芹沢亀吉
2024-12-03 21:55:52
3801文字
Public 風刺
 

再挑戦

暴虐なナルシストの楠木武が恥をかく物語の通算112話目。

 市街地のど真ん中を口髭を生やした全裸の中年男性が疾走、これは2024年の秋の出来事である。この全裸男、楠木くすのきたけし一等陸佐はこともあろうに陸自の装備品を暴力団に横流しして私腹を肥やし続け、部下への執拗な虐待を繰り返し結果的に死に至らしめた件全てを訓練中の事故として処理とその性質は凶悪かつ卑劣極まりなく、シャワー中に己の悪事が全て露見したと知り現在逃走中の身。

「ハァ、ハァ、ハァ、は、早く逃げないと。」

 運動不足に缶コーヒーの飲み過ぎが祟り中年太り真っ盛りな裸体は走る度に弛んだ腹部がブヨンブヨン、凶悪犯楠木が逃走する様子はどこか間抜けさが漂う。

「キャー!」

 全裸の中年男が市街地のど真ん中を疾走すれば当然目立つ。息切れしながら道路を疾走する全裸男楠木を目にした通行人のある者は唖然とし、またある者は見たくもない全裸中年男性の股間のものが視界に入ったため悲鳴を上げた。

「おい楠木武!止まれ!」

 警察の警告を無視して遮断機を突破した途端に特急列車に轢かれた全裸男楠木は無残にも全身を轢断され、最早助からない身なのは誰の目にも明らか。

「シャワー中に己の弛みきった裸体をミケランジェロのダビデ像より美しいなどと自惚れていたら悪事がバレたと知り全裸のまま逃走、そして全裸で街中を走り回った挙句電車に轢かれ全身バラバラ、楠木武貴様恥をかくことに関しては天才的だな。」

 冥府に到着したばかりの亡者楠木に声をかけた火車かしゃは呆れ顔だ。

「貴様!この俺を誰だと思っている!楠木正成公の末裔にして幹部自衛官として長年日本の国防を担ってきた楠木武だぞ!」

 亡者楠木は生前気弱な部下にPTSDを発症させた時同様に怒鳴り散らしたとはいえ火車には全く通用しない。

「貴様の血統も肩書もこの冥府では何の意味も無い。もしかして貴様自分が既に死んでいることに気付いていないのか?そうだ、自己紹介をしておこう。吾輩は火車、悪しき亡者の魂を美味しく頂く妖。今まで数々の平行世界の楠木武が死亡する度その魂を頂いてきた。どの楠木武も救いようのない外道故その魂は実に美味だった。本来なら貴様も今すぐ頂きたいところだがあの閻魔サンが偶には楠木武に再挑戦の機会を与えてやれと言っていてな。」

 火車の意外な申し出に楠木は目を丸くした。

「それではこの楠木はもう一度現世に戻れるのか!?」

「ああそうだ。不本意だが吾輩に楠木武の魂を頂く許可をくれた閻魔サンの申し出を足蹴には出来ん。今からある人物の身体に入ってもらう。その人物は権力と利権を手放したくない一心から己の悪事を認めようとしない卑劣漢。その者に己の悪事を認めさせ罪を償わせるよう中から変えることが出来れば合格、新たな身体を用意する。もし不合格なら吾輩が貴様の魂を頂く、良いな?」

「火車殿、この楠木に再挑戦の機会を与えてくれて礼を言う!それでは行って参る!」

 何故か時代劇口調になった楠木は完全に舞い上がりもう生き返った気でいる。

 金井かない幸生ゆきおは奈良県知事の権限を私物化し視察の度に自分用の手土産を要求、気に食わない部下には罵声を浴びせ物を投げつける等パワハラを続け、奈良県職員2人が抗議文を残し自ら命を絶ったのを皮切りに奈良県議会の全会派から不信任決議案を突き付けられ失職した身。出直し選挙により再選を果たすも選挙中は奈良市内のPR会社と結託しさも己がパワハラなどしていなかったかのようにネット上の印象操作に明け暮れ、総会屋を動かし自身に不信任決議案を突き付けた県議の自宅に執拗な嫌がらせを繰り返す等そのやり方は公正さには程遠い。

「知事、SNS運用を含め選挙運動を主体的、裁量的に立案した業者に報酬を支払う場合買収に当たる可能性がある、と選挙管理委員会が声明を出しております。今回の選挙のやり方がこの買収に当たるのか知事の見解をお伺いしたいのですが?」

 記者にこのように尋ねられても金井は「公選法違反ではない」と繰り返すばかり。

 再選を果たすもあちこちから選挙違反との声が上がる状況に苛立つ金井は前にも増して県職員へのパワハラに熱を上げることに。

「何やこの安っぽい土産は!?俺は東大出のエリートやし県知事や!もっと良ぇ土産持って来いや!」

「俺は110万以上の民意得て再選したんや!これまで以上にガンガン指導するでぇ!腹括れ!嫌やったら早よ辞表書き!自分みたいなごくつぶし雇う人の良ぇ企業なんか無いやろけどな。」

「県議会に密告なんかしたらどうなるか判っとるやんな?血ぃ見ることになっても知らんでぇ。」

 この有様である。

 そんな金井は全国知事会への出席を口実に己のパワハラ行為を糾弾する百条委員会への出席を拒み、全く反省が見られない。前回初当選した際は全国知事会を欠席しておきながら今回はその全国知事会への出席を盾に取るのも卑劣の極み。

 結局百条委員会に出席したとはいえ金井はまたもや総会屋を動かし己を非難する県議達への執拗な嫌がらせを扇動しており、県議達が嫌がらせに耐えかね職を辞すまでの時間を稼ぐためわざと論点をずらした不誠実な答弁を連発する始末。

 県議達が金井の慇懃無礼な態度に苛立っていると、何といきなりその金井が土下座した。

「申し訳ございません!全てこの楠の、いや金井の不徳の致すところです!今すぐ県知事の職を辞しもう二度と立候補などしません!」

 つい先程金井の身体に三途の川から戻った楠木の魂が入り、今の金井の肉体は言うなれば楠木の支配下。手っ取り早く火車から「合格」が欲しい楠木は金井の肉体を操り土下座させたのだ。楠木本人は土下座を恥と捉え生前は部下に恥をかかせるため土下座を強要し続けた身とはいえ、今土下座しても恥をかくのは金井であって自分ではないと割り切っている。

「やっとお認めになりましたか。遅きに失しましたが。」

「知事があの手この手で責任回避を続けたせいで貴重な時間と多額の税金が費やされました。その責任の重さを痛感されたならこちらはもう言うことはありません。」

「職を辞したら命を絶たれた県職員のご遺族の方々にきちんとお詫びして下さい。」

 県議達が声をかける中延々と土下座し続ける金井、中の楠木はこれで生き返れるとほくそ笑んでいるのだが。

「知事のパワハラにより県職員2人が命を落としたのです。今更土下座してももう取り返しがつきません。本来なら我々に土下座するのではなく、最初からパワハラ自体しなければ良かったのだと胸に刻んで下さい。」

 この県議の発言に金井は逆上した。金井以上のパワハラ野郎な楠木が己のやましさを突かれたとの被害妄想から逆上したと言った方が正確か。

「パ、パワハラと言えば何でも許されると思うなぁ!パワハラなんてのは上官の指導に耐えられない腑抜け共の泣き言に過ぎん!」

 本来なら「上司」と言うべき場面なのに「上官」と言う、現在金井に憑依中の楠木の詰めの甘さが出るのはこういうところ。

「ち、知事!一体何を!?」

 県議達がざわつく中金井は服も下着も全て脱ぎ捨て全裸姿に、勿論これは金井に憑依中の楠木の意思に基づく。

「俺は潔白だ!だからこそ今ここで全てを脱ぎ捨てた!貴様らも悔しかったら全部脱げ!俺と違って脱ぐ度胸など無いだろうがな!グハハハハ!」

 この下品な笑い声は生前の楠木のそれと全く同じ。どうやら楠木は全裸で街中を走り回る中自分の全裸を他人に見せつけるのに快感を覚え露出魔の性癖に目覚めた模様。

 奈良県議会の百条委員会の様子はTV中継されていて、金井が全裸になった途端にTV画面には「しばらくお待ち下さい」と表示され中継は取り止めに。

 結局奈良県議会は県知事への不信任決議案を再度全会一致で可決し、急に体内から楠木の魂が抜け出た金井は己が大恥をかいたことに気付き県議会を解散する気力も再度立候補する気力も喪失。程なくして失職した金井は髪の毛が全て白髪になったとか。

 冥府に呼び戻された亡者楠木に閻魔大王はこう言った。

「楠木武、誰が全裸になれと言った!?自分が露出魔の性癖に目覚めたからといって他人の身体でそれをやるなど言語道断!見たくもない全裸を見せられた大勢の人達の精神的苦痛を少しは考えろ!よって貴様は不合格だ!さて火車よ、食事の時間だ。楠木武を存分に味わえ。」

 火車は亡者を捕食する際相手を金縛りにかけ、現在亡者楠木がその金縛りにかけられている。

「か、火車殿!この楠木にどうかもう一度再挑戦の機会を!」

 命乞いなど意に介さず火車は亡者楠木を瞬く間に飲み込んだ。

 亡者楠木を美味しく頂いた火車に閻魔が深々と頭を下げる。

「楠木武に改心の余地があるなどと考えた私が間違っていた。やはりあの者の始末はお主に任せるのが一番良い。」

「閻魔サン、もう頭を上げてくれ。今回楠木武は金井幸生の肉体に入り大勢の人達に見たくもない全裸を見せつける悪事を働いた。その悪事の分より一層魂が汚れより美味になったのだから悪い話ではない。おっとまた別の世界の楠木武がくたばったか。今からその魂を頂いてくる。」

 そう言い残すと火車は冥府の門を出て行った。(終)