さもゆ
2024-12-10 02:45:32
2226文字
Public H×H
 

【H×H】おやすみ

ゴンとクラピカ。原作、キルアを実家から取り戻しに行くときの飛行船内にて。

2021.12.17 たべものpixiv投稿作品

 呻き声ではなかった。
 けれどもゴンはそれを同等の音と捉えたし、一瞬、そばで眠るキルアが苦しんでいるのかと案じたものの今そばに彼はいないと思い直して、ぱちり、目を開けた。
 ハンター試験中、ほとんどずっと一緒にいたためすっかり寝起きに彼がいるものとして考えてしまっている。あまり好きではないらしい実家に自ら戻ったという、これから連れ戻しに行くゴンの友だちはちゃんと眠れているんだろうか? ……眠れているかもしれない、彼は図太いし。
「クラピカ」
 飛行船の稼働音に掻き消される呼び声は、そうでなくとも、周りがみんな眠っているなかではとても小さく誰の耳にも届かなかっただろう。個室のないこの飛行船では乗員はみな自分たちのボックス席で眠るしかなく、まだ陽も昇っていないうちに大きな動作をするのは憚られた。
 そうやってゴンがそっと名を呼んだ真向かいの彼はやはり呻いてなどいなかったし、魘されているようでもなかったが、しかし確かに呼吸が引き攣れている。閉じた瞼の裏側であの鳶色の眼球が痙攣しているのがまつ毛の震えにより分かった。彼の隣でいびきを掻いている医者志望のレオリオを起こそうかと思ったが、これは体調不良ではなく悪夢によるものだと直感し、ゴンはもう一度「クラピカ」と今度は腰を浮かせて、眠る彼の肩を掴み呼びかけた。
 体に触れた途端彼はバネ仕掛けのように跳ね起き傍らに置いていた双剣を手にし、もう片手でゴンの頭を鷲掴んで自身へと引き寄せた。二人とも悲鳴こそあげなかったが、どくどくと脈拍があがっていた。ゴンは単純に驚いて。ならばクラピカは?
 彼はしばらくそのまま暗い船内を睨みつけて息を殺していたかと思えば、やがて、ゆっくりと、詰めていた息を深く吐き出し剣を下ろした。ゴンを掴んでいた手から力が抜けていき、彼の胸板で潰されていた鼻が酸素を取り込み始める。ゴンは顔を上げちらりと鳶色を窺った。
「すまない」
 気づいたクラピカはゴンから手を離し、きちんとゴンの目を見て言った。「悪い夢を見ていた。手荒に扱っただろう、首は捻っていないか?」
 ゴンは鼻を押さえながら軽く答えた。「鼻ぶつけちゃった」
「本当にすまない。平気か?」
「全然平気だよ。クラピカは?」
「私も、ああ、いや。目の色はどうなってる?」
 彼は念のためというふうに訊いてきた。もちろん薄暗がりのなかで緋の眼は輝いていないし、夜目が効くゴンにはよく見ずともその大きな瞳の色が分かる。
「飛べちゃいそうなくらい鳶色だよ」
「何だ、それ」ふと吐息だけで笑い、ようやく、気も緩めたようだった。「なら、良かった。私も全然平気だ」
「良かった」
「すまないな、起こしてしまって。うるさかっただろう」
「ちっとも! あんなに静かに悪夢見てるひとオレ初めてだもん」
「でもお前は起きた」
「違うよ、レオリオのいびきがうるさかっただけ」レオリオごめん、心の中だけで謝る。しかしあながち間違いでもあるまい、ぐご、といびきがまるで相槌を打つ。「悪い夢ってさ、」どんな夢? とはゴンは訊かなかった。その代わり、クラピカの手を取って自分の席へと座る。彼の指先は冷たく、ゴンが握ると少しばかりびくついた。「誰かと手を繋いで眠ると、見なくなるんだよ」
「それは、……初めて聞いたな」
「そうなの?」
「ああ。ひとに話すといい、とはよく聞くが」
「えーっ、怖い話なんて聞いたら眠れなくなっちゃうじゃん。大丈夫、オレに任せて。ミトさんお墨付きなんだ、オレと寝ると楽しい夢が見られたって。寝相は悪いんだけど……でも座ってるからマシなはず」
 言いながらくいくい手を引っ張ると、クラピカは軽く引っ張られるがまま腰を浮かし、ゴンの隣に座り直した。あんまりないことだな、ゴンは思った。大体いつも座るときは真向かいか、歩くときは後ろにいる。そこでゴンとキルアを見守ってくれている気さえする。何か眩いものでも見るように猫目を細めて。
「キルアを、」
 船内は暗いはずなのに、クラピカはやはりそんなふうに目を細めてゴンを見つめた。
「こういう言い方で合っているか分からないが。早くお前の隣に、取り戻さないとな。今ごろ悪夢を見ているかもしれない」
「うん。……うん、大人しく悪夢見そうなやつじゃないけどね」
「ふふ、そうだな、同感だ」それから、そっと言った。「今夜だけは、お前の隣を借りるよ、ゴン。煩わしければ離してくれて構わない」
「オレの手は二本あるよ?」
……そうだな?」
「だから、べつに今夜だけじゃなくってもいいよ。キルアが戻ってきて、悪夢見たときはそりゃ手握ってあげるけどさ。クラピカの手だって握れるよ」
 ぎゅう、剣ダコのある大きくて冷たくかさついた手を握りしめる。
 なぜかクラピカは益々その瞳を細め、とうとう閉じきると、背もたれに体を預けて呼吸を深くした。
 眠たくなってきたのかな、ゴンも同じように瞼を閉じる。三人で手を握って眠って、でもきっとオレとキルアは寝相が悪くてベッドから落ちたりして、それで寝坊したのをレオリオが起こしてくれて――どれだけ寝相が悪くても起きるまではせめて指先だけでも握ったままでいられたらいいんだけど。ゴンは自分の楽しい想像を追いかけるようにクラピカの指先をまたきゅうと握りしめる。
「ありがとう、ゴン。おやすみ」
「おやすみ、クラピカ」
 指先の熱はじんわり、彼を温めている。