森永
2022-12-31 21:58:04
5455文字
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がらくた山から日の出が見える

無限×風息/小黒も出てくる/生存ifで監視対象→同居→恋人にシフトチェンジしていった経歴の無風

「いくらなんでも多すぎる!」
 小黒が叫んだその声はまさに絶叫、というのにふさわしいボリュームだった。出会った頃よりもちょっぴり落ち着きのある話し口になってきたのを感じられるようになった最近だが、その声は手当り次第威嚇してまわっていたあの頃とちっとも変わらない。風息はほっこりと口許を緩ませかけて、当の小黒から「聞いてるの!?」と凄まれてすぐしゃきっと表情をただした。横では無限が同じようにキリッとした顔をつくって背筋を伸ばしている。
 いい歳をはるか昔に越した大人ふたりが揃って、年端も行かない少年の前に正座している光景は随分と情けないものだろう。場所が無限の霊域なので他人がいないのがせめてもの救いだ。広大な白背景のなか、腰に手を当て仁王立ちした小黒がぷんぷん怒っている原因は、そのうしろに広がる家具や家電、雑多なものでできあがった山だった。
「こん……っなにいらないもの溜め込んで、しかもわざわざ霊域に! お金と場所の無駄遣いだと思わないわけ? 僕にさんざん節制しろとかよく言えたもんだね!」
「小黒、お前がこうならないために私たちは心を鬼にして……
「うっさい! 口答えしない!」
「はい……
 無限の健闘もむなしく、愛弟子に一喝されてしょげる背中を風息はぽんと叩いてねぎらった。お前にしてはよくやった。ふだんは愛弟子の言うことには全肯定のお前にしては頑張ったよ。勝ち目なんか絶対ないと思ってたけど。口にせずに胸の内で慰めてやる。
「風息は?」
「俺?」
「風息はなにか言い訳することある?」
「一応聞いてくれるんだな」
「一応ね。聞くだけ」
「うーん、手厳しい」
 眉を下げた風息は、小黒のうしろに山をつくる家具やら家電やら、雑貨類やらを見やってしばらく考え込んだ。
 ランプがひとつ点かなくなった赤外線ヒーター。電源を入れると内部から危なそうな音がするので買い換えられた洗濯機。棚板が割れた本棚。読みかけで止まったまま放置された本が何十冊も詰め込まれたダンボール。飲み口が欠けたり茶壺の蓋のつまみがなくなった茶器のセット。衣類の詰まった衣装ケース。黑咻を吸い込みかけてお役御免になった自律型掃除機。
 たしかに傍から見れば「いらないもの」ばかりだな、と風息は苦笑してしまう。どれもまともに使えないし、使えたとしてもめったに取り出されることもない。不用品回収の指定場所かという様相だ。
 けれど風息と、それから無限は、ここになにがあって、どこにどう置いてあるかぜんぶわかるし、さらにいえばごくたまに取り出して眺めたり、気まぐれにスイッチを入れてみることもある。
 だから無限と風息、ふたりにとっては、この霊域にあるすべてがふたりの「持ち物」であって、実は「いらないもの」ではないのだった。それを小黒に説明しないとこのまま霊域でお説教されて年越しの憂き目にあうが、はてさてどうしたものだろう。

 そもそもどうしてこうなっているかというと、始まりは世が年末を迎え、無限たちの仕事も(名目上の)仕事納めを終えたことだろうか。
 休みなんてあるかないかよく分からない執行人とその補佐の仕事も、今回は年末休みが割り振られて珍しいななんて無限も風息もちょっとだけ浮き足立って帰路に着いていた。途中、これまた年末は休みだという小黒と行きあって、せっかくだから夕飯でもと二人で暮らす部屋まで招いたところまではとっても平和だったのだ。
「え、きったな!」
 その平和も、小黒がその言葉とともに飛び上がるまでだった。無限と風息は、とくに不衛生にしてはないはずの我が家をみて小黒が何を思ったのかすぐにはわからず、揃って首を傾げた。事実、使った食器は洗って片付けてあるし、任務で空けることが多いとはいえ床だってさほど埃や汚れがあるわけでもないし、ゴミ袋が散乱しているのでもない。
 ただ物が多いことを除いては。
 玄関や廊下はともかく、リビングに足を踏み入れるとそこはなんともまあ随分と所帯染みた光景になっていた。壁際にはいくつかの高さの違う棚が置かれ、本や雑貨やなにがしかが所狭しと詰め込まれている。所々入り切らなかったのか、床にまで置かれているものもあった。テレビ台のまわりもごちゃついていて、置物やマスコットフィギュアやらなんやらが並んでいる。おまけにぎゅうぎゅうのスペースに追い打ちをかけるように観葉植物が点々と置かれているものだから、なんとも視覚情報の多い部屋だった。
「なにこのものの山!? 何年か前に来た時はそうでもなかったのに、なんで!?」
「なんでって言われても……
「そんなに多いか?」
「麻痺してるこのひとたち!」
 妖精といえど現代っ子で、サブスクが流行しミニマルな生活文化の真っ只中で育った小黒からすると、とても混沌とした部屋であるらしい。しかし住人である無限と風息にとってはこれがいたって通常なので、ふたりとひとりの間にテンションの海溝ができている。
「師匠って、片付けできない人じゃなかったよね? 風息も」
「そうだな」
「なんでこんなことになってるの? 前はもっとスッキリした部屋だったじゃないか」
「そうは言ってもなあ……
 大人ふたりはまじまじと自分たちのねぐらを眺めた。小黒の言う通り、無限が館からあてがわれ、近場で任務があるときに滞在していたこの部屋はおおよそ人間が健康で文化的な、とは言い難い、最低限度の生活をしているだけの箱だった。途中から風息が同居するようになってからは少しずつものが増え、小黒は慕うふたりがようやく落ち着けるところを見つけたのだと胸を撫で下ろしたものだが。
 それにしたって、ものが多すぎる。どうしたことだろう。テレビ台のフィギュア類なんかぜったいいらないし、棚には焼き菓子なんかが入っていただろう缶がいくつも重ねられている。指摘すると、「あれは天虎がくれたから」とか「あの中に書類や文房具をいれてるんだ」とかふにゃっとした答えが返ってくる。
「あのねえ、捨てにくいのはわかるけど、部屋には限りがあるんだから。捨てないとそのうち寝るところもなくなっちゃうよ!」
 小黒が呆れてそう言うと、風息がぽろっと、
「でも、入り切らないものは無限の霊域にしまってるし」
 と零し、無限があわてて弁解する間もなく、怒髪天をついた小黒の怒声がごちゃついた部屋に響いた。
「この年末にぜんぶ処分して!!」

 そんなわけで、テレビ番組の年末特別企画よろしく、無限の霊域おかたづけスペシャルが始まったのだった。任せておいたら終わらないと、小黒は後方腕組みで無限と風息の作業を見守っている。
 大人ふたりはしかたなく、真白くだだっ広い霊域のひと区域に山をなす(小黒から見れば)がらくたに手をつけた。小黒の手前口には出せなかったが、家に着いてまだ上着すら脱がせてもらえてないのになあ、お茶でも飲んで一息つきたいなあ、と思っていた。言えないので粛々と手を動かした。
 しかし、たしかに言われてみるとひどい量だった。空っぽのアパートを用意して、ここにあるものから生活必需品をとっていってください、と言ったらほとんどの部屋が埋まりそうだ。だいたいのものが故障していることに目を瞑れば、だが。
 そう、ここにあるほとんどの家電や家具は、どこかしら壊れている。無限がヒーターに手をつけると、あ、と風息が声をあげる。目を合わせて言わんとしていることを汲み取って、無限は頷いた。
「これは館から支給されたヒーターだね」
「冬支度をしないといけなかったのに、こたつ需要が高まりすぎてこれしか残ってなかったんだっけか」
「ひどい大雪で、店も閉まってたな。私たちはなにも無くても大丈夫だったけど、雪の中で迷い猫を拾った時に重宝した」
 なつかしいなあ、と二人して感慨に耽ける。もう十年は前の話だ。まだ部屋が空っぽに近かった頃の。
 次に風息が一際大きい家電を指さすと、
「この洗濯機、無限が『直せる気がする』とかいって結局直らなかったな。もう無理だろうし捨てるか」
「いや、もう少し頑張れば行ける気がする」
「それ言い出して何年めなんだよ」
「いけるいける。私は金属性だから」
 無限の手が棚板のはずれた棚の側板をなでれば、
「本棚は壊れてるし、流石に捨てるか?」
「うーん、そうだな。近所の奥さんから譲ってもらったから捨てにくくて
「風息はやけに気に入ってたな」
「気に入ってというか、ここ、奥さんのとこの子供たちが身長を測ったしるしがついてるだろ」
「ああ、……これは捨てがたいな」
 風息が開いたダンボールを無限が覗き込んで、
「この本……これは館にでも寄付していいんじゃないか」
「ああ、……お互いうっかり結末を話してしまって、読み進める気になれなかったやつだな」
「こんな数になってたとは」
「何回やっても学んでないな、俺たち」
「まったくだ」
 掘り返せば掘り返すほど、ひとつひとつに何かしらの思い入れがある。どれも大それたものじゃなくて、取るに足らないものだった。きっと普通の妖精なら永い生のあいだにさっさと忘れてしまうかもしれないくらいの。それを後生大事にしまっておいたのがなんだか馬鹿らしくて、でもそうするくらいに大切だった。無限も風息も、苦笑していたのがだんだんこらえられなくなって、くっくっ、と愉快な笑いがこぼれる。
 あのなにもなかった部屋に、無限がいて、そこに風息がきて、そう、はじめは風息が昼寝をできるようにソファを買ったのだ。あとは暇をつぶせるようにテレビを。立ち寄るだけだったのが長期的に暮らすようになったので洗濯機を。冷蔵庫を。鍋とフライパンとふたりぶんの箸を。徐々に余白が隙間になり、おなじように無限と風息のあいだも近づいた。寒くもないのに肩を寄せあったし、二人で並んで座るためにものをどかしてしまいこんだ。
 足を伸ばせなくても、ちょっとテレビが見にくくても、あの部屋は少し手を伸ばせば色んなものに手が届く。館へ出す書類も、ピザ屋のチラシも、風息の肩も、無限の髪も。そうして暮らすことを、二人は識ったのだ。

 小黒は、傍目にはがらくたに見える色んなものをひとつひとつ手に取っては笑うふたりの背中を見ながら、呆れも怒りもしゅるしゅる萎んでいくのを感じていた。もしかしたら、あれってぜんぶ「いらないもの」じゃなかったのかも。小黒は「家」っていうものをまだよく分かっていなかった。どういうものか「家」の正解かわからないので、いっとき暮らしていた小白のうちや阿根のうちはあんなじゃなかった、という記憶のままふたりを叱りつけてしまったのだ。
 けれど、無限も風息も、そこにあるぜんぶを覚えていて、あんなに楽しそうにしている。それを捨てさせようとしているのだ。ぼく、余計なことをしたんじゃないかしら。そう思っていたとき、「あっ」と無限と風息が同時に声を上げた。
「小黒、見てごらん」
「?」
 無限が呼んで、風息が手招くままにふたりの手元をのぞき込む。そこにあったくたびれた布地をみて、小黒もあっと声を上げた。
「これ、ぼくの」
 始まりの日、小黒が風息とはじめて出会ったとき。人間の捨てたぼろを着ていた小黒をみかねて、虚淮がどこかから引っ張り出してきて、洛竹が着せてくれた服。記憶にあるよりずいぶん小さな服は、まぎれもなく小黒が着ていたものだった。
「捨てちゃったかと思ってたのに……
「たしか、小黒に聞いてから捨てようと思ってたんだ。執行人になる修行や試験でバタバタしてたから、しまってそのままになっていたんだな」
「なつかしいなあ……ほら、もうすごくちっちゃくなってるぞ」
 いや、小黒がおっきくなったんだな。風息が穏やかに笑った。どうしたってあの時の記憶はいいものだけでないから、小黒は彼がどんな気持ちになるか不安だったけれど、風息の目元はゆるんと垂れて、ほんとうに嬉しそうだった。きょろんと目を動かすと、無限も似たような顔をして微笑んでいる。
 それを見たら、なんだかもう、小黒はもういっか、という気持ちになってしまった。
「これはしまっておこう。ここじゃあんまりだから、私の生家のほうへ移そうか」
「いいんじゃないか。……いいよな、小黒?」
 弾んだ声で言ってから、はたと気づいたように風息が小黒の顔をのぞきこんだ。イタズラがばれたこどもに似ている。小黒はちょっとおかしくなって笑ってから、いいよ、と答えた。ふたりが、他のものとおなじようにそれを大切な記憶だと思っているとわかっているからだ。
「ねえ、ぼくお腹すいちゃった」
「えっ、片付けは?」
「よく考えたらもうゴミの収集終わってるし」
「じゃあ来年の目標ってことでいいか」
 はーやれやれ、と言いたげに肩を落とす無限と風息を見ながら、小黒も小黒でやれやれ、と言いたい心持ちだった。心配して損した。無限と風息だってちゃんとした「家」を知らないかもしれないけど、あの部屋はまぎれもなくふたりの「家」だった。いいなあ、と思う。小黒もいつか、ふたりみたいな家が欲しい。ちょっと狭くてもいいから、あったかくて、でももうちょっとくつろげるくらいものが少なくてもいいかな、なんて考える。

 三人が去った白くてだだっ広いその場所で、あったかな愛すべきがらくたたちが、またひとつ重ねる年を待っていた。