ちよど
2024-12-05 00:00:00
2696文字
Public アシュヨダ
 

旦那がいれば俺はいつだって強くあれる

アシュヨダ。彷徨アシュくんのとある日常。アシュくんのSAN値が低い。pixivからの再掲。

アシュくん「俺が強いのなら、それは旦那がいるからだ」

 身にまとっていた粗末な服を脱いで、全裸になった俺は川に足を踏み入れた。
 三千年変わらない夜明けが広い川の水面を揺らす。対岸のジャングルは緑を深め、空には色鮮やかな鳥が飛んでいた。
 足先から広がる波紋に身を沈める。ぬるい水に全身の傷が痛んだがもう慣れてしまった。
 絶えず血を流す額の傷を拭うと、血の匂いに惹かれたのか何頭かのワニがこちらに泳いでくるのが見えた。
 視線が合う。
 ワニ達は方向を変え何処かへ行ってしまった。
 俺は川の水をすくい毎朝の日課である礼拝を始めた。
 故郷で呪いを受け、この密林に流れ着いてからどのくらい経っただろう。
 今では近くの岩場に住居らしき物も出来て、ふたりっきりで穏やかに暮らしている。
 全身を犯す痛みは変わらないが、変わらないからこそ人は慣れるのだと知った。
 不意に唸り声がして岸を振り返る。
 一頭の虎がこちらを見据えていた。
 まだ若いのだろう。四肢には力がみなぎり獲物を逃すつもりはなさそうだ。
 虎が跳躍する。
 飛びかかって来た猛獣を俺は敢えてギリギリで避け、背後からその首を締め上げた。
 水しぶきが跳ねる。暴れる猛獣を押さえつける。悲鳴のような唸り声が響き、……ゴキン、と重い音がして虎は静かになった。
「腕に力が入らねぇ。……旦那が見たら笑われるな」
 独り言を呟いて、俺は岸に引き返し、脱いだ服ーーー毛皮の腰巻きと一緒に置いてあった石を削ったナイフを取り出す。
 獲物の血抜きをする間に礼拝をやり直し、身支度を整えた。
 多量の血が流れたというのに他の動物はこちらを遠巻きにするだけで寄って来ない。
 近づいてくれれば、病に痛む足でも捕まえられるのにと残念に思う。
 あの人は果実より肉が好きだから、土産は多い方が喜ぶだろう。
 血抜きが終わった虎を担いで俺は住処に戻る。途中いくつかうまそうな果実を見つけた。後で来よう。時間はいくらでもある。
 巨岩の隙間に出来た苔むした洞窟に滑り込むと旦那が俺を待っていた。
「ただいま、旦那。起きているか?」
 壁にもたれかかって座っている旦那は静かに微笑んだ。
「今日のメシは肉だ肉。あんた好きだろう?」
 言いながら俺は、旦那の周りに飾った花が枯れてきているのに気がついた。
「あとでその花も交換しねぇとな。今度はどの花にする?旦那が気に入っているのが見つかればいいんだが」
 洞窟の最奥にある小さな滝の前で、虎の皮を剥ぎながら聞くが旦那は答えない。まあ、花の種類ではなく、自分が讃美されている事を重視する人だから花の名前など覚えていないだろう。
 手元の虎は強い雄だったようだ。毛並みは美しく傷も殆どない。なめして旦那に掛けてやろう。
 旦那に出会ったのは何年?何十年か前の雨季だった。
 激しい雨に剥き出しの傷口を抉られながら、ふらふらとさまよっていた俺の前にこの洞窟はあった。
 雨をしのぎ、横になれたとしてもこの痛みも苦しみも回復することはない。
 そう分かっていたのに俺はこの洞窟に入り込み、そして『旦那』に出会った。
 それは他の人がみればただの石の塊だろう。
 だが、俺には感じ取れた。
 そこには旦那の気配が、息遣いが、意思があった。
「旦那!旦那!……ここにいたんだな」
 泣きながらしがみつく俺を旦那は黙って受け止めてくれた。


 それからずっと、俺はここで旦那とふたりっきりで暮らしている。
 旦那の食事を用意しているうちに自分も食べるようになった。旦那が動かないから定期的に洞窟に戻って来るようになった。話すことを思い出した。寝ることを教えてもらった。
 また雨季が来て傷が疼くと旦那は俺を呼ぶ。その足元で丸くなっていると、見えない手が俺を撫でてくれた。
 旦那が過ごしやすいように住まいを整え、花を飾る。狩りをして、掃除をして、食事をして、話をする。
 それだけで日々が鮮やかになる。
 昔、まだ故郷にいた頃は旦那に会うときは常に誰かが一緒だった。それがここではふたりきりだ。
 病の苦しみも、狩りの苦難も、それを思えば蜜のように甘い。
「旦那、旦那。さっきワニがいたぜ。昔、旦那がワニの皮を献上されていただろう?あんま趣味じゃなかったみてぇだけど要るか?旦那が欲しいなら取ってくるぜ」
 こうやって暮らし始めて気づいたのだが、クリシュナの呪いは便利だった。
 病や苦しみを与える呪いなのだから、病や苦しみを与える部位の損傷を認めないのだ。
 多分、クリシュナの野郎は俺が痛みから逃れるために腕や足を切り落とした時の事を考えていたのだろうが。こうやって猛獣たちと戦うようになってからはこの呪いの副産物は福音に近かった。
 この身は不死ゆえに、今度は何でも旦那にしてあげられる。
 突然、人の気配がした。
 振り向くとひとりの男が立っている。
「君、なんで楽しそうなの?」
 ああ、三千年経ったのか。
 俺はクリシュナに向けて立ち上がった。
「痛みも苦しみもちゃあんとある。それが贖罪だ。おまえの呪いは達成された。ーーーそれはそれとして、旦那が言ってんだよ!やられた分はやり返せってな!!!」
「ちょっと、まっ!!」
 ボコった。
 もちろん虎よりは強かったが、こちとらあいつの呪いがまだ残っている。負けるはずがなかった。
 旦那の言う通りに慰謝料として生前使えなかったスダルシャンチャクラをぶん取って、俺は旦那に報告する。
「勝ったぜ!!旦那ぁ!!」
 岩の中で旦那が満足そうに笑った。



「それにしてもあのクリシュナがスダルシャンチャクラを手放すとはなぁ」
 旦那の手が俺のチャクラムを撫でている。
 周回の休憩をしている俺たちを風が撫でていた。見晴らしのいい丘の上からの光景は故郷を思い出させる。
 マシュがひょっこりとチャクラムの影から顔を出した。
「スダルシャンチャクラはアシュヴァッターマンさんが生前扱えなかった武器ですよね?」
 頷くと今度はマスターが顔を出した。
「サーヴァントになってから練習したの?」
「まあ、そんなもんだ」
 すごーい!!という顔をする三人。旦那までそんな目で俺を見んな!
 旦那がパシパシとチャクラムを叩く。
「うむ。アシュヴァッターマンは元から最高の戦士だったが、このスダルシャンチャクラがあればさらに最高の最高!すなわち最強と言う事だな!」
 我が事のように胸を張る旦那に俺は笑った。
「俺が強いのなら、それは旦那がいるからだ」
 あの密林でのように。旦那がいるなら俺はいくらだって強くなれる。



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