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ちよど
2024-12-21 00:00:00
9222文字
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アシュヨダ
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アシュヴァッターマン(豚)がドゥリーヨダナから逃げる話
アシュヨダがすれ違って愛を確かめ合う話。pixivから再掲
ドゥリーヨダナ「今更言えるか」
アシュヴァッターマン(豚)は全力で逃げていた。誰から? 唯一の主君のドゥリーヨダナからである。
混乱に誰もが右往左往しているストームボーダーの廊下を短い脚で駆け抜ける。コーナーを抉るように曲がるが、すぐにドゥリーヨダナのどたどたと響く足音が追いついてきた。
当然だ。今のアシュヴァッターマンは豚である。人間のままのドゥリーヨダナとは足の長さが違っていた。
遠くでまた豚の悲鳴があがる。
アシュヴァッターマンと共に豚にされた誰かが捕まったのだろう。
(誰だ! キルケーを怒らせた奴は!!)
大魔女キルケーのキュケオーンを食べれば豚にされる。それはカルデアにいるサーヴァントなら誰もが知っていることだったが、魔術の発動に必ずしもキュケオーンが必要ではない、という事を知るものは少なかった。
だから、宴会で盛り上がっていた男性サーヴァント達はキルケーからの差し入れをなんの疑いもなく食べ。結果、カルデアには十数頭の豚が解き放たれたのだ。
その中には、ドゥリーヨダナの代わりに宴会に参加していたアシュヴァッターマンも含まれる。
アシュヴァッターマンの額の宝珠は多くの精神異常を弾くが、大魔女の魔術までは防げなかった。もしかして、アシュヴァッターマン(豚)の意識がアシュヴァッターマン(人)のままなのは宝珠の恩恵かもしれなかったが、知り合いに豚になった者がいないアシュヴァッターマンには分かるはずも無い。
「おーい! 待たんか!!」
ドゥリーヨダナの声に、ともかくアシュヴァッターマン(豚)は走る。
数ある豚の中から何故かアシュヴァッターマン(豚)を追いかけてくるドゥリーヨダナにだけは、この豚がアシュヴァッターマンだと知られたくないのだ。
◆
話は数日前に遡る。
「おまえ、──美しい男だったのだなぁ」
感嘆したようなドゥリーヨダナの声にアシュヴァッターマンは息を止めた。
荒野に風が通り過ぎていく。
アシュヴァッターマンと共にシミュレーションで手合わせしていた数人の男達が思わずといった風に動きを止める。
それに構わず、召喚されて間もないドゥリーヨダナは続けた。
「まさか。サーヴァントになって顔が変わったとか、ではないよな?」
さっきまで戦っていた男達が柱のように立ち尽くす間を抜けてドゥリーヨダナが、アシュヴァッターマンの顔を覗き込む。
紫水晶の瞳に真っ直ぐに見つめられてアシュヴァッターマンは人形のようにぎくしゃくと口を開いた。
「
…
俺に、そんな逸話は、ねぇ」
それは生前ずっと一緒にいたドゥリーヨダナも分かっているはずだった。
だというのに、ドゥリーヨダナは不思議そうに首を傾ける。
「だよなぁ。だとすると、おまえは生前からそんなにも美しかったことになるのだが」
そんなドゥリーヨダナに、さっきまでアシュヴァッターマンと拳を交わしていたベイオウルフが声を掛けた。
「おいおい、アシュヴァッターマンはあんたの臣下だろう? 顔ぐらい見てなかったのか?」
明らかな非難に周りの男達も同意する。そんな彼らにドゥリーヨダナは大げさに両腕を開いた。
「仕方ないであろう! わし様は忙しかったのだ。──それに美醜など強さに関係がなぁい!!」
「確かにそうだ」
頷く男達の中で燕青が腕を組んだ。
「──でもさぁ。部下の顔を覚えてないってのはやっぱり主君失格でしょ?」
その言葉にドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンに視線を投げた。話していいのかという確認にアシュヴァッターマンが前髪をかき上げる。
「俺が、顔を見られるのが嫌いだったんだよ。──どいつもこいつも俺の目の上ばかり見やがるから」
「難儀だねぇ」
燕青が詫びるようにアシュヴァッターマンの肩を軽く叩く。前髪を降ろしたアシュヴァッターマンはそんな彼を小突き返した。
そんなアシュヴァッターマンに燕青が笑いながら囁く。
「甘えられてるねぇ」
アシュヴァッターマンの顔が赤く染まる。
生前顔をろくに見ていなかったと告白しても、アシュヴァッターマンはドゥリーヨダナを見限らない。そう確信がないと衆目の前でこんな事は言えないのだ。
それだけでなく。
「仲良しが多くて結構なことだ。これからもアシュヴァッターマンをよろしく頼むぞ」
彼らはドゥリーヨダナが召喚される前よりアシュヴァッターマンと付き合いがある。そう分かっていて言うドゥリーヨダナをマスターなら『マウントを取ってる』と評するだろう。
アシュヴァッターマンは顔を覆った。
生前ですらこんな仕草はされた事がない。
親しくはしていても彼にとってアシュヴァッターマンはあくまでドローナの息子で、使える戦士でしかなかった。
だからこそ、アシュヴァッターマンの忠言は最後まで聞き入られることはなかったのだ。
「──旦那、」
「どうした? 我が戦士よ」
調子の良い事を言うドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは顔を上げる。
「──あのことなら、俺が勝手にやったことだ。旦那が気にする事じゃねぇよ」
ドゥリーヨダナの片眉が上がる。
生前と今。ドゥリーヨダナとアシュヴァッターマンの関係性が変わるとしたら、あの夜襲と三千年の呪いが要因であることは明白だった。
アシュヴァッターマンの言葉にドゥリーヨダナはすぐに答えず。ぐるりと視線を巡らせて、ぴたりとひとりの戦士の前でそれを止めた。
「ふむ。そこのバーサーカー。どこぞの王らしいが、おまえは臣下がやった事は臣下の責任だと思うか?」
問われたベイオウルフは口の端を上げた。
「いいや。そんな事言うヤツは王の資格なんざねぇ」
その断言にドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを見る。
「だそうだ。──アシュヴァッターマン。おまえはわし様のことを王だと思うか?」
アシュヴァッターマンの答えはひとつしかなかった。
「──我が王よ。御身の他に私の王はおりません」
頭を垂れたアシュヴァッターマンにドゥリーヨダナは胸を張る。
「そうだ。おまえのものはわし様のものということだ。わははははは」
ドゥリーヨダナの高笑いが響く。
そこに、燕青が声を投げた。
「で? オウサマはわざわざアシュヴァッターマンの顔を褒めに来たのかい?」
その言葉にドゥリーヨダナが手を打ち鳴らす。
「あまりの美しさに忘れておったな! アシュヴァッターマン、マスターが呼んでいるぞ」
「それを早く言ってくれ!!」
わざわざドゥリーヨダナを使いに出すなら、そこそこの急用のはずだ。中座する事を断って走り出したアシュヴァッターマンにドゥリーヨダナも続いた。
◆
サーヴァントの全力疾走は風よりも早い。故に、建物やストームボーダーの中では加減して走らなければならない。
だから、足が早いアシュヴァッターマンにもドゥリーヨダナは並走出来るのだ。
昼時なのを忘れて打ち合っていた男共のひとりは主を連れて人の気配が遠い通路を早足で進む。
「旦那、マスターの用件は何か聞いているか?」
アシュヴァッターマンの質問にドゥリーヨダナは悪びれなく笑った。
「ああ、あれは嘘だ」
急停止したアシュヴァッターマンに、ドゥリーヨダナも足を止める。
「わし様はおまえに会いたかったのだ。──ダメか?」
問いかけられてアシュヴァッターマンの顔に血が上る。何を言っていいのか分らずにぱくぱくと口を開閉させるアシュヴァッターマンにドゥリーヨダナは手を伸ばした。
その指先が赤い前髪をすくい上げる。
ドゥリーヨダナが一歩踏み込む。アシュヴァッターマンの視界にドゥリーヨダナの顎だけが映った。
「な、んで
…
??」
額にキスをしたドゥリーヨダナは不思議そうに首を傾げてみせる。
「当世での親愛表現と聞いたが、違うか?」
「違わ、ねぇ。けど
…
」
ドゥリーヨダナは気まぐれのようでいて計算高い。それはアシュヴァッターマンもよく知っている。
だからこそ、生前親しくはしても戦士のひとりとしてしか扱われなかった自分に対して、いきなり態度を豹変させたドゥリーヨダナの意図が分からない。
「旦那」
複雑怪奇なドゥリーヨダナの思惑を推測してもしきれるものではない。アシュヴァッターマンは本人に確認することにした。
「いきなりどうしたんだよ?」
「いきなりではないぞ」
即答したドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンのむき出しの肩に両手を置いた。
「わし様は生前からこうしたかったが、ドローナ師がこわ
……
げふん、家臣どもの目があったからなぁ。鋼の理性で我慢しておったのだ」
(嘘だな。)
アシュヴァッターマンは即座に判断した。少なくともこれは真実だけではない。
いくら昔アシュヴァッターマンが嫌がっていたとしても、顔もろくに見ていない相手に親愛も何も無い。
肩に置かれた手のひとつに、アシュヴァッターマンは自分の手を重ねた。
ぎゅっ、と押さえる。
「
…
旦那、怒らねぇから。何が欲しいんだ?」
「わし様が欲しいと言ったら何でもくれるのか?」
確認にアシュヴァッターマンは頷いた。
アシュヴァッターマンはドゥリーヨダナのためにシヴァの炎にも身を投げた。禁じられた夜襲を行った。三千年の呪いを受けても後悔はしなかった。今更渡して惜しむものなどない。
ドゥリーヨダナが口を開く。
「生前はおまえの忠義が欲しかった。なにしろ、おまえがわし様に味方してくれなければ、ドローナ師はパーンダヴァについただろうしな」
「
…
そうだろうな。でも、あんたはずっと俺の気持ちに気づかなかっただろう?」
その言葉に紫水晶の瞳が見開かれた。
「おまえ、気づかれてないと思っておったのか!? あんなに分かりやすかったのに!!」
「ハァ!? じゃあなんであんたはずっと!」
叫ぼうとしたアシュヴァッターマンの唇に指が置かれる。魔性が微笑った。
「人は満足すれば飽きるものだ」
ろくでなしはそう言ってアシュヴァッターマンの唇に触れる。唇で。
「今のわし様はおまえが欲しい。アシュヴァッターマン」
吐息のように囁かれてアシュヴァッターマンの中身がぐるぐると渦を巻く。
「い、いまさら、」
「こんなチャンスは二度とないであろう?」
カルデアのように召喚されたサーヴァント達がひとつの陣営に揃うことはまずない。大抵は殺し合いだ。
だからこそ──。今ならばドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンに飽きられてもダメージがない。いや、きっと。ドゥリーヨダナは知ったのだ。アシュヴァッターマンが自分をどれだけ愛しているのかを。
勝てる勝負がなによりも好きなろくでなしは微笑んでアシュヴァッターマンの答えを待っている。
それに、アシュヴァッターマンは答えた。
「あんたのものにはならねぇ」
「うむうむ。わし様はこの上なく魅力的だからな、ってなんだとぉおおお!!」
驚いて叫ぶドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは冷静に返した。
「理由はいくつかあるが。──旦那。今言っただろう。『人は満足すれば飽きる』」
「ぐぬぬ」
飽きっぽいことでは定評があるドゥリーヨダナが反論出来ずに唸る。それにアシュヴァッターマンは柔らかく笑いかけた。
「あんたに飽きられたところで俺の気持ちが変わるわけじゃねぇが。だからと言って飽きられたくはねぇ」
静かな反論にドゥリーヨダナは子供のように唇を尖らせる。
「生前はあーんなにわし様に構って欲しがっておったのに。そんな生意気なことを言う口はこれか? 今しかない大サービスだぞ!!」
唇をつっつかれてアシュヴァッターマンは顔を綻ばせてしまう。
確かに、生前アシュヴァッターマンはドゥリーヨダナの歓心を買おうとして必死だった。贈り物を捧げては対価を聞かれ、戦いで活躍すれば恩賞を与えられ、その心はなにひとつドゥリーヨダナには届かなかった。
だけど今のアシュヴァッターマンは知っている。望むことをやめたからこそ手に入るものがあるのだと。
今は何も持たない手に生前手に入ることがなかったスダルシャンチャクラの感触が蘇る。ドゥリーヨダナのため、武勲のため、名誉のために欲しかったその武器は、その全てを手放した時にこの手に落ちてきた。
三千年呪いと共に彷徨った今は、ドゥリーヨダナから歓心を買うどころか何かを返してもらおうなど思っていない。だというのに、ドゥリーヨダナの方から昔欲しくて仕方のなかったものを慈雨のように降らせてきたのだ。
(飽きられたくねぇなんて、嘘だ)
いや、その気持もある。
ただアシュヴァッターマンは、この慈雨をもうしばらくの間だけでも浴びていたいだけなのだ。
気まぐれで欲しがりのドゥリーヨダナが自分を乞うこの瞬間が、1秒でも長く続けばいいと。さもしく思ってしまうのだ。
「再度言うぞ。アシュヴァッターマン! わし様のものになれ!」
「断る」
「ぐぬぅ」
悔しそうに顔を歪めているドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは安堵する。この人は怒っていると仕草に出している間はそれほど恐ろしくはない。激怒した時こそ普段通りのまま切り捨てるのだ。
だから、何をするでもなく、ただ怒ってみせているということは。
(甘えられている)
怒っているぞと伝えればアシュヴァッターマンが態度を変えるのではないかと期待されているのだ。子供が母親に甘えるように。
その証拠に、アシュヴァッターマンが押さえていた手を離しても。ドゥリーヨダナの手はアシュヴァッターマンの肩から離れなかった。
アシュヴァッターマンがドゥリーヨダナを見る。ドゥリーヨダナは小首を傾げた。
意識していないだろうその仕草に、アシュヴァッターマンは思わず目を閉じる。
幼い頃に見上げていたドゥリーヨダナは、アシュヴァッターマンが長じても大きく見えていた。今、ほぼ同じ目線の高さで見るドゥリーヨダナに今まで感じたことのない何かが胸を熱く染める。
無理に言語化するなら、それは。
(かわいい)
アシュヴァッターマンは目を開いた。目の前には体格のよい髭の中年手前の男性が立っている。愛嬌のある表情がぎゅっと眉を寄せた。
「こら。アシュヴァッターマン、聞いておるのか?」
「俺があんたの言葉を聞き逃したことなんてねぇよ」
「ふぅん? そうかぁ??」
ドゥリーヨダナが不満そうにアシュヴァッターマンの肩に指を滑らせる。それがくすぐったさ以外の感触をもたらしそうで、アシュヴァッターマンはわずかに体を捻って避けた。
「俺があんたのものにならなくても、旦那の戦士であることには変わりねぇよ」
「わし様がそれで納得すると思うのか?」
肩に滑らせた指先をそのまま向けられたアシュヴァッターマンはそれをそっと掴む。
「旦那は好きにすればいい。──何をされようが俺は変わらねぇよ」
何故なら、これ以上はなくアシュヴァッターマンはドゥリーヨダナを愛しているのだから。変わりようがない。
言わなかった言葉は伝わるはずもなく、ドゥリーヨダナは空いた手でアシュヴァッターマンの頬を撫でた。
「わし様は諦めんぞ」
「──あんたが執念深いのは知っている」
紫と金の視線が混じり合った。
◆
その数日後。アシュヴァッターマン(豚)は走っていた。
ドゥリーヨダナは諦めないとの言葉通りにあれから顔を合わせる度に、あの手この手でアシュヴァッターマンを口説いていた。その彼がアシュヴァッターマン(豚)を追いかけている。
アシュヴァッターマンは今まで知らなかったが。ドゥリーヨダナは意外と無理強いはしなかった。
相手の好ましいと思うところを告げ、嫌がられない範囲で体にそっと触れる。それだけである。定番の贈り物がないのはアシュヴァッターマンの性格と、対価として望んでいないというアピールだろう。もちろん、大げさな口説き文句に数えきれない程のバリエーションはあったが、アシュヴァッターマンが忙しい時は口説くこと自体を控えてくれた。
それが手練手管と分かっていても。こちらの事を考えてくれているようで嬉しく感じてしまう。
(なんであの人の妻はあんなに少なかったんだ?)
アシュヴァッターマンは不思議に思う。
豊かなクル国の王子という立場だけでも妻になりたいという女は山を成していた。あの調子で口説けばさらにその数は増えただろうに、その中でドゥリーヨダナが選んだのはほんの数人だ。
何度か見た事のある彼の妻は、目を見張るほど美しいというわけではなかった。
なのに何故。ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを美しいと言うのだろうか。
浴びるように告げられる口説き文句の中、違和感を感じるのはどうしてもそこだ。
強いと褒めそやされるのはいい。性格だってまあ分かる。だが。──アシュヴァッターマンが美しくてもドゥリーヨダナになんの得もないのだ。
だから、アシュヴァッターマン(豚)は走る。
ただの口説き文句のひとつだったかもしれないが、ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを美しい、と言ったのだ。
強さならまあそれなりに自信がある。性格は変えられない。だが。──美しいという未知の評価はアシュヴァッターマンにとって雪のように不確かなものだった。
豚が醜いとは思わないが、美しくはないだろう。
アシュヴァッターマンを美しいと言ったドゥリーヨダナが豚の自分を見てどう思うのか。アシュヴァッターマンは知りたくなかった。
(情けねぇ!!)
自分の惰弱さへの憤怒でアシュヴァッターマン(豚)は床を勢いよく蹴って走る。
特徴的なドゥリーヨダナの足音は段々と近づいてきている。このままでは追いつかれることは目に見えていた。
ストームボーダーはその機能性から通路に豚が入り込めるような隙間などない。ドアも人間用で少なくとも豚には開けられない。誰かがドアを開けた瞬間に滑り込むしかないが、逃げ出した豚に騒いでいる人々ばかりでは、そんな幸運はなさそうだった。
かくなる上は敏捷値に物を言わせてドゥリーヨダナをすり抜けるしかない。
急停止して方向を変えたアシュヴァッターマン(豚)は駆け込んでくるドゥリーヨダナと向かい合う。その足元に狙いを定め、力を溜め──、
「待て! アシュヴァッターマン!!」
名を呼ばれて動揺したアシュヴァッターマン(豚)は次の瞬間にはドゥリーヨダナに抱え上げられていた。
「ぶひー!!!」
「こら、暴れるな」
筋力A+で掴まれて別の意味で鳴き声をあげてしまったアシュヴァッターマン(豚)にドゥリーヨダナは慌てて力を緩めた。
「これでどうだ? ん? よしよし。大人しくなったな」
ドゥリーヨダナに顔を覗き込まれてアシュヴァッターマン(豚)はせめて横を向いた。
それにドゥリーヨダナは笑う。
「かわいい姿ではないか。アシュヴァッターマン! 色男が台無しだなぁ」
その声色に失望などがないのを聞き取って、アシュヴァッターマン(豚)が振り向くと視界いっぱいにドゥリーヨダナの顎が映った。
いつかと同じように額にキスをしたドゥリーヨダナはおかしそうにまた笑う。が、
「うわっ!」
一瞬の煙と共に、アシュヴァッターマン(豚)が消え、代わりに煙が去ると同時にそこに立っていたのはアシュヴァッターマン(人)だった。
「旦那、」
「なんだ、時間切れか? 大魔女の呪いとやらも大した事ないではないかぁ!!」
「旦那!」
笑うドゥリーヨダナの背後から小さな人影が現れた。通りすがりにこちらの様子を見ていた人々が一斉に逃げ去る。それに気を止めず彼女は口を開いた。
「それは真実の愛によるキスの解呪だよ。私の魔術の出来には関係ないね」
ゆっくりとドゥリーヨダナが振り返る。そこには翼を持つギリシャの大魔女が微笑んでいた。
「覚悟はいいかい? ドゥリーヨダナ」
「わし様が何をしたと言うのだっ!? ただ、その服を褒めただけだろう!!」
言い訳に大魔女は悪夢のように唇だけを動かした。
「そうだね。──『年の割には可愛い服が似合うではないか!』」
声色まで再現されてアシュヴァッターマンが額に手を当てる。それは弁護のしようがない。
「待て! 金ならある!!」
後ずさろうとするドゥリーヨダナをアシュヴァッターマンは押し留めた。巻き添えで豚にされたサーヴァントが複数いるのだ。ここで逃げればもっと大事になる。
魔力が収束する。大魔女が鮮やかに笑った。
「あまーい時を過ごそうじゃないか。──待たせたね、私の愛しいピグレット達! 宴を張ろう、饗宴を開き、客人をもてなそう! さぁ、暴れ呑み、貪食せよ!『メタボ・ピグレッツ』!!!」
「ぎゃあああああああ!!!」
大魔女の哄笑と共に宝具がドゥリーヨダナを襲う。一瞬の後に、そこにはドゥリーヨダナ(豚)がひっくり返っていた。
「厨房に差し出さないだけ優しいよね」
その言葉にアシュヴァッターマンは言い訳のしようがなく黙って頭を下げた。
その足をドゥリーヨダナ(豚)が頭突きする。
「
…
やめろ、旦那。装甲で怪我すんだろ」
「ちゃんと監督しておいて。──次はないよ」
更に頭を深く下げたアシュヴァッターマンと足元の豚を一瞥してキルケーが去っていく。
その気配が消えたのを確認してアシュヴァッターマンは跪いた。ドゥリーヨダナ(豚)を抱えあげる。アシュヴァッターマン(豚)と異なり大人しく抱き上げられた豚は不満そうに丸い鼻を動かした。
アシュヴァッターマンから見て、豚はドゥリーヨダナが言うほどかわいいとは思えない。それがドゥリーヨダナでなければ。
「
…
俺は、どんな姿でもあんたを愛してる」
「ぶひー!」
明らかに文句を言っているドゥリーヨダナ(豚)にアシュヴァッターマンは確認した。
「──『真実の愛によるキスの解呪』。魔術を使う者は魔術に嘘をつかねぇ。旦那?」
「ぶひひ」
ドゥリーヨダナ(豚)の視線が明後日の方角に向けられる。
愛していると。正直にそう言われればアシュヴァッターマンは素直にドゥリーヨダナのものになっただろう。
勝てる勝負だと油断したのか、まわりくどい方法を選んだドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンはため息をついた。
「これ以上、愛することはねぇと思っていたんだがなぁ」
魔術が発動する程の愛はそうそう無い。通り雨だと思っていたら海のように愛されていた事を知ってアシュヴァッターマンはドゥリーヨダナ(豚)を引き寄せた。
唇を触れさせる。当然のように煙があがり。魔術は解呪された。
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