riririnf
2024-12-06 20:46:10
3140文字
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とある晴れた秋の日に

ヌヴィフリ逃亡書いてみた①
プロローグ

「別れよう、ヌヴィレット」
 空は澄んで晴れ渡り、ぷくぷく獣も食べ過ぎで太ってしまいそうな、そんな気持ちのよい秋の日のこと。
 フリーナが五百年に渡る役目から解放されて三年目、そしてヌヴィレットと付き合って二年目の秋のこと。
 陽光に照らされキラキラと輝くフォンテーヌレイクを臨む砂浜で、フリーナはヌヴィレットに別れを切り出した。
……理由を聞いても?」
 ヌヴィレットは静かに理由を訊ねてくる。その薄い紫色の瞳を揺らすこともなく。
「それはキミが一番よく分かってるんじゃないのかい」
「どういう意味だろうか」
「だってキミ、僕のこと、別に好きじゃないだろう」
 ヌヴィレットが息を飲む。あまりに素直な反応。フリーナはいっそ可笑しくなってきて、フ、と笑みを零した。
 告白したのはフリーナの方だった。
 正直なところ駄目元だったから、まさか承諾を貰えるとは思ってもいなかった。
 その日の夜は有頂天で、一睡も出来なかった。
 そこから一ヶ月は本当に幸せで、お互い忙しい合間を縫っては逢瀬を重ねた。
 不都合な真実に気付いたのは、二ヶ月目のことだった。薄い紫色の瞳に、浮かれてはしゃぐ自分が映る様を見た時だった。
 それならヌヴィレットはどんな顔をしているんだろうと、要らぬ興味を抱いたことが、終わりの始まりだった。
 彼のすんと冷めた顔を見て、恋愛ごっこに興じていたのは自分だけだと、悟ってしまった瞬間だった。
 三ヶ月目以降は惰性だった。ヌヴィレットの仕事はどんどん忙しくなり、逢瀬の回数はどんどん減っていった。もう彼の気持ちがないことは明らかで、それでも別れは告げられなかった。
 仮初でも手に入れた、彼の恋人という地位にしがみついていたかった。
 そして付き合いはじめて二年目の秋。つまり、今日。一ヶ月振りの逢瀬の日。
 フリーナはやっと、惨めでみっともない自己から脱却することを決意した。
「キミは優しいから、僕を傷付けたくなくて、今日まで僕に合わせていてくれたんだろう?」
……すまない」
 ヌヴィレットは謝罪と共に目を伏せた。彼にしては珍しいその所作を見るに、彼なりに罪悪感を覚えてはいるのだろう。
「そういう時は、嘘でも言い訳をしてみせるものだ」
…………すまない」
 求められても嘘も言い訳も出来ない姿は、とても彼らしく誠実で潔い態度ではあるけれど、フリーナが傷付かない理由にはなってくれなかった。
 黙り込むヌヴィレットに助け舟を出すように、ざあ、と秋の涼やかな風が吹く。ヌヴィレットの銀の髪が揺られて、長い前髪が彼の美貌にかすかに影を作った。
 ……綺麗だなぁ。
 そんな光景に性懲りも無く見蕩れてしまうフリーナは、やっぱりまだヌヴィレットへの想いを捨てられない、滑稽で救いようのない女だった。
「だからもう、終わりにしよう。これ以上、僕を惨めな女にしないでくれ」
…………すまなかった」
 壊れたおしゃべりマシナリーみたいに同じ言葉を繰り返すだけのヌヴィレット。一周まわって不誠実な男のようにも見えてきた。
「そんなに謝るくらいなら、誠意くらいみせたらどうだい」
「何をすれば、いいだろうか」
 だからこれは、ほんの出来心。
「別れのキスのひとつくらい、くれてもいいんじゃないのかい」
 惨めな女の、馬鹿な戯言。
…………
 またもヌヴィレットは黙り込む。ただその薄い紫色の双眸は驚きに見開かれてもいた。もしかしたら、付き合いだしてから見た一番大きいリアクションかもしれない。
…………分かった」
 長い沈黙の末に、ヌヴィレットはまさかの了承の意を示した。
 黒い手袋を嵌めた、なんの温度もない彼の手が、頬に触れた。非の打ち所のない芸術品のような顔が、ゆっくりと近づいてくる。
 時の流れがやけに遅く感じられた。
 ずっと待ち望んでいた恋人とのファーストキス。
 ヌヴィレットの伏せられた睫毛の長さを、フリーナは初めて知った。
…………ダメだよ」
 人差し指を差し入れる。指の腹で、彼の唇を受け止めた。
 初めて知る彼の温もり。柔らかな唇の感触。それだけで、くらくらと視界が揺れた。
 ヌヴィレットの瞼が開き、探るような目を向けられる。其方から誘ってきたくせに、とそう言いたいのは分かるから、聞かれる前に答えてやった。
「好きでもない女に、キスなんてするものじゃない」
 僕からの最後の授業さ、と目を細めて笑ってみせる。
「じゃあね、ヌヴィレット。機会があったら、また会おう」
 ヌヴィレットの返事を待たず、背を向けて歩き出すと、手をひらひらと振ってみせた。
 返事はない。追っても来ない。
 まあ、そうだろう。予想通りの対応だ。どうせ捻れて爛れた関係がやっと終わったと、胸を撫で下ろしているのだろう。
 フリーナは人差し指を自らの唇へ誘った。周囲に関係を知られる訳にはいかないからと、手も繋いだことのない二人の、最初で最後の接触だった。
 最初で最後の、好きな人とのキスだった。

 別れ話をするには似合わない、とある晴れた秋の日のこと。
 世界にとって、たった二人の男女の色恋沙汰など、なんの関係もない出来事なのだと、憎らしい程に分かりやすく教えてくれる、そんな秋晴れの日のこと。
 二人の関係は、終わりを告げた。

◇◆◇◆

 ヌヴィレットに別れを告げた次の日のこと。
 フリーナは船に揺られていた。
 行く先はフォンテーヌレイクを越えた先、璃月。フリーナの引越し先。
 それはヌヴィレットに別れを告げると決めてから、密かに準備していたことだった。
 友人達にもきちんと別れを告げていた。知らないのは、ヌヴィレットだけだった。
 彼には自分の口から言いたいからと嘯けば、善良な友人達は揃って口を噤んでくれた。
 おかげでフリーナは今日までヌヴィレットに知られることなく、こうしてフォンテーヌを脱出できた。
 二人の関係は終わった。けれど、フリーナの恋心はそう簡単には終わらない。
 フォンテーヌにいる限り、彼の名前を聞かない日はないだろう。
 街を歩く度に、何度か招き入れた自宅に戻る度に、彼の面影を勝手に見つけるだろう。
 そんな日々に耐えられる程、フリーナは強くない。
 だから長年連れ添った愛しい母国を捨てて、新天地へと逃げ去ることを選んだ。
 幸いにも璃月には昔海灯祭で出会ったツテがある。
 往生堂の主胡桃と、その客卿鍾離。
 胡桃とは文を通じてやり取りし、彼女に依頼して新居の手配も済ませてある。職も斡旋してくれると、心強い言葉を貰っている。
 璃月に住んでみたい、としか伝えていないのに、申し訳ない程親身に対応してくれた。
 文には鍾離も協力してくれたのだと書かれていたから、着いたらまずは二人に礼をしなければならないだろう。
 他にもやることは沢山ある。それに自分で言うのも何だが、五百年間フォンテーヌを殆ど出たことのない箱入りだから、予想もし得ない苦難も色々とあることだろう。
 だが、それでいい。そんな忙しい日々が、今も残る胸の痛みを和らげてくれるだろう。そう信じて、フリーナは新天地へと渡る。
 今日もよく晴れた秋の空。
 ざあ、と秋の涼やかな風が吹く。この風が、瞳から溢れ続ける水滴を流してくれる。
 璃月へ辿り着く頃までにはきっと、綺麗さっぱり、涼やかな気分になっていることだろう。

 旅立つに相応しい、とある晴れた秋の日のこと。
 一人の女の門出を祝福してくれているかのような、そんな秋晴れの日のこと。
 フリーナは別れの挨拶を告げた。
 
 ──さよなら僕の恋心。どうか安らかに眠っておくれ。