ユナユナ
2024-12-05 10:29:16
4595文字
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あね(MivatterAdventCalendar2024)

この記事はMivatterAdventCalendar2024の12月5日用です

いえーい!一足先にメリークリスマス!
昔に書いた一次創作を手直ししました!なのでちょっと拙い作品ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです!

 
 
 吾輩は猫である、名前まだない。だなんて生意気なことを言った猫がいたようだけれど、私には「くろ」という、おかあさんから貰った立派な名前がある。
 私の毛並みがとっても綺麗な黒だから、それしか思いつかなかったのだそうだ。名前を呼ばれるたびに自慢の毛並みを褒められているように思えるから、とても気分がいい。だから時々、サービスとして喉を鳴らしてあげるようにしている。そうすると、おかあさんたちはいつもとろけたバターのような顔をする。まあ、私はとても綺麗で可愛いから、そうなるのは当然だけれど。
 
 
 私の一日は毛づくろいから始まる。頭のてっぺんから尻尾の先っぽまで、やり残しの無いように念入りに。身だしなみに時間をかけるのは、猫のたしなみだ。この習慣は、二十年経っても変わることはない。
 やり残しがないか、全身をくまなく確認したら、ご飯にちょうどいい時間になる。そろそろか、と耳を澄ませれば、キッチンからキコキコと缶詰が開けられる音が聞こえてきた。続いてカチャカチャと中身をお皿に移す音。この音が聞こえたら、私はご飯置き場に移動する。もちろん、がっついていると思われないように優雅に歩いて。
「くろちゃんお待たせ、ご飯だよ」
 おかあさんお皿を持ってきてくれる頃には、私はすでにご飯置き場の前でお行儀よく座っている。おかあさんはその度に褒めてくれるけれど、こんなこと私にとって当たり前のことでしかない。だって私はそこらの猫より賢いのだから。
 内心でふふん、と笑いながらご飯を食べて――もちろんお上品にふるまうことを忘れてはいけない――いると、とん、とんという軽い足音が聞こえてきた。あのこが起きてきたのだ。
「お母さん、茜のリコーダー知らない⁉︎」
 ばたん、と大きな音を立ててリビングに飛び込んできたのは、この家の一人娘の茜だ。どうやらまた失くしものをしたらしい。おかあさんは茜の言葉に重々しくため息をついた。
「あんたね、どうしていつもいつもそうやって物を失くすのよ。いい加減しっかりしなさい。もう小学生三年生でしょ」
「失くしてないもん! 探せないだけだもん!」
「それを失くしたっていうのよこのおバカ! まったく口だけは達者になっちゃって……」 
 やれやれと言うように、おかあさんは額に手を当てた。けれども茜はひるんだ様子もなく言い返す。よせばいいのに。
「お父さんが、口がよく回るのはお母さんの遺伝だなって言ってた! そういうのジコセキニンって言うんでしょ、茜しってるもん!」
 おかあさんの額に、ぴしっと青筋が走った。あーあ、と私は小さく尻尾を揺らす。この後何が起こるかなんて、想像に難くない。もはや朝の恒例行事だ。困ったことに。どうやら私の優雅な朝食タイムはここまでのようだ。私は残ったご飯を一気に頬張ると──この際お行儀なんて気にしていられない──、気配を殺してそっと部屋を抜け出した。
 あのこも少しは学習すればいいのに、なんて思わなくもないけれど、これが彼女たちのコミュニケーション手段だと知っているから、文句は言わない。ただもう少し静かに朝を過ごしてもばちはあたらないのではないかな、とも思う。
 なんてことをぼんやりと考えながら室内の様子を窺っていると、おかあさんがすうっと息を吸い込んだ。ああほら、いわんこっちゃない。
「馬鹿なことを言ってないで、さっさと顔を洗ってきなさい!」
 おかあさんの雷に、茜はぴゃっと飛び上がって、転がるように廊下に飛び出てきた。まんまるなほっぺたを、ぷくーっと風船みたいに膨らませている。あのほっぺたも、爪を立てたらわれてしまうのかしら。
 そう想像すると体がうずうずして、とても試してみたくなってしまうけれど、それをして怒られたくはないし、きっとあのこも泣いてしまう。
 私はその『うずうず』をぐっと堪えて、茜に聞こえるように大きくみゃあ、と鳴いた。私は我慢ができるとても賢い猫なのだ。おかあさんがいつも言っているから間違いない。
 茜はきょとりと周囲を見渡すと、私の姿をみつけてパッと表情を輝かせた。まったく、さっきまでのふくれっ面はいったいどこでいったのやら。本当にころころと表情が変わるこだ。
「くろちゃん!」
 私を抱きかかえようとする手をするりと躱す。悪いけれど、今日は抱っこされる気分じゃないの。
「おとといは抱っこさせてくれたのにぃ」
 ぶうぶうと文句を言いながらもなお伸ばされる手のひらを、尻尾でぱしんと叩き落す。前足ではないだけ優しいと思ってほしい。これでも大分譲歩してるのよ、なんて、このこには解らない言葉で告げてみる。案の定伝わらなかったようで、茜は困ったように首をかしげていた。
「くろちゃんったら、本当に気まぐれなんだから」
 はいはい、いいから顔を洗ってらっしゃい。促すように茜の足元に頭をこすりつけると、彼女は観念したように洗面所に向かっていった。
 私はそれを見届けて、ひとつ、大きなあくびを零す。何だか疲れてしまったなあ、と背筋をのばす。よし、今日は一日お昼寝をすることにしよう。どこがいいだろう。二階の日当りのいい部屋の窓際? リビングにあるソファー? それともおかあさんのお布団がいいかしら。
 丁度いい昼寝場所に思いを馳せていると、背後から足音が近づいてきた。振り返るまでもない、おかあさんの足音だ。
「くろちゃん」
 おかあさんの呼びかけに、耳の動きだけで答えた。おかあさん相手になら、これだけで十分伝わる。
「いつもありがとうね、茜の面倒見てくれて」
 いいんだよ。そんな思いを込めて、尻尾をぱたり。おかあさんはそれに柔らかく笑って、私の小さな頭を撫でてくれた。
 
 ──いいんだよ、おかあさん。妹の面倒をみるのは、おねえちゃんの役目なんだから。
 
 

 
 
 それをおかあさんが教えてくれたのは、私がこの家に来て、十年ほど経ったころだった。その時のことは、今でもはっきりと覚えている。
 リビングにきらきらが沢山ぶら下がった木が置かれる季節。甘いケーキの、あまーい生クリームが貰える日。そう。『くりすます』を目前に控えたある日のこと。
 その日のおかあさんは、お出かけから帰ってくるなりソファに座り込んでぼんやりとしていた。心ここにあらずといった様子だ。余りにも動かないのでお昼寝でもしているのかと思ったが、時折お腹を撫でて笑っていたので起きてはいるようだった。
 太陽が赤く染まってもそのままなので、いよいよ心配になった私は小さくお母さんに呼びかけた。けれども、ぼんやりとしていたおかあさんには聞こえなかったらしい。私を無視するとはいい度胸である。私は少し、いや、かなりムッとしながらおかあさんの膝の上に飛び乗った。
「わっ。なになに、どうしたのくろちゃん」
 ようやく我に返ったおかあさんは、突然飛び乗ってきた私に目を丸くして、そして窓の外を見てさらに目を丸くした。
「嘘、もうこんな時間? ごめんね、ご飯の時間だったね」
 そうだけど、そうじゃない。いや、確かにご飯も大切だけれども。おかあさんにそれを伝える術を持たない私は、彼女の膝に頭をぐりぐりと押し付けることしかできない。
………もしかして、心配してくれたの?」
 当たり前でしょ、ともう一度頭をこすりつけると、おかあさんはバターのようにとろけた笑顔で私を撫でた。
「そっかぁ、心配してくれたの。ありがとう」
 おかあさんはひとしきり私を撫でると、その手をゆっくりと自身の腹部にあてて、実はね、とささやいた。
「ここにね、赤ちゃんがいるんだって」
 その言葉に、私は思わずおかあさんを見上げた。おかあさんは、柔らかなまなざしで、自身の腹部を、そしてその内側にいるのであろう赤ん坊を見つめていた。
「くろちゃん、おねえちゃんになるんだよ」
 あまくとろけた瞳が、私を捕らえた。ああ、そのかおを知っている。あまさと、優しさと、そしてたくさんの愛情を含んだそのかおは、遠い昔に離ればなれになってしまった私の母が、私にいつも向けていてくれていたものと同じだ。
 おかあさんは、やっとお母さんになれたのね。じわじわと、胸の中に温かいものが広がっていく。だって、おかあさんが、ずっと子供をほしがっていたことを、知っていたから。この十年間、ずっとそばで見てきたから。
「嬉しいね、くろちゃん。家族が増えるんだよ」
 そうだね。本当に、よかったね。おかあさんは、もう一度、私の頭を撫でた。いつも通りの優しい手つきだ。これからはこの手を独り占めすることが難しくなってしまうのだろう。それが少し寂しいけれど、どうしようもなく嬉しい。
 嬉しくて、嬉しくて、思わず喉がごろごろと鳴った。それに気づいたおかあさんが、お馴染みのバターがとろけたかのような顔をする。私はそれに気をよくして、あたたかい手のひらにぐっと押し付けた。
 いつも通りの光景。きっと、もうしばらくしばらくすれば、ここにもう一人増えるのだろう。はやくその日が来ればいい。その子は私のことを好きになってくれるかしら。可愛がってくれるといいな。ぼんやりとそんなことを考えながら、私は緩やかに押し寄せてくる眠気に身をゆだねた。
 
 

 
 
「ただいまあ!」
 にぎやかな声に、私は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。なんだか随分と懐かしい夢を見ていた気がする。私が大きなあくびをしていると、茜がひょこっと顔だけをリビングにのぞかせた。
「ただいまくろちゃん!」
 茜はそれだけを言うと、駆け足で階段を上って行った。相変わらずせわしないこだ。
窓の外は、すっかりあかね色に染まっている。それが、まるであの日を再現したようで、私は目を細めた。
 あの日から、もう十年も経ってしまったのかと、しみじみ思う。産まれたばかりだったころの茜は私とそう変わらない大きさだったのに、もうすっかり大きくなった。歩くことも話すこともできなかったあのこが、今では外を駆け回り、楽しくおしゃべりすることもできるようになった。
 比べて私は、体力も衰え、自慢の毛並みにも白髪が混じってしまっている。これからは、できなくなってしまうことが増えていくのだろう。そうしていつかは、このこを置いて逝くのだ。
 けれど、それでも私は茜の前では頼れるおねえちゃんでいなければならない。少なくとも、あのこが私の名前を呼んでくれている間は。何があってもこのこを守ろうと、おかあさんのお腹にあのこが宿ったときに、そう決めたのだ。
「くろちゃん!」
 ばたばたと駆け寄ってきた茜が、どこか興奮した様子で私に話しかけてくる。私はぴんっと耳をたてて、茜のほうを向いた。
 きらきら、ぴかぴか。『くりすますつりー』のように輝くその顔は、老いて白くなってしまった目にもよく見える。ああ、そういえば、もうすぐ『くりすます』だった。今年も甘いあまい生クリームはもらえるのだろうか。
「くろちゃん! 聞いて聞いて! あのね、今日ね──!」
 ほらほら、落ち着いて。今日はいったいどうしたの。おねえちゃんに話してごらん。

 どうやらまだまだ、お役御免にはほど遠いみたいだ。