ちよど
2024-12-20 00:00:00
2507文字
Public わし様など
 

カルナが母を想う話

アシュヨダ。カルヨダ。母親への言葉を後悔しているカルナさんの話。pixivより再掲

 ──あなたには5人の子供が残るだろう。

 そう告げた時の彼女の表情をカルナは決して忘れることはない。



 ぱちり、とカルナは目を開けた。
 明かりを消した部屋は薄暗いが、サーヴァントの視力なら天井の模様までよく見える。
 ここはストームボーダーのサーヴァントに割り当てられた部屋のひとつだった。
 カルナが横になっていた大きな寝台は先程敷布を取り替えたばかり、さらさらとした上質な肌触りが広がっている。
 すうすうと寝息が聞こえた。
 首を巡らせれば、赤い髪が見えた。
 重力に従って下に流れる短い髪は形の良い耳を上にし、閉ざされた瞼を彩っている。
 それが開いた。
 金色の瞳がカルナの視線を受ける。
 アシュヴァッターマンは伏せていた体を起こし、その場所を空けてくれた。
「感謝する」
「当たり前だろ」
 カルナは譲られた至尊の場所にアシュヴァッターマンと同じように耳を当てた。

 ──とくん、とくん、

 心音が聞こえる。
 カルナとアシュヴァッターマンの間で大の字に寝入っているドゥリーヨダナは、胸の上での交代など気づかずにすやすやと寝息を立てていた。
 睡眠も、心音も、サーヴァントには必要ない。事実一部のサーヴァントは眠らず呼吸もしないと聞く。
 だが、彼らの王は人らしい在り方を好んだ。
 食を楽しみ、遊びに興じ、眠りに耽溺し、──人肌に触れ合う。
 カルナもアシュヴァッターマンもそんなドゥリーヨダナに巻き込まれて、──いや、自ら望んでその狂騒に飛び込んでいた。

 目まぐるしく騒ぎを起こすドゥリーヨダナと共にあれば、毎日が夢のように輝く。

 だからこそ、ドゥリーヨダナが静かに眠っている時は不安になるのだ。

 心音はまだ続いている。

(何かあったのか?)

 アシュヴァッターマンがカルナに囁く。
 ドゥリーヨダナを起こさないよう配慮された声量に、カルナは同じ声量で返した。

(──母の夢を見た)
 カルナの実母の事だと察したアシュヴァッターマンが表情を硬くする。
 それを宥めるようにカルナは目を伏せた。
(酷い事を言ってしまった。──今生の別れだったというのに)
 戦場で敵を殺さないということはありえない。アルジュナとカルナが戦えば残るのはひとりだけだと、戦を知らぬ母には分からなかったのだろう。それをあの時のオレは無慈悲に突きつけてしまった。
 そう囁くとアシュヴァッターマンは目尻を吊り上げた。
(お人好しにも程がある!そもそもあの女が)
(未婚の娘に他に方法があったとは思えん。育てた子供を愛するのも当然だろう。──仕方のない事だ)
 カルナはドゥリーヨダナの胸の上から体を起こした。
(それに母は、一度オレを助けてくれた。それで充分だ)
(パーンダヴァの母后がアンガ王のあんたをか?)
 信じられないと顔に出しているアシュヴァッターマンにカルナは少し微笑んだ。

 ──あれは、五王子達が森に追放され、母だけがハスティナープルの宮殿に残っていた時の事だ。
 オレは用事で王宮に出向いたが、門番が扉を閉ざし中に通してくれなかった。
 御者の息子は王宮に入る資格はないと。
 ああ、ドゥリーヨダナは出かけていた。
 どれほど問答しようと、見物人がどれほど集まってこようと門番はオレを通そうとしなかった。
 度重なる侮辱に耐えかねて、オレは押し通ろうとそうだ、今では分かっている。王宮に押し入るなどいくらドゥリーヨダナでもオレをかばいきれない。それどころか巻き添えにしてこの男も失脚していただろう。今にして思えばそれが相手の狙いだったのだろうな。
 その時だ、門が内側から開いた。
 いいや、ドゥリーヨダナではない。母の一行だった。
 飾り立てられたその行列が通り過ぎると同時に俺は門をくぐり抜け、無事用事を済ませる事が出来た。
 知っての通り、母とオレとは使う門が異なる。当時はよほどの急用があったのかと思っていたが。

(母の息子たちが追放された場にはオレも関わっていた。憎まれるのが当然だというのに。──母は俺を助けてくれた。それで充分だ)
 カルナがそう繰り返すと、アシュヴァッターマンは眉間に皺を寄せた。
 考え込むように言葉を紡ぐ。
(──あんたが死んだ夜。俺は戦場であの女を見た)
 カルナがわずかに目を瞠る。彼女が戦場にいく理由が思いつかなかったからだ。
 アシュヴァッターマンが遠い記憶を思い出すかのように目を伏せる。
(ユディシュティラとビーマが彼女の後を追いかけていた。あのふたりがいてアルジュナがいないのもおかしいと思ったが。──あれは、あんたの骸を探していたんだな)

「その話、わし様は聞いておらんが?」

 割って入った声にふたりは驚かなかった。途中から寝息が変わっていたのに気づいていたからだ。
「報告しようと本陣に行ったら、あんたが取り乱していたせいでそれどころじゃなくなったんだよ」
「取り乱していた?」
 アシュヴァッターマンの言葉にカルナが首を傾げる。
 その色素の薄い髪をドゥリーヨダナの浅黒い指が軽く引っ張った。
「薄情者め。わし様が友の死を嘆かないと思うのか?」
「──すまない」
 謝罪にドゥリーヨダナはカルナの体を引き寄せた。
 表情が乏しいその顔を覗き込む。

「わし様のカルナ。──おまえが居なければどんな勝利も意味はない」

 カルナは目を閉じた。
 拾い子であるカルナの全身全霊を自分のものだという欲深い男。そこがカルナの帰属する唯一の場所だった。
 ドゥリーヨダナがアシュヴァッターマンも引き寄せる。
「わし様のアシュヴァッターマン。──おまえが居なければどんな喜びも意味はない」
「口が上手い男だ」
 カルナの詰りにドゥリーヨダナは笑う。カルナも笑ったし、アシュヴァッターマンも笑った。
 ここには主がいて友もいる。
 ドゥリーヨダナに与することはカルナの中で揺るがない。同じように母にも揺るがないものがあっただろう。その対価に何を支払っても。
 それだけの話なのだ。──それだけの話だったのだ。


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