ちよど
2024-12-11 00:00:00
5377文字
Public カルヨダ
 

カルナさんがヨダナさんにプロポーズする話

カルヨダ。藤丸くんがカルナさんに失恋する話。pixivより再掲

アスクレピオス「恋人の命を救ったという話をしてやってるんだ。大人しく聞け」

「ドゥリーヨダナが目を覚まさない」

 どろりと溶けた医務室のドアから飛び込んできた太陽神の息子にアスクレピオスは椅子に座ったまま体を向けた。
 七つの異聞帯を制覇しても係累の霊基異常に取り乱すサーヴァントは後を立たない。
 それが日頃感情の起伏をほとんど見せないカルナだというのは珍しいが、対処が出来ない程ではなかった。
「まずは患者を診察台に乗せろ」
 アスクレピオスが言うが、カルナは無表情のまま動こうとしない。
 彼が際限なく魔力炎を吹き上げているため、医務室の温度は跳ね上がっている。融点が低いゴム製品が形を崩し始めていた。
 表情に出ていないだけで明らかに我を失っているのだろう。
「その魔力炎を抑えろ。器具が溶ける。――その患者は熱に対しての耐性があるのか?」
 カルナが腕の中のドゥリーヨダナを見て、アスクレピオスを見て、まわりの惨状を認識した。バーナーの元栓を締めたように魔力炎が消え失せる。
 なんとか惨事を免れた医務室を見渡して、診察台を見つけたカルナは静かに腕に抱いていたドゥリーヨダナをそこに寝かせた。
「診察を始める。すこし離れろ」
 椅子から立ち上がったアスクレピオスにカルナは場所を譲る。
 炎を纏うサーヴァントは珍しくない。そんな彼らが治療時に取り乱した時の事を考えスプリンクラーは切ってあったが。このような事態のために感度を鈍くして起動させておくべきだろう。
 幸運にも今、医務室に居たのは同じ太陽神の息子であるアスクレピオスのみ。多少の熱……しかも太陽由来ならば耐性があったが他のサーヴァントでは無事ではすまない。
 アスクレピオスは思考を巡らせながら、診察台に近づいた。
 運び込まれた患者は眠っているだけに見える。せいぜいいつもの霊基異常だろう。
 だが先入観は禁物だ。緊急を要する容態ではなさそうだが油断は誤診に繋がる。
 アスクレピオスは診察台で眠るドゥリーヨダナに触れた。
 手首を押さえ、口を開かせ舌を見る。瞼をめくりペンライトを点滅させた。
「脈はある。呼吸も問題ない。しかし瞳孔反射は無い。――人間の擬態が甘い。少し意識レベルが低下しているが、それだけだ。何をもっておまえはそこまで異常だと判断した?」
 時として医者には分からない異常を家族の聞き取りから見つけることがある。アスクレピオスにとっては些細な異常に見えるが、このサーヴァントが我を忘れて医務室に飛び込んできた根拠があるはずだった。
 医者の問診にカルナは口を開いた。
「ドゥリーヨダナには敵が多い。起こされて起きないほど愚鈍ではない」
「それは生前の話だろう。まあ、確かにこの騒ぎになっても目覚める気配もないのはおかしいな。ーー珍しい症例のようだ」
 アスクレピオスが目を輝かせると同時に、医務室にふたりの人影が飛び込んできた。
 マシュに抱えられた少年は医務室の惨状を見た瞬間、ためらいなく令呪を掲げた。
「カルナさん、落ち着いてくださいーー!!」
「ぐっ、」
 令呪の強制力にカルナが一瞬よろめく。
 その様子にアスクレピオスは何も言わなかった。この症例を調査するチームのメンバー選抜に集中していたのもあったが、空を飛ぶストームボーダーの中で壁を溶かすなど最悪の所業だ。万が一外壁を溶かしてしまえば墜落もありえる。
 しかもカルナはこのカルデアの最強サーヴァントだ。Lv120、アベントスキルマ。クラススコアも全て開放されている。そんな彼が正気を失えば誰も止められない。それを考えればマスターの命令は温情に溢れていた。
「何があったんですか?えっ!?ドゥリーヨダナ??」
 マスターが診察台の上で眠るドゥリーヨダナについて疑問をあげるがアスクレピオスは首を振った。
「三人とも診察の邪魔だ。外で待っていろ。ーー経緯についてはカルナに聞け」
 タブレット端末で他のメンバーを呼び出しながらのアスクレピオスの言葉に三人は従うしかなかった。



 医務室の前の廊下は今は静かだ。
 ちょっと前まではアスクレピオスに呼ばれたであろう医療系サーヴァントやキャスターが駆けつけたり、ドゥリーヨダナの部屋のドアも溶かしたと判明したためカルナがマリーンにものすごく怒られたり、医務室の入り口にドア代わりに布が下げられたりしていたが、今、ここにいるのはカルナとマスターの二人だけだった。
 マシュは飲み物を取りに行くと言って戻ってこない。それが気を使ってくれているのだとマスターは分かっていた。
「カルナ、俺の部屋で待っていてもいいんだよ」
 マスターの部屋は万一のために医務室の傍に作られている。呼ばれたらすぐに行ける距離だ。
 カルナは無言のまま動かない。
「ドゥリーヨダナなら大丈夫だよ。この前レイシフト先で俺を庇って変な魔術を受けてたけどピンピンしてたし」
「ーー聞いていない」
 やっと返ってきたカルナの反応にマスターは笑みを浮かべた。
「なんともなかったから言うまでもないと思ったんじゃないかな?ドゥリーヨダナ。なんで俺を庇ったのか聞いたら『カルナの友はわし様の友も同然。ならばわし様が庇うのも当たり前だろう』ってかっこつけてたよ」
「ーーふっ、らしいな」
 カルナの口元に微笑が浮かんだのを見て、マスターはそっと疑問を投げた。
「あのさ、こんな時になんだけど。カルナさん、もしかしてドゥリーヨダナを毎日起こしてるの?」
「そうだ」
……もしかして一緒に寝てるとか」
「そうだ」
「そうなんだー。そうなんだー」
 思わずカルナのように二回繰り返してしまったマスターは込み上げてきた感情を噛み殺した。
「あの、もしかして。ドゥリーヨダナが来たときにあんなに喜んでいたのは恋人が来てくれたから?だったら俺キューピットだよね?」
 軽口にカルナはマスターをまっすぐに見た。
「俺とドゥリーヨダナは恋人でもあり、友でもあり、臣下でもあり、親子でもあり。その全てだ」
 カルナにしては長いセリフにマスターは一瞬息を飲んだが、すぐに笑みを浮かべた。
「ドゥリーヨダナも似たような事言ってた。ーーー『カルナドゥルヨーダナウ』」
 突然の自分たちの異名にカルナは微かに首を傾げた。
「この前、ドゥリーヨダナに古代インド講座してもらったでしょ?その時教えてくれたよ。自分たちはひとつの単語で括られた仲だって。……俺もカルナフジマールナウが欲しかったな」
「俺は学がない。後でドゥリーヨダナに聞いておこう」
 真面目なカルナの返答にマスターは切なさを押し殺して微笑んだ。
「カルナにとってドゥリーヨダナは大切な人なんだね」
 マスターの気持ちに気づいたのだろうか。カルナは拒絶するように診察室の入り口へと視線を向けた。
「今の俺があるのはドゥリーヨダナがいたからこそだ。俺と言う存在を語るにはドゥリーヨダナを欠かすことは出来ない」

「それだ!!」
 
 突然診察室から声が響いたかと思うと乱暴に入り口の布が跳ね上げられる。アスクレピオスが廊下に顔を出す。
「でかしたぞ!施しの英雄!おまえが今回の功労者その2だ!!こっちに来い!!」
 呼ばれて行くカルナを追いかけてマスターも診察室に入る。
 初期に召喚されたカルナの後をいつもマスターは追いかけていた。その背に庇ってもらっていた。つらい時には黙って話を聞いてくれてもらった。だけど、それはもう終わりなのだ。
 カルナの一番大切な人は変わらず診察台に横たわっていた。
 周りを数人のサーヴァントが囲んでいる。そのうち何人かがカルナとマスターを見て微妙な表情を浮かべた。
 それに構わずアスクレピオスはタブレットの表面を軽く叩いた。
「診察の結果、ドゥリーヨダナはある種の呪いに侵されている事が判明した。おそらく5日前にレイシフト先で呪われたものと思われる」
「ーーそれって俺を庇った時の?」
 マスターの少し震える声にアスクレピオスは答えた。
「そのとおりだ。遅効性だったために直後の検査では発見出来なかったのだろう。だが、幸運だった。この呪いをレイシフト先でマスターが受けていたら最悪の事態が起こっていた」
 最悪。マスターにとって最悪である呪いをサーヴァントが受けて無事で済むはずがない。
 カルナが硬い表情で口を開いた。
……マスター。感謝する。令呪のおかげで俺は今こうして話を聞いていられる」
 カルナの言葉にマスターは微笑んだだけで答えた。
「続けるぞ。この呪いは『他者に認識されなくなる呪い』だ。存在証明が必要なレイシフト先でマスターがこの呪いを受けていたらーーロストしていた可能性が高い」
 それはマスターの消滅を意味する。
 青ざめたマスターに気づいているのかいないのかアスクレピオスは今度は診察台に手を置いた。
「この男が代わりに呪いを受けていなかったらカルデアは壊滅していたところだった」
「ーーだが、俺達はドゥリーヨダナを認識出来ている」
 カルナの言葉にアスクレピオスはうんうんと頷いた。
「その原因が分からず診察は難航していた。が。ーー施しの英雄。おまえの逸話を語るにはこの男が欠かせないと言ったな?それは事実か?」
 布一枚で隔てられていた廊下の会話が聞こえていたのだろう、アスクレピオスの質問にカルナは強く頷いた。
「真実だ」
「恋人同士ーー魔力の交換があったのもか?」
「真実だ」
 確認にアスクレピオスは晴れやかに笑った。
「これで病理は判明した!」
 その言葉でドゥリーヨダナの周りにいたサーヴァントたちが呆れたように帰り始める。タブレットを机の上に置いて、アスクレピオスはカルナとマスターを眺めた。
……関係者に説明するのも医者の仕事か。分かってみれば簡単な事なんだがな。
 まず英霊にとって逸話とは存在の根幹を成すものだ。『存在を認識出来なくなる』とは逸話の消滅を意味する。無論、この程度の呪いではこの霊基ひとつ分しか影響がないだろう。座にある本体には傷ひとつつかん」
「婉曲な表現が相応しい場ではない」
 珍しく苛立つようなカルナにアスクレピオスはおかしそうに目を細めた。
「恋人の命を救ったという話をしてやってるんだ。大人しく聞け。この男ひとりなら逸話を失って消滅していただろう。だが、この患者には幸いにしてバックアップがあった。ーーおまえだ。施しの英雄」
 思わせぶりなセリフにマスターが声をあげた。
「あっ!!『カルナの逸話を語るにはドゥリーヨダナを欠かすことは出来ない』」
「正解だ。マスター。つまり、『英雄カルナが存在する限りドゥリーヨダナの逸話が無くなることはない』ご丁寧にパスまで繋いでいるならなおさらだ」
 マスターはカルナを見た。
 驚いたように口元に手を当てたカルナの頬が赤く染まっている。
「つまり。マスターの命を救った功労者その1が消滅したら後味が悪くなったところだが、功労者その2のおかげでめでたしめでたしに終わったというわけだ」
 アスクレピオスは治療台で眠るドゥリーヨダナを指し示した。
「解呪はしてある。しばらくすれば目を覚ますだろう。ーー持って帰れ。僕は次の症例で忙しい」
 その言葉にカルナがドゥリーヨダナを抱き上げる。
「感謝する」
「次はもっと面白い症例を持って来い」
……善処する」
 口元だけで微笑んだカルナが静かに歩いて医務室から出ていくのを見送ったマスターの頭にアスクレピオスの大きな手が置かれた。
「次の患者はおまえだ。恋の病は医者でも治せないというが、僕の対処が必要なステージだ。覚悟するがいい」
「つらいのは嫌だなぁ」
 俯いたマスターから涙がこぼれ落ちた。



「マスター、聞いてくれ!」
 騒ぎがあった翌日。部屋に駆け込んできたドゥリーヨダナにマスターは静かにベッドに座った。
 話を聞こうとする態度に、ドゥリーヨダナは左手を広げて見せる。
「これだ!これ!!カルナのやつ!!」
 ドゥリーヨダナの左手の薬指には金色の指輪が嵌っていた。
 金色の物体。カルナ。そしておそらくプレゼント。そのみっつが合わさった事象にマスターは心当たりがあった。
溶かしたんですね。鎧」
「溶かしおったわ。ないわー」
 ドン引きしたと言わんばかりにドゥリーヨダナが首を振る。
 以前、カルナがマスターへのプレゼントに自分の黄金の鎧を溶かして耳飾りを作ってくれた事がある。この世で唯一の品だったのだが、たった今、ふたつに増えてしまった。
 それでもマスターは穏やかに笑ってみせた。
「指輪ということはお揃いですか?」
「そうだ。あいつも左手の薬指に同じのを着けているぞ」
「なるほど。結婚指輪ですね。ーー念入りですね」
 念入りなのはカルナではなく。失恋したマスターに容赦なく追撃してきたドゥリーヨダナだ。
 マスターの言葉の意味が分かっただろうドゥリーヨダナは勝ち誇ったように笑う。

「なんたってわし様たちは『カルナドゥルヨーダナウ』だからな」

 ああ、なるほど。随分前から自分は牽制されていたのだとマスターは今更気がついた。その様子にドゥリーヨダナがにんまり笑う。この上もなく悪辣な笑顔だった。


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