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みずあめ
2024-12-03 22:05:55
10606文字
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神麗
付き合ってる神麗がうだうだいちゃいちゃしてる話です。長い。
ピンポンピンポンピンポーン。
非常識な騒がしさでインターホンが鳴らされ、オレは顔を顰めた。時計を見れば時刻は夜十時過ぎ。今日は仕事が休みだからのんびり映画を見て夜更かしをしようと決めていたオレはそのインターホンを無視することにして視線を画面に戻した。見逃した数十秒を巻き戻し、もう一度再生ボタンを押す。
「麗〜? うーん、もう寝ちゃったかな」
ぴったり閉まった扉越しでも聞こえてくる、のんきな声。その一言で部屋の前にいる人間に当たりがついて思わず舌打ちをした。時間的に、仕事帰りに寄ったのだろう。
一階に部屋があるヤツがわざわざ二階まで上ってきてんじゃねえよ。
脳内で悪態を吐き、いつもの癖でチッと舌打ちをした。
「由鶴さん、これとりあえず俺が預かっとくから、電車あるうちに
……
って、あ、今日は逢さんのお家?」
無意識のうちに耳を澄ませていたオレは、聞こえた名前に握ったままだったリモコンで映画を止めて立ち上がった。誰が出るもんかと思っていたけれど、そこにいるのが一人だけじゃないなら話は別だ。足早に向かった玄関で手を伸ばして扉を開ける。
オレの部屋の前の外廊下には、思った通り、神家と由鶴が並んで立っていた。神家はまだしも、なんで由鶴がこんなとこにいんだ。
「あ、麗起きてた。ただいま」
「麗、夜遅くにごめん。今日麗が休みだってこと忘れてまかない作っちゃってね。自分で持って帰ろうかと思ったんだけど神家が持って行こうかって言ってくれたから、せっかくだし麗に食べてもらいたいと思ったからそうしてもらおうかなって」
「
……
なんでわざわざおまえまで来てんだよ。こいつに渡しときゃいいだろ」
「うん、そうなんだけど、昨日ちょっと体調良くなかったでしょ? 季節の変わり目だし心配で、顔を見ておきたかったんだ」
由鶴はいつも通り優しさだけでできたかのような人の良い顔でオレを見つめ、その瞳に心配を滲ませた。体調が良くなかったと言うが、喉が乾燥していて少し咳をしただけだ。いちいち心配するようなことじゃない。
「こんな時間まで仕事してんじゃねえよ。余計なお世話してねえでさっさと帰れ。
……
メシはもらう」
「うん、もらって。ありがとう」
「あげた方が礼言うな」
「あ、
……
ふふ、そうだね。でも、もらってくれてありがとう。寒くなってきたからちゃんと温かくして寝るんだよ」
「うっせ、母親か」
「それくらい麗のこと心配してるだけ。それじゃ、俺は帰るね。神家も付き合ってくれてありがとう」
「全然! むしろ帰り道の話し相手がいて嬉しかった! 休みの日だから会えないと思ってた麗の顔も見れたし」
にこっと呆れるほどに明るい笑顔で言う神家の言葉は無視し、オレは由鶴にだけ視線を向けて「はよ帰れ」と言い玄関の扉を閉めた。向こう側で二人が何かを話しながら離れていくのを確認してから部屋の中へ戻る。
由鶴から受け取った袋の中身をテーブルの上に出すと、食事はお弁当のようにタッパーに丁寧に詰められていた。下にある二つ目のタッパーには三角に握られたおにぎりが入っている。なんだこれ、これからピクニックでもすんのかよ。
夜ごはんは夕方のうちに適当に済ませていたけれどすでに小腹が空いていた。せっかくだから映画を見ながら少しつまむことにして食器を取りにキッチンに立つ。そしてキッチンから皿と箸を持ってテーブルに戻ったところで、デジャブのようにピンポンピンポンピンポンとインターホンが鳴らされた。
どう考えてもあのボケの仕業だろう。気配を探るためにじっとしていると次はコンコンと控えめに扉がノックされる。死ぬほどムカつくことに、オレはそれを無視して食事や映画を楽しむことはできないと自分で分かっていた。
チッと舌打ちをして玄関に向かい、鍵を開けて静かに扉を開いた。まだ開き切っていないその隙間から腕が伸びてきて、滑り込むように体ごと部屋の中へ入ってくる。避ける隙もなく抱きしめられたオレの前でパタンと扉が閉まった。
「ただいま、麗」
「
……
てめえの家じゃねえわ」
「麗もうちに来た時ただいまって言っていいよ」
「言わねえ。オレの家じゃねえから」
「ふふ。じゃあ、二人で住む時の楽しみにとっておこ」
「
……
誰が」
「俺と麗。いつかさ、二人で一緒に住もうよ」
ふわふわと浮かれた声に、熱い体温。神家がペラペラ喋っている間にすんと匂いを嗅ぐとかすかにアルコールの匂いがした。
仕事の後にバーで飲み会でもやっていたのだろうか。寮飲みは何度断っても時々声がかかるが、仕事後にその場のノリで、という飲み会までは把握しようがない。酔った神家は、いつもより面倒臭いからあまり好きじゃない。
「お前、酔ってんだろ」
「んー? ううん、全然」
「
……
酒の匂いする」
「え、うそぉ。一杯だけ、みんなで乾杯する時は飲んだけど、あとはずっとノンアルコールだった、
……
はず。たぶん? でも本当に酔ってないよ。周りがすごい飲んでたから匂いついちゃったかな?」
神家はそう言いながらちゅっと唇を重ねて、甘ったるい目でオレの顔を覗き込んだ。伸びてきた舌は熱くてやっぱり酔ってるだろと思ったけれど、酔っていなくたってその舌が溶けてしまいそうなほど熱いことも知っている。まっすぐにオレを見つめる神家から目を逸らすことはしたくなくて、オレは眉間に皺を寄せて目を眇めた。
「酔ってる方がいい? 俺、酔ったらもっと麗に甘えちゃうけど」
「酔うな。めんどくせえ」
「ふふ。麗はいつも可愛いよ」
「会話になってねーし可愛いなんて言われても嬉しくねーんだよ!」
「えー? でも可愛いもんは可愛いんだもん」
わけのわからないことをごちゃごちゃと言う神家を蹴り飛ばしてその腕の中から抜け出し、玄関の鍵を閉めてから部屋の中へ足早に戻る。神家はオレの後を追って部屋の中へ進むと一時停止にしてあるテレビ画面を見て「映画見てたの?」と言いながらキッチンに行き、当然のようにコップに水を注いでテーブルの近くに座った。
この部屋に神家がいる光景も、ずいぶん見慣れていた。だからこそ胸が騒ついて落ち着かない。テレビ画面を見るためにはテーブルの、神家がいるのと同じ方へ座らなきゃならなくて、できる限りの距離を取ったとしても手を伸ばせば届いてしまう近さだった。床についた神家の手を一瞬見つめ、意識してそれから視線を外す。
変な気分に傾きかけていた思考から気を逸らすため、オレはテーブルの上にある弁当の中から特に好きなものを皿に取り分けていただきますと手を合わせた。神家は緩んだ顔で由鶴の作った弁当を見て「わ、おいしそう」と呟く。
「
……
お前にはやらねーからな」
「一口も?」
「一口も。
……
つか、なんで来たんだよ」
「ん? 麗といたかったから」
「
……
オレは映画見てえ」
「
……
映画は今度にして今日は俺に構うっていうのはどう?」
食事に箸を伸ばしていたオレは、ぴたりと動きを止めてゆっくり神家を見上げた。目が合った神家は数秒の間の後、ふっとやらしく笑う。
「俺は映画一緒に見るんでもいいんだけど、麗は俺がいたら集中できないでしょ?」
「
……
」
「俺は何をしてもいいしただ麗と一緒にいられれば嬉しいよ。でも麗は、俺といると意識しちゃうし、俺がこう言わないと自分から言えないで拗ねちゃうだろ?」
「
……
は」
「あー、やっぱりちょっとお酒回ってるのかな。ごめん、言わなくていいこと言った。俺が麗とえっちしたいだけ。映画もごはんも後でがいい。だめ?」
矢継ぎ早に言われた言葉を頭が理解し切る前に、神家がオレの唇を塞ぎ、床に押し倒した。煌々と光る天井のライトを見上げて頭の中で言われた言葉を反復する。
俺がこう言わないと自分から言えないで拗ねちゃうだろ?
全く意味が分からなくて固まったまま、それでも唇は神家のキスに応えるように無意識に動いていた。脳みそが思考を停止していても神家とのキスは気持ちよくてゆるゆると体の力が抜けていく。
「うらら、おふろ、いっしょにはいっていい?」
甘えるように額を擦り付けながら神家が囁いた。抱き上げられて体を起こされ、オレの返事を待っている神家からのじゃれるようなキスを顔中に受ける。こういう時にオレが良いというまでお利口な犬みたいに待てができることだけは評価してやってもいい。
でも、今は風呂、とか、その前に。
「オレが、なにがどうして拗ねることになるんだよ」
「えっ。
……
あ、俺がさっき言ったこと? ごめん、気にしないでいいよ」
「無理、気にする。拗ねたことなんかねーのに勘違いされたままにしておけるか」
「
……
拗ねたことないは無理があると思うけど」
「ハァ!? 拗ねたことなんかねえだろ!」
「えー? だって一昨日だって俺が一回で終わりにしようとしたらムスッて拗ねてもう寝んのかよって、あ、あれはただのおねだりか。でもあれも拗ねてるのと同じ、っいた!? え、いま本気で殴った?」
「き、きおく、けす」
「物理的に!? ちょ、ストップストップ!」
容赦無く突き出した拳を咄嗟の判断で避けた神家は目を丸くしてオレの腕を掴んだ。オレが暴れないようにかいつもより強い力で押さえ付けられていて、もう殴りかかるのは無理そうだ。
「ごめんって、俺の言ったことは気にしないでいいから」
「じゃあオレが消える」
「わあぁ待ってどっかいっちゃやだよ。大丈夫だから、忘れました、全部忘れたから、ここにいて」
「
……
拗ねてない」
「うん、麗が拗ねてるとこなんて見たことない」
「
…………
ころせ」
「ふ、ふふ、もう、麗、可愛すぎる。ね、照れないで、本当にどんな麗も大好きだよ」
記憶を消せないのならせめて今すぐこの場から逃げようとしたオレを神家は優しくぎゅうっと抱きしめて、あたたかい体温で包み込んだ。頭の上にちゅっとリップ音を鳴らしてキスをし、大きな手のひらで髪を撫でてくる。
宥めるというよりあやすような態度はムカつくけれど、それで心が落ち着くのも事実だった。神家の純粋な愛情を全身に感じて、荒く波打っていた感情が凪いでいく。
オレが大人しくなったことに気がついた神家は顔を覗き込んできて、重なった視線を逸らすとくすっと笑ってぽんぽんと頭を撫でた。クソが、まるっきり子ども扱いじゃねえか。
「あったかいお茶でも飲もうか。確か紅茶あったよね? おいしそうなやつ。麗は使わないのに角砂糖まで常備してくれてて、俺のため?なんて自惚れちゃったり」
「
……
しないのかよ」
「んー、後でね。麗が落ち着いてからにしよ。あ、わかってるよ、ちゃんと落ち着いてるってわかってるけど、俺が一杯お茶飲みたいから」
神家のその言葉を聞いた途端、今までのこいつの言動がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡り、オレはさっきの言葉の意味を理解した。
神家の優しい笑顔も、あたたかい手のひらも、幸せをくれる言葉も、いつもオレが欲しい時にそこにある。オレが欲しいと言い出せなくても、そこにあった。そんな都合がいいことに気が付かないわけないのに、オレはこいつがくれるそれらをただ受け入れていて。
「
……
そういうことか」
「え?」
「オレが、自分の考えを認めねえから、お前が代わりにそうしたいってことにして話進めてんだな、いつも」
「
……
俺も、本当にそうしたいよ?」
「どうだか。オレなんかに合わせて、無理に付き合わなくていい」
話の行き先を注意して伺うような声音にイラつく。オレは目に力を込めて神家を睨み、棘のある言葉を吐き出した。せっかく落ち着いていた心があっという間に冷えてこの世の全てを拒絶するかのように閉じていく。自分がたった一人きりだと、ずっと分かっていたのに、神家のそばでぬるま湯に浸かってそれを忘れていたんだ。
キッチンに向かっていた神家はすぐにオレのところへ戻ってきて「麗」と名前を呼んできたけれど、オレは会話を拒んで体の向きを変えた。ぐっと息を呑む気配に余計に悪態を吐きそうになって唇を噛む。
本当に話したくないのならさっさとこいつを部屋から追い出してしまえばいい。オレがいくら背中を向けたって、こいつは呆れて出て行ったりしないって、頭のどっかで分かってる。整理しきれずにぐちゃぐちゃなままじゃうまく息もできなくて、ズッと啜った鼻の音に一歩近付いた神家がオレの背中にそっと触れた。
「麗、聞いて」
いつもオレに向けられるよりもうんと真剣な声に、オレはビクッと震えて顔を俯けた。なにも聞きたくないと耳を塞いでしまいたかった。でも、オレのこの最低な気持ちをほどくことができるのはきっとこいつなんだろうと、こいつがいいと思うから、背を向けて俯いたままで全神経を神家に向ける。
「ねえ麗、俺、少しも無理してないよ。何回も言ってるけど俺は麗のことが大好きで、できたらずっと麗と一緒にいたいんだ。でも自分のことだけ考えてちゃダメだし、好き勝手して麗に嫌われたくなくて、遠慮することも多かった。だから麗がまだ一緒いたいって顔してくれるとすっごく嬉しくて
……
自分でまだいたいって言う勇気がないから麗の顔色伺ってたのに、それを麗のせいみたいに言ってごめん。いつも、俺がそうしたいからしてた。無理に麗に付き合ってるなんて思ったこと一回もない。俺のしたいことより麗のしたいことを優先したかった、なんて良い人ぶって聞こえるかもしれないけど、麗のことが大好きだから、麗が嬉しいと俺も嬉しいんだよ」
バカみたいにまっすぐに伝えられた言葉にじわりと涙が浮かぶ。めんどくさいって、もういいよって突き放せば良いのに、神家は最初からずっとオレのことをそういうふうに扱わなかった。
嫌いにならない、諦める気ない、と。あの時の神家の言葉をずっと信じたいと思ってる。
「
……
いま、は」
「うん?」
「今、おまえは、お茶飲んで落ち着きたいのかよ」
「
……
そう、だね。
……
ごめん、ほんと言うと今すぐ麗のこと抱きたい」
「
……
じゃあそうすりゃいーじゃねえか」
「え
……
い、いいの?」
「おまえが今さら何しようが、
……
好きも嫌いも変わんねえよ」
「
……
それ、好きってこと?」
「そんくらいてめえで考えろボケ」
半身だけ振り向き、チラッと一瞬睨みつけてから神家の体に軽く寄りかかる。すぐにオレの肩を掴んだ手は力強く、だけど優しくオレのことを抱き締めた。オレは神家の胸に頭を擦り付けて静かに息を吐いた。
「
……
麗、お茶は後回しでいい?」
ヤッてる最中みたいに熱っぽい囁き声に、ふわっと体温が上がる感覚。腕の中に抱きしめられているから神家から顔は見えないはずだけれどそれでも俯いて赤くなった顔を隠した。
早く触れて、オレの頭の中をめちゃくちゃにしてほしい。じゃないと恥ずかしくて死にそうだ。
「お茶なんて、どうでもいい」
「うん、そうだね。ベッド行こっか」
ひょいっと、オレの体は簡単に神家に抱き上げられ、不意打ちに驚いているところを下から覗き込まれた。目を見開いたオレを見つめて嬉しそうに笑う神家に反射的に殴り掛かろうとしたけれど、バランスを崩しかけて慌てて神家の肩に手を回す。くすくすと甘ったるく笑う神家は耳元で「いい子にしてて」と言いオレの耳たぶにキスをした。きっとその耳も、隠せないくらい赤くなっている。顔も体もバカみたいに熱くて涙が浮かんだ。
ベッドに下ろされたオレの上に神家が覆い被さる。いつも優しいだけのムカつく瞳が、今は感情が溢れ出したように色を濃くしてオレを映していた。
「麗、麗がその方が安心するって言うなら、俺はもう隠さないでやりたいことなんでも麗に言うよ。そうしたら麗も照れ隠しで怒ったりしないで、素直に良いことは良いって、嫌なことは嫌って言ってくれる?」
「
……
場合による。
……
隠されるよりは、そっちのがいい」
「わかった。それじゃあ、さっそくだけど一個目」
神家の言葉をちゃんと全部聞きたいのに、心臓が馬鹿みたいに荒ぶって耳元で騒がしく脈打つ心音が聞こえる。まだ少しも触れてないのに神家の視線だけで体が熱を持っていた。ちゃんと答えてねと囁く声にも興奮してしまい視界が滲む。
「あんまり優しくできないかもしれないんだけど、今から麗のこと抱いていい?」
「
……
どうせ、そのために来たんだろ」
「麗に会いたくて来たんだよ。セックスだけが目的じゃない。ふ、ねぇ、ちゃんといいよって言って。麗がどうしたいかなんて、俺はわかるけどさ、それじゃあ嫌なんだろ?」
「
……
はやくしろ、待ちくたびれた」
「
……
はは、もう、わがままなんだから」
呆れたようなセリフと裏腹に声は蜂蜜みたいに甘くとろけてる。いつものように文句を言ってやろうと開きかけた口は、だけど神家が顔を近づけて来たからキスを受け入れるためにムッと閉じた。目を開けたまま鼻先をちょんと触れさせた神家が「め、とじてよ」と囁く。
「おまえが閉じろ」
「えー、おれはうららのこと見てたい。麗、いつも目瞑るじゃん。今日は開けてたいの?」
「おまえが何するか見てる」
「
……
そう? じゃ、見てて」
キスするよ?とわざわざ確認する神家に返事はせず、睨みつけたままわずかに顎を引いた。ふわりと目尻が下がって神家が笑ったんだと分かる。
──見つめ合って、三秒。
ふっと吹き出すように息を吐いた神家が一瞬触れるだけのキスをして、もーうららぁ、と笑い声混じりにオレの名前を呼んだ。
「いいよって言ってってば。これだと今までとおんなじになっちゃうじゃん」
「
……
キスくらい今までも好き勝手してただろ」
「残念、今までもすっごい麗の顔色伺ってました。俺の好きにしてたら、麗、喋る隙ないからね」
「は
……
」
「でも本当に自分勝手にしたいわけじゃないんだ。ちゃんと麗もそういう気分の時にしたいから、麗がしたくない時に俺がキスしちゃいそうだったら怒ってね」
神家はそう言うと顔にかかった髪を指で軽く梳いて露わになった額にちゅっとキスを落とした。わかった?と確認するように瞳を覗き込まれ、跳ねる心臓を誤魔化して奥歯を噛む。
人のことをなんでもかんでも勝手に察して動く神家にムカついたのは事実だけれど、それじゃあ自分でしてほしいことを言葉にできるかと言うと話は別だ。
額なんかじゃなく、もういっかい、なんて。
考えるだけで心臓が壊れそうになる。でも、それでも、神家の期待する瞳に応えたいとも思う。いつももらってばかりで甘やかされて、そんなんじゃなく、オレも神家の欲しいものを与えられるように。
「
……
かみや」
「ん? なぁに?」
「
……
、
……
もういっかい」
「うん?」
「っ、
……
もっかい、きす、しろ」
「え
……
」
「誰もやめろなんて言ってねーだろ。
……
嫌だったら、蹴り飛ばしてる」
「
……
そっか、うん、そうだね」
じゃあもう一回、と、ちゅっとキスをひとつして満足げに笑う神家は、全然、なんにもわかってない。オレがキスの最中にお前のこと蹴ったことあるかよ。忘れてんなよ。オレがどうしたいかわかるなんて言って、なんにもわかってねえ。
オレはシーツを握っていた手を開き、神家の服の襟元をグッと掴んだ。唐突に胸ぐらを掴まれた神家は目を丸くしてオレを見つめ、悲しそうに笑って「やっぱりもうキスはだめ?」と言う。全くの見当違いに呆れて言葉も出ない。オレのこともっと見とけボケナス。
服を引っ張って強引に神家を引き寄せ、ぶつけるように唇を重ねる。可愛らしいリップ音のひとつも立てられないヘタクソなキスに内心で舌打ちをして至近距離で視線を絡ませた。
「おい勘違いバカ野郎」
「へ、え、なに」
「嫌だったら蹴り飛ばすっつってんだろ」
「う、ん
……
?」
「蹴り飛ばしてねえのに、やめてんじゃねえよ」
「
……
、え
……
。
……
えっと」
さっきのオレのキスとは比べ物にならない優しいキスをして、神家はオレの機嫌を伺うように瞳を覗き込んだ。
まだ足りない、もっと欲しい。
言葉にしなくとも視線に込めた欲を感じ取ったのか、もう一度、今度は深く唇が重なる。いつもより強引に動く舌に体も頭もとろけて力が抜けたオレを神家の手が支え、唇が離れた途端神家はぎゅうっとオレのことをキツく抱きしめた。
「蹴り飛ばしてよ
……
」
「
……
あほ、言わなくても分かるんじゃねえのかよ」
「
……
ううん、わかんないから、おしえて」
抱き潰してしまわないように加減された腕の力も、欲を抑えつけているのが分かる熱っぽい声も、全部気に入らなくて手を伸ばした。神家の後頭部をパシッと叩いて、それからわしゃわしゃと乱暴に撫でる。「っえ、な、は?」と間抜けな声を上げる神家に少しは気が晴れて、オレはふっと息を吐いた。
「神家」
「な、に」
「二度は言わねえからよく聞け。
……
お前の好きにしろ。オレはそれがいい」
「へ
……
。
……
おれ、の、すきに?」
「オレの顔色伺って我慢してたこと全部言え。聞いて嫌じゃなきゃ、付き合ってやる」
「
……
キス、してもいい?」
「はあ? おい、今さらンなこと確認するまでもねーだろ」
「っ、俺が言う百分の一でいいから好きって言ってほしい、とかも、あり?」
「
……
お前は言い過ぎ。もっと控えろ」
「やだ、だって大好きなんだもん」
「ばーか。
……
まあ、千分の一くらいなら妥協してやる」
「めちゃくちゃ減ってるんだけど!?」
「好きだ」
「っ!」
「
……
って、一回言うだけでそんなんになるんだから、千分の一くらいでちょうどいいだろ」
「も、もういっかい
……
!」
「お前があと千回言ったらな」
「俺、本当に千回言えるよ」
「言うなボケ。
……
他のことは。てか、いつまでこのまんまだよ。
……
しねーの」
抱きしめられて密着した体には熱を持った神家のモノがぶつかっている。膝を曲げてそれを刺激すれば神家は目を丸くしてオレから体を離した。真っ赤な顔で固まる神家にオレは思わず笑みを浮かべた。
「好きにしろっつってんだよ。できねーの? 意気地無し」
「っ
……
! ねえ、うらら、押し倒されてるのわかってる?」
「分かってるから言ってんだろ」
「う、ぁ
……
鼻血出そう」
「ふ
……
。ほら、オレの顔色伺わずに、お前のやりたいこと言ってみろよ」
わざと挑発するようにニヤリと笑って神家の顎先を指ですくう。ぐっと唇を噛んだ神家が必死な顔でオレを見つめるから余計に気分が良くなった。
攻められてばかりでいたくない。いつも通りの自分でいたい。セックスの最中は無理でも、せめてそこに至るまではオレが優位でいたかった。煽れば煽るだけその後ぐずぐずになるのは自分だと分かっていても、矜持を守るために口が勝手に動いてしまう。それでもよかった。だって、こうすれば変なとこで変な遠慮するこいつも、カッとなった勢いでオレをめちゃくちゃにしてくれるから。
「
……
麗」
ふぅーっと深く呼吸をして、眉間にシワを寄せたまま神家はオレの名前を呼んだ。返事はせずに、視線だけで続きを促す。
「好きにしていいんだよね」
「
……
さっきからそう言ってる」
「うん、じゃあ今日は、麗のことめっちゃくちゃ気持ちよくできるように頑張るから、最後まで付き合ってね」
「
……
え」
「とりあえず一緒にお風呂入ろっか。後ろほぐすのも全部俺にやらせてね。麗はなんもしないでいいから」
「は、え、おい」
「俺のやりたいこと。好きな子に俺のことだけ考えて、俺のことだけ感じててほしい。付き合ってくれる?」
「
……
」
何もしなくてもお前のことばっか考えてる、なんて、もちろん言えるはずがない。そもそも神家のことだけ考えて、神家のことだけ感じるなんて、今までのセックス毎回そうだし、今さら嫌だと断る必要も
……
ないよな
……
?
「
……
普段やらないようなこと言ってくると思った」
「その方が良いなら次はそういうのも考えてみるけど、俺は麗に意地悪なことしたいわけじゃないよ。俺が麗のことすっごく大好きって、ちゃんと伝わってほしいだけ」
黙り込んだオレに神家は優しく笑って、だめかな?と言い頬を撫でた。さっきまでできていたはずの強気な言動も、神家の甘い言葉に溶かされてもう跡形もない。
だからこいつは嫌なんだ。いつも自分が自分じゃなくなる。いつだって強くありたい心が、神家の前ではこどものように弱く無防備で、寄りかかって甘えたくなってしまう。
「あ、じゃあもう一個追加でお願い。俺がしたいことっていうか、麗にしてほしいことなんだけどね」
「
……
なに」
「今日はめいっぱい俺に甘えてほしい。拗ねても怒ってもいいよ、もちろん大好きって言ってちゅーしてくれてもいいし。どんな麗でもいいから、俺に全部ちょうだい」
「
……
どんなんでもいいなら、いつも通りじゃねえか」
「ふふ、うん。だから、ね? 俺は麗が好きなんだよ。今ここにいる麗のこと、丸ごと全部大好きなんだ。それを麗にわかってほしい。好きなように笑って、怒って、俺に甘えて。そういうのは嫌?」
「
……
、
……
それ、お前の言い分だと、嫌って答えてもお前に甘えてることになんねーか」
「
……
たしかに! あはは、そうかも。じゃあ、ごめんね麗、諦めて俺に甘えて。好きも嫌いも、麗の全部を教えてね」
「
……
ばかじゃねーの」
じわりと熱を持ったのは頬だけじゃなく、胸の奥の、自分でも触れられないような芯のところまでが温かくなっていく。オレの心なのに、きっと神家だけが触れられる場所がある。それが全然、嫌じゃない。
「
……
ふろ、つれてけ」
「任せて! ちゃんと掴まっててね、麗」
パッと体を起こした神家はにこにこ笑ってオレのことを抱き上げた。肩と首に手を回して大人しくすれば耳元で幸せそうな笑い声が溢れ返る。
一人きりの時間も、楽しみにしていた映画も、由鶴のうまいメシだって、どれもとても大切なのに、神家ひとりが、それ全部合わせても敵わないくらいに大切だった。必死で持たないようにしていた重い感情はやっぱり怖いし捨ててしまいたくなることもあるけれど、神家がオレの名前を呼ぶだけで満たされる。こんな幸せを手放せるはずがない。だから責任取って、お前が最後まで付き合えよ。
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