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ながみね
2020-12-18 23:50:58
3488文字
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なんでもない日の朝の話
MCUロキさん ほのぼの
「もし、そこのあなた。今朝の夢を譲ってくれませんか」
そう話しかけてきたのは妙に鼻の長い、白と黒の毛に覆われた生き物だった。
朝のまだ早い時間。公園には新しく冷たい空気と白い日の光が満ちている。ベンチの周りに他の人影はなく、つまりこの二本足の動物は自分に話しかけているらしい。
(なんだこいつは?)
ロキは改めて目の前の生き物をみやり、上から下までじろじろ観察した。
こどもくらいの背丈で全体的に丸いフォルム、顔つきからして草食か雑食、頭部や手足は黒いが腹から背中にかけては白い。
そして、短すぎる手足で大きなリアカーをひいている。
無骨なリアカーには大小とりどりのガラス瓶がいくつも積み込まれていた。
「お前は一体なんだ?」
外見から推測するのは諦めて、投げやりに問う。
礼儀正しく返答を待っていた生き物は、おや、とのんきに呟いた。
「これは失礼しました。てっきりお仲間かと勘違いを。
手前どもはヒトの夢を主食とする獏という存在です。わたくしはほら、こうして夢を集めて売り歩く商売をしているのですよ」
リアカーに積んだ、色も形もバラバラの瓶を前脚で示す。どうやらその中に「夢」とやらが入っているらしい。
「
……
その手で瓶を掴めるのか?」
どう見ても器用そうには見えない手足だ。そもそも二足歩行にも向いているようには思えない。
獏と名乗ったそれは、のっそりと瓶を短い両手で掴み、得意げに掲げてみせた。不便そうだが不満はないらしい。
なるほどと唸ると獏は慎ましく笑った。
「疑問に思うお気持ちは分かりますよ。わたくしどもも昔はもう少し違う形だったと思うのですが、いつのまにかご覧の姿になっておりました。
どうも同じ名前の動物と混同されてしまったようで」
「それは災難だったな」
「まったくです。これも一種のサジェクト汚染というものでしょうか」
「いや、それはよく分からないが」
おっとりした口調や仕草に敵意は見えず、むしろこのスローペースでよく生き残ってこれたなと感心してしまう。車とかにはねられそうだ。
「世情や外見は移り変われど、生活様式がニッチなおかげで競合相手もおりません。案外なんとかなっているのですよ」
「夢を食べる、だったか」
それで思い出した。自分がこんなところにいる理由。
明け方に見た悪夢は、内容は既におぼろげだが思い返せばまだじくじくと痛みを覚えた。
夢見が悪かっただけだ。そう割り切ろうにもうまくいかず、かといって抜け出してきたばかりの王宮に戻る気にもなれず。そして気分転換に散策に出たのだった。
「ええ。あなたからは夢の残り香を強く感じます。
近頃ではめったにお目にかかれない上物でしょう。よろしければお譲り頂けないでしょうか」
間延びした口調ながら熱のこもった頼みように、つい心が揺れた。魔術師として、得体の知れない魔法だかなんだかに身を委ねるなど自殺行為だということはよく分かる。だが、それでも好奇心がまさった。
「なるほど、興味深いな。
ところで夢を譲るとどうなる。命が縮むのか?」
「まさか、そんなおそろしい!」
獏は慌ててぶんぶんと首を振った。
「夢を見た本人は、その夢を思い出せなくなるだけです。痛みもなく大抵わたくし達の存在に気付くこともありません。
試してみますか?」
そう言って取り出してきたのは透明な角瓶だった。もとは酒が入っていたものだろうか。満たされた無色の液体の水面が、たぷんと揺れた。
「その瓶はなんだ」
「器ですよ。夢をその場で食べない時はこうして持ち運んでいるのです。
さあ、心の準備はよろしいですか?」
「いつでもいいぞ」
なにが起こるかと身構えていたが、大仰な身ぶりや呪文は特になかった。
獏はただ目の前で軽く瓶を振る。するとぼんやりした霧のようなものが水中に現れ、一瞬のうちに形をとった。
「おお
……
!」
感嘆の声をあげたのは獏の方だった。ロキはただ目を眇める。
現れたのは一輪のバラだった。ほころびかけた蕾は、古い血のような深紅の色をしている。だが、明らかに何かがおかしい。
さあ、どうぞと手渡された瓶の中身をまじまじと見つめる。それは植物ではなく鉱物だった。
花弁の先は薄く透けている。葉の一枚一枚はよくみれば歪み、あるものは鋭く砕けている。砕けた断面はキラキラと光を反射していた。
ああ、ぶざまなものだ。これがどんな夢だったかは思い出せないが、どう歪つなのかは分かる。これはバラを象った細工物などではない。己が石だとも知らず、花のように咲こうとして破綻した哀れな成り損ないなのだ。
しかし横からのぞき込む獏ときたら、そうと知らずのんきに感激しているようだった。
「思ったとおり、見事なものです。美しいですねえ」
「これが? 紛い物の成れの果てだろう」
同調できず冷たく言い捨てる。予想して然るべきだったが、悪夢に形を持たせても好ましいものになるはずがなかった。
獏は驚いたようにこちらの顔を見上げて、しばらく言葉を選んでから口を開いた。
「──輝かしく見目良いものだけが美しいわけではないでしょう。
ときには完璧とはいえないものや、絶望の淵で悲壮に戦う姿にこそ心動かされる場合もございます。
わたくしはこの悪夢も美しいと思いますよ」
ロキはむっつりと口を引きむすんだ。嘘やお世辞でないのは分かる。どうやらこの小さな獣に気を遣われてしまったらしい。
決まりの悪さを感じながら、八つ当たりの詫び代わりに瓶を獏へと押し付けた。
「それほど気に入ったなら持っていけばいい。私には不要なものだからな」
「よろしいのですか!
うれしいです。大切にいたします」
獏は声を弾ませて瓶を両手で受け取った。うっとりと眺めてから抱きしめる。まるで踊り出しそうな喜びようだったが、その気持ちを抑えて慎重にリアカーへ運んでいく様子は微笑ましいと言えなくもなかった。
リアカーには他にも数多くの瓶が積み込まれている。興味本位でのぞき込むと、中にはヒレの長い魚が泳いでいたり、かわいらしい小屋に雪が降っていたりする。懐中時計が転がっているだけのものや、濃い色の瓶の中で光が明滅しているものもあった。どれも獏が集めた誰かの夢なのだろう。
「ガラス瓶ばかりを持ち歩くのは大変ではないか?」
「たしかに重くて骨が折れますね。ですが中身が一目で分かるので、眺めていて楽しいのですよ」
新しい一本の置き場所をようやく決めて、獏は誇らしげに答えた。
「夢のコレクションの仕方はそれぞれの好みで異なります。
絵本にして集めるものもあれば、宝石にするものもある。近頃はテキストファイル形式に落とし込んでクラウド管理するものもいるそうですが、さすがに風情がないので私はどうかと思いますよ」
「なるほど
……
?」
あの前足でどうやって電子機器を操作するのだろうと首を傾げる。まあ、中には器用なやつもいるのだろう。
「そうだ、よければこれをお持ちになってください」
獏はごそごそと荷台から何かを取り出し、小さな手でこちらに差しだした。それは手のひらに収まるくらいの小瓶だった。コルクでしっかり封をされている。
「これはなんだ?」
つまみ上げると中でなにかが光っている。綿毛のついたたんぽぽの種によく似ていた。
「それは今朝あつめたばかりの夢ですよ。子どもがまどろみのなかで見た、温かく楽しい夢です。
眠る前に瓶から放してやれば、きっと良い夢を見れることでしょう」
ふわふわと浮かぶ小さな光は、朝の日差しの下ではいかにも頼りない。手の中にそっと閉じ込めてみれば呼吸するように淡く明滅していた。
「本日あなたに出会えたことは、わたくしにとって大変な幸運でした。
どうか今宵のあなたの眠りが穏やかなものでありますように」
「ああ、」
礼を言おうと目を向けるが、すでにそこには何もいなかった。獏の姿も、あのリアカーも跡形なく消えている。まるで今までのことが白昼夢だったかのようだ。
一瞬本当に夢かと疑うが、そうではない証拠に手の中にはたしかに小瓶が残っていた。
(地球には妙な生き物がいるのだな)
喋るのは人間と機械ばかりかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
瓶をうっかり落とさないよう時空のポケットにしまいこむ。気が向けば、そう、もしも気が向いたなら試してやってもいいかもしれない。
ロキは一人微笑み、誰にも見られないうちに公園を後にした。
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