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ながみね
2015-10-05 22:52:13
3287文字
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今更。
3家康赤√エンドにアニキを投入した短い話
「すまないが、しばらく一人にしてくれないか」
喜びに湧く自軍の面々を見渡し、家康はよく通る声で告げた。
西軍総大将は足元に倒れている。残る敵の抵抗も長くは続かないだろう。既に趨勢は決していた。
気遣わしげな顔を見せた者も、一瞬怪訝そうな顔をした者も、ぞろぞろと家康のもとから離れていき、最後に残った忠勝も轟音をあげて飛び立つ。
もう少し、もう少しだけ我慢しよう。最後の一人がこの場からいなくなるまで。
その時をじっと待つ家康の耳に、なにやら騒がしい足音が聞こえてきた。
「長曽我部殿、お待ちを! 家康様は人払いを
…
」
「いいから通せって。すぐに済む」
ずいずいと人の波をかき分けて、一際背の高い男が現れた。彼は家康の姿を認めると隻眼に安堵の色を浮かべ、それからその足下へと厳しい目を向けた。
その目つきで家康は気づいた。
彼は総大将同士の戦いに助勢に来たのではない。その結果を、自分の目で見届けに来たのだろう。
「よう。やったな、家康。
――
悪ぃが首落とす前に、一目石田の顔を拝ませちゃくれねえか」
そうだ、彼と三成との間にも因縁があったはずだ。「勿論」と答えたかったが、溢れそうな感情が喉を塞いでいたため、家康はただ一歩退くことで了承を示した。
元親は無造作に近づいてきて、行儀悪くその場にしゃがみ、三成の顔を覗き込む。彼を止めようとしていた兵士も、家康と元親を交互に見てからそそくさと離れていった。
二人きりとなった場に、遠く打ち合いの音や雄叫びのような声が聞こえる。まだ戦闘は終わっていないというのに、ここだけがやけに平穏だった。
「相っ変わらず、細っこい野郎だなあ、おい」
独り言の口調だった。家康を責めるわけでも、同意を求めるわけでもない。
ひょっとしたら二人は仲がよかったのかもしれない。その思い付きは家康の傷口をわずかに抉った。
今の三成は酷い有り様だった。皆がくる前に目だけは閉じさせたものの、飛び散った血痕も、折れて投げ出された四肢もそのままだ。
これは家康の所行だ。弁解するつもりもない。
だがもう一人の旧友にかける言葉は、何かないものか。
「元親、ワシは」
言いかけた言葉は、すっくと立ち上がった背中が拒否していた。共感や慰めの言葉など望んでいない。それは奇しくも家康自身の心境と重なるものだった。
元親は黙って空を仰ぎ、それから「邪魔したな」と告げていった。
(ワシが潰した絆がまた一つ、か)
三成はそもそも人好きのする性格ではなかった。その彼が、主君を奪われ復讐に狂いながらも、知らぬ間に新たな絆を培っていた。そんなささやかな事実が家康には嬉しく、また哀しい。
そのとき、目の端でなにかが動いた。
「
…
ぐ、う、」
(まさか)
家康は目を疑った。死んだはずの三成が身をよじり、力なく噎せた。
「おいおい、どういうことだ家康! 石田は死んだんじゃねえのか?」
慌てて駆け戻ってきた元親に、家康は三成から目を離せないまま首を振る。
「いや、たしかにワシの手でとどめを刺したはずだ。
――
息を、吹き返してしまったんだ」
かわいそうに、と思う気持ちが先行した。ひどい怪我を負った状態で生き返り、さぞ痛いだろう、苦しいだろう。今ワシが楽にしてやるからな。
だがもう一方では弱い自分が心の中で叫んでいた。嫌だ、もう三成を傷つけたくない。
拳を固めて一歩一歩と近づく間も、密かに願わずにはいられなかった。
(なあ頼む、三成。ワシの拳が再びお前に届く前に、事切れてはくれないか。もうこれ以上苦しまないでくれ)
息を吹き返したところで、三成が戦えないことには変わりない。朦朧としたままのたうち回るだけなら、足軽にさえ簡単に討ちとられるだろう。
それとも、それほど彼は家康のことが憎いのだろうか。
死の淵から蘇り、己の命を削って復讐に賭けるほど、このワシが憎いか。殺したいか。それならばワシはお前を殺さなければならない。道半ばで倒れては、ワシを信じてくれた誰も彼もに申し訳が立たないのだ。ワシには秀吉殿を倒し、お前を狂わせた責任がある。
世を太平に導くまで立ち止まることはできない。だからお前は、今日、この場で死なねばならない。
拳を掲げて束の間、せめて死出の旅の安寧なることを祈る。
(さらばだ、三成)
今度こそ止めを刺そうとしたその時、横から家康を止める手があった。
「なにやってんだ家康! せっかく生き返ったってのに、こいつをもういっぺん殺す気か?!」
「
…
邪魔をしないでくれ、元親。これはワシがやらねばならないことなんだ」
はやくしなければ、と気が焦る。迷いでワシの体が動かなくなる前に。三成の痛みや苦しみを無駄に長引かせぬように。
「頼む、三成を、もう苦しみから解放してやりたいんだ!」
見栄を捨てて訴えると、元親の声に呆れたような響きがまざった。
「わかった、ならお前の好きにしな。けどよう、石田の最後の姿くらい、ちゃんと見てやれや」
「
……
?」
腕はあっさり解放された。視界は溢れた涙で大分歪んでいるが、目測を誤るほどではない。何を言っているのだろう。家康はフードでぐいと目元を拭い、改めて三成を見下ろした。
彼は、端的に言って瀕死の状態だった。うまく呼吸ができないのか、空気を求めて喘ぎながら身をよじる。その拍子にかすんだ目が家康の方へと向けられた。
(目が合った)
ぞわりと心臓をなでられるような心地がした。しかし、それも一瞬の錯覚だったように視線が離れる。
その目は苦しげに空をさまよう。腕を伸ばして地面に爪を立てる様子は、むしろ家康から遠ざかろうとしているように見えた。
「どこを、見ている? ワシはここだぞ三成!!」
「落ち着けって」
元親のなだめる声も今は煩わしい。
三成は復讐のために甦ったのではなかったのか。秀吉公のために、ワシを討ちに来たのではなかったのか。ならばどうしてこちらを見ない!
家康の呼びかけには応えず、三成は身を屈めて血の塊を吐き出した。それでようやく息が通るようになったのか、どさりとその場に倒れ込む。もう意識は無いようだった。
(最後の機会だったのに
…
)
家康もまた、膝の力が抜けて崩れ落ちた。その衝撃で涙が一つこぼれる。
最後だというのに言葉の一つ、想いの一つも交わすことができなかった。三成の意識は最後まで家康に向かなかった。彼が何をしようとしていたか、そんなことは火をみるより明らかだ。
…
それを受け入れ難いのは、単に家康自身の問題だった。
(だってずるいだろう、お前、昔は全然そんな素振りを見せなかったくせに)
私の心は死んだのだと、いっそ私に死ねと言えと、ついさっきまで吼えていたくせに。お前はきっと、最後の一息までワシの首を狙うだろうと思っていたのに。
嗚咽を殺しきれず、潰れた喉で呻く。涙はもう止めようがなかった。
(ずるいぞ三成、今更、生きようとするだなんて
…
)
家康は三成を恨んだ。最後の最後に復讐を選ばなかったかつての友を。それに気づかせた元親の優しさと、息を吹き返す余地を与えた自分の甘さを恨んだ。
見ろ、ワシの足は萎えてしまった、もううまく拳も握れない。なにより、お前が生を望んでくれた、そのことが嬉しくてたまらないんだ。
どうしてくれる、こんなことではお前を殺せないだろう。
動けない家康の隣で、じゃらりと重い鎖の音がした。見ずとも分かる、彼はきっときまり悪そうに目をそらしているのだろう。
「なあ家康よぅ、モノは相談なんだが
…
」
「駄目だ」
急いで言葉を遮り、言い直す。
「違う、そうではなく、ワシから言わせてくれ」
ぐしゃぐしゃになった顔面をフードで拭うが、涙は後から後から流れてくる。自分でも止められないのだ。それを元親は愉快そうに見ていた。
「後生だ元親。頼む、お前にしか頼めない」
「おう、俺に任せときな」
頼みごとの内容もろくに聞かず、海賊は笑って人攫いを請け負った。
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