2024-12-03 10:46:00
3655文字
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た〜んと召し上がれ♡ 3

はーくん、おとこになる(?)




 ハーデスにとって、ヒュトロダエウスは理解者であり、彼女は新しい世界へ誘ってくれる善き友人だった。身長が伸び、ふっくらした頬が少しシュッとして、手足がすらりと伸び、筋肉や骨の作りに差がでてきて。彼女を見下ろすようになっても、ずっと、三人とは善き友人であったのだ。
 そして、彼女はアゼムと共に旅に出ることが多くなった。
「ううう、いたぁい」
 涙目で袖を捲って擦りむけた肘を見せつけてくる。それよりも腕に残る青い痣が気になるが、ハーデスはひっそり息をかけながら簡単な治癒魔法を掛けてやる。
「お前も使えるだろう」
「だって戦闘に百パーかけないと、師匠に巻き込まれちゃうんだもん! あの人、これぐらい避けられるでしょう?って遠慮なく巻き込んでくるんだよ! エーテルかつかつ! お腹すいた!」
 すん、と鼻を鳴らす彼女が、戦いの最中は片腹を抉られたって顔一つ歪めないことを、もう知っている。一度、アナイダアカデミアに併設されている温室へ見学へ行った際、創造生物の暴走に巻き込まれたのだ。その時、彼女はすぐさま退路の動線確保をし、アゼムがやってくるまで創造生物と対峙し、持ち堪えてみせた。脇腹を切り裂かれても顔色一つ変えず、すぐさま反撃をして見せて。そうして全て終わった後、アゼムに良かった点と反省点を述べられ、頭を撫でられて。へへ、と笑いながらハーデスとヒュトロダエウスを振り返るなり気絶するのだから、二人揃って叫んだものである。
 ぼんやりと、彼女に守られるのは性に合わない、と思っていた。そしてありとあらゆる人を守ろうとして、手を伸ばそうとする彼女は、誰が守ってくれるのだろう。
 真新しく生成されたばかりの皮膚は柔らかく、少し引っ掻けばまた血が滲むだろう。ハーデスができるのはここまでだ。ほら、と手を退ければ、袖を捲って肘を眺めながら、おおー、と彼女が呟いてにこぉ、と笑う。画面の向こうで嬉しげに細まる目がハーデスだけを写している。その白く細い腕が眩しい。少しだけハーデスがの方が背が高くなって、上から覗く白い鎖骨に何度か目が吸い寄せられてはそっと外すことを繰り返している。
「ありがとう! エメロロアルス様ってばさぁ、訓練でついた傷は治してくれないんだよー! 行ったらそのまま治癒の勉強になるの。溜まったもんじゃない」
「お前の旅には必要なものだろう」
「そうだけと、師匠の扱きの後はやだ」
 ぷく、と頬を膨らませて呟いて。疲れたぁ、と彼女がハーデスの肩に頭をこてりと乗せる。
「重い」
「ちょっとだけぇー。ヒュトロダエウス来たら起こしてー」
 ハーデスの頬にフードから溢れた彼女の髪が柔らかく当たる。ふす、と寝息が聞こえてきて、よほどつかれねいたんだ、とそっと息を吐く。
 ずっと、ずっと。彼女からは甘い匂いがする。触れて、噛みついて、食らいつきたい。その衝動を飲み込んで押さえ込んで。そっと、落ちてる彼女の手に触れようとして、悩んでその袖に指先を触れさせる。どうしても、その柔い肌に無断で触れていいとは思えなかった。それなのに無邪気に触れてくる彼女が恨めしい。心の中で渦巻くこのもやもやが何か、ハーデスはまだ定義付けられていない。
「ん…………
 もにゃ、と口の中で何かを呟いて、肩にかかる重みが少し強くなる。頭が落ちないように、ほんの少しだけ背中を丸めて、ハーデスは彼女の服の袖をゆっくり撫でてみた。
 触れてみたい。ずっと、渇いている。幼い頃に無邪気に味わってしまった蜜は、酷い中毒性を持ってずっとずっと、ハーデスの腹の奥底をぎゅう、と苦しめていた。
 無邪気に触れてくる彼女を捕まえて、その首筋に噛みついてみたら。その唇に吸い付いてみたら。そうすればもしかしたら、この渇きは癒されるのだろうか。
 ゆっくり袖から指を滑らせ、彼女の柔い小指を捕まえる。ハーデスよりほんの少しだけ硬い、けれども骨の細い、女の子の指だ。短く切り揃えられた爪は滑らかで、指のひら以外はふわふわと柔らかくて、滑らかで。皮膚の作りが違うな、なんてぼんやりと考えながら指の股の薄い部分を撫でる。
「ん……
 ぴくり、とほんの少し彼女の体が跳ねた。くすぐったかったのかもしれない、と慌てて指を離す。すぐにまた穏やかな呼吸に戻って、ほっと息を吐いて。彼女を肩に乗せたまま、目を閉じる。しかし目を閉じていたって、眩く煌めく魂が真横できらきらと輝いて、まったく心が落ち着かない。どうしようもない。
 小さな声で、彼女の名前を呼んだ。いつか、アゼムとなったら呼ばれることがほとんどなくなる名前だ。小さく、小さく。何よりも大切に名前を呼んで。
……ぁ? はーです?」
 肩に乗った重みが少し軽くなって、ぽやんとしたら声が返ってくる。たった、一度。それも囁くよりも小さな声だ。それでも、それに彼女は答えて、ハーデスの名前を呼んだ。
 その瞬間の、どうしようもない感情の動きを、疼きを、激情を。
 知らないと、思い込んでいた。思い込もうとしていた。彼女は、友人だから。古い友人で、これからも永く在ると確信できる、人だった。大切な、友人なのだ。
 だから、だから。せめて、その欲が食欲であって欲しかった。喰らいたい、なんて。文字通りの意味で良かったじゃないか。
 ゆっくりとまた肩に重みが戻ってくる。甘えるように少し擦り寄ってきて、ズレた頭の位置に合わせてほんの少し、さらに背中を丸める。
 ずっと、ずっと。
 ずっと、欲を、抱えている。
 それが食欲だと、願っていた。



「ハーデス」
 甘えた彼女が、ハーデスに腕を絡める。ローブの襟を白い指先で引いて、首筋を見せつけてくる。
「ね、食べっこしよ?」
 幼くない、大人になり始めた彼女がそう言って笑いながらハーデスの頬に口付けるものだから。ハーデスも遠慮なく白い首筋に唇を寄せて、舌を這わせる。
「んっ……ハーデス……
 小さな甘えた声が耳元で聞こえる。はふり、と漏れる吐息もきっと甘いのだろうな、と柔く首筋に歯を立ててから離れて、彼女の頬を捕まえる。潤んだ目が、ハーデスを見ていた。
「私ね、ずっと、君に食べられたかったの……
 お願い、と囁く唇が柔らかいことを、知っている。小さく開いて覗く唾液の絡んだ舌が甘いことを、知っている。
 彼女の名前を呼べば、ふにゃりと表情が蕩ける。この、顔を。誰にも見せたくない。
 ずっと、ずっと。
 この甘さも、柔らかさも、ぜんぶ、ぜんぶ。
 赤い唇に、己の唇を寄せる。
 ずっと、ハーデスは。彼女を。



 ハッと目を開いて、ハーデスは思わず周りを見渡す。黄金の町はかすかに茜を滲ませて、少し長い時間眠ってしまったのだと知る。太ももに重みを感じて見れば、肩で眠っていたはずの彼女の頭がハーデスの膝に落ちている。なんとなく股に不快感があって、涎でもこぼさらたのか、と息を吐く。心臓が、やけに高鳴っている。妙な夢を見てしまった、と呼吸を繰り返した。
 ヒュトロダエウスはまだきていないが、この調子じゃもしかして用事ができたのかもしれない。作れるようになったばかりの伝言用の使い魔はまだまだ持続力が無く、眠ってる間に来ていればきっと気付けないままほつれてしまうだろう。
「おい、起きろ」
 眠る彼女を持ち上げて揺らす。んー、と呟いて目を擦りながら、ぼんやりした目がハーデスをとらえた。
 あれ、と。疑問を持った。彼女の頬は唾液で濡れていないし、ローブも汚れていない。それでも、股の間あたりに不快感がある。彼女の甘さに混じって、妙な匂いがした気がした。
「ハーデス」
 ふにゃり、と笑う顔が、夢と重なった。重なって、しまった。
「すま、ない。用事が、できた」
「んー? あ、もうこんな時間? ヒュトロダエウスも今日は来れないのかな」
 辺りを見渡して、あれ、と彼女の鼻が動く。それを見て、彼女が口を開くよりも早く、ハーデスは彼女を立ち上がらせた。
「急いで、いる。すまない」
「ん? え、大丈夫? わかった、じゃはまた明日ね!」
 無邪気に笑う彼女に背を向けて、足早に歩く。簡易エーテライトに触れて転移して、高層アパルトメントの自室に大急ぎで向かって。
 ハーデスは、その性別としてそれを知っていた。男の子には男の子同士の話題があって、それに眉を顰めながらも耳を傾けていて。だから、知っていたのだ。
……最悪、だ…………
 自室でしゃがみ込んで頭を抱える。
 何も知らないままでいたかった。目を逸らしていたかった。
 けれども不快感は確かにあって、それが、夢の中の彼女を想ってのものだときちんと、理解してしまった。
 ハーデスは、彼女に確かな欲を、抱いている。
 ずっと、ずっと。幼い頃から。
 柔らかい頬も、ふわふわの唇も、甘い香りも、唯一無二のその魂の輝きも。
 全部、全部。
 ハーデスはずっと、大切な親友に恋しているのだ。