side B
「お前のアモーレはここにいるだろ
…」
腕にしがみつき、複雑な表情を浮かべるラーメンマンの姿にひどく高揚した。
旧友との会話を適当に終わらせて、ラーメンマンの腕を引いて足早にその場を去る。
「痛いぞ、バッファロー」
後ろから聞こえる声はどこか弱々しく、いつもの威勢の良さがからっきしない。
「そんな顔のお前を外に出しておけないからな」
「ど、どう言う意味だ
…?」
目の前に見えた細い路地に入り、ラーメンマンを白い壁に向かって突き飛ばす。
「な!なにをする!」
突然の乱暴にラーメンマンが腹を立てたように睨んでくる。
その目に睨み返し、顎を掴み上げる。
「ゔぐ
…」
「お前なぁ
…俺以外の男の前であんな顔を見せるなよ」
掴む顎は痩け出しているものの、一般のジジィに比べたら数十倍は柔らかい。
「ポロポロ涙なんか流して、情けねぇ面して
…」
「う
…ゔう
…!」
顎を掴む手を退かそうとラーメンマンが力を込めるが、単純にパワーだけなら俺の勝ちだ。
グッと引き寄せると壁から背が離れ、支えを失ったラーメンマンはバランスを崩して俺の腕の中に倒れ込んできた。
「逃がさねぇ」
そのままラーメンマンを抱き上げて自宅まで歩き出す。
帰路の間「離せ」だの「恥ずかしい奴め」だの文句の嵐だったが、俺には愛の囁きにしか聞こえていない。
ベッドにラーメンマンを放り投げる。
自分が有意義に眠れるようにオーダーメイドで作ったベッドは、ラーメンマンが4人くらい並べれるんじゃないかってくらいのサイズだ。
俺もベッドに座ると、逃げようとするラーメンマンの足を掴む。
「こんな真昼間から嫌だぞ!」
ふわふわボサボサの髪に包まれた顔は少し紅潮していた。
「嘘つけ、期待してるくせに」
掴んだ足を下から上に撫で上げるとバタバタと暴れだす。
「なぁ、ラーメンマン。なんであんなこと言ったんだ?」
暴れる足を制止しながら問いかけると、心当たりがあるのかハッとして顔を布団に埋めていた。
「お、お前が
…躊躇っていたから
…」
「アンタは既に俺を旦那だと認識してくれてたってことか」
「だ、旦那ぁ!?」
暫く大人しかった足がスッと俺の手から抜けて、首めがけて蹴りを一発くらわせてくる。
「いて〜」
「旦那だなんて思っていない!い、いつお前と入籍した!?そもそも旦那と呼び合うのは言葉的におかしい!旦那なら嫁や奥さんが自然だと
…」
怒りに身を任せて喋り倒す唇を奪って静かにしてやる。
「お堅い考えだな。生徒相手にそんなこと言ったらセクシャルがどうのって反感食らっちまうぞ?」
唇を離して囁くと、下唇を噛み締めて震えている。
「Precioso
…アンタはいくつになっても大人気なくて意地っ張りで、かわいいな」
ギュッと抱きしめてやると、まったく抵抗は見せず大人しくしている。
「あん時はすまねぇな。アンタを嫁って呼んでいいのか悩んじまって。でも、俺のアモーレだってアンタから言ってもらえるとは思わなくて驚いたぜ」
そのままグッと抱き上げて、自らの膝に対面で座らせる。
「Te quiero mucho」
相変わらず仏頂面だが、顔は真っ赤になっている。
「お、意味が伝わったんだな。さすが記憶力がいいな」
「
………我也愛你」
「
…おう」
今度は黙らせるためじゃなく、愛を伝えるためのキスをする。
両頬に軽いキスを落としてから、唇に深く口付ける。
数えきれないほどキスをしてきた
…ほとんどが俺から強引にだが(笑)
それでも慣れてくるのか、愛ゆえなのか、今やキスへの応え方は自然だ。
唇を離すと引かれた糸が俺たちを繋いでいた。
それを舌で舐めとる。
「真昼間だけど
…やる気になったか?」
「
……ダメだ。日が暮れるまで我慢しろ猛牛」
俺の肩を押しのけて膝から降りようとするラーメンマンの腰をガシッと抱き寄せる。
「なっ!言いつけが守れんのか!?」
「元来いい子じゃないんでなぁ」
モサモサ髪に顔を埋めて首筋に軽く噛み付く。
「ッ
……悪い子だ
…」
歯を立てて力を込めると呻き声が上がるが、痛みで青ざめるではなく紅潮を見せるあたり満更でもさそうだ。
「昔から思ってたことなんだがよぉ、アンタは痛いのが好きなのか?」
首筋から離れてボタンを外そうと指を掛けたが、パシッと叩かれ制止されてしまった。
「好きなわけあるか。リングに上がらぬ者に比べれば耐性はあるが、好きなんで思ったことないぞ」
「でも、ちょっと無理矢理しても良さそうにするからよ〜」
諦めずボタンを外そうと試みるが、手を掴まれて攻防が始まる。
「しつこい男だな
…日が暮れたら相手してやるから」
「日が登ってようが暮れてようが関係ないだろ
…それともなんだ?感度でも変わってくるのかぁ?」
「そんな馬鹿げた話があるか!
…だが、優しくしてくれたら感度も上がるかもしれんな
…ククッ」
そう言われた俺はラーメンマンの脇を掴んでベッドに放り投げる。
それに驚いたのか線のような目がまんまるに見開かれ、パチパチと瞬きをしていた。
若い頃は欲に任せてラーメンマンにちょっかいを出しては抵抗されたが、何だかんだ最後まで付き合ってくれていた。
歳を重ねて合意の上での行為が増えたが
…「やさしく」ってのがいまいちピンとこなかった。
俺なりに「やさしく」する時もあったが、今わざわざ言ってきたあたりラーメンマンにとっちゃ「やさしく」なかったのかもしれん。
育った国が違えば感性も違ってくるだろうし
…今更だがラーメンマンの立場で考えた「やさしく」で抱いてやってみたくなった。
「日が暮れたらいいんだな?」
「
…あ、ああ」
「まだ時間があるな
……晩飯でも買いに行くか?」
この提案には頷いてくれたが、少し動揺しているようだった。
ラーメンマンの手を引いてベッドから起こし、出かける準備をする。
side R
活気に満ちたマーケットはいるだけで気分が上がった。
祖国の市場とは違う、太陽が燦々と降り注いだような笑顔に溢れていた。
バッファは真っ赤なトマトを紙袋いっぱいに買い込んでいた。
スペインといえばトマトだなと思いながら見ていると、あちらこちらから貰ってくれとバッファにトマトやフルーツが渡された。
金色の瞳が嬉しそうに細められ、感謝の言葉を振りまいていた。
「ここにいる者はお前を心から讃えているのだな」
「ん?ああ、そうかもな。有難い限りだ」
あっという間にバッファの大きな腕が食材でいっぱいになった。
「ラーメンマン、はぐれないように俺の服を掴んでろよ。手を繋いでやれないからな」
「わたしは幼子ではない。心配には及ばんよ」
……とは言ったが思ったより人が多く、2メートルあるというのに人流に飲まれそうになる。
慌ててバッファのジャケットの裾を掴む。
「ハハッ、東洋の悪魔もこの人だかりには敵わないか?」
「五月蝿い
…幸いお前が巨体なお陰で見失うことはなさそうだがな」
「そりゃあ良かった。まぁ、俺がアンタを見失うこともないけどな」
シシシッと悪戯に笑う姿は憎めず、それに幸せなど感じてしまうのだから、自分は随分と丸くなった。
帰宅してすぐ、バッファは腰巻きエプロンをして調理に入った。
「アンタはその辺でくつろいでな〜」と言われてソファに腰掛けているが、どうにも落ち着かない。
普段ならわたしがあそこに立っているのだから無理もないか。
大きな背中を丸めて調理する姿は少し面白くて、笑いが込み上げてくるのを必死に堪える。
「なぁ、バッファ」
「なんだー?」
「呼んだだけだ」
くくくっと笑うと、バッファがこちらに振り返って、トマトを片手にドスドスとこちらにやってくる。
「寂しいなら寂しいって言えばいいだろ」
そう言われたが、別に寂しいなんて思っておらず、茶化すために呼んだだけだったから頭を横に振って否定を示す。
「つまらないから呼んだだけ
……」
そう言いかけたところで口に温かい感触を覚えて一瞬で視界がボワッとした。
「ん
…」
すぐに唇は解放され、空いている手で頭を撫でられる。
「もう少し我慢してくれ」
今でこそ正義超人として新世代超人を育てる教育者をしているが
…元悪魔超人であった程の男が浮かべるような笑みではない温かな笑顔にドキッとしてしまった。
鼻歌を歌いながら調理を再開する背中を見る目が熱情に満ち始めていることに気づく。
付き合いは長いが、時折見せる朗らかな表情には中々慣れない。
どちらかと言うと野蛮で悪戯な表情ばかり見せているから
…。
ハッと目を開けると部屋は薄暗く、日が沈んだのだと分かった。ソファに寝転ぶといつの間にか眠ってしまっていたようで、慌てて起きあがろうとするが腰あたりに重さを感じて動きを止める。
見るとバッファの大きな手が添えられていた。
「お目覚めか?アモーレ」
頭上から聞こえる低くて優しい声の方に目をやると、バッファが微笑んでいた。
「す、すまない
…私としたことが、眠ってしまっていたようだ」
「いいや、かまわない。待たせてすまなかったな」
まるで幼子をあやすような手つきに妙にソワソワしてしまう。
「丁度晩飯の時間だし、食うか?」
「もちろんだ」
バッファローの手が離れたと同時に起き上がり、視線を彼に向けると恐ろしいほどに穏やかな顔をしていた。
なんだってそんなに
…。
ダイニングテーブルにはデカい料理が置かれていた。
「バッファローマン様特製パエリアと、これは冷製スープのサムモレホだ」
貝やトマトの豊かな香りが部屋中に広がり食欲がそそられる。
まずはスープから
…とカップを手に取って一口含む。
「!
…思っていたよりサラッとしているのだな」
「スープでもありドリンクでもあるからな。ここ(スペイン)は暑いから、エネルギーチャージに飲むんだ」
説明に対して「なるほど」と返しながら、またひとくち、もうひとくちと、飲みたくなる気持ちが抑えられなくなる。
「そんなに気に入ってくれたのか?」
「ああ、とても美味しいぞ」
美味しさで笑みが溢れる。
今までこれを食してこなかったことを後悔するほどだ。
「スープならまだたくさんある。パエリアも冷めないうちに食ってくれ」
ニカッと笑みを浮かべるバッファは眩しくて、まともに目が合わせられないまま食べ進める。
side B
腹が満たされ、2人してソファに沈む。
ラーメンマンは満足してくれたのかホクホクした表情を浮かべている。
「あとは酒を飲めば良い気分で眠れそうだな」
シシシッと笑う様子に俺は顔を顰めてラーメンマンの肩を抱き寄せる。
「酒よりも良い気分になれることがあるだろ?」
背中を丸めてラーメンマンに口付ける。
舌で歯をなぞると口が開き、舌を絡ませてくる。
唾液が混ざり合うほど深く味わい、唇を離すと銀糸が俺らを繋ぐ。
それを舐めとって、そのまま首筋に舌を這わせる。
「はっ
……バッファ
…」
舐めた場所からじわりと紅潮していく。
痩けた頬まで舐め上げながら、緩く三つ編みされた髪を解く。
少し水分量が減ったような、フワッと軽い髪ごと頭を撫でると、胸元をトントンとされる。
「どした?」
「長い
…ヤるならさっさとヤれ
……」
相変わらずのツンデレ挑発。
俺はいつもこの挑発に乗って組み敷いてしまうが
…今日の俺は違うぜ。
「優しくして欲しいんだろ
…?」
耳があるであろうあたりで囁くと、わかりやすく体をビクつかせる。
「愛情たっぷりの精が出るスープを作ってやったのも、たっぷり寝かしてやったのも、こうしてゆっくり愛してやるのも、優しくしてやる為だぜ」
「お
…お前ってやつは
……」
わなわなと口を震わせる姿がおかしくて盛大に笑いながら、現役時代から一回り細くなった体を思いっきり抱きしめる。
「Te amo♪」
こんなにしてやるのはあんただけなんだ。
しっかり俺の愛を受け取って欲しい。
「しつこいぞ
……私だって、お前を愛している
…」
ぎゅっ抱きしめ返してくれた事に喜びを感じながら、ラーメンマンを抱き上げてベッドへ歩みを進める。
長い夜になりそうだ。
-End-
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