熾月
2020-08-14 22:12:27
1995文字
Public その他
 

八月九日何の日だ?

ベルばら学園隠し×山田のタイトル通りの話です。前にふせったで書いたやつの加筆修正板です

「ねえ、知ってる? 山田」
「何が? 潤ちゃん」
「今日ってーー」

潤ちゃんから今日が一体何の日かということを教えてもらってから、私の頭の中はわかりやすくそのことでいっぱいになっていた。それは潤ちゃんにもわかっていたようで、微笑ましいものを見るような、ニヤニヤしているような、そんな表情を浮かべている。

「たまにはアンタから甘えてみてもいいんじゃないの?」

会話の終わり、潤ちゃんがウィンクと共に今日という日に託けて甘えてみろと提案してくれたのはいいのだけれど、それで実際に行動に移せたら苦労はしない。
ああだこうだと考えながら、若干上の空で部活に参加したせいで衛藤にはどやされ、望さんには心配されてしまう。
もう今日は部活後の自主練もせずに帰るようにと望さんから言われてしまい、申し訳なさと情けなさから眉が下がる。
ああ、本当に何をやっているんだろう……
とぼとぼと校門まで歩いたところで、見知った姿を見かける。現在進行形で私の悩みの渦中に居るその人ーー鈴村一騎くんだ。
声をかけようかどうしようか、悩んでいる間に向こうが私の姿を見とめて右手を挙げてひらひらと振ってくる。こうなってしまっては見て見ぬ振りもできない。……最初からそんなことできるはずもないのはわかっていたけれど。

「山田、今帰りか?」
「う、うん」
「途中まで一緒に帰らないか?」

私の胸中を知らないのだから当たり前なのだけれど、一騎くんの笑みは明るい。というか眩しい。本当なら一人で悩みながら帰りたかったけれど、ここで変に断ってしまっては私の悩みまで話すことになりかねない。それはあまりいいことではないと思うし、できるなら避けたいところ。結果、私は浅く首肯することしかできなかった。
一騎くんと一緒の帰り道。胸中にある悩みさえなければ嬉しいし楽しいはずなのにそれがあるせいで私はこの時間を微妙に息苦しいとさえ感じていた。

…………
「山田? どうかしたか?」
「え? あ、ううん。なんでもないよ」

流石に苦しい言い訳だというのは自分でもよくわかっていたけれど、一騎くんは気付かない振りをしてくれたようで「そっか」とだけ言って視線を一度切ってくれる。
ああ……ごめんね、一騎くん……
言葉にできない謝罪の言葉を飲み込んで、私は自分の胸中ーーつまりは先程からずっと自身を悩ませている悩みへと意識を向ける。
潤ちゃんが教えてくれた、“今日”という日。八月九日。ハグの日。
わかっている。それはただの語呂合わせで、何かをすべき日ではないし、しなければならない日でもない。でも、折角教えてもらったのだし、という思いも少なからずある。そしてそれを口実にして一騎くんに甘えることができる。私自身誰かに甘えるということが得意ではないことは重々理解している。何か理由をつけなければ一歩を踏み出すこともできない。だから今日という日は絶好のチャンスなのだ。日付を理由にして、甘えることができる。
言ってみても、いいのかな……
今日という日に託けて、甘えてみてもいいのかな?
心が傾きかけた時には私の口は一騎くんの名前を呼んでいた。

「かっ、一騎くん!」
「ん? どうした、山田」

いつのまにか先を行っていた一騎くんはくるりと首を傾けて、私と視線を合わせてくれる。それがあまりにも真っ直ぐで私は言葉を発することに一瞬躊躇してしまう。けれど呼び止めた以上、何も言わないわけにはいかない。
言うって決めたんだから……
なんとか拳を握り締めて言葉を続ける。

「あの、今日はその、ハグの日……で、だからえっと……
「? ……ああ、そういうことか」

私の辿々しい言葉に、一騎くんは一瞬思考を止めたかと思えばすぐに意図を汲んでくれたようで両手を広げて一歩、二歩と歩み寄って私の体をすっぽりとその腕に収めてくれる。
自分で言うのもなんだけれど、まさかあんなハグの日という単語だけで何をして欲しいかわかるなんて思いもしなかった。

「お前がこうして甘えてくれるなんて珍しいな」
「そ、そうかな?」

上から降ってくる言葉は優しくて、嬉しそうで。それが悩んでいた私の心をゆっくりと溶かしていくようだった。

「おれとしてはもっと甘えてくれてもいいところなんだけどな」
「えぇ!?」

顔を赤くする私を他所に、一騎くんは決して離さないとばかりに腕に力を込める。それが嬉しくて、でも恥ずかしくて。
自分から言い出したこととはいえ、そろそろ心臓が限界が近いから離して欲しいなぁ、なんて思い始めた矢先のこと。
一騎くんの顔が急接近する。

「山田。大好きだ」
「ーーっ!」

鼓膜を震わせる少し低い声。びくりと肩が震える。私のそんな反応を一騎くんは楽しげに視界に入れる。
その悪戯っ子のような笑みに、遂に私の心臓は限界突破した。