はりぼて
2024-12-06 01:20:54
2829文字
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紫氷の小話

紫氷というか紫→氷というか。二年と三年。めっちゃプロローグ感あるけど続きません。勢いで書いて無理やり終わらせたのでしっちゃかめっちゃかです

雪の降ることの方が珍しい東京に生まれ育った紫原にとって、一度雪が降ってしまうと冬が終わるまで融けることなく積もってしまう秋田の冬の気候は、二年目といえど未だ新鮮に驚けるものであった。暖房こそ機能が高く室内については大抵東京より温かく快適だが、一度外に出てしまえば身体の中心まで一気に冷え込んでしまう痛いほどの鋭い冷気に見舞われる。
オレ、なんで秋田の高校に進学してしまったのだろう。考えても詮無きことがつい考えてしまう。ふうと息を吐くと一瞬白く濁ってしかしすぐさま霧散して、数拍遅れて隣から同じようにはあと大げさに息を吐くのが聞こえた。

「しかし毎日寒いな」

紫原が顔を向けると、二十五センチ下から氷室が紫原を見上げ微笑んでいた。彼の右目を隠すように伸ばされた髪の先にはらりと雪が落ちる。

……そうだね~、朝はとくにね~」
「でもちゃんと一人で起きてこうして朝練にもちゃんと向かっているじゃないか」
……まさこちんにどやされるよりマシだからってだけだし」

言葉を発するのは一拍遅れていることに氷室は恐らく気付いていなくて、気付いていたとしても寒さと朝の眠さで口が回っていないだけくらいに思っているのだろう。元々ハキハキしゃきしゃき喋る方でなかった自分に少しだけ感謝をする日々が続いているの誰にも話せない、紫原だけの秘密だ。

雪はただただ降り続け、紫原と氷室のあちこちを白く染めたりわずかに融けて水滴を作ったりしている。今氷室の白い頬に落ちた雪は流石にじわりと融けてしまったけれど、再びまつ毛の先に落ちた雪は白く残った。紫原は進行方向に顔を向けるだけのフリでそっと氷室から顔を逸らす。

……ホント、きれいな顔)

氷室が整った顔立ちということは流石に出会った当初から理解していた。外見の要素だけで女子はもちろん、時には男子ですらも虜にされてしまうことがあるということも。
理解はしていたけれど、自分の思うようにしか動かない紫原が折れざるを得ないこともあるほどにあまり我を曲げることのない氷室の本質を知っていることもあって、外見という要素は氷室を形作る一要素でしかないと紫原は思っていた。

今もその認識が変わったわけではないけれど、立場が変われば見方も変わる。まさか氷室の引退を目前にしたこの時期に氷室への恋心に気が付いてしまったのは、紫原にとっては不幸でしかなかったし、深い敗北感さえ感じることであった。

やや雑に巻いたマフラーに顔を埋めながら、しかし折角逸らすことに成功したはずなのに隣の氷室につい視線をやってしまう。氷室がまだ紫原を見ていて目があってしまい、氷室にゆるく微笑まれたのは幸であり、不幸だ。

「鼻が真っ赤だぞ」
……室ちんは頬も赤いじゃん」
「この寒さだしな」

ふふ、と楽しげに笑いながら、今度は氷室が紫原から顔を逸らして進行方向を向いた。頬も鼻も赤くなっているせいか、氷室の肌の白さが余計に際立っている。そのことに関して、少なくとも去年の今頃までは別に何か思うことなどなかったのに。名残惜しさを覚えているのがもうダメでしょとか思いながら紫原も再びゆっくりと顔を進行方向に向けながら、鼻の先までマフラーに埋めた。

「卒業までにこの寒さに慣れるかな」
……慣れるもんじゃないでしょ」

少し低くなってしまった声はしかし、マフラーのおかげか氷室は変化に気付かないらしく、ただそれはそれで面白くないのだから恋という感情は面倒くさい。



夏の終わり、あるいは秋のはじまり。
そんな時期に突如招集されたジャバウォックとの試合で負傷した紫原の手は流石にもう完治しているがウィンターカップの予選までは欠場を余儀なくされた――紫原的にはもう出られるつもりだったが本戦までにまたなんかあったらコトだとまさこちんからの許可が降りなかった――し、昨年のウィンターカップで陽泉を下した誠凛の立役者である火神はアメリカに行ってしまった。
片手が使えないという身体的な不便さに加え、目まぐるしく動いた時の流れに恐らく些か疲れてはいたし、自分を負かした相手が日本の高校という同じステージからいなくなったこと思うことがなかったわけではない。

だけれども、その自分に訪れた僅かな変化が思いにも寄らなかった自覚を自分に寄越すだなんて予測できるはずもない。ただ、自覚は突然であっても気持ちそのものは以前からあったものだとわからないほど紫原は疎くはない。



マフラーに顔を埋めたままで息を吐けば、埋まったままの鼻や頬は生ぬるさに包まれながら僅かに湿り気を帯びていく。

「アツシ」
「今度は何」
「ウィンターカップが終わったら、また東京観光しないか?」
……流石にお店開いてないでしょ。年末だし」
「なるほど……
「まあ初詣とかなら……ていうか流石に勉強しないとなんじゃない」
「一日二日くらいならなんとかなるさ!」
……オレどうなっても知らないかんね」

とはいえ本気で心配しているわけではない。普段氷室がちゃんと真面目に勉強しているのは知っているし、そもそも推薦入試を受けたとかでウィンターカップの時には進路が決まっている可能性もある。推薦の結果が駄目だったとしても日本の大学であればなんやかんや一般入試も切り抜けられるだろう。だからこそ、氷室はウィンターカップが終わればこのバスケ部から確実に去ってしまうし、春には陽泉高校からもいなくなってしまう。氷室の志望大学はどこも都内だからうまくいけば一年後はむしろ会いにいきやすくなるのかもしれないが、別離は避けられない未来として直にやってきてしまう。

……室ちん」
「うん?」
「付き合ってあげるから、変な予定は組まないでね」

氷室の表情がぱあと一段明るくなる。周囲の雪も相まって彼の肌の白さが際立つような気さえした。

「ありがとう、アツシ。楽しみだ」
「はいはい」

雑な返事を心がけながらもマフラーに埋めた口は湿り気がやや不快でもしばらくは外気に晒せそうもない。どうしても上がりそうになる口角を見られるわけにはいかないし、その理由なんてもっと話せない。ちょっとした言葉のあやで引き出してみせた反応に、違う意味だとわかっていても浮かれてしまいそうになるだなんて。

「アツシ」
「何」
「頑張ろうな」
……はいはい」

折角一瞬で浮かれた気持ちも、少しのことで沈んでしまうなんて。

一段深くマフラーに顔を埋めながら、紫原は大きく息を吐く。もっと早く、せめて夏の前に気付くか、いっそ卒業まで気づかなかったら良かったのに。紫原の抱えた恋心なんて知る由もないだろう氷室を見遣りながら、そう思わずにはいられない。

大きく吐いた息のせいで、マフラーの中は一段強く湿り気を帯びて不快さを増していく。顔を出せば解消されるが今の紫原にはもうしばらくその判断が取れそうにもなかった。