河童の皿箱
2024-12-10 22:06:58
2642文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

無粋

スパイダーと娑楽斎が技術協力交渉の場に立つだけ

 Mme.スパイダー。世間を賑わす芸術集団、P.U.N.K.の一員、浄瑠璃人形師の通称である。土蜘蛛の逸話から造り上げた人形の影に、黒き衣を纏っては潜み、暗く深く、けれど鮮烈な世界の奥底に必ず居るその人物の素顔を知るものは居ない。
 その人形師の手掛けた人形、もといロボットは、極めて高度な技術が用いられている、と各界隈を賑わせている。塗装、造形、演技、そして変形。少年心をがっちりと掴まれた人々の称賛や、人ほどの大きさから突如巨大な砦の如く、まるで質量の法則を無視しているかのようなからくり、それらをスムーズかつ損傷もなく動作させている事実に、世の技術者たちはこぞって、人形師の影を追い続けている。

 そして今日もまた。高い高い摩天楼の頂上付近。この街を一望できる絶景と絶品料理が味わえるとのことで、週刊誌が絶賛する高級レストラン。黒い服に面紗を被り、相も変わらず目も伺えぬ人形師と、髪を下した浮世絵師が同席する。相対するのは、不機嫌顔の何者かもわからぬ男。名刺には大企業の名前と、そこに所属しているリードエンジニアである、ということだけ。
 「……貴方を呼んだ覚えはないのですが」。その男が絵師に睨めば、「私も同席すると、事前にお伝えしております」、飄々と微笑んで返した。通常、人前に姿を現すときのような、歌舞いた印象は何処へと。身に纏うのは、店の定めたドレスコードに相応しい紳士服。普段逆立てた髪も、するり流れるように下ろされ、いやはや、これでは誰かわからないなと雅楽師に笑われた絵師の姿に、男は掴みどころを見いだせず、苛立つばかり。一触即発の空気もものともせず、人形師はまるで人形であるかのように、しんと背を伸ばして佇み続ける。
 「さて。せっかくここに来たのですから、まずはお料理を楽しみましょう?」。男になおも、微笑みかける絵師。「お待たせいたしました」、と給仕が運ばれてくるフルコース。男はしぶしぶといった様子で、けれど不機嫌を隠すこともなく、料理に手を付けた。

 店内の片隅では、お抱えのジャズバンドが生演奏を披露している。スイングを揺らすドラムスティックに、サクソフォンが食らいつくかのよう。他の席に客もなく、貸し切りのこの場に招待されたのは、他でもない。人形師への技術協力依頼のため。男が想定していた流れは、絵師の乱入によってすっかり歪められ、楽勝と思っていたはずの依頼の話すら、まともに切り出せていなかった。人形師は料理を黙々と口に運び、けれどやはり、顔が見えない。奇妙な連中だと、男はまた苛立つ。けれど相対する2人は食器で音を立てることもなく、完璧なテーブルマナーをやすやすとこなしてしまって、男は言いがかりを失った。

 最後に運ばれてくるデザート。流石に切り出さねばならぬと、男は人形師に目を向けた。「ごほん。さて、先にお話をいたしました通り、貴方様の技術をお貸しいただけないかと」。人形師の顔がかろうじて男に向くが、頷きもせず。「貴方様の人形を作る手腕、実にお見事。我々のプロジェクトにもってこいだと思いましてね」。デザートのパンケーキを切り分けて、口に運ぶ。「我々の仕事は大変、社会的に価値がございます。政府関係者からの資金援助もございまして。もちろん、貴方様の名声にも繋がるでしょうし」。旬のメロンを、また一口。「ぜひその技術を、我々に……」。語り掛け続けられる人形師だが、その頃にはすっかり顔はデザートのほうにしか向いてなかった。
 「……どうする?」。絵師が人形師に尋ねれば、人形師はなおも黙り込む。全員が食べ終えて、ジャズが終わる頃。人形師は首を横に振り、席を立った。
 「ま、待ってください!」。男は大声をあげて、人形師につかみかかろうとしたが、絵師に割って入られ、その腕をつかまれる。「クソ、離せッ! スパイダー様、何がご不満だったのですか! 報酬金ですか、それとも名誉が足りないと!? ひとことぐらい喋ったらいかがです!?」。絵師はふぅとため息をつき、暴れそうな男を取り押さえる。すぐに、店の者が男を絵師とともに拘束し



 気づけば朝になっていた。はぁ、と大きくため息をつく絵師。「ごめんね」、と呟く人形師。24時間営業のネットカフェに不釣り合いなほどビシっと決まった服で転がり込んできた2人。感情に振り回された男を抑えたものの、店の者が警察を呼び、思っていた以上の大事に発展してしまった。予定はずれにずれ込み、最終列車にも乗り遅れ、紅葉の季節故に宿も取れず、仕方なくこの店の個室で仮眠をとっていた。
 「いや……お前は何にも悪くない。初っ端から喧嘩売られてるとしか思えなかったしさ」、と。絵師が人形師の肩に手を置けば、「慣れっこだ。……とはいえあんな感情的だと、あいつの部下はさぞかし苦労するだろうな」、と。それから2人は深呼吸をして、ドリンクバーのコーラとココアを一杯ずつ。忘却のためのブレイクタイムののちに腹が空腹を訴えて、「この服だと入る店も困るな」と言いながらも、会計を済ませ、ネットカフェを出る。

 からんからん、と店のドアを後にすれば、どうやらここは通学路のようだった。子供たちが列をなしては、わあきゃあ賑わいながら歩いていく。ふと、ずでっと。誰かが転んで、おまけにガラリン。何か硬いものが落ちる音がした。わんわんと泣く声にコンビニに向かっていた2人が振り向くと、人だかり。「どうしたの?」、「大丈夫?」、そんな声の中、転んでしまった子供の手にあったのは、小さなロボットだった。
 壊れちゃった、動かなくなっちゃった、と大泣きする子供。人形師がふと絵師を見て、「あぁ、行ってこい」。そうして人形師が子供の前まで行っては、「直してあげる」、と預かった。カバンから取り出した工具の数々に、子供たちはまず「おぉ」、と声を上げた。突然現れた真っ黒い服と、真っ黒い頭巾をかぶった謎の人物がロボットをちょいちょいチョイといじると、あっという間にロボットは再び動くようになった。
 「ありがとう! ええと、とってもすごいまっくろくろすけ!」。子供たちは元気に駆けていく。

 「子供は、いいね。純粋で」。人形師はまた、絵師の隣を歩いていく。「そうだな」、なんて返事をすれば、「あぁ、ちょうどいいところに」。絵師が手を挙げて通りかかったタクシーを呼び止め、「駅弁でいいよな」。頷く姿の手を取って、乗り込んだ。