ながみね
2024-12-04 12:21:18
4404文字
Public
 

You made my day

AoA後のロキとヴェリティがぶらぶら街を歩く話

“今日ひま?”
 軽快に通知音が鳴る。スマイルの絵文字を添えたメッセージにヴェリティの顔は思わずひきつった。
(こいつ、なにをぬけぬけと……
 前回のメッセージ履歴は一年以上前。たまにニュースで名前を見ることはあったが、正直いつどこで死んでいてもおかしくないような悪友だった。
 もっとこう、久しぶりとか元気だったかとか、他に言うことあるだろ。悪態をつきたくなる気持ちと元気そうで安堵する気持ちがないまぜになって、たっぷり時間をかけてから短い返信を送った。
“用件による”
「そりゃ良かった」
 返事は頭上から降ってきた。
 あわてて顔を上げると、バスの座席のすぐ真横、通路に立って見下ろしてくる悪友の姿があった。ニヤリと笑うと欠けた歯の隙間がのぞく。
「よ」
……びっっくりした。ちょっとアンタいつから見てたの、いるならいるで声かけなさい」
「悪かった。ところで降りるの次なんだ、忘れ物はないか?」
「勝手に決めるなって」
 そう、こういうやつだ。こういうやつだった。
 ツノのついた金のヘルムにファンタジー世界観なジャケット。公共交通機関では浮きまくる出で立ちだけど、誰も気にしていないところを見ると今日は魔術で姿を変えているんだろう。まあ、私には普段通りのヤツにしか見えないけど。
 一般人のこちらに迷惑がかからないよう“お忍び”でくるという気遣いはできるくせに、やり方は強引で自分勝手。
……せめて、次は前もって連絡しなさい」
 苦々しく絞り出した言葉を了承と受け取り、ロキはパッと笑った。
 久しぶり、ではあるけれど、相変わらずの彼だった。
「すぐそこまでだ。説明するより実際に見た方が早い」
「最低限の説明くらい先にほしいんだけど?」
「まあまあ、あとのお楽しみってことで」
 バスを降りて先に歩く背中は、ぶらぶらと散歩を楽しむようだった。
 一体どこに行くんだろう。車窓から眺めたことしかないストリート、面白みのない街灯に低めのビルとまばらな商店。イベントでもやっているのか、なにか遠くで叫び声が聞こえる。
「うわっ」
 よそ見のせいで、いつのまにか立ち止まっていた背中にぶつかった。
「いってて……、ごめん、前見てなかった。
 ──ロキ?」
 背中はじっと動かない。何か別のところに注意が向いている。半呼吸おいて、静かな返事があった。
「すこし待ってろ」
 言葉だけ残して姿が消える。行き先はすぐにわかった。
 クラクションが押しっぱなしで響き、今度ははっきりと悲鳴が聞こえた。1ブロック先の交差点付近、車線も信号も無視して一台の車が歩道に突っ込んでゆく。まだ、人がいるのに。
 重い衝撃音。顔を伏せるのも間に合わなかったけれど、こわごわ目を開けると細身の男が両手で車を止めている、冗談みたいな光景が見えた。
(ロキ……!)
 真正面から止められた車体は衝撃で後ろ側が浮き上がり、ずしんと着地して動かなくなった。
 耳障りな車の警告音が鳴り響く中、彼はパンパンと手のひらの汚れを払うと、軽く指を鳴らして警告音を止める。
 突如あらわれた邪神の姿に場は静まり返った。逃げた方がいいのか様子を伺うように。けれど本人は気にした様子もなく、足元で尻餅をついた子どもを見つけると、からかう口調で話しかけた。
「よう少年、ついてるな。車に突っ込まれて無傷とは大した強運だ」
 母親らしき女性が飛び出してきて、ロキから全身でかばうように子どもを抱きしめるのが見えた。ロキもそれ以上はかまわず、遠巻きに見ている人間たちに声をかける。
「おいだれか! 救急車の手配たのむ」
 その一言でようやくめいめいが我にかえり、動き出したようだった。
 ロキは廃車確定の車に向かい、運転席のドアに手をかけると、スナック菓子のフタでもめくるような気軽さではがして捨てた。そしてそれよりはいくらか丁重に、運転手の体をエアバッグとシートの間から運び出す。
 その意識のない運転手の救護の手助けに向かう者、逃げ遅れていた家族に駆け寄る者、あるいは野次馬に駆けつける者と、周囲はにわかに騒がしくなってきた。
 泣き出した子どもの声を聞きながら、ヴェリティもへなへなとその場にしゃがみ込んだ。止めていた息を吐きだす。
 大きな事故は怖い。ひどいことにならなくて良かった。
 なぜかにじむ目元の涙をぬぐい、顔を上げると、ロキは早くも事故対応を投げ出してしまったようだった。怖いもの知らずで突撃してきた子ども達をかまってなにか話しているけれど、野次馬が邪魔でよく見えない。
(最初に会ったロキは、どっちかといえば子どもが苦手そうだったのにね)
 口元をひきしぼり、不愉快さを面に出しすぎないよう耐える顔を想像するとちょっと笑えた。
 今日のロキの方はといえば、ようやく駆けつけてきたヒーローに見つかり、勘違いでお説教されそうになっている。言い返してはいるけれど、あ、面倒くさくなって逃げた。
「あいつも大変ねー」
「まったくだよ、ほんと嫌になるね」
 ハスキーボイスの合槌に隣を見ると、いつのまにか長い黒髪の美人が立っていた。アイラインをバチバチにひいて不機嫌さを隠そうともせず、頭には金のツノ飾り、もこもこの上着を羽織ってテイクアウトのドリンクなど飲んでいる。ロキだ。
 こちらを見下ろして、いたずらっぽくニヤリと笑う。
「どうしたの、腰でも抜けた?」
 二つのカップを器用に片手でまとめ、空いた手を差し出されたので、ありがたく頼って立ち上がった。
「すこし休んでいこうか」
「へいきへいき、ちょっとビックリしただけ」
 そう?と疑わしそうな目で見てくるので、あえて明るく声を上げる。
「それより見てたよさっきの。すごいじゃない。
 おつかれさま」
 労をねぎらったのに、彼女は先ほどの不機嫌を思い出してしまったらしい。「ああ、うん」と渋い顔で頷いた。
 カップの片方を「熱いよ」とこちらに手渡し、そのまま自分でも一口ふくむ。眉間に皺を寄せたまま飲みくだし、それでも気持ちは収まらなかったらしい。
「だめだ、腹立つ。あいつらマジだるい。ひとの顔を見ただけで犯人扱いってなに? 今日の私が何したっていうの」
「日頃の行いが悪いせいじゃない?」
「それはそれ、これはこれ!
 私が私の都合で動いてなにが悪い」
 ふん、と分かりやすく拗ねている。ちょっと珍しい。
 もらったドリンクを熱さに気をつけながら飲んでみると、くどいくらいの甘さのキャラメルラテ。ホイップに蜂蜜もかけている。いつもの彼女の好みよりかなり甘めのフレーバーだった。
 ロキは隣であーでもないこうでもないと自分の偉大さを分からせるための作戦を並べたてていたけれど、内容がいかにもバカバカしくなってきたあたりで急にトーンダウンした。
……まあいいか、時間を無駄にしたくない。
 さっさと次行こう」
「あっちはもういいの?」
 事故現場の方はちょうど救急車が到着したようで、サイレンの音が近くで止まった。そちらをちらりと見やり、どうでもよさそうな口調で彼女は言う。
「別にいいよ。私が行ってもやることないし、嫌がられるだけ」
「でも……
 なにか引っかかる。素直に飲み込めない。
 だって、さっきの子を連れた母親が目で探しているのは、ロキのことじゃないだろうか。
 犠牲者が出てもおかしくないような事故だった。今回の功労者は間違いなく彼女で、私はそれを知っていた。
……あー、ヴェリティ?」
 こちらに合わせて足を止め、ロキはちょっと困ったように首を傾げて言う。
「べつに礼を言われたくてやったわけじゃない。
 目の前で、おもしろくもないものを見せられるのが嫌だったんだ」
 だからいい、と。その言葉に嘘はなかった。私が勝手に腹を立てているだけ。
「あんたはそうだろうけど……、なんか悔しいでしょ」
 ロキはきょとんと目を見開き、それからわざわざ道を戻ってきてひょいと下から私の顔を覗き込んだ。
「どうして私よりヴェリティの方が怒ってるのかなあ?」
「あんたが! このクソみたいな状況をさっさと受け入れてるからでしょうが!!」
「えー、私のせい?」
 ケラケラと彼女が笑うので、一人で腹を立てている自分がいかにもマヌケに思えてくる。そもそもロキに当たったところでどうしようもない、そう頭では分かっているけれど、気持ちが収まらなかった。
「もういい! 協力はするけど今あんたと口をきく気分じゃないからしばらく話しかけないで。
 じゃあね」
「あっ、まって!」
 ロキを振り切り、とりあえず彼女が向かっていた方向へ歩き出す。そこにロキがひしっと腕にしがみついてきた。ええい離せ。
「ごめんて! 態度が悪かったことは謝る、でも嬉しかったの!」
……うれしい?」
 ドMかこいつ。一瞬よぎった考えを打ち消すように彼女は続けた。
「クソみたいな状況を”クソみたい”って言ってくれた。
 それって、私は怒っててもいいってことでしょ?」
「そんなのあたりまえじゃない」
 反射的に言い返した。こいつはその気になれば世界中を混乱に陥れたりできる元ヴィランだとか、現実をそっと塗りかえてしまえる物語の神様だとか、そんなことはいま関係ない。
 理不尽にのけ者にされることを、理不尽だと怒ってなにが悪い。
……そうか、あたりまえなんだ」
 彼女はそうつぶやいて私の腕を解放する。そして踊るような足取りでくるりとターンし、晴々とした笑顔をこちらに向けた。
「ありがとね。
 世界はあいかわらずクソみたいだけど、ヴェリティが怒ってくれたから今日は良い日だ」
 まっすぐ向けられる感謝に、私はとっさに何と答えればいいかわからなかった。つい勢いで無責任なことを言った気がするけど、実際、ただの人間が力になれることなんていくらもない。
「そんなこと──」
「そんなこと、とか言わない。私が良いと思ったからそれでいいの」
 機嫌よく笑い、先へと促す。いつのまにかすぐ近くの壁に、金の光で縁取られたドアが現れていた。
「さ、行こう。まだ本命はこれからだよ」
「まって、一応聞くけどさっきの事故って……
「あれは本気でただのハプニング!」
 みんなしてロキのせいだって疑うんだから、と肩をすくめておどける彼女はもうすっかりいつものロキだった。
「ほらお嬢さん、お手をどうぞ」
「はいはい」
 気取って差し出された手を取る。
 気分次第でどこへでも行けるし、何でもできるみたいに振舞うロキ。けれど、どこまで本当に自由なのかは分からない。私の友達。
 会うたびに記憶と少しずつ違う。次にまた会えるなんて保証もない。
 それでも、こいつが私を友人だと思っているうちは、変わらず友達でいられるだろう。