スズ
2024-12-01 22:01:40
10678文字
Public あつおさ
 

大切なものなら大事にしまって誰にも見せず決して離さないことだ

成立済の大人あつおさ。おさむが木兎さんに、あつむが日向に、それぞれ惚気るだけの話。
⚠️あつおさ以外のカプ要素はナシ
▶2024/12発行の無配でした



※「朝、愛の巣にて」の後日談になりますが、読んでなくても支障はないです。


「ミャーサムって、ツムツムの前だと普段あんなメロメロになんの?」
「んーーー⁉」
 奇声が出そうになったのをうめき声に押し込めた俺は、褒め称えられていいと思う。少なくとも今日のMVP俺やろ、くらいの堪えだった。我ながら。
 おにぎり宮は、俺が出してる店だ。握り飯屋。背伸びはせず、コツコツとちゃんとやってきたら、最近はバイトくんも何人か雇えるようになったし、Vリーグに出店できるくらいの余力は出てきた。
 そんな我が店はそろそろ営業時間を終える。お客さんはカウンター席にひとりだけ。俺の握った飯を、見てて気持ちよくなるくらいうまそうに平らげて、緑茶を湯呑みから啜ってる最後の客は、俺の双子の兄弟と同じプロのバレーチームの名物スパイカー様だ。兄弟は、木っくん、と愛称で呼んでるからいつのまにか俺も、そんなふうに呼ぶようになってそれなりに経つ。
 木兎光太郎。全国の試合になると必ずと言っていいほどよく出てくる東京の強豪校で、俺らの世代じゃエースだった。あの牛若だの佐久早だの、うちのアランくんだのとよく並んで名前が出てくる全国区のスパイカー。試合もしたことあるけど、今みたいに侑のチームメイトになってからの方が当然だけど解像度は上がってる。すこぶる真っ直ぐで、豪快で、裏表がなくて、元気。侑がこの店に連れてきたのだって木っくんがチームに入ってからそんな時間かからんかったとこを考えても見たまんま喋ったまんま、快活でええ人なんやろなと思う。ただし、とにかく関西人殺しならぬツッコミ殺し(天然危険物)のスキル持ちでもあるから、気を抜くとこっちが何故かスベッたみたいになってダメージを負う。そこんとこだけ注意は必要。
 そんな木っくんが、いまカウンター越しに突然言い出したのは、とある日の朝のことだ。
 とある日の朝というのは、木っくんと翔陽くんが急遽で侑のマンションに泊まることになり、元々泊まりにきていた俺を侑は当然のように帰すことせず、むしろ二人が別室にいるっていうのに俺に声を出させようと根性の悪い抱き方をしてきた、その翌朝。
 あの人でなしがあんまりにも焦らして、蕩かすように抱き潰してくれたおかげで、俺はその日の朝、寝起きがアホになっててすっかり二人がいることを忘れてしまっていた。そんで、いつも通り……ではなく珍しく、侑に甘えた態度をとってしまい、二人には朝っぱらから残念な映像をお届けしてしまったのだった。あれは本当に、いま思い出しても顔から火が出る。記憶が消せるなら抹消したい。ほんまに。
 なのによりにもよって変なもんを見せてしまった相手から、直にその話題を振られてしまっては、奇声こそ出さなかったけど、でももんのすごく苦味を潰したみたいなツラするのは我慢できなかった。客が木っくんくらいしかおらんくて、よかったなと思う。
……木っくん、今日おむかえは」
「赤葦ならあと二十分くらいかかるってさ」
「おせぇ……
「で。ミャーサムってツムツムの前だとあんなに」
「待て待て待て。待ってお客さん。復唱せんでも聞こえとりますんで。はい」
「ミャーサムってさ、いつもは赤葦みたいにすげー落ち着いてるなって感じなのに、ツムツムの前だとあんなデレるんだーって話を、この前ツムツムに言ったんだけど。そしたら『今すぐその記憶消しといてくれる?』てすっごい怖い笑顔で言われたんだよね」
「うん。ほんま記憶から消してもらえると助かる」
「あはは、それは無理だって。フツーに」
「ソウデスネ……
 こればっかりは自業自得で、木っくんも侑も、誰も悪くない。ただただ、俺が寝ぼけてたのが悪い。原因は実にシンプルだから、本当にどうしようもない。苦し紛れに茶のおかわりいる?と聞くと、ダイジョウブ!と元気よく答える木っくんは。
「そういうの、ツムツムは見せびらかすほうだと思ってたから意外だし、おもしろいなーってなったんだよなぁ」
 ニカっと並びのいい歯を見せて笑う。おもしろい?と尋ね返す俺をカウンター越しに見上げる木っくんは、だからさ、と両手を後頭部に回して続けた。
「ツムツムってさ、黙ってらんねえほうじゃん」
「あー、せやなぁ。辛うじて飲み込んでも、ツラに書いてまうことのが多いな」
 思い浮かべると本当にキリがない、小さい頃からホンマ嘘を吐くのが下手クソな、俺の双子の兄弟。顔に出るし、挙動も不審になるし、人のプリンを勝手に食っとる最中に俺に見つかってんのに「食ってへん!」はいま思いだすと爆笑もんやけど、当時は殺意しか湧かなかったなと。懐かしい思い出たちを、食洗機で乾燥が終わった食器たちを片付けたり、調理器具を布巾で拭いたりしながら脳裏に映す。
「嘘が下手くそなんよ、アイツ。昔っから」
「うーん? 下手かなぁ」
「木っくんの前じゃ、上手いことやっとんの?」
「いや全然」
「なんやそれ」
 ぷはっと吹き出すと、木っくんは今度は腕を組むとまた少し考えるように唸ってから「あれだ、俺たちの前だと上手にすんの、やめるって感じ?」と続けた。
 へえ、と今度は感嘆を漏らして、俺は手を止めた。なるほど。よお見えとる。
「ツムのそういうとこ、わかってんねや。すごいな」
「そ? それこそ、わかりやすいなーって俺は思うけど」
「それは木っくんの目がええからやな、きっと」
「おう! 俺、視力めちゃくちゃいいしな!」
「うん……? せやな……?」
「ツムツムは基本なんでも言うし、教えてくれる。自分が好きなもんとか、気に入ったモンとか、美味かったもんとか。この前だって、うまい日本酒の店見つけた!ってめちゃくちゃ自慢してきて、今度行くことになってさ」
「それ多分、俺がこのまえ連れてって教えてやったやつや」
「でもそんときミャーサムの話はしてなかった」
……なんや。まあ、色々と思うところもあんねやろ。俺の話ばっかして、変に思われてもな」
 止めてた手をまた、動かし出す。手で洗って、まだ水滴が滴るまな板を布巾で丁寧に水気を吸い取る。すると今度は木っくんが、首をぐりりと捻った。
「んー、いや、そうじゃなくて!」
「んん?」
「あのさ。ツムツムって、小さい頃とかそのとき一番大事にしてたものってどうしてた?」
 ほんまこの人、いきなり話題がぶっ飛ぶなあ。侑はいつもよお拾っとるわ。会話のリベロ必須やんか。梟さんたち、そのへん甘やかしてきすぎなんちゃうん。
 なんて内心ぼやきつつ、俺は小さい頃の侑なぁ、と言われるがまま思い返してみる。
 小学校上がる前か上がった後かは覚えてないけど、なんか河川敷で綺麗な小石を見つけたときとかは俺には自慢してきたけど、おかんやおとんには一言も言わずにおもちゃ箱の一番奥にしまい込んで、時々取り出してはひとりで眺めてたな。
 あとは偶然、欲しかった古い月刊バレボーを古本屋で見つけたときなんかは同じバレーチームの奴らに自慢するかと思ったら、誰にも見せびらかさずに俺たちの部屋で、夢中になって読んでそっと本棚の一番日の当たらないところに入れてた。
 ばあちゃんから「おかんやおとんには秘密やで」て旅行先で買ってもらった、旅行先はまったく関係ない剣に龍が巻き付いたキーホルダーなんかは、俺は同級生に自慢したくてランドセルに着けてったけど、侑は見せるの勿体ないしとか言ってしばらく机の中にしまい込んでた。まあ、そのうち着けてたけど。
 欲しくて仕方なかったゲームソフト、あんだけクラスの奴らに自慢してやるって意気込んで言ってたくせして、いざサンタに持ってきてもらったら全然周りに言わんで、学校から帰ったら夢中になってプレイしてた。こっそりと。
「なんや、ひけらかすより、しまい込むタイプやったな」
「それそれ」
「どれ?」
「あんな言いたがりなのにさ。でもホントに本当に大事にしたいものほど、誰にも見せずに自分だけのもんにしときたいんだなって。ツムツムがメロメロなミャーサムのこと、ぜったいに俺らに見せたくないってなってたの見て、思ったわけ」
 ずずっと茶をまた啜り、なんてことない世間話みたいなノリで木っくんがサラッと言いすぎて。
 一秒くらい間をおいて、木っくんの台詞一語一句がきちんと思考で噛み砕れるのと同時に、まともな照れが一気に込み上げてきて、俺は苦し紛れにグッと顔を顰めた。たぶん俺は今、しっちゃかめっちゃかなツラになってるし、手に持ってた鍋を落としそうになった。今日はもうさっさと片付けを終えて、手元には何も持たないようにした方がいい。
「てっきりツムツムのことだから『せやねん〜聞いてや〜サムはこういうとこが可愛くて〜』とかノロけまくってくるかと思ったけど。でもぜーんぜん。むしろあの日のミャーサムのことには触れるな、忘れろしか言わねえの。ツムツムって日向にはちょっと甘いとこあるけど、その日向ですらあの日のミャーサムの話題出そうとすると『いくら翔陽くんでも、その話はあかんで。触らんといてな?』て。こっわい笑顔されるんだって」
「アイツはチームメイトになにをぶっかましてんねん
 目眩がする。わかりやすい上っ面だけの話じゃないところが、余計に。
 世間話みたいに軽く、あまりにも本質に近いところの話をされて、不意打ちをくらい肝を鷲掴みにされている気分になる。
「だからさ! ツムツムって、ほんと、ミャーサムのこと大好きだよな!」
 そんで、あっけらかんと。そんなくだりの果てに平気で言うから。
……せやな。アイツは俺のこと、好きでいてくれてると思う」
「うんうん、なんかさ。誰にも見せたくない宝物!ってかんじ?」
「でもな」
「ん?」 
「──俺の方が、アイツのこと大好きやと思うわ」
 五周くらいまわってしまえば、取り繕ったり引け目に感じたりするのが馬鹿みたいに思えてくるから、ホンマ不思議やな。
 目の前の人につられて俺も自然と笑いながら、ついつい負けず嫌いを発動する。すると木っくんはその猛禽類みたいな目をぐりぐりと丸めて、それから「あははっ、知ってる知ってる!」とからから笑った。
「ツムと違って、俺は好きなもんほどホントは言いたなるタチやねん」
「えー、聞きたい聞きたい! ふたりだとツムツムってどんな感じになんの?」
「誰かの目があるとツンケンして喧嘩売ってくるし、甘ったれで、デリカシーマイナスやけど。俺としかおらんときは、甘やかしたがりで世話したがりやねん。かわええやろ? この前なんかクッタクタになった朝、ずっと俺の世話しとったなぁ」
「へえー! ぜんっぜん想像つかねえ!」
「たのしそうに風呂いれてくれるし、出たら髪拭いてくれるし、俺に着せるもんは選んでくるし。あとそういうときは、俺にはキッチンに立たせんようにする。食べもん用意して、俺に食べさせるのが楽しくて仕方ないから付き合うたるんや。俺の好きなもんばっか冷蔵庫に入れといてんねん。かわええやろ? せやから俺もアイツのモンでしかない俺になって、これでもかと甘えたんねん」
「じゃあ、ミャーサムは逆なんだなー」
「おん?」
「誰か見てると世話する方で、ふたりっきりのときは甘えたがりで世話されたがり!」
「世話したりたいのもほんまやけど、そういうときも結構あるなぁ。でもツムはまだなんとなくしかわかっとらんわ。せやからツムには言わんといてな?」
「ここだけの話ってやつな! りょーかい! あ。でも俺も隠すのってニガテだかんなぁー。ポロッと言っちゃったらゴメン……
「ええよ、それならそれで」
「いいんだ⁉」
「したらきっとツムのやつ、俺に秘密で木っくんと何話しとんねんて、えらい気に食わんってツラしたまま、──人のことめちゃくちゃにしよるわ」
 ニンマリと笑んで、最後の皿を棚にしまい終える。それを見た木っくんは、なるほどなぁ、と座ってるカウンターのテーブルに頬杖をかく。その目を薄く細めて、少し悪いツラして口角を上げて返してきた。
「『あれの片割れ』ってやつだ」
「角名が言うてた?」
「そう! 時々言ってるの聞いて、どういうこと?て思ってたけど、わかった気がする」
「あいつが嫉妬して俺をめちゃくちゃにしようとすんなら、こっちはこっちでめちゃくちゃにしようとするあいつのツラみて気分よくなんねん」
「相性ばっちりじゃん!」
「なんせ生まれる前から一緒なもんで」
 キッチンから出て、店先の暖簾をかたすために出入り口の引き戸を開ける。ひゅうっ、と冷たい空気が入ってきた。ここ数日で、日が落ちた途端に冷えるようになった。さっさと暖簾を内側にしまい、戸を閉める。
「なんや、話してたら会いたくなってきた」
 木っくんの座るカウンター席の隣に腰掛けて、そろそろ来るだろうお迎えを待つ。すると木っくんは。
「ミャーサムがそう思ってんなら、今頃ツムツムもそう思ってそう」
 とか言ってくれるから、そうか、そんなふうに思ったことなかったなと目を瞬かせてから、ポケットからスマホを取り出してみる。
(一昨日ここに来てくれたばっかなんに、……ほんま、甘ったれは俺の方やな)
 侑とのメッセージアプリのトークに『木っくんと話してたら、ツムに会いたなったわ』とだけ送って、閉じた。
 すぐにぶるぶると振動したけど、ちょうど赤葦くんが店に入ってきたから確認できず。結局、侑からの『今からそっち行く』という即レスに既読をつけたのは、侑がこっちにつく直前になった。



◇◇◇



 チームの練習後、自主練や調整のために残れる時間で、最後の方まで残るメンツは大体決まってる。木っくん、臣くん、翔陽くん、そんで俺。世代も一緒で高校のときから面識もあって、こうしてチーム練習でも自主練でも一緒にいたら、そりゃなんとなく距離感も近くなる。
 今日は珍しく木っくんと臣くんが用事があるとかで、最後まで残ったのは俺と翔陽くんのふたりだった。ふたりになると流石にできることも限られてるし、そろそろ上がろうと体育館の隅で柔軟を丁寧にやってると、視線の先の翔陽くんは黙々とサーブを打ち続けてた。バーン、ババーン、と板床をボールが叩きつける音が響く。
 さっきまで動いてたから感じてなかったけど、日が落ちた体育館は冷える。もう少しだけ下半身のストレッチをしたかったけど、それも切り上げ時かもしれない。自分の荷物は、と見渡しながら視界に入る翔陽くんのサーブフォームにどこか違和感と既視感を同時に覚えて。そんで、俺はすぐにその間違い探しに気づいた。
「翔陽くん、いま飛雄くんのフォーム、意識しとった?」
「あ、やっぱわかります?」
「まあ、俺はな」
 憎たらしいほど美しく強く、苛烈なスパイクサーブ。
 高校の頃から何度も見てきて、時に舌打ちしてきた上に、翔陽くんのことは毎日のように見ているわけで。そんな俺がわからいでかという話。
「ボール触ってると、考えるんです。ふとしたとき、アイツならどうするかなって。どんなふうにボールさわってたっけとか。サーブどういう風に打ってたっけとか。打ってみると、ほんとアイツってスゲエなってなって。すっげえ悔しくなって、また練習したくなる」
 それは自分にもとても身近に覚えがある感覚だった。
 ボールを持つと、これまで積み上げてきた自分とバレーの間にあるものがそこに横たわってる感覚。思い出や記憶と言われればそうかもしれないし、でもそうでもない。感情よりも単純な時間の蓄積。俺とバレーの。積み上がったもののすべてが、俺のこの身体になってる。
 そして、必ず俺のソレには、治が染み込んでる。
 バレーと出会ってから、ずっとずっと一緒だった半身。切り離せるわけがない。
 影山飛雄と出会わなければ今プロとしてコートには立ってなかったと。酔っ払った翔陽くんが、珍しく饒舌にそう話してたのと同じように。俺も治と一緒でなければ、いまこの場ではないどこかにいた。決して大袈裟ではなく、プロになっていたかもわからなければ、そもそも違うスポーツをやってた可能性すらある。
 床板に座り、足を伸ばしながら俺は「飛雄くんとのトスは、翔陽くんにとったら筋肉やもんな」と笑ってこぼせば、翔陽くんは「確かに! なるほど!」なんて目を瞬かせて、たのしそうに笑い返してきた。
「誰のトスが一番とか、そういう話ちゃうもんな。翔陽くんにとっての飛雄くんのトスってのは」
「いやいや! 侑さん、あいつを買いかぶりすぎでは⁉」
「買いかぶってへんて〜。別に、俺より飛雄くんの方が翔陽くんに抜群なトスあげる、なんて一言も言うてへんし〜」
「たしかに……そこは頑なに言ってない……負けず嫌いがすごい……
「あははっ、だって俺、翔陽くんにどんぴしゃりなトスあげるのだったら、いま飛雄くんに負ける気せぇへんもん〜。まあ、負ける気はせんし負けんけど。でも、……意味が違うんよな。持つ意味が。飛雄くんが、キミにトスをあげるっていうんは」
 他の奴がどれだけどんぴしゃなトスをあげたとて。それは翔陽くんにとっては飛雄くんからのトスか、そうでないトスかでしかない。
 もちろん、セッターがあげるトスにいちいち意味なんかない。
 でもだからこそ。そのスパイカーへの渾身のトスが意味を生むとき、他とは比べ物にならない。
「それって、侑さんが治さんにあげるトス、みたいな感じであってます?」
 ボールを音させてバウンドしながら、その音の隙間にしれっと捩じ込まれた翔陽くんの台詞に、今度は俺がぱしぱしと睫毛を瞬かせる番だった。
「あれ⁉ 違った⁉」
「いや……
 言われて、うまい返しができなくて。でも翔陽くんが言った言葉をそのまま頭の中で反復すれば、それは本当に当たり前すぎて自分じゃひとつも意識してこなかったものだった。
 あることが当然で。改めて言われると少し戸惑うくらいに、当たり前のもの。
 意味がないものに、意味が生まれるのは、──他でもない、アイツだから。
……うん、違わんな」
「ですよね!」
 晴れの日の空みたいに笑う翔陽くんは、橙色の髪をふわっとさせてボールを体育館の屋根高く投げて、助走をつけて跳んだ。
「俺のトスが意味を持つのはアイツにだけなんは、──もう変えようなんて、ないんや」
 ダダン!とボールが床を打ちつける音で、掻き消される独り言は、翔陽くんまでは届かない。なんか言いましたー?と手を降ってくる後輩に、なんもないよ、と返して立ち上がる。
「片付け、手伝おうか?」
「あざーっす!」
「よお、飽きんで打つわ。こんなに」
 転がるボールの量を見て、思わず吹き出して笑った。治が翔陽くんを見て言ったあの言葉は本当にそのとおりだったと、いまになって一緒にバレーすればするほど感じる。
「昔な、サムが翔陽くんのこと、飯食うみたいなバレーしよるって言うてたことがあんねん」
「治さんが」
「どういうことやねんって最初聞いたときは思うたけど」
 あの春高で、こうして同じチームでプロとしてプレーする未来までは想像してなかったけど。ただでもなんとなく、どういう形かはわからないけどいつか俺はこのスパイカーにもトスを上げる時がくるんだろうって、漠然と思っていた。きっと自分もこの妖鳥も、互いに選ばせ選ぶような世界でバレーをするようになるって直感があった。
「好きなときだけ、やりたいときだけやるもんちゃうくて。飯みたいになきゃこまるし、ないと寄越せってなる。そういうふうにバレーしよるってことを言うてたんやけどな。サムが言うと、ほんまの飯の話かと思うから紛らわしいねん」
 ボールたちをせっせとボールカゴに入れながら言うと、翔陽くんは俺の顔をなぜかじっと見つめてきて、それから「侑さんにとって、治さんも飯みたいなもんなんですかね」なんて言うから「なんて?」と俺は首を傾げた。
「この前もなんか喧嘩した?とか言ってなかったですっけ」
「この前? あー、あれか。アイツしばらく俺んちに泊まらんで帰るっていうから、ほんまなんでやねん泊まってったらええやんって言うのにホンマに帰ってったやつ。いやありえへんやろ、お互い次の日せっかく休みで!て俺もへそ曲げて三日くらい口きかんかったわ」
「へそ曲げてる期間、短っ!」
「だって三日も声聞けんのは嫌やんか」
「じゃあやっぱ飯と一緒すね! なくなったら困るし、そこにあるのが当たり前だし、喧嘩してるって話なのにそんな顔して話してくれるし」
「そんな顔?」
 て、どんな顔?とボール拾って、ぽんっと軽く叩いてボールカゴに入れる。そんな変なツラした覚えはないけど。
 カゴを挟んで対面にいた翔陽くんは「まさか自覚がない……⁉︎」と真剣にびっくりしてから、最後のボールを拾い終える。
「えっと。侑さんって治さんの話するとき、いっつも口元上がってて。目つきも優しくなるし。なんかこう、大好きなんだな〜ってのが、どーーん!と」
 すこぶる明るく元気に言われて初めて意識してみると、確かにいま俺は口角が上がりっぱなしのままだ。
 え、なにこれ、恥ず。
 俺は咄嗟に片手で口元を隠したけど、もはや後の祭りだった。ほんまに口が緩んどるやん。まるで気付いてなかった。
「え、ほんとに気づいてなかったんですか⁉︎」
「おん。自覚なかったわ」
「てっきり、わざと隠してないんだと思ってた……
「そんなに⁉︎」
「ハイ!」
「そこはいつものイイエ!もつけてほしかったな⁉」
「てっきり侑さんって、好きなものは好きだ!て人に言いたい感じかなって思ってましたけど」
「まあ、実際そういうとこもあるけど」
「でも治さんのことになると、言いたいから言うけど、言いたくないのもあるから言いたくない、みたいな」
 ぐりぐりと視野の広い観察眼が、俺を見つめる。
 翔陽くんは本当に目がいいから割となんでもかんでも見えてて、その上まっすぐとしてるからやんわりとした誤魔化しもあんまり効かない。そこがこの子のオモロいとこなんやけども。
「まあ、ここだけのハナシ」
「?」
「俺にとってのアイツはな、でかい声で世界中に自慢したい片割れでもあるし、同時にしまい込んで誰にも見せたないくらい大事なモンでもあんねん」
 犬歯を見せてニンマリと笑って白状してやれば、翔陽くんはボールカゴを倉庫にゆっくりと押しながら「……もしかして俺、いま惚気られている……⁉」とハッとした。
「侑さんのノロケ! 激レアのやつ!」
「せやった?」
「ハイ! イイエ!」
「それはどっちもなんかいっ‼」
「だって侑さんて、治さんのことはたくさん話してくれるし、話すときの大好き顔はぜんぜん隠してないけど。そういえばノロケはぜんぜんしてないなって」
「ははっ、当たり前やん。だってアイツのかわええとこは、俺だけのモンやし。他になんかミリも教えてやりとおないもん」
 しれっと言って、もう一個のほうのボールカゴを押して翔陽くんと並んで歩けば、隣の翔陽くんは「はわわっ」とあからさまに驚きと照れてるのとで忙しそうにしてる。いやなんでキミが照れとんねん。
「愛がすごい……!」
「フッフ、でかくて重いで〜」
「それ臣サンも言ってました。並の人なら圧死するくらい色々重そうって」
「臣クン、人のおらんとこで言うとるやんけ」
「でも重いって、どういうのが重いっていうんですかね?」
「んー、せやなぁ。ほんとは俺以外を視界に入れてほしないし、俺んちのベッドにずっと居てくれんかなぁって毎日思うし、でもそんなん無理やからせめてと、たまに泊まりにくるとベッドからは降ろせんし。客商売やから外ヅラばっかよおなって、あっちにもこっちにも笑いかけるのもホンマは変な虫寄ってこおへんかってなるし、最近店も順調に人気出とるらしくて、イケメン店長とか呼ばれとるのは事実で仕方ないけども、ツラしか見とらん喧し豚どもにサムの何がわかんねんと思う。俺以外のやつと飲んでくるって言われたときは、できるならぜんぶ迎えに行きたい。でももちろん無理やし、ちゃんとひとりで家に着いてるか電話してまう。毎日電話でええから声聞きたいし、一週間二週間会えんときは、もうはよ会いたいってなる、とか?」
「わーー! わーー⁉ 侑さんって、ほんとめちゃくちゃに治さんのこと好きですね……⁉」
「いや、さっきっからそう言うとるし。……あーあ。なんや、言ってたら会いたなってきたわ」
 ぼやいたところで、ボールカゴは倉庫に収納を終える。翔陽くんはこのあとストレッチとかするだろうからと、俺は隅にまとめた荷物のもとに戻ってスマホを取り出した。
 そしたらちょうどメッセージが届いたと、アプリの通知がきてスマホが震える。

『木っくんと話してたら、ツムに会いたなったわ』

「はぁ⁉ なんで木っくん⁉ いま木っくんと会うとんのかアイツ!」
 思わず大声でひとり画面にツッコんだら、少し離れたところでストレッチで身体を捻る翔陽くんが「そういえば今日、木兎さんは赤葦さんとおに宮で待ち合わせだって言ってました!」と教えてくれる。

 会いたなった、なんて。
 デレたメッセージ送ってくるのは珍しいから、嬉しい。
 俺もいま、そう思ってたから余計に。でも。

…………
「え。どういう感情です⁉」
 嬉しいのに複雑、と顔に書いて出てたらしく、翔陽くんが俺を見るなりびっくりするけど、だって木っくんと話してたらってなんやねん。木っくんと話してなくても、会いたいって言えやクソサム。
 一昨日に飯食わせてもらいに行ったばっかやし、と今日は行く予定でなかったけど予定は未定。こちとら臨機応変さが売りなもんで。
 俺はソッコーで『今からそっち行く』と打ち込んで送信ボタンを押してから「先にあがるわ!」と荷物を抱えて駆け足に出入り口に向かう。
 後ろから「治さんと赤葦さんによろしく伝えてくださーい!」と明るい声がして、アイツのとこに急いで駆けてくのバレてることになんとも言えなさを覚えつつ。

 それでも、はよ俺も会いたい。顔が見たい。

 そう思って逸る足は止められないから、仕方ないよな。