有🍙
2024-12-04 07:18:23
8700文字
Public ARGN|ふうあお
 

[ふうあお] てぶくろこいごころ

冬の夜、コンビニ帰りのふうあお。
いちゃいちゃしたいふうたくんと、気づかないあおいくん。
2024/01/14 結ブ5 の展示作品でした。
【読了目安:約17分】
 

 
「白かとこからおっちゃけたら一機減るけんね! 行っくばい!」
 唐突に謎のルールを課してまっしぐらに駆けてゆく風太を、一体だれが止めることができようか。見る間に遠ざかる彼の背を、あおいはなかばあきれつつ眺め遣る。風太はうすぐらい街灯と歩行者信号の青に照らされ、かろやかに、白線だけを踏んで横断歩道を渡りはじめた。
「なんでそんな元気なんだよ……
 こんなに寒いのに、とあおいはコートのポケットにつっこんだ手をきゅっと握り締めた。指先から風呂あがりのぬくもりが消えかけている。夕食も入浴も済ませた夜更けにコンビニに足を運ばざるを得なかったのは、そもそも風太の、いや3バカの、いやいややっぱりおもに風太のせいだ。
 彼らは風呂あがりの居間で、風太がとっておいたアイスを岬が食べてしまい岬が狙っていたものは大和が食べていた、というたいそうばかばかしい連鎖を繰り広げていたのである。しかし当人たちにとっては重大で深刻な事態であることは、まあ、とりあえず、あおいも理解した。事の発端となった大和は「アイスはちゃんと人数分あった。名前も書いていなかった。どれを食べてもいいと思った」などと供述していたが――とにかく、風太が「絶対『冬季限定柚子みかん味』がよか! 今食べたか! 買いに行ってくるけんね!」などと言い出した直後に「オレ、今月のおやつ代もうなかったんやった……」としょぼくれはじめたので、あおいは仕方なく、食べ物の恨みという禍根を断ち事態を収拾するためにほんとうに仕方なく、お財布係(兼お目付け)として風太に同行を申し出たのだ。はぶてつらかしていた風太は途端に「おそとにおさんぽにいこうね」と言われた飼い犬のようにはしゃぎだし、お目当ての買い物を終えた今もその上機嫌が継続しているようだった。
 風太が些末なことでたのしげにしているのは今にはじまったことでもないしわるいことでもないけれど、買ってきたアイスやプリンが入った袋を、ありあまる元気にまかせてぐるんぐるん振り回すのだけはやめてほしい。アイスはともかくプリンは絋にいの分なのに。今日こそうまくプッチンできるか見届けるってみんなで決めたんだぞ、ぐちゃぐちゃにしたらおこられるのは風太だぞ、知らないぞ。
 あおいはため息を可視化したような白い呼気をマフラーの隙間から漂わせながら、一応の左右確認をし、ひとけも車通りもない夜の横断歩道へ足を踏み出した。
 なにが「一機減る」だ、俺は俺でひとりしかいないっつーの、などと思いはするものの、先をゆく風太の跳ねるような足取りがあまりにもたのしげで、なんだかわからないが彼は歌までうたっており、いまさら咎めるのもばかばかしくなってしまった。
 ……まあ、つきあってやってもいいけど。
 とりあえずあおいも白線だけを踏んでゆくことにした。
 白線の外側を「じごく」や「まぐま」と称してはみださないように渡り切る遊びだ。何年ぶりだろう、懐かしいな、と思った。ちいさな頃はせいいっぱいの大股で踏みしめていたのに、今はほんのすこし脚を伸ばすだけで軽々と渡ってゆけるのが、なんだかすごいことのように思えてくる。
 ふと、ささやかな感慨に水を差すように、風太の歌声がはっきりと聞こえてきた。

 ふーゆーのきーっすはー
 ゆきーのよーぉなくちーどけー
 そいやっ!

 風太はいさましい掛け声とともに両足で歩道の縁石に着地し、ほこらしげにこちらをかえりみた。白線飛びで横断歩道を渡りきったというだけで、どうしてそんなにも「やりきった漢」みたいな顔ができるのだろう。
 ……っていうか。
「いや『そいや』じゃないだろその曲……
「えー?」
 風太は気の抜けた返事をよこし、イヤーマフをはずして首にひっかけた。あまり聞こえていなかったようすなのは、離れているからとかあおいの声がちいさかったからというより、そのもこもこしたイヤーマフをつけていたせいだろう。商店街の洋品店で眠っていた死蔵品を冗談みたいな安価で譲ってもらって以来、風太はそれをたいそう気に入っているらしかった。まあ実際よく似合っているとも思う。
「あおい! 早う早う!」
 あと数歩のところで歩行者信号が点滅しはじめ、おおげさに手招きをされた。その手にはめたニットの手袋もおなじ店で購入したものだ。うるさいくらいに多色の派手なボーダー柄なのに不思議と風太には似合っていた。風太が「おそろいがよか!」と強硬に主張したのであおいもおなじものを所有しているが、あまりにカラフルなものだから手持ちの服から浮いてしまう気がしていまいち使いこなせていなかった。
 横断歩道を渡りきると、両腕をめいっぱい広げて待ち構えていた風太に捉われ、ぎゅうぎゅうと抱き締められてしまった。互いのダウンコートの表面がこすれあってかさかさと鳴り、信号ぎりぎりやったねえ、と耳許で上機嫌の笑い声がさざめいた。
「あおい、おっちゃけんかった?」
「う、うん」
「オレも!」
 つまさきや踵くらいは白線からはみ出したかもしれないが、まあいいだろう。
 そんなことよりいつまで腕のなかに囲っているつもりなのかと気が気ではない。いくら人目のない夜道とはいえ屋外でこんなこと──いや、外だろうが家だろうがこうされるのはやっぱり気恥ずかしい。
 風太は互いのダウンコートのふかふかした感触を味わうようにあおいを抱き締める腕に力をこめたり緩めたり、手袋をしたてのひらをあおいの背に滑らせてしゅるしゅると音を立てたり、時折喉の奥に含むように笑ったりしており実にたのしげだが、あおいはなんだか落ち着かずただもそもそと身じろぐしかできない。ややしばらくしてから風太はあおいを解放し、イヤーマフを耳に戻しながらさりげなく、実に自然に、車道側に回り込んでから歩きだした。
 まただ、と思った。
 あおいを守ろうとしているような風太のその行動に、あおいが気づいたのは最近のことだった。いつからそうされていたのだろう、風太のくせに、そんな気の遣いかた……っていうか、風太とは、一応、おつきあい、というやつを、しているわけだし……風太なりの愛情表現、みたいなものなのかな……
 あおいはそう解釈しているが、横断歩道の白線だけを踏んで渡るという遊びのために突然駆け出してゆく風太のほうがよほどあぶなっかしくはないだろうか。そもそも守ってもらわなければならないほど自分はよわくもない。たいせつにされていると思えばうれしくないわけではないけれど、面映ゆくて仕方がないのだ。
「ふ、風太」
 気恥ずかしさをごまかすように、あおいは声をあげた。
「えっと、ほら、……さっきの、CMの曲。たしか続きあったよね……
「オレもあった気のすっけど覚えとらんかった!」
 あははー、と風太はさして気に留めたようすもなく笑っている。シェアハウスを出る直前に居間のテレビでそのCMが流れていたから耳に残っていたのだろう。コンビニでも風太はその冬季限定チョコレートを手にとっていた。アイス買いに来たんだろ、スーパーで買ったほうが安いから今日は我慢しろ、濃苺味がいいんだなわかったわかった、と無理矢理納得させたけれど。
 人気女優が出演しているそのチョコレートのCM曲は、たしか長いヴァージョンがあったはずだ。あおいはふと思いついて携帯を取り出し、さっと指を滑らせた。検索するとすぐにメーカー公式の動画がヒットし、風太も手許を覗き込んできたので再生させながら彼にも見えるように携帯を傾けてやる。立ち止まり、ふたりで頭を寄せあいながら三十秒ほどのそのCMに見入った。続きの歌詞は、降ってくる雪がすべてそのチョコレートならいいのに、というかわいらしいねがいをうたったものだった。
 動画を再生し終えると風太は「おおー」と感嘆の声をあげ、なにやら考え込むように夜の空を振り仰いだ。
「降る雪がぜんぶ……
…………
「角煮まんやったら、よかとにねえ……!」
 はずんだ声とともにとびきりの笑顔を向けられても、そんなことになるんじゃないかと思ったよ、としか思わない。はいはいと風太をたしなめながら携帯をポケットに戻すと、いまさらぶるりと身震いがきた。
「あおい、手袋してこんかったと?」
「え、うん」
「なして?」
「鞄に入れっぱなしで……ってか家出るときに風太が急かしたから忘れてきちゃったんだぞ」
「かたっぽ貸しちゃるばい」
 言うが早いか自分の手袋に指をかけた風太を、あおいは慌てて制した。
「え、いいって」
「寒かろ?」
「そりゃ寒いけど、片方だけ借りたってしょうがないだろ」
「なんね両方がよかったと? 早う言わんね」
「俺が欲張ってるみたいな言い方すんな!」
 ポケットに手をつっこんだまま風太を肘で小突いて歩きだすと、風太もすぐに隣にならんで肩を寄せてきた。
「なあなあ、かたっぽだけでもせん?」
「だから大丈夫だってば」
「ほんとうによか?」
……うん?」
 やけに食い下がってくるな、と思った。片方だけでも、家に帰り着くまでのほんのわずかの間だけでも、おそろいがよかったのだろうか。寒いからと自分の手袋を片方差し出そうとする風太のやさしさは好ましく思うけれど、それよりもあおいは、自分の片手をあたためるために風太の片手が冷えてしまうのがいやだった。そんな理由で手袋の貸与を拒んだことを知られるのは、もっといやだった。
「大丈夫だよ、もう家に着くし……ありがと、風太」
 礼を述べても風太は「うーん」と唸ってやけに残念そうにしている。実際シェアハウスはもうすぐそこで、すこし歩いて角を曲がるとはなまる商店の軒先が見えてきた。
「あおい」
 シェアハウスの玄関前で鍵を取り出すと、手袋を貸すという申し出を断られてから沈黙していた風太に背後から呼ばわれた。その低くひそめられた声にまたふてくされているのではないかと、面倒くささとわずかばかりの罪悪感の入り混じった心持ちで、あおいは風太をかえりみた
……なに?」
 風太は「しぃ」と人差し指を立て、くちびるに当てた。しずかに、ということか。にっとあがった口角といたずらっぽく閃くひとみで機嫌をそこねていないことがわかったし、風太のたくらんでいそうなこともわかった。そっと家に入って階段をあがり、いきなり居間に飛び込んでみんなをおどろかせてやろうとでも考えているに違いない。そのこどもっぽいたくらみに、多少の申し訳なさもあいまって、あおいはのっかってやることにした。
 頷きを返し、しずかに鍵を回す。かち、と響く音は常ならばなんでもない音量のはずなのにくらがりのなかではことさら響いて聞こえた。あおいはそっとドアを開け、先に入れと風太に目で合図を送った。風太は足音を忍ばせてそろそろと玄関に入ってゆき、あおいもそれに続く。ダウンコートの衣擦れが気になるのでふたりともスロー再生のような、泥棒コントのような動きになった。声も物音も立ててはいけないというときに限って、無駄に笑いがこみあげてくるのはどういった理屈なのだろうか。笑いをこらえて震える手に難儀しながら、可能な限り音を立てずにドアを閉めてサムターンを回す。金属音が思いのほか大きく響き、反射的にあおいは振り返った。緊張しているような面持ちの風太と目があい、ふたりで階段の先を見あげた。二階の居間からはテレビの音にまぎれて「んなわけねえだろ!」と岬のつっこみらしき大音声が響き、絋平がたしなめ、大和がなにごとか話している声がかすかに漏れ聞こえてくる。しばしようすを窺ったがどうやらあおいたちの帰宅には気づいていないようだ。
 詰めていた息をひそやかに吐いた途端、唐突にあおいの背はドアに押しつけられた。ダウンコートの表面がつよくこすれあって高く擦過音が鳴り、肩を掴まれ、あっという間にくちびるを掠めとられ、あおいは呆然と風太を見あげた。
「ちょ、ふ、風太、急に、なに……?」
 見あげた視界は風太でいっぱいだった。
 玄関のくらがりのなか、困っているような怒っているような顔をした風太は、見る間にふにゃりと眉をさげた。
「あおい、ガードの固かったけん……
……はぁ?」
「せっかくデートやったとに……
「で、っ」
 言葉も呼気もいっしょくたに風太に奪われた。さきほどのほんの一瞬触れあわせるだけのやりかたとは違う。すこしばかり乱暴なくちづけにあおいは息苦しく喘ぎ、呼吸を求めて風太の胸を押しのけた。
「ふ、ふうた……?」
 自分の呼吸がうるさい。心臓の音も。息を整えて呼びかけると、今度はそうっと抱き寄せられてしまった。横断歩道のときのような、はしゃいだやりかたではなかった。
「あ、あの、風太……で、でーと、ってさ、もっと特別なとこに行く、とかじゃないの……
「どけ行くよりだいと行くかやろ?」
 しずかな、けれどきっぱりとした即答にはっとした。
 どこに行くかよりだれと行くか――その言葉に、一瞬にしてさまざまなことに得心がいったのだ。
 ふたりでコンビニに行くというだけであんなにはしゃいでいたのも、ひとけのない夜道で抱き締めてきたのも、手袋をはんぶんこしようとしたのも、ぜんぶ。
 あおいと一緒だからこそだったのだと、今になってやっと理解がおよんだ。ばかだ、と思った。いつもしたいことはしたいと自分の要求を強引に押し通すくせに今日に限ってなんで。ばかだ。風太もだけど、自分がいちばんばかだ。普段から察しろだの空気を読めだのと無理を言っているのは自分のほうなのに、風太のほうがよほど恋人どうしの機微を心得ている。どこで覚えてくるんだ風太のくせに。
 そもそも生活をともにしてはいるけれどふたりきりでというわけではないし、ましてバンド活動のために五人でひとつ屋根の下に暮らしているのだから、恋人どうしのあまやかな時間を持つ機会も限られている。あおいはけっして、風太とすごす貴重な時間をないがしろにしているつもりはない。ただ風太は、ふたりきりでささやかに共有する時間をたいせつにしたがっている。おそらく、あおいが考えている以上に。
 あおいは衝動的に風太の背に腕をまわした。ダウンコートの表面がこすれてことさらに鋭い擦過音が立ったがもう気に留めていられなかった。コートの中綿のふわふわした感触のうえから思いきり風太を抱き締めた。胸が痛い。恋しくてたまらなかった。こうした触れあいを求めているのは自分だっておんなじだ。どうして気づいてやれなかったんだろう。この抱擁で伝わるだろうか。風太はあまえるように鼻を鳴らし、息が詰まるほどつよく抱き返してきた。
 風太はきっと、横断歩道を渡ったときも、こうしてほしかったんだ――そう思い至って胸の痛みがじわりと拡がり、あおいはきつくまぶたを閉ざした。あのとき往来での抱擁を気恥ずかしく感じたのは事実だったけれど、風太はあおいのつれない態度をさびしく思ったかもしれない。片方の手袋を拒否されて傷ついたかもしれない。そんな気持ちにさせたいわけじゃなかった、あのときだけじゃない、今も、いつも、ずうっと、風太にそんな思いさせたくないのに、なのに、俺は。
「ごめん、風太……
 口をついて出た謝罪の言葉に、風太の腕の力が緩んだ。
「なして謝ると?」
「えっと……俺、いろいろ、その、気づかなくて……
…………
「風太と、こ、こいびと? っぽくしたいなって、ちゃんと思ってる、けど……切り替えが、うまく、できなくて……は、恥ずかしい、っていうか……
「オレんこと好いとっとが恥ずかしか?」
「っ、恥ずかしくないよ……!」
 それだけは絶対に否定したくてあおいは勢いこんで顔をあげた。
「知っとるばい」
 風太はかすかな笑いまじりに抱擁を解き、額に額をこすりつけてきた。
「いま、やっちゃいちゃいちゃしとるけん……よかよ」
 低くひそめられた声は聞いたことのないくらいあまったるくて、やけにおとなびていた。風太のくせに、なんて思ったけれど、やさしく、いつくしむように重ねられたくちびるに、あおいはもう抗わなかった。
 手袋をした風太の指先がそっと目尻を掠めてゆく。泣いているとでも思われたのだろうか。泣きそうだよ、でも泣いてないよ。ときどき的外れで、けれどいつもあおいを気にかけてくれるやさしさが途轍もなくいとおしく、くちびるが離れてゆくのが惜しかった。
「つめた……
「つめたかね……
 それでも息を継ぐようにくちびるを離した途端、外気で冷え切っていた互いのそこにおなじ感想を持ったことが可笑しかった。
 ささやかに笑いあい、あおいは風太を見あげる。彼の両手をまさぐり、指先をきゅっと握った。くらがりでもなおあざやかな、よく晴れた空みたいな風太のひとみが、ひらりと閃く。彼はあおいの意図をただしく汲み、手袋からするりと両手を抜いて、あおいの頬をそうっと包みこんだ。風太のてのひらのとろけるようなぬくもりが冷えた頬にじわじわと沁みてゆく。希求していた体温のいとおしさにちいさくため息を落とすと、その呼気は風太に食べられてしまった。
 くちびるは未だ冷たかった。それでもいとおしかった。触れて、触れあわせて、探りあって、擦りあわせて、混ぜあわせて、丁寧に貪られた。離れるのがさびしくて自分から追いかけた。冷えたくちびるがあたたかくなるまで何度もねだると、ねだったぶんだけ風太は応えてくれた。熱いくらいの指先に髪をかきわけられ、耳輪をなぞられ、耳たぶを撫ぜられ、息がとまりそうになった。互いのくちびるのあわいでひそやかな湿った音が立つたび厚着をした服の下で肌が粟立ち、空気の冷たさとは違うぞくぞくするような感覚が背筋にいつまでもとどまっている。どうしよう、へんな声がでそう。あわさったくちびるの隙間からついにくぐもった声がこぼれ落ちてしまい、たまらず風太にしがみついた。
「いかんばい……
 風太は声を上擦らせながらあおいをきつく抱き締めた。あおいもだめだと思った。
 このまま、これ以上は、ここでは。
「あ、あんまり遅くなったら、みんな心配しちゃうね……
 取り繕うように口にすると、風太の腕から力が抜けてゆくのがわかった。
「そうやった……アイス……
「とけないよ、寒いもん……
 風太の体の向こうの下駄箱の上にコンビニ袋が乱雑に置かれ、中身が飛び出していた。アイスの包装はかたちを保っており、プリンの容器も一応無事であるようだった。
 どちらからともなく、ゆっくりと、体を離した。いつのまにか風太の頬が、くらがりでもはっきりと視認できるほど上気している。きっと自分もそうなのだろうと思うとますます顔の熱さが自覚されていたたまれなかった。いくら感情がたかぶったからとはいえ、こんなところで、さかりがついたみたいに……
 頬に熱をのぼらせながらあおいはふと、風太の手袋を握り締めたままであることに気がついた。無性に気恥ずかしくて顔をうつむかせて風太に差し出すと、風太も「んぉ」とみじかく声をあげてそれを受け取った。
「上、あがろっか……
 あおいはブーツを脱いで框にあがり、未だとろりとした余韻に浸っているような風太を待った。
 大丈夫かな風太、そんな顔で、みんなの前に出て……いや俺も人のこと言えないかもだけど……
「あ、あのさ、風太」
 のろのろと靴を脱いで揃える風太に、思わず声をかけた。
「えっと、あっ、そうだ、て、手袋、俺も、次は忘れないから……
「なあオレ、おそろいもしたかっちゃけど、こいも」
 風太はあおいの手をとって握り締め、おもむろに自分のコートのポケットに導いた。予想外の行動にあおいはなんの反応できない。あっというまに恋人の手を自分の手とポケットとであたためあうバカップルの誕生である。
「コイビトっぽかろ?」
 風太はあまやかな余韻をすっかり払拭したようすで、実にはれやかに、まぶしいほどに破顔した。
「いや恥ずかしいんだけど⁈」
「えーなして? ぬっかし、よかやっか!」
「よくないよ⁈ こっぱずかしいよ⁈ よくないから!」
 あたたかいのはまあ認めるがよくはない。断じてない。ハードルが高すぎる。恥ずかしさで爆発しかねない。他人の目がないからこそ今はゆるしているが、とんでもないバカップルっぷりである。いや実のところすこしくらいその自覚はある。しかし風太の羞恥心はもうすこし仕事をしてほしい。あと切り替えが早すぎる、ってかそれは俺も見習ったほうがいいのかな……
「風太、もしかしてさっきの帰り、これ、しようとしてたの……?」
 うん、と風太はいとけなく首肯した。
「そいけんあおいは手袋ば忘れてんだいじょぶばい。オレがかたっぽ貸すけんね!」
 風太はさもうれしそうにポケットのなかのあおいの手を握り締めた。
 あおいがおそろいの手袋をしていても忘れても、どうやら風太には歓迎すべきよろこばしいことであるらしい。都合のいい奴、と思った。風太らしいな、とも思った。
「あー……まあ、機会があったらね……
 しかし冬はみじかいのだ。手袋の必要な季節などあっという間にすぎてゆくだろう。だからこそ、その機会をいつ作ってやろうかとあおいは思いを巡らせる。
 その前に羞恥心と折り合いをつけておかなくちゃなあ、と内心で苦笑した。
 
<了>


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