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かのまる
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まほろば
女性として生まれたヤマトタケル(セイバー)の生前の回顧録です。
セイバー視点で、生前の逸話をなぞる形で話が進みます。
古事記ベースですが、サムレム本編、日本書紀なども混ざっているので捏造も多々あります。
メインイベントは押さえておりますので、読めば多分ヤマトタケルの生涯がざっくりわかります。
今回カップリングは一応タケオトです。
セイバーの生き様と希望が伝われば幸いです。
私は小高い丘から白い波が畝る美しい海を眺める。
心地よい風が髪を頬を撫でて、白妙はたなびく。
故郷には海が無かったので、この景色は何度見ても感慨深い。
そして私の足元にはどこまでも赤い海が広がっている。
私が屠った骸達が恨めしそうに転がっている。
なんとよく見たら衣も顔もどこかしこも赤く染まっているではないか。
ああ、疾く清水で洗い流さねば。
大王から、兄の代わりに西方へ平定に行けと言われた時は思わず言の葉を失った。
父が私を大変恐れ、遠ざけようとしているのは火を見るより明らかだ。
か弱いと思ってた双子の媛が兄を刺し殺したとなれば当然であろう。
私は生まれつき力が強く、剣を握れば自然と急所を的確に突く才能を持ち合わせていた。
そして父は男をいとも容易く殺せる媛が別の国に嫁げば、かつての大国にいた女王のように権力を持つのではないかと危惧したに違いない。
そうして私は後世に血を残す役目を捨て、終わりのない平定の旅に出たのだった。
熊襲討伐の際は髪を下ろし、久方ぶりに女の格好をしたが、何の感慨も無かった。
今の私はもう媛ではなく皇子としてヤマトのため粉骨砕身することを求められているからだ。
紅を引き、着飾って、宴で舞い踊ると数多の者に美しいと褒め称えらた。
その時初めて自分の容貌が人並み以上に優れているのだと知った。
この貌を活かし奴等に取り入って、酒で酔わせた熊襲兄弟を打ち取ることはそれほど難しいことでは無かった。
また弟を殺める前に、思いがけず私は新しい名前を授かることになる。
その名はヤマトタケル、日本武尊
……
なんて勇ましい響きなのだろう。
瞬く間に私はその名前が気に入ってしまった。
そして今この時に、忌まわしき小碓尊の名を捨てたのだ。
大変良い名をくれた熊襲達には感謝せねばならない。
しかし礼を言うべき相手は、残念ながらもう口も聞けぬのだが。
なんとか西方を平らげて、ヤマトに無事戻る事が出来た。
大王に良き報告ができると、内心胸を躍らせたものだ。
もしかしたら私の働きを労ってくださるかもしれない。
だが父の言の葉は、娘にかける其れでは無かった。
今度は東方へ向かえと、ただそれだけだった。
頭を下げたまま、こぼれ落ちそうな涙を必死に我慢する。
瞬きをすると、ぽたりと床に一粒の小さな染みができた。
私は伊勢におられ巫女でもある叔母上に、ご挨拶に伺った。
先日の熊襲急襲の際も、快く衣装を貸してくださったのは叔母上だったのだ。
いつも笑みを絶やさず優しく私を迎えてくれる叔母に、私はつい泣き言を漏らしてしまった。
「父は、私に『死んでほしい』とお思いなのでしょうか?西方から戻った私に兵も与えず、今度も一人で東方へ向かえとおっしゃっいました。父は、娘が
……
私がどうなっても構わぬとお考えなのですか?」
あの時堪えた涙がはらはらと流れて、私は慌てて袖で目元を隠す。
童のようにさめざめと泣く私を慰め、それならばとあるものを授けてくださった。
かの八岐大蛇の尾から見つかった翡翠色の大剣と、万が一の時に開けるようにと言われた守り袋だった。
それから歳を重ねた私は、この度めでたく伴侶を得た。
名はオトタチバナヒメという大層美しく聡明な媛だ。
私には勿体無いくらい良く出来た妻だった。
夫も女だというのに、嫌な顔ひとつせずむしろいつも愛してると、ことあるごとに言ってくれたものだ。
はしゃぐきみに手を引かれて、草原を駆けたことをよく覚えてる。
夫婦として、時には友人として、また姉妹のように、いつでも新鮮な感情を私に与えてくれた。
オトタチバナの前では、私は血塗れの皇子ではなく一人の人間として、何気なく語らい、小さな幸せを分け合い、心から笑うことが出来たのだ。
乾ききって、忘れていた愛を思い出させてくれた。
あぁ、愛しき我が妻よ、どうかいつまでも側にいてくれ。私がどこまでも守ると誓おう。
駿河国では卑劣な賊に囲まれて、危うい思いをしたものだ。
あの時はオトタチバナも背に守りながら、正直どうしたものかと思った。
しかし叔母上から授けられた天叢雲剣と火打石に助けられて私は燃え盛る草を薙ぎ、更に火をつけて何とか難を逃れたのだ。
この神の力を持つ剣は、人ならざる力で何度も私を助けてくれた。
服ろわぬ殺し、荒ぶる獣を殺し、悪神も殺し、この剣に屠れぬモノなどこの世にあるまい。
私はどこに行っても崇め奉られ、同時に人々から恐れられた。
あの勇猛果敢で雄々しいヤマトタケルがまさか女とは誰も思わないだろう。
そう思うと少しだけ口元が歪んだ。
船が大きく揺れている。波はまるで悪意を持った手のように船を揺さぶり、深淵に沈めてやろうと襲いかかってくる。私がオトタチバナを守ろうと必死に腕に抱いていると、彼女の手が震えていることに気がついた。
すぐにでもその手を握ってやりたかったが、揺れる船の上ではそれも叶わない。
何かを決意して立ち上がったオトタチバナとの別れは、ほんの一瞬だった。強い意志を持って、自ら生贄として差し出した身体が荒波に沈もうとする。
無我夢中で手を伸ばしたが、間に合わなかった。
どんどんと彼女の身体が昏い海に沈み、波間から見えなくなると、海原は嘘のように凪いだ。
私は耐えられず海に向かって慟哭した。
手を、取れなかった。
オトタチバナを喪うくらいなら、私が代わりに海に身を投げれば良かったのだ。
吾妻はや
……
。すまない、私はきみを守れなかった。
きみの大切にしていた櫛をようやく見つけたのは、涙も枯れた七日後の事だった。
髪にこびり付いた血が取れない。
久しぶりの、そしてつかの間の水浴びの時間だった。
しかし、もう少し季節が進めば水に浸かる事も難しくなりそうだ。
編んだ髪をほどき、泥や埃を流しても固まった赤褐色の汚れはなかなか落ちてくれない。
彼女が褒めてくれた濡羽色の髪も、今は痛んで見る影も無かった。
冷たい水で血色を失った身体は傷だらけで、寝所で男子が見たらひっくり返るか逃げ出すに違いない。
数多の傷を負っても数日もすれば塞がり、命を繋いでいられるのはひとえにこの神剣の加護のおかげなのだろう。
ふと身体中から鉄が錆びたような臭いがして、慌てて肌を念入りに擦る。
躍起になって肌が真っ赤になるまで擦ろうと、もう血の臭いは染み付いて取れないのだった。
身体中が痛い。体の芯から冷え、震えが止まらぬ。
数え切れないほど屠ったモノたちの怨嗟の声が耳鳴りのように耳から離れない。
頭を振って、朦朧とした意識を無理やり引き戻す。
伊吹山で山神を討ち取ろうとしたが、私は油断からしくじり神を怒らせてしまった。
腹からは止めどなく血が流れ意識を失いそうな激痛に、もう支えなしではとても歩けない。
故郷を目指して能褒野
……
といわれる土地まで何とかたどり着いたが、私は木の根元に座り込んで一歩も動けなくなってしまった。
何だ、こんなあっけない終わり方か。
勇ましく猛者と戦い斃れるとかそういうのでは無かったな。
ようやく逢えるであろうオトタチバナの笑顔を思い出しながら、私が最後に一つだけ願ったこと。
私の生まれ故郷、ヤマトに帰りたい。
『倭は国のまほろば たたなづく青垣山籠れる 倭し麗し』
穢れなき美しい白鳥にでもなって故郷に飛んで行けたらどれだけ嬉しいことか。
倖い痛みも意識も徐々に消えゆく中で、私はそんな事を夢想しながら
……
瞼を閉じた。
◇◇◇
「セイバー、何をしているんだ?早く行くぞ」
私は何の縁か、盈月の儀のサーヴァントとして再び仮初の生を受けた。
それもヤマト王権が滅んでから千年を遥かに超えた太平の世に。
どうやら私はヒノモトの英雄として、多くの人々の間で語り継がれてきたらしい。
やはりと言うか私は男子として伝わっていたらしく、イオリは私が女と知って少し驚いたようだった。
この時代は平和で、皆が太平の世を享受している。
もしも
……
私の旅がエドの泰平の礎に少しでも貢献できたなら、あの血塗られた人生も決して無駄ではなかったのだろう。
そう思うと人々の営みが一層煌めいて見え、自然と笑みがこぼれた。
軽やかな足取りで走り出すと、ぬばたまの髪が陽を跳ね返して光り、無垢の白妙の衣が翼のようにはためいた。
平かなるこの地を確かに踏み締めて、今度こそは善を成す為に。
「少し考え事をしてた。今行くぞ、イオリ!!」
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