フランソワーズが道の端にしゃがみ込み、耳を塞いで、目を瞑りだしたとき、アルベルトはおいおいと少し困ってどう声をかけようか考えてしまった。考えてしまうと如何にサイボーグでも言葉がスムーズに出てこないもので、ただ心配になったのは確かなのだから同じようにしゃがみ込んで「フランソワーズ」と名前を呼んでやる。
彼女は「大丈夫よ」と言った。
フランソワーズ。大丈夫よ。きっと呼びかけだけでこちらの意図が伝わったのは、仲間だからであり、そして、彼女の聴覚がほかの誰より優れているからだろう。彼女は俯き全てから遠ざかるように華奢な肩を丸めて、更に口を開いた。
「すこし、悪いようなの。その、体調が」
アルベルトは周囲を見渡し、街にいる誰の気もこちらに向いていないのを確認してから、ようやく言葉らしい言葉を囁いた。「安心しろよ。傍から見りゃ、立派に血の通った貧血患者と、その付き添いだぜ。飲み物でも買ってきてやろうか」
「そんなブラックジョーク、平気なの」
「誰も聞いちゃいないさ。ああ兵器だろ、俺たち」
「ふふ、いつからブリテンみたいなこと言うように……」
「気が落ち着くかと思って」
いや、落ち着かせるようなことを言うなら、ジョーを真似するべきだったろうが、そこまで図々しくも厚かましくもない。
彼女が道端にしゃがみ込んだとき困ったと思ったのは“この役目は俺じゃない”と思ったからだった。
いまのようにこの十以上も歳の離れた娘が苦しんでいるときは、いつだって同じくらい若い男がそばについていた。微笑ましかったしやれやれと思ったりしながら見ていたものだが、いざ自分しかいない状況になるとどう対応したらいいか分からなくなる。
フランソワーズ――サイボーグナンバー003の――たまにある体調不良は、アルベルトには分からない感覚だった。彼女はゼロゼロナンバーサイボーグの中で一番生身の人間に近い。いちばん遠いところにいる自分とは、おそらく、どうしても相容れないものがある。だからといって生身の人間がより彼女のそばにいられるかと言うとそうでもない。その境目がサイボーグのかなしいところで、ジョーとフランソワーズはそこでお互いに寄り添って生きているようアルベルトには見えていた。
近いのはナンバーだけだ。全身兵器の、仲間や目的のためなら人間の少女すら手にかけてしまう死神では、きっと彼女をうまく慰められない。
「アルベルト」
フランソワーズはそっと、黙りこくってしまったアルベルトの革手袋に隠された鋼鉄の右手を取ると、彼の胸に身を寄せた。
「おい、」
「分かってくれているわよね。ここはひとが多いから、すこし、目と耳が疲れてしまうの」
「分かっているさ。こうすると落ち着いてくるんだろう」
「そうよ。だからこうして、仲間がそばにいてくれるだけでいいの」
まるでアルベルトのとっくの昔に死んでしまった心臓の音に耳を澄ましているかのようだった。
実際に聞こえるのは歯車が半永久的に回転し続ける冷たい音と、弾丸が発射されるのを今か今かと待ち望んでいる熱い金属音だけだろう。彼女はそれを仲間と呼ぶ。彼女だけでなく、00ナンバーの八人は皆そう呼ぶ。誰かを傷つけるためだけの機能を搭載された人造人間でも、絶対に。
「これじゃあどっちが慰められてるんだか」
アルベルトが溜め息混じりにぼやいてしまうと、フランソワーズは少女の面影そのままに悪戯っぽく笑った。
「だってあなた、まるで立派に血の通った貧血患者のように顔色を悪くするんですもの」
「ハッ。平気か? こんな街中でそんなブラックジョーク」
「ええ兵器よ。だから平気。わたしたち、いまはとても戦えないわ」
「そりゃとびきり平和で良いこった」
「安心して体調不良でいられるわね」
「おいおい、おい」
冗談じゃあない。
それでもお前に寄り添うのはジョーの役目だろうが。おっさんを頼るんじゃない。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.