊ばない? 距離があるせいで実際に聞こえているわけではないのだが、多分きっとそんな感じのアプローチをしている。たいへんかわいそうなことに、当の風息はスマホに視線を落としたまま、まるで聞いていないのだが、めげることなく声をかけ続けているのが涙ぐましい。無限はいっそ頑張れ、と応援したくなるほどだった。
声が聞こえてくるかこないかの距離で立ち止まって、少しのあいだ、恋人がナンパされている様子を眺めた。男は相変わらず、一生懸命に誘いをかけている。反応は一切ないのに、健気なものである。しかしそろそろ焦れてきたのか、風息の方へずい、と身を乗り出して話しはじめている。無限はおや、と思った。
「
――――――
ね、いいでしょ。俺と遊んでくれたら、すっごく楽しませてあげるし」
すると、近づいた顔が鬱陶しかったのか、延々と続くナンパそのものに嫌気がさしたのか、風息が初めて反応を見せた。スマホの液晶に落としていた視線だけ、きゅる、と動かしてしつこい男を一瞥する。表情は特に変わらない。つまらなそうな、なんにも興味がなさそうな、温度のない顔。作ったとわかる、わざとらしい値踏みの視線に男がたじろぐのに畳み掛けるようにして、風息は小さく鼻で笑う。
「アンタと? ジョーダンでしょ」
これである。
じいんと、脳に響くその低い声に痺れさえ感じながら、無限はやっと、止めていた足を動かした。かつかつと革靴の音も高らかに二人の元へ距離を縮めていく。
かわいい無限の恋人は、気持ちいいくらい他の男に興味がない。人生のほとんどを無限に恋してきた風息は、中学でも高校でも、一丁前に言い寄ってくる異性を端から弾いてきたという。玉砕した少年たちへの申し訳なさよりも、一途すぎる恋人へのときめきが勝ってしまう無限もだいぶ恋愛に振り切れていた。私の恋人は最高だ。
風息の言葉に、男はぽかんとしながらも何か言おうと口を開いている。その口が何かを言う前に、無限の足は風息の背後までたどり着いて、その華奢な肩をそっと包んでいた。
「ごめん、待たせた」
耳元に声を落とすと、風息はぱっと顔を振り向けた。予想通り無限の顔があるのをみとめた途端、今までつめたい表情しか知らないのかと錯覚させるほどだったかんばせを、ほろほろっ、と花が溢れるようにして綻ばせた。「無限」と呼ぶ声はこちらも打って変わってとろけている。ほら、無限を視界に入れた瞬間こんなにもとくべつな顔になる。これをかわいいと言わずしてなんと言うのだろう、と誰にともなく無限は尋ねたくなった。
電車が遅れていて、ごめんね、というと、ううん大丈夫、と答えて風息がふるふる首を振った。そうするとほわほわとやわらかい猫っ毛が頬をくすぐって、ついでふわんとした香りが鼻先を掠めた。二人で選んだ香水だ。無限も同じものをつけているから、きっと風息にも届いていることだろう。
無限が目を細めて微笑むと、風息もにっこりと笑い返した。ああかわいいな、と思って気分が満たされる。それから視線を移すと、突然のあまったるい雰囲気に弾かれて目を白黒させる男が、立ち去るタイミングを逃したまま佇んでいた。
「連れの暇つぶしを、どうも」
そう言って無限がにっこり笑ってみせると、男ははあ、えっと、はい? と惚けた様子を見せたが、それを見届けることなく無限と風息は踵を返していた。連れ立って歩き去った雑踏の中、後には、たちの悪い当て付けに使い捨てられた哀れな男が一人、取り残された。
「さっきの風息、かっこよかった」
「見てたの? なら早くきてよ!」
詰る気持ちがちっともない口調の風息は、繋いだ手で器用に無限の掌をつねった。いてて、と痛がってみせる無限も、それがわかっているのでわざとらしい口ぶりだ。
「ごめん。でも、あの時の顔、昔を思い出して懐かしくなって」
「昔?」
「たまにゲームで勝てて思い切り勝ち誇る時の」
「それもう忘れてって言ってるでしょ!」
ふふ、と思い出にさそわれて無限が笑うと、今度こそ風息は怒った。彼女にとって、無限に挑みまくって負けまくった過去は黒歴史らしい。無限にとっては微笑ましい思い出なのでよく引き合いに出しては、照れながら怒る風息に頭突きされている。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、どうしてことある事に勝負をしかけてきたんだ?」
ふと尋ねると、風息はぱち、と瞬いてから気恥しそうにふいと視線を逸らしてしまう。また突っかかるものかと思った無限はおや、と思って、わざわざ足を止めて風息の顔を覗き込んだ。頭ひとつと少し低い風息に合わせると、首をかくりと折ることになる。
いつもなら距離が近づくとよろこんではにかむのに、今に限っては繋いだ手すらぱっと離されてしまう。むっとしてさらに顔を寄せると、観念した風息が口を開いた。
「
…………
だって」
「うん?」
「
………………
勝ったら無限が『すごい』って言って、大人とおんなじように見てくれると思って
…………
」
こどもだと、恋人にしてもらえないと思ってたから。どんどん小さくなっていくつぶやきを最後まで拾って、無限はなんと言っていいか分からなくなった。まさに、風息をこども扱いして、向き合ってやれなかったときのことを思い出したのだ。
神妙な顔になった無限をちらっと見て、今度は風息がふっと笑う。自分から離した手でそろそろと無限の手をたどって、小指と薬指をゆるく握りなおした。幼い頃、まだ風息の手がもっとずっとちいさくて、それでも手を繋ごうとしたときのことを思い出した。
「
…………
でもね、どんだけ頑張ってもやっぱり無限はわたしよりずっと大人だったから、ちょっとへこんだ時もあるよ」
「そう」
「うん、でも
…………
」
風息のちいさくて薄い手に握られた無限の小指と薬指が、きゅうとよわい力で握りしめられる。この繋ぎ方だと、握り返せないのがさみしいな、と思っていると、一歩前をあるいていた風息の肩が、とん、と無限の胸にふれる。
「あきらめられなくって、我慢できなくなっちゃった」
だから好きって言ったの。
肩越しに無限を見上げる顔が、ちょっと恥ずかしそうに、けれどあまりにも幸福そうに笑っている。ぎゅん、と心臓の高鳴る音に、無限は「敗けたな」と直感した。
手を握り返せないので、代わりに降参の徴としてふわふわの頭に頬を寄せると、勝者の恋人は「外でやめてよ!」と抵抗する。ころころ変わる表情に、無限は思わず破顔した。
無限の恋人は、はとこで、十七歳年下で、負けず嫌いだ。そしてとてもかわいくて、無限がこうして何度も負けているのを、とうの彼女だけは知らないのだった。
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