佐伊
2024-07-17 21:21:04
2489文字
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アルファは飢えても主を摘まず~リズロ視点・第10話後~

「アルファは飢えても主を摘まず」10話目後のリズロ視点です。ヴァルトルがいかに鈍いか分かります。

「リズロ、この間は国王陛下のところに通してくれて助かったよ。ありがとう」
 内宮のサロバ公爵の棟に出向いたリズロは、サロバ公爵アゼルに呼び止められ、礼を言われた。
 国王が急に体調不良となり、面会希望の通達をせずに翌朝すぐに訪問した時のことを言っているのだろう。

 リズロは国王付き侍従になる前は、サロバ公爵のところにいた。子どもを身ごもり、出産後生活のためすぐに働かなければならなかった。侍従長バロスは、若い侍従でも働きやすいサロバ公爵付き侍従に配属を変更してくれたのである。
 サロバ公はおおらかな性格のため、若くてまだ気が利かない侍従や身体に疾患を抱えているような侍従を引き受けてくれるのだ。自身も四歳の子の父親のためか、子育て中のオメガに対して理解が深かった。

「エイドを呼んでくれたのはそなただろ? あのヴァルトルって侍従官は、そう簡単に会わせねえぞって雰囲気だったが」
 確かに、待たせておくと言っていたが、態度でも表していたか。リズロはどんな返答をしていいのか分からなかったが、サロバ公はヴァルトル侍従官を不快には思わなかったようだ。

「いやー、怖かった怖かった。それ以上近づいたら殺すぞなんて気配を向けられたの初めてだった。修道士だったことを忘れていたこっちが悪いんだが、やっぱり修道騎士はただの騎士とは違うな」
 そんな態度を見せたのかとリズロは青くなったが、アゼルは気にしていないようだった。
「修道士ってのは人と距離を取りたがるから、お前達も気をつけろよ」
 アゼルが周囲の若い侍従らに話を振る。
 確かに最初に会った時、ヴァルトルが飛び跳ねるように距離を取ったことをリズロは思い出した。

「怖くないですよ! この間、国王陛下の棟に行ったら、すごく親切にしていただきました」
「優しかったです。格好良いし」
 本来なら侍従が主に対してこんな軽口を利くことはないのだが、サロバ公ならではの光景だった。
「見た目に騙されるなよ。お前たちは顔の良い奴に甘すぎだ。な、あいつ怖いだろ?」

 サロバ公爵から話を振られて、リズロは笑うしかなかった。確かに最初は物腰が柔らかく丁寧で、内宮庁長官の甥ということを少しも鼻に引っかけることもなく、好青年にしか見えなかった。
 だがサロバ公爵の言うとおり、礼儀正しい外側の奥に、怖さのようなものがあるのは確かだ。
 間者であるとばれなかったら、それに気づくこともなかったかもしれないが。
 
 用事を終えて国王の棟に戻ったリズロは、戻ったことを告げるために上司であるヴァルトルを探した。
 主人に影のように付き従う侍従官の服装は、王宮で働く者の中で最も地味だが、ヴァルトルはその背格好ですぐに見つけることができる。小柄な者が多い侍従らの中で頭一つ大きいが、すらりと細身でとにかく目立つ。本人は自分の容姿に全く無頓着だが、最初に配属された時には他の棟の侍従らまでが覗きにくるほどだった。メソルト長官の甥、ということを差し引いても、かなり目立つ存在だった。

 修道騎士として有名だったらしく、貴族らは「あれがイワンゴの英雄か」とこっそり盗み見していた。侍従らは世間がどんな戦いをしているかなどあまり興味ないので、ヴァルトルの容姿や好青年な態度で盛り上がっていた。

「ただいま戻りました」
 声をかけると、ヴァルトルはお疲れ様、と振り返った。
 ヴァルトルは侍従から、テーブルの食器の配置について教わっているところだった。
「基本は私たちがやりますけど、一番おそばに控えているのは侍従官ですから……このくらいは」
「全然分からない。ナイフの刃先の形とか……触ったら分かるけど」
「何言っているんですか、もう」

 クスクス、とおかしそうに侍従が口元を覆いながら笑う。
 エイドが書斎で読書中なので、次の夕食の準備のために教わっているのだろう。
 ヴァルトルに教えている侍従は、かなり見目麗しいオメガの侍従である。そのせいか、リズロは二人が身体を近づけてコソコソ話をするように対話しているのを見て、落ちつかなくなった。

(アルファだってばれたらどうすんの、もう)
 この頃は人と身体を近づけることにも慣れたらしい。屈託なく侍従に笑いかけるヴァルトルに、リズロはため息をつきたくなった。
(ったく、「ベータでもいいから結婚したい」なんてオメガに思われても知らないから)

 リズロは書斎の扉に目を向けた。国王は一人そこで読書中だが、用がある時にはすぐに駆けつけられるように、扉は常にわずかに開いている。
 椅子に座ったエイドは、こちらを見つめていた。
 こちらというより、瞳は、ヴァルトルに向けられていた。
 そこには、何の感情も浮かんでいなかった。ただ、見ているだけだった。侍従と楽しそうに対話して笑っているヴァルトルを、ひたすら見つめている。

 それに気づいて、リズロはやりきれなくなった。
 あの方は、あんなふうに、誰にも気づかれない場所から、見ることしかできないのか。
 もっと間近で見つめたいだろうに。自分を視界に入れてほしいだろうに。あんなふうに、笑いかけてほしいだろうに。
 慎重に、悟られないように、息を潜めながら、必死に目に焼き付けることしかできないなんて。

 ヴァルトルの身体が動き、書斎の方をうかがう気配を見せたことで、エイドの視線はすぐに外れた。
 俯いて本に視線を向けているエイドを確認し、まだお茶はいいかな、とヴァルトルが考えているのがリズロには分かった。

 リズロは、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。だがこちらに気づいたヴァルトルが、「ん?」というように首を傾げる。
「どうしたの、リズロ」
……今日はちょっと蒸し暑いなああああとおもっただけですっ」
 首に風を送る真似をしてそう言うと、ヴァルトルは「暑い?」と言いながら、書斎にいるエイドの様子を伺いに行った。
 それを見ながらリズロは、一言二言だけでも、ヴァルトルがエイドと対話してくれることを祈った。