すっかり日が暮れた空、それとは対象的に輝くイルミネーション、それらに目を細めたり歓声を上げたりしながら歩く人々から生まれる雑踏。
その雑踏を、あるいは人波をかき分けながら、私は騒がしくも愛おしい我が家へと足を進める。本来ならもっと早くに帰路に着く予定だったが、想定外のアクシデントに巻き込まれて今の時間になってしまった。
——イルミネーション綺麗だね、一緒に来れて良かった、寒いから早く帰ろう——
人波に揉まれながら聞こえる、幸せそうな人達の声。よく見ればすれ違う人達は皆、他の誰かと共に連れ立って歩いている。一人なのは私だけ……。
「早く帰ろう」
思わず言葉を口に出す。ちょっと周りに人が多いからと言って、一人でいるのが自分だけなんて、妄想甚だしい。大方、日が落ちて急に寒くなったから、何となく気落ちしてしまったのだろう。
別に一人で居たって別段問題は無いのに、無性に心もとない気持ちになってしまうのは、あの家の騒がしさに慣れたせいだろうか。それとも、その中で一際暖かな腕の温度を覚えてしまったからか。
煌びやかで、けれどどこか冷たいLEDの光の中で歩みを進めていると、人々と喧騒の中、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……?」
それは声、というよりは正確には音だろうか。低く、それでいて穏やかな響きに釣られるように、人波をかき分けると、いつか見た白いダウンが目に映る。
「ふみやさん!」
「えっ、理解?」
思わず声をかけると、驚いた表情でふみやさんは顔を上げた。
「こんな時間に何やってんの?」
「それはこっちの台詞です。ふみやさんこそ何してるんですか……って鼻真っ赤!本当にどこで何してたんですか!?」
ふみやさんに私のマフラーを巻いて上げながら、二人で並んで歩き始める。
「理解。暑い、苦しい」
「文句言わない!そもそもこんなになるまで何してたんですか!」
「それは……まぁまぁまぁ」
お決まりの文句で誤魔化そうとするふみやさんにキッチリ注意せねばと向き直すと、小さな紙袋を手にしている事に気づく。
「その紙袋は……?」
「えっ、いやぁ……まぁまぁまぁ」
「コラ!理解お兄さんの目は誤魔化せませんよ!」
「誤魔化せませんって、いや本当そう言うんじゃないから。ていうか何だと思ってる訳?」
「何って、スイーツでしょう?ふみやさんだし」
「うわ」
「文句を言うなら日頃の行いを恨みなさい!晩御飯の前にそんなの食べようだなんて許しませんからね!」
「しかも今から食べる前提なんだ」
ふみやさんが紙袋の中に手を伸ばさないよう注視していると、その視線を遮るように、ふみやさんが私の顔を覗き込む。
「そう言えば、理解は何で気がついたの?」
「気がついたって、何を?」
「理解が、俺に。俺、少なくとも理解が前歩いてたの、気づかなかった。人、結構多かったし」
そう言われてみると、何故だろう。
「うーん……それは、ふみやさんの声?が、聞こえたような……?」
ふみやさんに声をかける前に考えていた事を思い出しながら言葉にしてみたものの、どうにもまとまらない。
「その俺の声って、何て言ってた?」
「何、と言われても……」
「思い出せるだけで良いから、言ってみてよ」
そう言われても、私の口から出るのは、んー、うー、というようなただの音。私の要領を得ない解答に、流石にふみやさんも首を捻っている。
「ごめんなさい。これじゃ分からないですよね……」
「いや、別に。俺が何か変な事言ってたんじゃないか確認したかっただけだから大丈夫」
「でも……ん、あれ?」
何となくスッキリしないまま歩いていると、どこか聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた。
「どうしたの?理解」
「このメロディ……」
喧騒の中、耳を澄まして街中に流れるメロディ——この時期によく聞く、クリスマスソングの一節を口ずさむ。
「これだ……!これですよふみやさん!」
「え?」
「この曲、ふみやさんさっき歌っていたでしょう?」
「歌うって、俺この曲の歌詞分かんないよ。タイトルも」
「でもさっき……」
そう、確かに聞こえたはず。ふみやさんの声が、音が。
「あ」
「ふみやさん?」
「歌ってはないけど、鼻歌はしてたかも」
「鼻歌?」
そう言うと今度はふみやさんがメロディに合わせて音を響かせる。その聞き覚えのある響きに、ようやく頭の中の点と点が繋がった。
「そうそうそう!それですよ!」
頷く私を、ふみやさんな恥ずかしそうに横目で見る。
「街中でついつい鼻歌しながら歩いちゃうなんて、可愛いですね」
「別に可愛くねーし。ちょっと良い買い物できてテンション上がってただけだし。メロディはこの時期よく聞くから覚えてただけだし」
鼻ではなく耳を真っ赤にしながらそっぽを向く可愛いふみやさんと、煌びやかなイルミネーションで彩られた道を背に歩き出す。
家に近づくにつれて華やかな明かりは消え、明るいBGMは遠ざかる。けれど、そこに一人で帰路に着いていた時の寒さは無かった。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
家に着き玄関の扉を開けると、リビングの向こうから次々におかえりと声がかけられる。コートを脱ぎ洗面所へ向かおうとすると、ちょうど大瀬君が階段から降りてきた所だった。
「ただいま、大瀬君」
「あ、お、おかえりなさい、理解さん……あ」
「ん?」
ふと、妙なタイミングで声を上げた大瀬君の視線の先を見ると、ふみやさんの紙袋があった。
「やっぱり、一緒に買ったんですね。ふみやさん」
「あ、ちょっ、待っ大瀬——」
「理解さんへのクリスマスプレゼント」
その瞬間、今までの自分の言動を恥ながら精一杯叫んだ。
「ええええええええええええ!?」
クリスマスまであと、何日?
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