Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
ぷの
2024-12-07 09:54:35
5548文字
Public
レイチュリ
Clear cache
レイチュリワンウィーク - マフラー
手編みのマフラーに想像以上の付加価値があった話。
「ふぁっくしゅん!」
やたらキンと響く破裂音が聞こえた。仮面を外して鼻をかもうとしている発生源にちり紙を差し出して、コンビを組んでいる仲間が「神のご加護を」と一声かけた。彼の信じる神はくしゃみひとつにも加護をくれるらしい、たいへん寛大である。外の護衛二人のやり取りを見るともなしに見ていたアベンチュリンは、己の神を振り返って苦笑いした。
外は雪がしんしんと静かに降り積もっている。ピアポイントは秋、まだ冬の支度ができていない体にはこの星の寒さが堪えた。中に小型の暖房機を置いているとはいえ、出入口から絶え間なく冷気が入ってくる。あちこち無防備なレイシオがなぜけろっとしていられるのか解せない。間に合わせでウィンドブレーカーを調達したものの、中はいつもの服である。腕とか脇腹とか足とか、どう考えても寒そうだ。特に足。まさか靴に履き替えるのを断られるとは思わなかった。
アベンチュリンは護衛二人に中に入れと声をかけたが、どちらにも断られた。中にいては護衛にならないからと。それもそう、今アベンチュリンとレイシオがいるのは、かまくらの中である。鍛えた男二人の力作ではあるが、大きさには限度がある。四人で入るにはやや手狭だ。
こんな雪の野外で過ごしているのは、待ち合わせのためだった。この星で有名なとある人物と会う約束なのだが、カンパニーと表立って仲良くするのは都合が悪いらしく、向こうがこの場所を指定してきた。にもかかわらず、なんと半日遅刻するという。最初の待ち合わせ時刻の直前にその連絡を受けたアベンチュリンは、近くの街に移動してホテルを取った。時間を潰してから再び出直してきて今である。
出直すときなにやら大荷物だと思っていた護衛の部下二人は、現地に着くとかまくらを作り始めた。それがとても楽しそうだったので、アベンチュリンは止めなかった。レイシオは知らん顔をして本を読んでいた。大きめのドームにベンチを備え、暖房機まで置かれた中に案内されて、かまくら初体験のアベンチュリンは感激した。想像よりずっと暖かかったのだ。
まあそれも外と比べてであって、寒いものは寒い。約束の時間は過ぎている。レイシオは黙々と本を読んでいて、話しかけても返事どころか目線ひとつくれない。そこそこ不機嫌だ。あと少し待ったらホテルに戻ろうかな。そんな思いがよぎったのを察したように、ポケットの中の携帯端末が震えた。
「あー
……
」
送られてきたメッセージを読んだアベンチュリンは、一声唸ってレイシオを見た。
「あのね教授、申し訳ないんだけど」
「明日以降は時間がとれない。諦めるんだな」
前置きで察したレイシオにすっぱりと断られた。再度の予定変更は失敗である。今日はここにいても仕方ないので、撤収してホテルに戻ることにした。
「始めから待ち合わせをする気はなく、君を首都から離しておくのが目的だったのでは?」
「あっちにも一チーム置いてる。特に動きはないよ」
夕食とシャワーを済ませ、アベンチュリンの部屋に集まって明日のブリーフィングをした。部下たちは部屋に返して、レイシオと二人で交渉タイムである。アベンチュリンはソファに座るレイシオの隣に移動した。
「僕よりも、教授の同席が不都合なのかもしれない。だから明日もいてくれると助かるんだけど」
「無理だ」
「だよねえ。そこで相談。なるべく緊急の時だけ連絡するから、通話かメッセージで対応してくれないかな?」
アベンチュリンのお願いに、レイシオは渋い顔をした。明日はなかなか手隙の時間がとれないらしい。
「報酬はもちろん上乗せする。君の用事で僕にできる助力はなんでもする」
「不要だ」
「それじゃあ」
アベンチュリンはテーブルの下に置いていた籠を膝の上に乗せた。
「今から賄賂を用意する」
籠の中身を訝しげに見たレイシオは、それが何か気づくと興味を引かれたようだ。
「この星には名産の羊毛がある。流通量がとても少なくて高価だからなかなかお目にかかれないけど、教授も名前くらいは聞いたことがあるかもね。保温抜群、湿度のコントロールに優れ、肌触り最高。軽いのに耐久力があって虫害に強い。ホテルに頼んで手配してもらった毛玉がこれだよ。触ってみて、ふわっふわ」
アベンチュリンが毛玉をふかふかと押して弾ませると、レイシオも塊に指を沈めたり表面を撫でてみたりと気に入ったようである。手触りのよいものは人を癒す。待ちぼうけでささくれた心にも効果は抜群だ。
「それで、この毛玉を持って帰れと?」
「まさか。今から編むのさ。指編みを知ってるかい?」
毛玉から糸を引いて、親指にくるくると巻く。それから隣の指に順に巻きつけていき、輪を引っ張って指をくぐらせる。
「ほう」
「これの繰り返しで簡単なものなら編める。ジェイドが面倒を見てる孤児院の子に教えてもらったんだ。チャリティバザーで売る品物をみんなで作ったんだよ」
自分の手で途中まで実演して見せて、それをほどいた。レイシオは首を傾げた。
「作るんじゃないのか?」
「教授の片手を貸してくれないかい。僕の手より大きいからボリュームが出せる。手だけ貸してくれたら本でも読んでて。一システム時間もかからないからさ」
レイシオはアベンチュリンに左手を差し出した。膝に本を乗せて広げ、右手でめくる。
「ありがとう。力を抜いてて」
アベンチュリンは毛糸を三本とって、大きな手に巻きつけていく。レイシオの指を折って糸をくぐらせて伸ばし、また糸を巻きつけて。ちゃっちゃと編み進めていくのを、レイシオは本を読むのを置いてずっと眺めていた。
「実は本物に初めて触ったんだけど、本当に手触りがいいね。僕のも作りたいなあ」
「作ればいい」
「一色しかないからお揃いになっちゃうよ」
人の手で編むのは初めてだけれど、コツを掴んだレイシオが協力的でリズムよく進む。途中で糸を繋ぎ、それなりの長さになったところで端を閉じた。
「じゃん!」
完成したマフラーをレイシオの首に巻く。いかにも手編みという仕上がりだが、なかなか悪くない。まあ、なんといってもモデルがいい。安物を高級品に見せる端正な容姿だ。たまたま手に入った色とはいえチャコールグレーだから、だいたいの服装に合わせやすいはず。
「どうだい、僕のお願いを聞いてくれる気になった?」
レイシオはマフラーの出来映えを確かめると、ふむ、と呟いて外してしまった。それをアベンチュリンの首に巻きつける。
「もっと長さが欲しい。倍のものができるなら考えよう」
「糸はあるから、時間さえくれたら作れるよ。また手を貸してくれる?」
「いいだろう」
先程より少しだけ丁寧に、二本目のマフラーを編んでいく。レイシオはやっぱりアベンチュリンの作業をずっと眺めていた。それは慈愛のようなものが垣間見える優しい眼差しで、くすぐったい気持ちになる。アベンチュリンを通して孤児院の子供たちの姿でも思い浮かべているのかもしれない。
「本を読んでていいんだよ」
「単純作業の繰り返しを見ていると思索が捗る」
「そうかい? 君なら余所事を考えながら見ていても覚えちゃっただろ。自分で編めるんじゃないかな」
思索のお供にどうだい? そう続けようとしたアベンチュリンの指に、レイシオの右手の指が絡められた。さきほど毛糸の手触りを確かめたようにやわい力加減で指先を撫で、関節を一つ一つ曲げて伸ばす。
「丈夫な毛糸なんだろう。長持ちするならこの一本があれば十分だ」
「う、ん、それもそうだね」
落ち着け、この触れあいに他意はない。レイシオは器用に動くアベンチュリンの指に興味を抱いただけだ。わかっていても、胸がざわざわする。急に今までレイシオの指を好き勝手動かしていたことまで気恥ずかしくなってきた。なんとなく征服欲のようなものが満たされたことは否定できない。
レイシオの指が離れても、すぐには再開できなかった。気持ちを落ち着けないと目を間違えたり力加減が変わってしまいそうで。葡萄酒色の瞳に続きを促すように見られて、指が泳いだ。目も泳いだ。レイシオがふっと笑う。
「どうした、ほどいてやり直しか?」
「完成の邪魔をしてお願いを却下しようって魂胆かな、その手には乗らないぞ」
「いいや」
レイシオはもう一度アベンチュリンの指に柔らかく触れてすうっと撫でた。よりによって、動揺が隠せない左手を。
「この時間がもう少し続けばいいと思っただけだ」
アベンチュリンは毛を逆立てた猫のように素早く手を引っ込め、両手でタイムアウトのジェスチャーを作って宣言した。
「休憩!」
「このままで?」
「再開は三分後」
そう言い残して洗面に駆け込む。じんわり汗をかいた手を痺れそうに冷たい水で洗って火照りを静めた。指先が冷えすぎたから、ポケットに入れて温める。
落ち着け、レイシオの言葉に他意はない。ただ思索が捗るから続けたいと思っただけだ。わかっているのに、嬉しくて頭がふわふわする。アベンチュリンもまたそう思っていたからだ。理由はまるで違うけれど。
宣言通り再開した後は、黙々と作業を終わらせた。心の乱れは仕上がりの乱れ。レイシオの指は温かくて太くてゴツゴツしていて、自分のものとあまりにも違う。気を抜くとじゃれつきたくなる魅力に溢れている。そんな雑念をカバーする手先の器用さを持ち合わせていて本当に助かった。しかし、作業していれば気持ちが落ち着くと思ったのに、最後まで集中しきることはできなかった。
指先から気持ちが転がり出る前にゴールにたどり着いて、アベンチュリンはホッとした。端の始末をして、一本目よりきれいな編み目のマフラーを掲げる。
「はい、二倍サイズだよ」
完成したマフラーを再びレイシオの首にぐるぐると巻きつけた。垂らした両端を並べて見たレイシオは、微妙な色の違いに気づいたらしい。
「見比べたらわかりやすいよね。この毛糸の弱点は染まりにくいことなんだ。型番が同じ色でもロットが違うとかなり色が変わる。染色技術の特許を持っているのは町工場で、小ロットしか作っていない。買い占めを嫌うから、完全に同じ色で揃えるのはほぼ不可能、大量生産の工業製品には不向きだ。おかげで生産量は伸びず、原料の羊が減らされてきている。とてもいいものなのに、この糸は近いうちに滅びてしまうかもしれない」
アベンチュリンは自分のマフラーを外して広げ、糸の継ぎ目を示した。
「今作ったものは三本取りで色を混ぜて、糸の継ぎ目もグラデーションにした。この色の違いを利用して柄を作る人もいる。この毛糸を扱う名の知れた手編みの作家が何人もいるから、もしこの糸が気に入って何か買うときは、そこも楽しんでみてくれ」
「君はバイヤーなのか?」
「バイヤーになりたくて交渉中。明日こそ会えるといいんだけど」
町工場の主は偏屈な爺さんだ。アベンチュリンはその爺さんから特許を買いたい。跡継ぎの息子はカンパニーではないところに売ろうとしている。どうやら息子に邪魔されているようだが、まだ勝負はついていない。だが、やっと爺さんと会う約束をこぎ着けた今回を逃せば、この糸を扱うことはできなくなるだろう。
これらの説明をレイシオにしないで連れてきたのは、新鮮な反応を爺さんに見せたかったからだ。計算のないレイシオの好奇心はきっと爺さんの自尊心をくすぐったはず。けれど、それは叶わなくなった。
「どうかな、お願いを聞いてくれる気になった?」
「わかった、時間を作ろう。ただし二つ条件がある」
「いいよ、なんでも言って」
レイシオは膝の上の一ページも読み進まなかった本を閉じて、アベンチュリンに渡した。
「明日の朝もう一冊渡す。交渉の場に二冊とも持っていけ。これが一つ目」
「この本には特別なことが書かれているのかい?」
「重要なのは内容ではない。かつて同じような経緯を辿って残念ながら失われた技術がある。後に博識学会が復刻したが、近いものしかできなかった。この本に使われている紙だ。二冊を比べれば差に気づくだろう」
教えられた二つの紙の名前を控えて、アベンチュリンは本を開いた。適度にざらつきがあって柔らかく、不思議な温もりがある。
「ありがとう、借りるね。二つ目は?」
レイシオは自分の首からマフラーを外して、アベンチュリンの首に巻いた。いくつか巻き方を試してこれというものを見つけたのか、大きく頷く。
「明日はこのマフラーをしていけ」
どうしてこれを?と小首を傾げるアベンチュリンに、レイシオは指を折りながら理由を挙げた。
「一つ、声がかすかにこもっている。風邪をひきかけているだろうから温かくしろ。二つ、君のものよりこちらの方が仕上がりが綺麗だ。三つ、君のいつもの服にはこの長さの方が似合う。四つ、僕のものを身につけた君を見たい。五つ、君の香りが移ったものが欲しい」
「待って、後半がおかしい」
「『なんでも言って』はただのリップサービスか?」
おかしな発言をしたレイシオは極めて平然としていて、交渉決裂でも構わないという態度だ。対するアベンチュリンは、温かい部屋でマフラーなんぞしているからか、じわじわと体温が上がっていく感覚がある。
「わかった、言ったことは守るよ。マフラーも借りる。これでいいだろ」
「交渉成立だ。明日は君からの連絡に必ず応えると約束する」
満足げに頷いたレイシオに握手を求められて、アベンチュリンも右手を差し出した。まさかそれが握手のためではなく、不意打ちで指先にキスをされるとは思わずに。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内