さもゆ
2024-12-10 01:42:13
2624文字
Public 狂戦士
 

【セルファル】夢の熱さ冷たさ

お屋敷時代、ネーゼ様はピコに抱かれる夢を一度くらいは見ているんじゃないか、という妄想からきた話。
このお話の場合はあの「私を連れて逃げるなら…」より前ですが、後の場合でもまた違った夢を見ていそうだなあと思います。

2021.8.24 たまごのお粥pixiv投稿作品

夢の熱さ


 わたしはおまえに何もかもを曝け出しているというのに、おまえはそんなところまで触ろうと言うの。
 などと心の中では金切り声で叫んでいるのに、こんなときまでも、わたしの口はうまく動いてくれない。

 けれどお父さまを前にしているときとは、まるで違う。 

 はく、と音のない息を堪え、拾ったばかりのころとも、いまのわたしのものとも似ても似つかない骨張った大きな手が、からだ中を撫でていく感触に、ただ黙って怯える。それは男のひとの手であり、そして、わたしの知らないものでもあった。いいや、知識としてはある。でも、それだけだ。

 わたしが少女から女になると言うのなら、わたしが拾ったおまえは少年から何になるのだろう。近頃、そんなことを考えては、何になろうともおまえはわたしのものなんだからと決まって結論づけていたことが、いまにも偽りだと分かってしまいそう。

 指の節くれ立った硬さに、火花の幻影を見る。顔を、見せてほしかった。触られているのは分かるのに、そこに姿はなく、まるで炎に踊る影のようにゆらゆら揺れている。

 セルピコ。

 呼ぼうとしても、やはり声が出ない。おまえに対してはどんな言葉も出てくるのに、そのひとつも出せないまま、頭のなかからでさえほとんどの言葉が滲み消え、火に飲まれていく。内腿が震え、そして火花がまさに弾けそうになったとき、急速に不安に襲われた。もし。

 もし、この手の主が彼じゃなかったら。
 本当の本当にわたしの知らないひとだったら。

 このまま身を任せてしまっても、いいの?



「ファルネーゼ様」

 忘れていた呼吸を取り戻すように飛び起きると、傍らにかしずくわたしの従者が目を丸くして驚き(と言っても糸目の目尻と眉が跳ね上がった程度のつまらない顔だ)、大丈夫ですかとわたしの背中に手を伸ばして言った。
「中々お目覚めにならないと、メイド長が困っていましたよ。体調でも、」
 お悪いんですか、背中に伸びた手とは反対の手がわたしの額に伸びる。よく握った手で、握らせた手だったが、その手が汗ばむ額に届く前に叩き落とし、触るなと声を上げた。
「わたしの許可なく触れるな!」
 癇癪など手慣れたものとばかりに従者が両手を挙げる。「怖い夢でも見たんですか?」

 怖い夢。
 あれは夢で、夢のなかでは、一体どちらがそれを望んだのだろう?

 膝を抱え、いいから出ていけと怒鳴るわたしに昔みたいに手でも握りましょうかと呑気に訊いてくる従者へ枕を投げつける。イテっ、メイド長、呼んできますからね、と枕を返し扉に向かった後ろ姿に更に枕を投げつけるが、届くことなく扉が開いて閉まる。苛立ち、そばの燭台も投げつけた。こわいゆめ、怖い夢なんて。

 あれが本当におまえだったら、なんにもこわくなかったのに。

 体はまるで炙られたように熱く、何よりいちばん、憎らしかった。
 
 

夢の冷たさ

 
 雪の下で眠りかけていたわたしを無理やりに引き起こした彼女の体は、本当はもっと熱いんじゃないんだろうかとぼんやり、思った。
 
 これが夢だとただしく理解している。
 理解しているが、恐ろしいことに全てを制御できない。

 夢なんてそんなもので、大体、現実ですら制御できるものなんて自分自身だけだ。それなら夢のなかの自分も制御できたっていいはずなのに、そうじゃないということは、ひょっとすると、夢とは最も自分から離れたところにあるのかもしれない。夢と脳の仕組みを解説していた医学書が嘘を吐くことだってきっとあるだろう。

 ファルネーゼさまの体は本当はもっと熱い。
 だって彼女は炎になりたがっているから。
 
 氷のようにつるりとした肌、緩慢に降る雪のようにあえかな声、散らばる金糸の髪ですら凍えている。一体、どうしてだろう。こんなに凍った体では、触れるたびに、引っついて剥がれなくなりそうだ。
 
 剥がさなくてはいけないのに。

 こんな夢を見たいわけじゃない。年頃だろう。男という生き物がそういうものだとは自覚している。でもだからって。
 わたしが見ていい夢じゃない。

 凍ったまつ毛がふるりと震え、いつも真夜中の炎を灯している瞳が、冷たく暗く輝いている。もっと触って、青褪めた唇が彼女の声で言った。自分の手が、意識の外で動き、細い腰を掴もうとしていた。でも、と、またぼんやり思う。

 でも触ったら、離してあげられなくなってしまう。
 ぼくは雪の冷たさに慣れてしまって、彼女が炎を手放し氷になろうがきっとそれでも構わないと思っているんだ。

 二人でどこまでも。

 でもそうしたら。
 嵐の夜、一晩中握ってあげた手までもが、冷たく凍えてしまうんだろう。

 降り積もった雪のなか、互いの同じ温もりだけが、唯一だったのに。

 しかし手は白く細い腰を掴み、同じ氷になろうとしていた。これは夢だから、ああ嫌だなァと思う。

 今にも最悪な気分で目が覚めるぞ。



「最悪な気分だ」
 自分に宛がわれている次の間、目覚めた時間がいつも通りなことにだけは心底ホッとした。
 ついでに言うならば、思わず確認した下腹部がどうにもなっていないことにも、と思ったがそこを確認した自分にとてつもない嫌悪が走って思い切り顔を歪めた。自分が男という生き物だと、とっくに知っている。知っているが、認めていいものではない。どんな夢を見た? 腹違いの妹で、主であるファルネーゼ様を、……

 認められない。

 加えて何が一番そうって、離れる気もないくせに、殊勝にも「離してあげられないかもしれない」と一抹の不安を感じていた夢のなかの自分が、一等最悪だ。わたしは彼女のもので、彼女もわたしのものである、と確信していなければ、出てこない発想。だってそうだろう。ぼくたちは冷たく広く寂しい屋敷のなか、二人で一緒に生きてきたんだ。離してあげられないかも、なんて。

 たとえばぼくが風のようだったら、どこへでも好きなところに行く彼女のそば、お互いにずっと傷つきもしないでそばにいられるだろう。
 けれど雪の下、凍えた体同士では、擦り寄るだけで皮膚が割れ、少しでも離れようものなら裂けて血が出る。

 それでも構わないと思っているから、こんな夢を見る。

……最悪だなァ、ぼく」

 吐いた息ですら、白く凍えて落ちるようだった。