toko-honey
2024-12-14 00:00:00
4724文字
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バラの贈り物

2024年12月14日タクミ誕のレオタクです。
タクミの誕生日プレゼントにバラを贈りたいレオンのお話。

 レオンが拠点の外に向かおうとすると、本を持ったエリーゼが近づいてきた。
「ねえ、レオンお兄ちゃん。勉強を教えて」
「悪いね、エリーゼ。今忙しいからまた今度」
「ええーっ! 昨日も一昨日もそう言ってたじゃない。『忙しい忙しい』って、何が毎日そんなに忙しいの。今日はもう当番も軍議の予定もないでしょ」
 エリーゼはぷんすかとむくれる。確かに、星界の拠点における今日のレオンの役割は終わっていた。
「僕の個人的な用事だよ。勉強は夜になったら教えてやるから」
「どんな用事?」
「大した用事じゃないよ」
「じゃあ、どこに行くの? ついて行ってもいい?」
 軽くあしらったにも関わらず、エリーゼは重ねて尋ねてきた。勉強のことはもういいらしい。
 レオンはエリーゼの顔を見た。楽しいことが待っていると疑っていないようで、わくわくと目を輝かせている。世間知らずの温室育ちではあるが、純粋で真っ直ぐで前向きなのは彼女の美点だ。
 レオンはエリーゼの腕を取って城壁の側へ移動した。低い声で話す。
「誰にも言わないで欲しいんだけど、ここ数日僕は森へ行っているんだ」
「森へ? 何しに? あ、わかった。秘密の特訓ね。タクミさんみたいに」
 無邪気にタクミの名を出されて、レオンはぴくっと眉を動かした。
「特訓じゃないけど、森に用事があるんだ。それで頼みがあるんだけど、僕を手伝ってくれないか」
「うん、もちろんだよ」
 エリーゼは明るく承諾した。何を手伝うかもまだ話さないうちに、「本を置きに行ってから準備してくるね」と駆け出して行った。



 レオンはエリーゼを連れて拠点の周辺の森に入った。滅多に足を踏み入れることのない、少し奥まった場所だ。
「この辺りでいいか」
「用があるのってここ? 何をしたらいいの?」
 レオンが足を止めるとエリーゼが聞いてきた。周囲には木と草しかない。
「一緒にバラを探して欲しいんだ」
「バラ?」
 背の低い植物が密生している辺りをガサガサかき分けながら言う。エリーゼがきょとんとした顔になった。
「今って十二の月よ? バラってこんな寒い時期に咲かないよね?」
 いきなり痛いところをグサッと突かれる。 
「それに、野生のバラってお城の温室で育ててるのとは全然違うんでしょ? こんなところで見つかるのかな?」
 エリーゼは何の躊躇もなく、さらに痛いところを突いてきた。
 レオンは心に深い傷を負いながらも手を止めずに言った。
「見つかる見込みが薄いのはわかっているんだ。でも探すだけは探しておきたい」
「何でそんなことするの? ――あー、わかった! タクミさんのお誕生日祝いでしょう!」
「うっ……、鋭いな、お前」
 エリーゼはニコニコしながら、今日一番の大ダメージをレオンに与えてきた。
「レオンお兄ちゃん、ついこの前、タクミさんにプレゼントする本はどれにしようかって悩んでたもんね。タクミさんの誕生日は明後日だよね。あたしはサクラと一緒にお菓子を作るんだ。――って、あれ?」
 エリーゼはまたもきょとんとした顔になった。
「レオンお兄ちゃんって、タクミさんに本をあげることにしたんでしょ? なんでバラを探す必要があるの?」
「それは……
 レオンは言葉に詰まった。茂みをかき分けていた手が止まる。
「何でもいいだろ」
 再び手を動かす。エリーゼは「ふうん」と言うとレオンにならって茂みをかき分け始めた。レオンが理由を隠したがっていることを感じ取ったのだろう。
 レオンがバラを探す理由はエリーゼだけでなく誰にも言えなかった。
 言えないけれど答えは単純だ。
 それは、レオンがタクミに特別な感情を抱いているからだった。

 子どものころ、エリーゼと話したことがあった。
「レオンおにいちゃんは、好きな人ができたら、なにをプレゼントするの?」
 唐突な質問に面食らったが、幼いエリーゼの手には絵本があった。その絵本の内容はレオンも知っていた。美しい姫に求婚する王子たちが、姫の気を引くためにそれぞれ贈り物を贈るお話だ。
「エリーゼは何を贈るの?」
「あたしはねー、お花の刺繍の入ったハンカチよ」
 エリーゼはえへへと笑った。カミラの影響を受けて刺繍を習い始めたころだった。
「レオンおにいちゃんは?」
「そうだね……。僕はバラかな」
 談話室に置かれた花瓶のバラを見ながら言う。
「ええー、バラ? バラってすぐ手に入るじゃない」
 エリーゼは不服そうだ。
「すぐに手に入ったらダメなの?」
「ダメよ。それじゃあお姫様に喜んでもらえないもの」
 エリーゼは持っていた絵本を掲げた。絵本の姫は、贈り物を準備するために一番努力をした王子と結ばれるのだ。バラなんて城の温室にいけばいくらでも手に入るから、努力したことにならないとエリーゼは主張する。その価値観は、それはそれでありだと思う。
「僕が読んだ別のお話には、バラは愛を伝えるのに一番いい花だって書いてあったよ」
 レオンの言葉に、エリーゼは「そうなんだ」と素直に感心した顔になった。
「じゃあ、あたしも刺繍のお花はバラにしようかな」
 機嫌の直ったエリーゼは、バラの話が書いてある本を教えて欲しいと言ってきた。

 あれ以来、レオンは好きな人ができたらバラを贈ろうと心に決めていた。
 子どものころに何となく発言したことであるが、城にいれば実現が難しくないこともあって、一種のあこがれのようになっていた。
 しかし肝心の好きな人ができた今、バラは気軽に手に入る花ではなくなっていた。拠点には戦争と関係のないものは備蓄していないし、父の意向に逆らって城を出てきた手前、気軽に取りに帰ることもできない。城の温室にあるようなバラは野生にはまず生えていないし、それ以前に季節は冬だった。八方塞がりだ。
 皮肉にも、あの絵本の王子たちのように、今のレオンにとってバラは多大な努力が必要な贈り物になってしまっていた。

 レオンとは反対側の茂みを探していたエリーゼが声をかけてくる。
「ねえ、今度はあっちの方へ行ってみよっか?」
 レオンに心ない発言を次々浴びせかけてきた割に、エリーゼは協力的だった。レオンに負けず劣らず熱心にバラを探し、服もレオンと同様葉っぱや土で汚れている。
 拠点を出てからすでに数時間が経過していた。場所を何度か変えながら二人で探したが、予想どおりバラは見つからなかった。
 エリーゼの提案を受けて別の場所に移動しかけ、レオンはぴたりと足を止めた。
「もう止めようか」
 エリーゼがびっくりして見上げてくる。
 バラ探しなんて、妹を巻き込んでまでやることではない。バラを贈りたいのは自分の勝手な都合で、別にタクミが欲しがっている訳でもなんでもないのだ。たとえ贈り物がなくても、タクミは「誕生日おめでとう」と言うだけで喜んでくれるだろう。そういう相手だからこそ好きになったのだ。自分の子どもっぽいこだわりなんて、実現しなくても誰も困らない。
「もう十分だよ。ありがとう、エリーゼ」
 拠点に帰ろうとするレオンをエリーゼが引き止めた。
「ここまで来て帰っちゃうの? そんなのレオンお兄ちゃんらしくないよ」
「冬にバラを探すなんて、最初から無理だってわかってただろう? 無理なものは無理なんだ。何時間も付き合わせて悪かったね。手伝ってくれて助かったよ。これで諦めがついた。お礼に、今度は僕が何か手伝うよ」
「そんな……
 微笑みながら感謝を伝えると、エリーゼが悲しそうに眉を下げた。その顔を見てさすがに胸が痛む。
 妹に悲しい思いをさせてしまったのは不甲斐ないが、こればかりは仕方がない。
 気持ちを切り替えて前を向く。数歩歩くと、またエリーゼが腕を引っ張ってきた。
「レオンお兄ちゃん待って!」
「本当にもういいんだよ、エリーゼ。夜になる前に帰ろう。みんなが心配する」
「そうじゃなくて、あっち! 見て!」
 エリーゼの両手が後ろからレオンの頭を挟んできた。ぐいっと横を向けさせられる。顔が向いた先には杉の木が何本も生えていた。それ以外、特に変わった様子はない。
「地面見て!」
 エリーゼの言うとおりに地面を見る。そこに落ちている物を目にして、レオンの目がみるみる大きく見開かれた。



 誕生日の夜にレオンがタクミの部屋を訪ねると、少し驚きながらも中に入れてくれた。
「今日は祝ってくれてありがとう。レオン王子にもらった本、今から読もうと思っていたんだ」
 タクミはいつになく上機嫌だ。昼間にレオンが本をプレゼントしたとき、「僕が読みたかった本だ」と喜んでくれたのを思い出す。自己評価の低いきらいがある彼だが、今日ばかりはみんなに祝ってもらえたことで満たされているようだった。
「タクミ王子に渡したい物があって持ってきたんだ」
 レオンは小さな籠を取り出した。タクミと向かい合って座った畳の上に置く。
「これは?」
「僕からの誕生日プレゼントだよ」
「えっ、それならもうもらったけど……
 タクミが文机の上の本を見た。
「これも贈りたかったんだ」
 レオンは籠に被せていた布を取った。中身をタクミに見せる。
 丸い籠の中には茶色いバラの花が三個収まっていた。緑色の細長い葉と、赤とピンクのリボンで飾られている。
「ありがとう。これは木で作ったバラ? すごい、本物みたいじゃないか」
 タクミは物珍しそうな顔をして籠を引き寄せた。指先でバラに触れ、「えっ」と声を上げる。
「これ、木の彫り物じゃない。これ何?」
「シダーローズだよ」
「シダーローズ?」
「バラにそっくりな木の実なんだ。要するに、松ぼっくりさ」
「松ぼっくり!?」
 タクミが信じられないような顔をして籠の中をしげしげと見た。
 思ったとおりのいい反応に、レオンはほっとした。レオンも杉の木の下でこの茶色いバラを見つけたときは、今のタクミのように大層驚いたものだ。散々探し回っていたバラが、まさかこんな形で見つかるなんて。
 今まで見たことのない形の木の実だった。資料館で植物に関する本を見つけ、一部の地域に生える杉の木の実で、シダーローズと呼ばれるものだと知ったのだ。
「こんな松ぼっくり初めて見たよ。白夜で見るものと全然違う。一枚ずつ開いてバラの形にするの?」
 タクミが興味深そうに聞いてくる。
「自然にそんな風に開くんだ。森で落ちているのを見つけてね、バラそっくりで面白いと思って拾ってきたんだよ。どう、気に入った?」
「うん、すごく面白いし洒落てるよ。こんな風に飾ると本物のバラみたいだね。ありがとう、レオン王子」
 タクミが嬉しそうに顔をほころばせるのを見て、レオンも自然と笑顔になった。好きな人の誕生日にバラを贈れた達成感と、タクミを笑顔にできた喜びとが合わさって、何倍もの喜びになる。
 シダーローズを見つけるまでは大変だったけれど、この笑顔を見るためだと思ったらなんでもないことのように思えた。連日の頑張りは、あの日の絵本の王子たちにきっと勝るとも劣らない。
 平和になったら、次こそは本物のバラを贈ろうとレオンは改めて決心した。とびきりのバラの花束をタクミに贈ったら彼はどんな顔をするだろう。そのとき花と一緒に愛を伝えたら、彼は今日のように喜んでくれるだろうか。それとも驚き戸惑うだろうか。例え戸惑ったところで、諦める気はさらさらないけれど。
 レオンがくすりと笑うと「どうしたの」とタクミが聞いた。
「なんでもないよ」と答えると、「ええー、教えなよ」とつついてきた。