紬実
2024-12-05 01:22:28
3699文字
Public ロースコ
 

small lover

ぬいぐるみを買ったロースコが双方ともに嫉妬する話

冷房のよく効いたショッピングモール。大きなバッグを右手、左手にメモを持ちながら広すぎるモールのマップを眺める。
「カート、気に入ったのもがあれば買ってもいいよ」
「本当? じゃあスコット、僕はあっちの店を見に行きたい」
隣で目をキラキラさせながらカートはぴょんと軽く跳ねた。
ジーンとジュビリーは服を見たいと言い早々と目当ての店へと消えていた。あと二時間は戻ってこないと考えるとこっちものんびり買い物をしたって問題ないはずだ。
バッグを持ち直すとカートの後について歩く。冷たいドリンクを楽しみ、広々とした本屋でコミックブックを漁る。
時間が経つのはあっという間で、頼まれていた日用品を買い終える頃には足も目も疲れきっていた。小休憩がてら通路のベンチに腰を下ろす。カートはその間もキョロキョロと色々な店を見て回っているようだった。
普段はイベントが行われているであろうスペースに小さな店が点在している。出張店舗とでも言うのだろうか、パラソルの下に集まった店にはこれまた小さな雑貨がぎゅうぎゅうと並べられているのが見えた。
その雑貨屋の前で足を止めたカートは僕の方を見ると手をブンブンと振ってくる。ボフンと音がしたかと思うと目の前に興奮しきった彼が現われた。
「スコット、すごい! 僕たちだよ!」
「僕たち?」
カートに促されるまま店に近寄ると確かにそこで売られているのはX-MENの人形だった。似ているとは言いがたい造形をしているが、百人中六十人くらいは僕らだと思うだろう。完全に非公式なものだが目くじらを立てて糾弾するようなものでもない。
カートは悪魔のような顔をしたぬいぐるみを取り上げると「これ僕だよね」と破顔した。おそらくそうだろうが、僕からしたら青い肌と尻尾しか似ているところはない。しかし当の本人は嬉しそうに自分のを買うと言っているので何も言わないことにする。僕の人形も行儀よく数体鎮座している。それもやはりと言うべきかバイザーの部分と黄色のベルトでやっとサイクロップスだと認識できる、というレベルの代物だった。
「スコットも自分のを買いなよ」
「え、うーん」
いらない、と言ってしまいたかったが横でキラキラと目を光らせるカートを前に言い出しにくい。せめてジーンのを買おうかと思ったところで店主と思しき男がニコニコと笑いながら黄色いぬいぐるみを薦めてきた。
「あんた迷ってるのかい。それならウルヴァリンはどうだい、この店の一番人気さ」
ウルヴァリンのぬいぐるみを買うくらいなら自分のを買った方がましだ。それにこいつもそんなに似ていない。他のメンバーよりは精巧にできているようだが、どことなく偽物感が漂っている。言いたい文句が頭の中を巡っていたはずなのに、いつの間にか僕は黄色いスーツに爪を六本伸ばしたウルヴァリンのぬいぐるみを買う羽目になっていた。
半ば押し付ける形で売ってきた店主にも腹が立つが、断る間もなく買ってしまった僕も僕だ。とにかくこのぬいぐるみは誰にも見つかりたくない。



学園に戻り各々が荷物を部屋へと運ぶ。僕はというと早くこの手の中のものを引き出しかどこかにしまおうと足早に歩いていた。
「その紙袋なにが入ってるの?」
「ウルヴァリンのぬいぐるみだよ」
「カート!」
見つからないようにと腕に抱えていたのがよくなかったのか、ジュビリーに紙袋の中身を聞かれた途端、僕は慌てた。カートがバラしてしまうのも予想外だ。ジーンは面白そうに笑うと買った服を持って部屋へと戻っていく。
「言っちゃまずかった?」
「いや、いいんだ……
この様子じゃ明日には僕がウルヴァリンのぬいぐるみを買ったことが学園中に知れ渡っていることだろう。ジュビリーの笑い顔からもそれがわかる。
どうしてこう、僕はついてないんだろう。


 ***


ついてない日はとことんそうなのか、就寝間近になったところで今日一日で一番ついていないことが起きた。僕が悪いのか、単に運が悪かったと捉えればいいのか。
シャワーを終え、部屋に戻ったところで僕の足は固まってしまった。空いた口も塞がらず部屋の中にいるローガンに向かって焦りの表情を向けることしかできない。
「これ、お前が買ったのか」
ローガンは僕が昼間に買ったぬいぐるみを持ち、しげしげと眺めていた。
「な、あ、なんで僕の部屋にいるんだ」
他に言うことがあったはずなのに、口からでたのはそんな言葉だった。
「チャックから明日授業で使うテキストを渡すように頼まれたんだよ」
見ると机の上に分厚いテキストが置いてある。その隣にはぬいぐるみが入っていた紙袋が無造作に広がっていた。すぐにどこかに片付けなかった自分も悪いが人の部屋のものを勝手に触る彼も彼だ。
「返してくれ」
「やっぱりお前のなのか」
……っそうじゃない」
ローガンはぬいぐるみを宙にポンポンと投げながら「似てねえなあ」と呟いた。空中でぬいぐるみをキャッチすると僕はそれをとりあえず机の上に置く。いくらウルヴァリンの人形といっても雑に扱うのは躊躇われた。本人なら別だが、人の作ったものなら当然だろう。
「そいつじゃ俺の代わりにはなんねえぞ」
「そもそも買う予定じゃなかったんだ」
店主の押し売りが強かったんだと説明してもローガンは可笑しそうに笑うだけで本気には捉えていないようだった。
……まあ人形の方が多少は可愛げがあるかもな」
そう言ってツンと黄色いマスクを触ってみればぬいぐるみはコテンと横に倒れた。
「煽ってるのか」
「え?」
力のこもった手に腕を掴まれベッドへと放り投げられる。ギシリと音を立て上から覆いかぶされると、熱のこもった息と共に口づけが降ってきた。
「ふ、ぅン、ローガン」
「たちが悪いぞ、スリム。俺が欲しいなら素直にそう言え」
「なんで、そんな話にッ、んっんん」
舌を入れられ水音と吐息が合わさる。ギラギラとした視線に焼かれ、僕は思わず目を背ける。あの人形に足りなかったのはこのギラついた捕食者の目だ。衣服越しに身体の線をなぞられ、脳が意識をし始める。
「俺がいればあんなものいらないだろ」
酷く嫌そうな物言いに笑いそうになる。
「だから、買うつもりじゃなかったんだ」
頬や首筋にキスを落とされる間、本当にそうだろうかと考える。いらないけれど欲しくって、でもやっぱりいらない気もして。
けど、そうだな、やっぱり僕は――、「お前が欲しかったんだよ」
ローガンにギュッと抱きしめられ、鼓動が高まる。彼の首に腕を回し、口づけをした。綻んだ笑みが伝染し、僕も彼に向って笑いを溢した。


  ***


授業も終わり、生徒が教室を出るのを見送ってから部屋を出る。僕がウルヴァリンのぬいぐるみを買ったというニュースは思った通り周知の事実となっているようで「珍しい」、「たまに来るデレ期」などと囁かれているのが聞こえる。
なにも言わなければそのうち違う話題に移っていくだろう。
「ローガン、どこに行っていたんだ。次はお前の授業だ」
朝に部屋を出て行ってから見かけていなかったローガンを庭園で見つける。彼はのんびりと歩きながら僕に自慢するように片手に持ったぬいぐるみを見せてきた。
「おい、それ」
「お前の人形はどんなもんかと思ってな。まあそんなに似てないな」
そう言いながらローガンは僕のぬいぐるみにチュッとキスをした。
「なっ、にして」
「こいつなら人前でキスしても文句言わないからいいな」
そんな所かまわずキスをされたんじゃたまったもんじゃない。例え人形にでも僕の羞恥が耐えられない。
「小さいお前の方が確かに可愛げがあるかもな」
ローガンはぬいぐるみを手の中でムニムニと触りながら薄く笑った。気にしていない素振りを見せながらその実、ローガンもけっこう根に持つタイプらしい。明らかに昨夜の意趣返しにムッとする。
なおも指の腹でぬいぐるみを撫でる彼に、無意識に身を寄せる。ぬいぐるみを取り上げようと手を伸ばせば体ごとローガンに引き寄せられた。腰を抱かれ、瞳の奥が見える距離に彼がいる。
「妬いてるのか、スコッティ」
「違う、妬いてない」
「わかったよ、そういうことにしといてやる」
唇を押し付けられチュッチュッと音を立てて啄まれる。
「本物のお前が一番だ、スコット」
ローガンの囁きに頬が熱を持つ。
「外でキスするなって怒らないのか?」
いたずらに微笑まれ思わず眉間に皺を寄せる。そんなこと、この状況で言えるわけない。
「今だけだ。早く授業に行けよ」
ローガンは僕の頭を撫でると髪を掻き上げ、額にキスを落とす。彼は手をヒラヒラと振りながら教室へと歩いて行った。
本物にはかなわないけれど自室に戻れば小さなローガンがいる。そして、彼のジャケットのポケットに僕のぬいぐるみが入っている。そう思うとなんだか複雑な気分だ。嬉しいけれど、嫌でもある。それでもやっぱり少し嬉しい。そういう気持ちも悪くないかなと思う。
ローガンの後を追うように屋敷へと歩を進める。授業開始のベルが耳に届いた。