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ながみね
2018-09-05 21:31:15
6595文字
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祭りの夜に
ピタ+ロキ。二人で一緒に遊んで仲良くなる話。
「えっ、お祭り行けなくなったんですか」
NYへ帰る前日、フロアごと借り上げたホテルの一室で、ピーターはその連絡を聞いた。アイアンマンことトニー・スタークはばつが悪そうに目を逸らす。
「ああそうだ。急に連絡が入って、こちらの人間と会談することになった。
つまりその、私だって楽しみにしてなかったわけじゃあないが、仕事の用事だ。わかるな?」
「それはもちろん。遊びで来たわけじゃないので分かってます」
子ども扱いされてはたまらないので、やや早口で答える。
もともと日本での用事が早く終わったから、空いた時間で観光しようという話だった。近くでお祭りがあるのはただの幸運な偶然。たしかに楽しみにはしていたけれど、ヒーロー業を疎かにしてまで我が儘を言うつもりはない。
「いや、まだ話は終わってない。
君だけなら一人で行ってこいとも言えたんだが、今回の会談は私だけでなくソーも連れていく。つまり──」
トニーが視線で示した先、話題に上がった雷神が、そっぽを向いた弟にしきりに何か話しかけていた。
ロキは最近ではソーの監視付きという条件でアベンジャーズに協力することがある。今回も彼を含めたこの四人で日本に来たのだ。
「あのトナカイ君を一人でホテルに置いておくわけにはいかない。
すまないが、我々が帰るまで君には彼の見張りを頼みたい」
「わかりました。カードゲームでも誘ってみます」
言いにくそうだったので何かと思えば、そんなことか。
ロキのことはべつに嫌いじゃない。元ヴィランだし今でも完全に味方とはいえないけれど、仲良くなれたらいいなと思う。
その彼はといえば、手元の雑誌に目を落としたまま面倒くさそうにソーの相手をしている。
「おいロキ、いい加減こちらを向け。そろそろ機嫌をなおしたらどうだ」
「放っておいてくれ。私はべつに怒ってない。これが素だ」
「どうしてすぐにわかる嘘をつくんだ? 楽しみだったのは分かるがそう拗ねるんじゃない」
宥めるソーの口調が癇に障ったのか、ついにロキが振り向いた。
「拗ねてない! 人の話を聞いていたか?
祭りだってあんたが勝手に連れ出そうとしていただけだろうが。いいか、私を巻き込むな!」
あの兄弟の口喧嘩はいつものことだ。でもピーターはふと、ロキが待機時間中に祭りのポスターを眺めていたことを思い出した。
家族の魂を紙の舟にのせて川に流すんだよ。聞きかじった話を披露すると、「ふうん」と気のない様子で相槌を打っていた。そのくせポスターからは目を離さずに。
「だいたいあんたはいつも自分に都合のいい解釈を押し付けるんだ。この間だって
……
」
「あの!」
声を上げて二人の言い合いに割り込む。まさか人間が口を挟むと思ってなかったのか、兄弟は戸惑った顔で揃ってこちらを見た。
「ちょっと思ったんだけど、ロキを見張っておくなら別にホテルじゃなくてもよくないかな」
たとえばお祭りの会場とか。
くるりとトニーの方へ向き直る。そちらは今耳に入った言葉を理解したくないという顔をしていた。
「安心してスタークさん、なにかあればすぐに連絡する。約束します。
誤解してほしくないんだけど、べつにただ遊びに行きたいわけじゃなくて、これは引きこもりがちな神様に地球の文化に親しんでもらうチャンスだと思うんだ。
そもそもロキが何かやるつもりならホテルに居ようが関係ないよ。そうでしょう?」
そうやって、ソーの援護も加わりついに外出許可をもぎ取ったのが約5時間前。
現在。片手に屋台のフランクフルトをもち、首にはスパイダーマンのお面を、顔にはぴかぴか光るフレームだけの眼鏡を装備した状態でピーターは困ったことに気づいた。
ここで待っていたはずのロキがいない。
(まずい、人が多くてはぐれたのかな? それとも逃げた?)
空いた手でスマホを取り出し、遠征用に用意されたロキの番号をコールした。全然でない。困った。
「──ロキ! ねえ、近くにいるんでしょ!?」
ピーターが困っている様子を見れば、ひょっこり顔を出さないだろうか。期待を込めて呼びかけるけれど姿は見えない。返事もない。
不快な暑さと湿気も忘れるような悪寒がして、嫌な汗が滲んだ。
もしロキが自分の意志で姿を消したとすれば、ピーター一人で見つけ出すのは難しいだろう。祭りに詰めかけた一般人を脅かすつもりなら最悪だ。すぐにでもトニーに連絡して捕まえなくては。
でも、もし迷子になっているだけなら? どこかで彼を信じたいという気持ちがあった。
(5分だ。5分探して見つからなかったら連絡しよう)
邪魔なメガネをカバンに突っ込み、またロキの名前を呼ぶ。
たくさんの人でごった返す縁日は人探しにとことん向いていない。視界が悪いし思うように動けないし。迷子の呼び出しというアイデアも頭をよぎったが、すぐに却下した。まず言葉の問題で時間がかかりそうだし、小さな子供みたいに迷子扱いされたと知れば、ロキは確実にヘソを曲げる。
(ほんと頼むよ、ロキ
……
)
遠い異国の祭りの中で、ピーターは一人途方にくれそうになった。ちょっと帰りたい。でもここで投げ出すわけにはいかない。
今のロキは、周りの目をごまかすため若い女性に変身している。
一般的な日本人より頭一つ分背は高いから、人混みの中でもよく目立つ。ソーと同じで存在感があるというか、場にいるだけで目を引くタイプだった。
髪や目の色といった基本的なパーツはそのまま、ショートカットのハンサムな美人だ。優しげな顔立ちでクールに無表情を決め込もうとしているけれど、だいたい好奇心に負けて失敗している。
ナンパとかされてたらどうしよう。
恐ろしい想像に身震いする。ロキ本人より、うかつに声をかけてしまった人の末路やソーの怒りの方が心配だ。
二人でのぞいた飴細工の屋台、さっきは通り過ぎた金魚のプール、順番待ちの列。
名前を呼びながら探しても、どこにもロキの姿は見当たらない。本当に逃げてしまったとすれば、一体いつからそのつもりだったんだろう。
一緒に歩いた時間の全てが嘘だったとしたら。そう考えるとすこし悲しい。
ずらりと並んだ屋台を冷やかして、行儀悪く食べ歩きをした。ロキはスナック菓子に近いチープな食べ物を上品につまみ上げ、どう食べればいいかと苦戦していたっけ。
水風船をつりあげるゲームでは横からあれこれ口を出して邪魔してきたし、くじの外れ景品のヒゲメガネをピーターが装着した時なんか、こらえきれずに声を上げて笑っていた。ひとしきり笑った後は見たことないような優しい顔で「よく似合っている。デートにつけていくといいだろう」とアドバイスをくれた。あれは絶対に嘘だ。
それから、それから。てっきりロキも楽しんでいると思ってたのに、楽しかったのは自分だけだったんだろうか。
焦りながら時間切れを意識しはじめた頃、屋台の列がとぎれた暗がりに目当ての姿を見つけた。
「ロキ!!」
息を弾ませながら駆け寄ると、俯いていた彼女はゆっくり顔を上げる。
「
……
おそい」
咎めるようなその目つきに、ちょっと背中がぞわぞわした。勝手にいなくなったのはロキのはずだけど、はぐれて消沈している彼女の前では、正論なんてなんの意味もなかった。
「その、ごめん。列に並んでるときにスリを見かけて放っておけなかったんだ。
待っててくれたのにすぐに戻れなくて、ほんとに悪かったよ」
その場で犯人を引き渡し、店の差し入れのフランクフルトとともに戻った時にはロキの姿は消えていた。
そこからずっと張り詰めていた気が緩んで、ピーターはほっと息をついた。
「見つけられて良かった。
このまま君が消えたらどうしようって、すごく怖かったんだ」
「ほんとうに?」
「もちろん」
当たり前だろう。どうしてそんなこと確認するのか不思議なくらいだ。
「そうだ、これからどうする?
疲れてるならもう帰る?」
彼女は「いやだ」と首をふるふる横に振り、それならとピーターは張り切って提案した。
「灯籠流しってやつ見に行かない? あれ気になってたんだ!」
日本の夏は暑い。じっとり湿った空気は肌にはりつくようで、歩いているだけでも汗がにじんでくる。たまに吹く風は涼しいけれど、すこし川の水の臭いがした。
太陽が沈んだばかりの空はまだ明るくて、これでは昼間の熱もすぐには冷めないだろう。
人混みの中をぶつからないよう気をつけながら進んでいく。はぐれないよう掴んだロキの手だけがひんやりと冷たかった。
「ヒール大丈夫? もう橋だけど、痛かったらすぐ言ってね」
後ろから「ああ」と小さく返事があった。いつもの皮肉やからかいが無いなんて、やっぱり少し疲れてるのかもしれない。今日は早めに引き上げよう。
歩いているうちに気づいたが、お祭りだからか周りには仮装している人が結構いる。
お揃いの仮面をつけた家族連れ、鷹のような大きな羽を背負う高下駄の人。ずしん、ずしんと橋を揺らしながら通り過ぎていく巨人。すぐ足元を鈴の音と子供の笑い声が駆け抜けていったが、目で探そうとしてもそれらしい姿は見つからなかった。
(なんだろう、ハロウィンみたいなものかな)
暑さで頭がぼうっとする。ラムネというサイダーを飲もうとしたが、とっくに飲みきっていたらしい。
瓶の中ではガラス玉が窮屈そうに閉じ込められている。コロコロと回し、なんとなく残照の空にかざしてみると、夕焼けの名残で赤く染まった。
そんなことをしていたから、目の前の人影に気づかずぶつかりそうになる。
「おっと、ごめんなさい」
つい英語で謝り、道を譲ろうとするが目の前の人物は動こうとしなかった。まるでピーターに用でもあるみたいに。
男性ものの下駄に着物、手首には光るブレスレットや金魚のビニール袋をさげて、クルクル巻いたポテトの串を持っている。なんだか思っていたよりもずっと背が高い。首をそらして見上げる先、整った顔がわかりやすく呆れた表情をむけていた。
「え、ロキ
……
?」
いつも見ている男性のロキだ。
一瞬頭が混乱し、それからザッと血の気が引いた。右手はまだ後ろの誰かの手を引いている。これは誰だ?
振り返ることもできずにそっと右手を緩めると、するりと冷たい手が抜けていくのが分かった。それでも、まだいる。すぐ後ろに。
ロキは硬直するピーターを見下ろし、それからその背後の誰かに向けて言った。
「それは、私の連れだ。勝手に連れていかれては困る」
ロキの声が不思議なほどはっきりと響く。
つい聞き入り、従いたくなるような強制力を持つ声。魔法の一種かもしれない。
背後から風のようなビョウビョウという音が聞こえて、ロキはあっさりとうなずいた。
「ああ、これか? かまわないぞ」
食卓で胡椒瓶を手渡すような気軽さで、二匹の赤い金魚が泳ぐビニール袋をさしだす。それを後ろから伸びた生白い腕がうけとり、そして金魚ごと消えていくまでの長い長い時間を、ピーターは息を殺して堪えた。
輪郭が完全に見えなくなってから、意を決して振り返る。そこにはもう何もなかった。頭を抱えて叫ぶ。
「うああああっ! なに? 今のなんだったの? ジャパニーズホラー?!」
「ではそろそろ帰るか」
「待って!!
ごめん悪いけどもうちょっとだけ僕が落ち着くまで待ってもらってもいい!?」
へなへなとその場にへたり込む。心臓がまだバクバク跳ねていた。もしもあのまま本物のロキと会えなかったら、自分はどうなっていたのだろう?
突然奇声をあげた同行者に、ロキはため息をついて「せめて道の端にいけ」と促した。
よろよろと背の低い欄干にとりすがり、顔に川風をあびる。そうすると少しだけ気分が落ち着いた。眼下の川面にはたくさんの灯篭が浮かんでいたが、今はとてもそれどころではなかった。
「ねえロキ。ロキは本物のロキだよね?」
「は?」
「いや、いいんだ、なんでもない」
まちがいなく本物だ。こうしてロキと話していると、どうしてあんな偽物を信じてしまったのか自分でも不思議になる。
「先ほどのアレはこの地の精霊だろう。
普段ならお前たちでは存在すら認識できないような微力なものだが、祭りの日はあちら側との境界が薄くなる。そら、あちらこちらに似たようなのがいるぞ」
「うん、さっきも見た。
──そうか、精霊。あれが精霊かあ」
ゲームや映画の世界の存在と、まさかこんなところで遭遇するなんて思わなかった。これはなかなかレアな体験ではないだろうか。
「ワオ、すごいや。ぼく精霊って見たの初めて」
「ほう? ちなみに私の方がはるかに格上なんだが、それについてはコメントなしか」
「だってロキは昼間でも普通に会えるでしょ? もちろん、そっちの方がすごいって分かってるよ。
それに、さっきは助けてくれてありがとう」
「分かっているならいい」
フンと澄ましてみせるが、それはもちろんポーズだけですぐに苦笑に変わった。
「妙なものだな。地球の魔術師と組んで宇宙人と戦ったお前が、今さら非力な精霊ごときで驚くのか」
「あー、そういえばそうだったね」
なんだかおかしくなって、ピーターも一緒に笑う。二人で笑っているうちに先程までのこびりつくような恐怖はどこかへとんで行ってしまった。
「ああもう、ほっとしたらお腹すいてきちゃったよ。
ねえ、そのくるくるしたやつなに? ポテト?」
「これはやらんぞ。後で自分で買え」
さりげなくロキはポテトの串を遠ざけた。
「ケバブの屋台もあったし、あとりんご飴も食べたいな」
「オレンジを飴で固めたものはうまかったぞ」
「もう食べたの? ていうかそれ! 来る時と格好違うけど、僕を置いて一人で楽しんでたわけ?!」
ひどいと訴えると、監視任務を怠ったお前が悪いとなぜか得意げに笑われた。
「僕は必死にロキのこと探してたのに!
ほんとにいなくなったんじゃないかと思って心配したんだよ? それなのに、一人で遊んでたなんて!!」
両手を広げて不満を訴え、むすっと膨れて腕を組む。当然だ。僕には怒るだけの理由がある。
「あー、ピーター・パーカー?」
僕を置いて遊んでた神様が何か言っているが、知るものか。そっぽを向いてやる。
すると肩にそっと大きな手が置かれた。
「そう怒るな。なにも告げずに離れたことについては謝ろう。
だが私には──、とても個人的な用向きがあったんだ。できれば一人で行きたかった」
その言葉がどうも嘘だとは思えなくて、ちらっとロキの表情をうかがう。いたずらの神様は少し困った顔で、灯篭の明かりが流れていくのを眺めていた。
「
……
個人的な用向きって、悪巧みじゃないよね?」
「もちろんだ」
「なにに誓える?」
ロキは少しためらい、それから「オーディンソンの名にかけて」と答えた。
それがどういう意味合いなのか、正確には分からない。ただロキにとってはとても重い言葉なのだとピーターは思った。
「
……
わかったよ。でも次からは姿を消す前に教えて。
黙っていなくなるのはダメだからね」
「ああ。覚えていればな」
ここで「約束する」と言わないのがロキらしい。
律儀なのかよく分からない神様は、長く優美な手で川面の灯篭を指さした。
「見ろ、祭りのクライマックスだぞ」
灯篭の明かりがふわりと川面から浮き上がった。それぞれ誰かの名前を託された灯りが、いくつもいくつも、数えきれないほどたくさんの光となって天へと昇っていく。
「うわあ
……
」
頭上をふり仰げば、地上の川と鏡合わせのように光の川が流れていた。まるで天の河みたいだ。昇っていく光はみんなそこへ合流し、大きな流れの一部となる。
「綺麗だなあ」
心からの感嘆の声をもらすと、「そうだな」と相づちがあった。それはロキにしてはあまりに素直で邪気のない言い方だった。
驚いて隣を見れば、しまったという顔で目を泳がせている。
結局彼はしかつめらしい顔を作り、「落ち着いたのならもう帰るぞ」と口早に告げた。
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