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スッカ~秀那くんのスーパー捏造

秀那高校生捏造。姉捏造。秀那の姉になりたい絶対に という気持ちで書いた夢小説 名前入力で姉になれる
初出・pixiv 2015年

姉ちゃん 弟が殴られたところを、私はばっちり見ていた。驚きとか心配とか笑いというよりも、どこかのバンドのPVみたいだなあと思いながら、彼女を連れて渡り廊下を歩く街角スナップモデルのような弟が、いきなり現れた知らない男の子にいきなりぶん殴られ、なぜか彼女は知らない男の子のほうに駆け寄り、さらになぜかその二人のほうが手に手を取って立ち去っていくのをぼんやり眺めていた。低い夕方の日差しがスポットライトみたいだった。
 取り残された弟がこれまた街角スナップみたいな所作で口の端を拭っていてもまだ私はぼんやりしていたが、突っ立っているこちらに気づいた弟と目が合ったところでようやく正気を取り戻した。絶対に無視されると思っていたのに、弟は思い切りバツの悪そうな顔をした。
 一つ下の弟は、顔も体格も所作も声も、何もかもがものすごく目立った。しかも、ママが甘やかしすぎるせいだと思うのだが、そういう自分が他人から愛されることに微塵の疑いももっていなかった。そのくせ弟自身は周囲を冷めた目で俯瞰しているようなところがあって、それはただの反抗期なのかもしれないけれど、どちらにせよその態度は、ひたすら愛嬌を振りまきまくっていた小さい頃よりもずっと彼を目立たせていた。良くも悪くも。
 彼と同じ学校に通うさして特徴のない姉としては、彼の存在は自慢の種二割、居心地の悪さ八割といったところで、私に言われたって彼との仲を取り持ってあげることはできないし、冷たくされたって私のせいじゃない。暴露エピソードも写真も別にない。弟だけ部屋別だし。そんなに仲良くないし。こっちも反抗期思春期で忙しいし。大体、最近口を聞いたのはいつだったかしらん。
 そんな状態だったから、妹たちが宿題のために部屋に引っ込み、ママがお風呂に入った後、部活後のダレきった歩が「姉ちゃん」と声をかけてきた瞬間は心底驚いた。確かにパックから直に牛乳を飲む歩の、切れた口の端を眺めてはいたけれども。
なに。コップ使ってよ」
「俺今日殴られた」
 知ってるよ。ていうか、アンタもこっち見たじゃん。
 とは言わず、私は歩の茶番劇に付き合うことにした。歩が巻き込まれた状況について彼の視点から確認したかったし、その動機の半分くらいは意地の悪い気持ちからくるものだった。だってちょっとざまみろって感じじゃん。この街角スナップ男が。なんか知らない男の子に。
へー。誰に」
「ワタナベのこと好きだったって奴」
「ワタナベって誰」
彼女」
 元カノだろもう。
 と思ったが、どちらにせよ時間の問題だろうし、茶番劇に参加中の身であることを考慮して、私は何も言わなかった。後ろを向いて牛乳パックを洗っている歩がどういう顔をしているのか私にはわからなかったが、なんとなく無表情なんじゃないかと思う。
で、どうしたの」
なんも。ワタナベそいつとどっかいっちゃったし」
「すごいね」
「マジ、引くわ」
 振り返った歩は案の定無表情だった。予想が当たって嬉しいかというと別にそういう感情はわかなかったが、夕方見せたバツの悪そうな顔をこのセリフと無表情で修正するために、歩は茶番劇を始めたのだろう、ということは分かった。そして「ウケるよ」、そして笑う。街角スナップみたいな顔をして。
 私は急に泣きたくなった。
ウケる」
ウケるっしょ。ドラマかって」
「そういう歌あったね」
「え~、知らね」
「渡り廊下で先輩殴るやつ」
「殴る方視点」
「そう」
 そう。街角スナップくん、君、脇役だよ。
 ソファから見上げた歩はきゅっと持ち上がった口角をさらに上げて、皮肉げに笑った。自分が脇役であることなんか初めから知っていたような顔をしていた。
で、どうすんの」
別に」
「奪い返さないの、まゆゆ」
「まゆゆって何だよ」
「ワタナベさん」
 私の冗談にはにこりともせず、歩は鼻だけ鳴らした。「俺そういうの無理」
 だろうね、と私は思った。人から好かれる自分が見えている歩には、きっと略奪愛なんて必要ないのだ。まゆゆがいなくなったって、すぐに次が現れるんだろう。追いかける必要はないんだろう。奪い返す必要もないんだろう。だけど、じゃあなんで、あんなにバツの悪そうな顔をしたの、と思う。
 本当は羨ましかったんじゃないの。人を殴るくらい誰かを好きになっている男の子や、それくらい誰かに好きになってもらえた女の子のこと。本当は悲しかったんじゃないの。自分がそんなに強い感情を抱けなかったこと。 
 それを歩に尋ねることはできなかったので、代わりに私が「まゆゆうらやましい」と心にも無いことを言った。「ちょー愛されてるってかんじ」
面倒くさ」
 吐き捨てた歩の声は惨めに床に落ちた。
「いやー、夢だね」
「キモ」
 仰るとおりだったが、茶番の一環として、私は鼻をかんだティッシュを歩に投げた。歩はきったねえなと言いながらそれを避けたが、結局指先で摘んでゴミ箱まで運んでくれる。茶番に付き合ってあげた礼かもしれない。
「マジついてけねーわ」
「そーだね」
 仰るとおりだ。
 仰るとおりだけど、意地の悪い気持ちがとっくに消え失せていた私は、代わりにただひたすらかわいそうだと思っていた。かわいそうだ。かわいそうな私の弟。愛に溢れた世界の隣で傍観者の歩。
 もっと気の毒なことに、歩は、尊敬する年長者である私からのアドバイスは一つも賜れないのだった。意地悪ではない。私だってその世界に行ったことがあったら惜しみなくなんでも教えてあげたけど、そんな経験のない私には、そのなんでも教えてあげたいもののうち、一つどころか0.1もわからなかったのだ。だけど。
「ねえそれ痛い?」
別に」
 いつかあの男の子みたいに、なりふり構わず誰かを欲しくなれたらいいね、と、頭の中だけで、でも心の底から願ってやった。そうなったらきっと、歩は主役になれない街角スナップくんではなくなるんだろう。そうなったらきっと、歩は今の何百倍も辛い思いをするんだろう。でもそうなるのはきっと、なにより素敵で幸せだろう。そして私はやっぱり泣きたくなるんだろう。だってそのとき私はきっと、仲間を失ってもっとあわれな傍観者になるんだから。