さもゆ
2024-12-10 02:33:39
2381文字
Public BF
 

【A英】おもしれー友人

平穏!付き合ってない!

2024.3.25 たまごのお粥pixiv投稿作品

 エッ近いな。
 まず思ったのがそれだった。思ったまま身体をのけぞらせようとして、さすがにそれは失礼かと思い体勢を整える。その整えた体勢を、相手はよろけたと思ったのか更に距離を詰めてきた。えっ? また内心で首を傾げる。ち、近すぎる。
「この角を、こっち?」
 問われた内容が寸の間理解できない。
 英二はきょとんと相手を見つめ、ああ、えっと、と手元の地図に視線を落とした。いま自分は地図を持った通行人に道を聞かれていた。なるべく力になってあげたいが、ぱっと見で分かる通り現地人ではないので不安は大きい。「ええと、いえあなたの目的地はこっちですよ」地図を覗き込み指差して、英語の教科書みたいに言葉にしてから顔を上げると今度は隠しようもないほどぎょっとしてしまった。相手の顔がすぐ目の前にあったからだ。鼻がぶつかりそうだった。
「日本人?」
 と腰に手が回る。指の動きが何とも不自然に感じる。
「えッ?」心の声そのままが喉から飛び出ていた。「近っ」明らかに初対面の距離ではない。これがアメリカ人の普通なのかどうか考えようとしたが、だめだ無駄だ、周りに普通の──公序良俗に反していない、という意味の──アメリカ人がいない。初手でキスしてしまった相手が友人なのだ、腰に手を回されるくらい何ともないような気がしないでもないやいやいや道を尋ねるのにゼロ距離はおかしい。おかしいだろう。
 しかも尋ねられたのは道だけじゃない。
 英二は無意識に財布をしまっている服の内側に手を這わした。それぐらいの危機感は、ある。見ようによっては胸元を押さえて上目遣いを送る英二に、相手はぐいぐいと質問を重ねた。
「それとも中国人? 東洋人が珍しくてさ。いま暇? よかったら一緒に遊び行かない?」
「あー、ええっと、え? いえ、ノー」
「ノー? やっぱり日本人なんだ」
「や、そうじゃなくて。そうですけども」じゃなくて。だめだ落ち着け、日本語しか出てこない。これじゃ伝わらない。ひとつ深呼吸。「そのう、……すみません一度離れてもらえますか」ようやく英語で言えた。
 相手は鼻も額もくっつけそうな勢いで「なんで?」と訊いてきた。
 エッ。英二はまた言葉に詰まる。なんで、なんで? だってそんなの、「不愉快だからに決まってンだろ」声はすぐそばから聞こえた。
 ぐいっ、強引に男から引き剥がされる。たたらを踏んだ英二を支えたのは、声の通り不機嫌を眉間に寄せたアッシュだった。
「アッシュ」
 とてつもなくホッとして、胸元から手を離す。英二の肩を抱き寄せ男を睨みつけたアッシュは、「人の連れにちょっかいかけるの止めてくんない」と端的に告げた。わりと剣呑な態度に目を丸くして年下の高身長を見上げると、アッシュは翡翠の瞳をちょっとばつが悪そうに細めて、それからぱっと男に向かってわざとらしい笑みを見せた。「悪いね。道ならほかのヤツに訊いてよ。じゃ、俺たち急ぐから」そのまま英二の肩を抱いて歩き出す。
 英二は促されるように歩き、何事かを言っている男を振り返ろうと目線を少し動かしたが、結局、後ろを気にするのはやめてやはり隣の緑色に落ち着いた。
「あのさ、」
「なんだよ」
「やっぱりあれって、ちょっかいだった?」
「ハア?」
 金色の眉毛が歪む。「お前な、分かってたんなら」もっと嫌がれよ、そんなようなことを続けられたのは分かったが、合間にスラングが挟まっていて本当のところが分からない。まあとにかく、英二のために怒ってくれているのは察せたので英二はのんびり言った。「初対面のときの、きみみたいにさ、何か意図があるのかもとか勘繰ったりしたけど。でもやっぱり、不快に思ったら“ちょっかい”だよね。ごめんね。今度はもっと気をつけるよ」はー、しっかし、やっぱり僕って見た目から舐められやすいのかなあ。知ってたけど、へこむなあ。続いた英二の言葉をアッシュは全て聞き流したらしい、「じゃあ俺のアレ ・・は、」と少しの幼さをもってぽつりと言った。「不快じゃなかったってこと?」
「エッ」
 英二は正しく真意を汲み取り考えるまでもなく真っ先に答えていた。
「そりゃ、そうだろ。きみとのキスは、だってすごく面白かったし」
 キスって言っていいのか分かんないけど。だけどそれが、全てだ。
 聞いたアッシュは微妙な顔をして言った。
「日本語分かんないよ、オニイチャン。英語を忘れたのか?」
 おっと。英二は再度言葉にしようか逡巡したのち、アッシュの腰に手を回して「つまりまあ、こういうことだよ」と顔を近づけて笑った。不思議と、不思議でもないのか、当然だろう。思った通り、近すぎるということはなかったので。









おまけ。

 マスタード控えめのホットドッグを受け取る際、なぜか手をぎゅっと握られた。
 ぎゅっと握った店員は「どこの国のひと?」と質問を投げかけてきた。英二は戸惑ったものの、すぐに真剣な態度で答えた。「日本です。ごめんなさい。僕の肌触れるの、一人しかいないんです」ちょっとばかし英訳をとちったかもしれないが、店員はアッと目を見開いたのち謝って手を離してくれたので意図は伝わったらしかった。良かった。ホットドッグを持って、待っているアッシュを振り返る。
 と、アッシュはでかい手で顔を押さえていた。
……ど、どしたの」
「うるせー」指の隙間からスラングが漏れ聞こえる。「英二お前、お前ばか。馬鹿だぜおまえ」
……アッシュ、」英二はしたり顔で言った。「英語忘れちゃったの? バカしか聞こえない」
 ほんっとばか、アッシュは呻いて嘆いた。失礼な。馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ。……言ったら馬鹿にされるのは明白なのでさすがに言わなかった。でもほんと、おもしろいひとだと思う。アッシュ・リンクス。