いぬみ
2024-12-03 00:48:13
4420文字
Public ガ!!
 

偶然をのばして

髪が長いデュのデュゼオ、not2軸の魔界ifです
伸ばしている理由とそれを言わない理由の話

 髪を切りもせず伸ばしていたのは、ただ単に、切る手間が煩わしかっただけだ。無造作に伸びた髪が邪魔にならないようにするには、髪ゴムやらヘアピンとやらでまとめるだけで事足りる。今どき、ゴムやらピンやらなんてそこらへんで安く売っているんだし。ウェーブがかっているとはいえ、毛量はそこまで多くないオレの髪をまとめる道具は、百均の性能でじゅうぶんだった。そういうふうにてきとうに対処していたら、『切る』、『整える』なんて面倒くさい選択肢はいつのまにかなくなった。
「伸ばしているんだったらせめて乾かせ」
……
 からだを垂直にしていると、水分をまとった髪は、ぽたり、ぽたり、重力にしたがい、しずくを垂らす。しっかり拭き取ったつもりでも、滲み出るようにまた一筋、流れていく。服に染み込むその感触が不快で、首からかけていたタオルを布団のシーツの上に敷き、そこに頭を預けるようにして倒れ込む。熱湯であたたまったからだには、寝転がる体勢のほうが楽だ。
 そんな自堕落な態度のオレに、凛とした声がぴしゃり、オレに落とされる。雷……というにはやさしい物言い。静電気が走ったような注意だ。うっすらと目を開けて、顔を見る。想像通り。怒っているというより、あきれたような顔つきだ。
 釣り上げられた眉と、ぎらりと尖った歯が垣間見れるものの、口角はやわらかに上がっている。新入りの王宮騎士は〝殺される〟と勘違いをするだろうな──くだらない妄想を繰り広げながら、『面倒くさい』と口を動かす代わりに、かろうじて開けていたまぶたを下ろす。
「こら、髪が痛むだろう。せっかく最近は、髪質も良くなってきたというのに」
 肩を軽く叩かれて、催促されたので、実に緩慢な動きで起き上がる。それと入れ替わるように、ゼオンが、ベッドの上に乗りあがってくる。オレが敷いたタオルを拾い上げると、オレの頭にかぶせた。
「せっかく伸ばしたんだろう」
「伸ばしているんじゃなくて、いつのまにかこうなっただけだ」
 伸ばしているのだから、伸ばしたのだから、と口を酸っぱくするゼオンに、何度目かわからない訂正をする。伸ばそうとして伸ばしたのではない、単なる結果である、と。
 もともと手入れをてきとうにすます性分ではある。けれど、こうして伸びっぱなしになったのは、まあ、忙しい身であったからというのもあるのだった。〝能力〟を活かして病気の人々の命を救うため、そして、人間界と魔界を繋げるために、世界じゅうをふらふらとうろつく日々を送っていた。
 食事と睡眠の習慣はだいじにしていたが、別に放っておいたって支障はない──少なくともオレはそういう価値観を持って判断する──ことには無頓着を貫いた。
「何度も言われなくともわかっている」ため息混じりに、ゼオンは呟いて、「それでも」とはなしを続けた。
「切るのはいやなんだろう。誘っても『いらん』なんて言って逃げるのだから」
 タオルごしにやさしくオレの髪にふれながら、ゼオンは、見通すように囁いてくる。ていねいに水分を拭いながら、水気を取りながら、適度な熱風で水滴を吹き飛ばしながら。この魔界製のタオルは便利で、魔力を通すことで、ドライヤーのような役目も果たす。残念ながら、オレは人間なので、ただのタオルとしてでしか使用できないけれど。
「おまえが断るということは、なにか理由があるということだ。ちがうか?」
 口をつぐむ。
 あるといわれてみれば、あるからだ。
 無言を肯定と見なしたらしい。オレの沈黙を見逃さなかったゼオンは、ほらみろと言わんばかりの顔をして、手を休めないまま、こちらを見下ろしてくる。
 逃げている……わけではない、と反論しかけて、やめた。屁理屈になるから。無駄な喧嘩は起こさないに越したことはないから。そして、〝逃げ〟というのも、〝理由がある〟というのも、あながち、間違いではないと気がついたからだ。
 今も伸ばす理由。
 ゼオンをちらりと見る。風呂上がりで、しっとりと湿った、白銀の髪。あらかたの水気を取られ、まとめられた髪は、下ろすと、肩をこえて、背中にふれるほど、長い。ちょうど、今のオレの髪と同じくらいの長さだ。
 ひとつは、これだ。
 髪型がいわゆる〝おそろい〟になったから。
 本がない今、目に見える共通点が、ことさら貴重となった、というのもあるのだろう。ゼオンは、オレと自分の髪を見比べると、少し満足そうに息をつく。それを見るのが、オレは、おもしろいと思う。
 さらりと揺れるゼオンの長髪。光を反射してはきらめく白銀は、オレのものと異なり、直線ストレートだ。やわらかながら、確かな感触があるような雰囲気イメージを持っている。同じような髪型なのに、髪質の違いなりなんなりで、違うことがおもしろい。微々たる差ではあるのに、自分自身、オレの髪より、ゼオンの髪のほうが魅力的に見えるという点が、興味深かった。
 ゼオンは、むしろ、自分のそれよりも、オレの髪を気に入っているらしいというのも、〝おそろい〟と言えるかもしれない。こうして、ゼオンは、自分の髪よりもオレを優先して乾かそうとする。手入れを念入りにしようとしてくる。そういった、オレとゼオンの似ているところと、違うところを垣間見させてくれるという点は、純粋にメリットだろう。
 当てられていた熱風が一旦止み、冷風になる。こうすると、髪へのダメージがマシになるのだそうだ。王宮の質のいいシャンプーや、コンディショナーやら、トリートメントやら。そういった手の込んだ用品と、ゼオンの細やかなケアによって、ゼオンの言う通り、オレの髪はツヤを持ち始めている。くせっ毛という特徴は変わらぬまま、傷むことだけ防がれている。まあ、そのぶん、髪をまとめる上でのちょっとした不快感や煩わしさも減っているので、いいことなんだろう。
 そして、ふたつめ。……それは。
「ほら、終わったぞ」
 ゼオンがこうして、オレにふれてくれるから。
 冷風で、髪に残った不自然な温度を払ったゼオンは、櫛でていねいに梳いたあと、報告した。ぽんぽんとやさしく頭が叩かれる。おだやかな力加減は、心地よいまである。その拳に刻まれた傷に見合わぬほど。しかし、オレにとっては見慣れたもの。
「まったく。オレが手入れをするのは、拒まないというのに」呆れて、「これこそ、面倒ではないのか?」問いかけながらも。ゼオンは、いたっておだやかだ。
 ふだんは剣や武器を扱い、敵を跳ね除け、電撃を放つその手が、慈しむようにオレにふれるのが好きだった。
 彼をパッと見でしか知らない、〝雷帝〟という二つ名しか知らない連中が言うようなものではない姿──ゼオンの本質とか、素顔とか、修羅でない部分──の象徴を。ありがたく、受け取って、だいじに見とれることができるのが、なんとなくうれしく、なんとなくおもしろいのだ。
『美しい』とウットリとして、オレにとっての〝綺麗〟を光らせながら、オレの髪に触れるゼオン。それが見られるのも、オレの髪が長いからだ。オレだからだ。他の王宮騎士は見られぬのだ……
 そんな機会を作ってくれる〝長髪〟を、なくすのは……惜しかった。惜しいと思ってしまっている。できるかぎり続けたいと思っている。
 だって、他に髪の長い男がいてもダメなのだ。他の男にもこんな……慈愛に満ちた顔を、見惚れる顔を、呆れる顔を、作ることはできない。それはオレへの愛ゆえに、できている面立ちなのだから。
 オレでないとこのゼオンは生まれない。それは、誰にも見られることはないという特別と、オレの言動ひとつで消えてしまう寂寥を生み出す。この機会を、愛情を、確認できなくなるなんて……もったいないではないか。見ていたいではないか。
 そんなことまでもを──長い髪は、明らかにする。オレだけに、向けて。
「ゼオンに髪をふれられるのが、好きだ」
 ありがとうと、礼を告げたあとに、紫電を見つめながら、言う。理由を、質問を、答えない代わりだった。
 伸ばす理由……そこにひそんでいる、おそらく公にするべきでない、ネットリとした独占欲……を、告げるつもりも、予定もない。
 言うべきことは、きちんと言うけれど……そこに、髪を伸ばした理由を、後からできたメリットを、告げる必要はなかった。
 この機会は、偶然的に見つけたものだった。無造作に伸ばしていたのも本当だし、面倒くさかったのも本当だ。だから、ゼオンと揃いの髪型になったこと……ゼオンがそれを気に入り、触ってくれること……それ自体も、奇跡的に起こったものだ。
 そのトクベツごと、保管していたい。
 髪を伸ばしたのを、〝作為〟に彩りたくなかったのだ。
 新たに言葉に起こしてしまうと、この時間のトクベツが、薄れるような気がしたのだった。この髪によって生まれた偶然ごと、抱きとめたかった、今、このときは。壊れてしまっても、別に何が変わるわけでもないけれど、つまり、自分から壊す理由もない。
 偶然は偶然のままでいたほうが、いいのではないかと、気まぐれに思ったのだ。
 偶然と運命は紙一重だ。ゼオンが北極に現れたこと、オレが北極に囚われの身であったこと。それは、魔本が仕組んだ運命なのかもしれないし──単なる偶然なのかもしれない。それくらいの距離感が、心地いい。そう判断した。
 愛情は消え失せない。髪に触れられる以外にも、ゼオンとの尊き〝愛〟は、そこかしらに散らばり、循環し、それぞれ主張している。この〝機会〟がなくても、大元に気づく機会は、無限だ。
 そんなことは分かっていても。ゼオンに会ってから、ずいぶんとわがままに強欲になってきたオレは、どんなゼオンでも見落としたくないと願ってしまっている。
 それだけの話だ。
 だから、言うまでもないのだ。
 言っても変わらない。言わなくても変わらない。ただ、オレが伝えるべきなのは……ゼオンに触れられたいという、愛欲だけだ。
「本当に、おまえは」
 ゼオンは紅潮して、眉を下げた。オレの唐突さに──唐突で、ごまかすようでいて本心である言葉に──態度に、若干、うろたえて。
 それでも、『理由になっていない』とは指摘しない。
 ああこんな簡単なことに狼狽してしまうのも、オレだからなのだ……と、高揚感がまた、少し。
「甘えんぼうなのだから、しかたがないな」
 半ば気づいているのだろう。ゼオンは、オレをまっすぐと見つめ返しながら、オレが髪をふれられるのが好きな理由を見通したようなことを言う。
 きっと、オレが言葉にしなかったぶんまでも、把握しているんだろう。
「オレも、おまえの髪にふれられるのが好きだ。そんなことになるのを見れたことが……そんなことができるようになったのが、うれしい」
 だからゼオンもきっと、偶然をだいじに言葉を吐いたのだ。