ミルシリルが読んでくれる、おとぎ話の続きが知りたかった。お姫さまは王子さまの愛を受け、二人は結ばれる、めでたしめでたし。でも、その先に一体何があるのかを俺は知りたがって、よく彼女を困らせた。そしてそれは今も変わらないのだろう。大冒険の末に悪魔が消え、ミスルンさんと結ばれた今も、おとぎ話が終わったその先に何があるのかを、俺はまだ知らないでいる。
夕暮れどきにミスルンさんの屋敷を訪ね、食事をし、ともに湯船に浸かってキスをしてベッドになだれ込む。いつものルーティーンみたいな、でも甘ったるい行為をして、服を着て、またベッドに沈み込む。俺たちはそれをやって、抱き合い、今日あった出来事を話し合う。
「あなたが持ってきた報告書にあったモンスター、あれを食べてみたいってライオスさんが聞かなくって」
「……迷宮から持ち帰るのはなかなか難しいだろうな。もう腐っているかも」
「絶対に持ち帰らないでくださいね。王に変なものを食べさせるわけにはいきませんから」
「……」
「もう、黙ってたって駄目ですからね」
そんな睦言にもならない会話をして、俺たちはうちにこもった熱をそのままに、手を繋ぎ、天井を見ながら自然と笑い合う。俺はミスルンさんにキスをし、ミスルンさんもそれに応じて口付けを返し、それからはまた俺たちは肌を探り合う。さっきあんなに繋がったのに、ちょっと不思議な気分だけど、愛しいのだから仕方がないだろう。
でもこういうとき、俺はまだ、ミスルンさんの欠片も知っていない気がする。彼の身体を切り開き、奥まで暴き立てられるのは俺しかいないというのに、彼の心に触れられていない気がするのだ。たとえばさっきミスルンさんが飲み込んだ言葉などが、もし大切なものだとしたらって、俺は考えてしまう。そして彼は自分が醜いとする過去すべてを俺に教えてくれたけれど、何となく、まだ知らないことがある気がして、ねだるように彼を抱いてしまう。俺に全部をくれって、彼はもう全部をくれているのに、もっともっとってねだってしまう。
「ミスルンさん……」
俺は彼の身体に走る傷跡を撫で、口付け、噛み付いてミスルンさんを愛する。灰色がかった銀の髪をすき、義眼が嵌められた右目や、闇を煮詰めたような黒い瞳にキスをする。身体を繋げたまま何度も何度も彼の名を呼び、咎められるまでキスを続ける。
「カブルー、もう、もう……」
ミスルンさんが感極まって俺に抱きつく。俺はそれに喜び、彼をきつく抱きしめる。俺にはこの人だけだ、俺が愛するのは人生でこの人だけだ。人生で初めての冒険の果てにたどり着いたのはこの人だった。俺はだから、彼を離したくない。離したら二度と会えない気がするから。また冒険がやってきて、この穏やかな生活を奪い去ってしまうような気すらするから。
ミスルンさんが寝たあと、俺はベッドサイドのテーブルにランプを置き、屋敷に持ち込んだ鞄から羊皮紙を取り出して、そこに今日会議で書記官が書いたものに注釈や解説を付け加えていった。本当ならこれは黄金城で済ませねばならなかったものだが、この屋敷に来るのを優先した挙句、今あくびを噛み殺しながらやっているわけだ。自分でも情けないけれど、ミスルンさんに会いたい感情が勝ってしまったんだから仕方ないだろう。だって俺は、ミスルンさんを愛しているのだから。
一通り書類を片付けてしまったあとに、俺は鞄の中を探る。予備の羽根ペンに、同じく予備のインク壺にはメリニの国章が描かれており、俺はそれに自分が国の一部であることを知らされた気分になった。別に嫌なんじゃない、ただそう思っただけで。
「あれ、なんだ……?」
鞄を探っていると、紙切れ一枚が手に当たった。古びたそれをランプにかざすと、そこには『お姫さまは王子さまと結ばれ、二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし』と、エルフ文字で書かれていた。物語も挿絵も、ミルシリルが読んでくれたものに似ている。城にいる子どもがいたずらしたんだろうか? 俺はそう考え、ランプの側にその紙を置く。
そういえば、幼い頃にミルシリルに読んでもらったおとぎ話の先を、俺はしつこく知りたがってあの人を困らせたのだっけ。本当にお姫さまは幸せになれるの? 青い目の子どもが生まれてしまったらどうなるの? 俺はそんなふうに不幸を予感する子どもで、彼女は大層困ったことだろう。
(ハッピーエンドの先か……)
その先にあるものは何なのだろう。たとえ結ばれたって、俺は今も不安と隣り合わせだ。ミスルンさんを残してゆく不安でいっぱいで、こんなふうに眠れなくなる。冒険者だったころは失うものは何もなかったはずなのに、今じゃあ国の運営に関わっていろんなものを抱えている。ミスルンさんとの生活もそうだ。ただ積み重ねていけばいいだけと知ってはいても、俺は勝手に不安に苦しんで、ミスルンさんに何も言えないでいる。
「カブルー? 起きたのか?」
ため息をついていると、ミスルンさんが身じろぎをした。俺はそれに慌てて書類を隠し、鞄をベッドの下に入れる。でもおとぎ話が書かれた紙は忘れてしまって、それを彼に悟られてしまう。
「へぇ、眠れないから童話を? 可愛いところもあるじゃないか」
「違いますよ。子供扱いしないでくださいってば」
俺はわざと誤魔化して、ミスルンさんに不安を悟られないよう不満を表すふりをする。でもそれも多分彼はお見通しだったんだろう、ミスルンさんは笑って俺の首に腕を回し、「怖いのか?」と尋ねた。
「何がです?」
「私とともにいるのが。後悔してるんなら……」
違う、後悔なんてするわけがない。確かに俺はおとぎ話のその先を知らない。でもあなたと結ばれたんだ、その先にあるものは、人生をかけて知っていけばいいとも思うんです。調子がいいかもしれないけれど。
俺は強引にミスルンさんにキスをする。すると彼は静かに呼吸をして、俺の唇を吸い、俺の息を吸い込む。それが心地よくて、俺はもっと、もっととねだってしまう。
窓から入ってくる春の風が、お姫さまと王子さまの挿絵が描かれた紙を飛ばす。それはくるくると部屋を飛び、静かにベッドに落ちる。俺はそれになぜか泣きたくなって、ミスルンさんにキスばかりねだった。
俺たちは今、おとぎ話の終わりの先にいる。ハッピーエンドの先にいる。それは思い描いたような幸せではなかったが、そんなものはやはり積み重ねてゆくものなのだろう。だから俺はしきりにミスルンさんに愛していると伝える。キスをしてささやく。そんなふうにしか、俺は思いを伝えられないから、そんなふうにしか、俺はあなたを愛せないから。
春の風はあたたかく、俺たちの頬を撫でてゆく。やがて夏が来て、秋が来て、また冬が来て、そして春が来るのだろう。だったら俺たちはそれをずっと繰り返そう。終わりが来るときまで、俺たちはこの物語を紡いでゆこう。
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