はなれ
2024-12-09 23:56:54
1815文字
Public 哥忌
 

どこどこ寝床、どきどき同衾

ナチュラルに一緒に寝ている哥忌

 手放しがたいぬくもりと、わずかに薄れた寝具の重さ、夜明け前の暗闇が、静かに己を包んでいる。
 暁にも満たない未明にゆるりと瞼を上げ、哥舒臨はずれていた掛け布団をそっと元に戻した。
 そのままふわりとベッドに沈み込めば、胸に広がる一抹の不安。
 前線に生きて久しい哥舒臨からすれば、満足にベッドの上で寝るというのは、大怪我をして気絶した時ぐらいのものだったから。
 柔らかく、足場として頼りないベッドの上より、硬い地面の上で寝る方が落ち着くのだ。……ひと昔前までであれば。
……マヌケ面」
 窓から差し込む月明りに照らされる。
 哥舒臨は苦労が垣間見える目元のシワと、傷のついた唇をやわく綻ばせて、隣で眠っている忌炎の顔を眺めた。
 起こさないよう小声で呟きながら、あどけなく緩んだ頬を人差し指でふに、と突いてやる。
 頼りなく沈むベッドと同じぐらい柔らかい頬はふにふにと哥舒臨の指を弾き返し、それに比例するように忌炎の眉間が狭まった。
 哥舒臨はその様子にまた笑みを深め、刻まれた眉間のシワにキスを落とすと、浅葱をまとう男を抱き寄せる。
 哥舒臨が後悔と屈辱を味わうだけだった寝床を、心身を休める場所に変えたのは他でもない忌炎だった。
 小さな物音一つで目が覚めてしまうほど張りつめていた神経は、こうして愛しいぬくもりに触れているだけで、抗いがたい睡魔に襲われるようになってしまったのだ。
 だが、悪い気はしない。
 うつらうつらと、哥舒臨はまた瞼を閉じて、腕の中にしまい込んだ忌炎を守るように強く抱きしめた。


 人間、起きた。と思えば、起きているものである。
 多少の息苦しさと、あついぐらいのぬくもりを実感して、忌炎はそろりと目を開けた。
 目を開けた所で、見えるのは男の分厚い胸板だけなのだけれど。
 もぞもぞと身動きを取るが……そりゃあ動けないだろうよ。忌炎を抱きしめているのは夜帰の将軍、哥舒臨その人なのだから。一介の軍医である忌炎が力で勝てるはずもない。
 仕方なく顔だけ動かして、忌炎は眠っている哥舒臨の顔を拝んだ。
 ここまで忌炎が動いても起きないのは、軍人としていかがなものなのか、とも思わなくもないが、それだけ心を許されているのだと思うと、こそばゆい気持ちになる。
 ただ一つ不満があるとすれば、たまに、息をしているのか心配になってしまうことだ。
 勇ましく陣頭指揮を執り、忌炎と口論、もとい意見交換をする時と違い、眠っている時の哥舒臨は寝息すら殺したように静かで、微動だにせず眠るから。
 その度に忌炎は哥舒臨の胸元に耳を寄せ、とく、とく、と聞こえる心音に安堵するのだ。
 殺しても死なない生命力を感じさせる鼓動は、死にさらされすぎた身には心地よく、規則的な音に、また、眠気を誘われるというか……
 忌炎が二度寝の誘惑に抗っていると、頭上からくつくつと笑う声がする。
……起きてらしたんですか」
「少し前からな」
「だったらこの腕どかしてください」
「断る」
「将軍!」
「お前が抜け出せばいいだけの話だ」
「そう言いながら力を込めないでください! わざとですよね!?」
「非番の日ぐらいゆっくりさせろ……
「俺は非番ではありませんが!?」
「まだ時間に余裕はあるだろう」
「朝の訓練に出たいんです。かくなる上は……
 てこでも動かなそうな哥舒臨の腕を前に、忌炎は覚悟を決めた。
「今、俺を解放してくれたら……その……いってきますの、接吻を、します」
……ほう」
 忌炎は哥舒臨の拘束から抜け出すと、勝手知ったる素振りで将軍の部屋を動き回り、手早く身支度を済ませた。
 そして約束通り哥舒臨の元に戻ってくると、悪だくみが成功したように凶悪な笑みを浮かべている哥舒臨の頬に手を添える。
 そのまま、積極的に顔を近づけ、その珍しさに驚く哥舒臨を出し抜くように――唇の横をちゅ、とわずかについばんだ。
「おい。口にしろ口に」
「どこに、とは言ってませんので。そもそも、先に意地悪したのはあなたですからね」
 そう言われてしまえば、多少、それなりに、意地を張った気もしなくもない哥舒臨は押し黙るしかない。
 一騎当千の将軍も、惚れた相手には弱いのだ。
 これはそんな、ある朝の一幕。
 もちろんこの後、忌炎は哥舒臨の意趣返しに合うことになるのだが、その結末は……歳主のみぞ知る、というやつだ。