紅玉海に沈んでいく夕日が、クガネの町並みを紅く染め上げていく。御船蔵では今日も一艘の小船が組み立てられていた。木を打ち削り部品や材料を組み嵌めて、ただの丸太や木板だった物が徐々に船の輪郭を帯びていく。
その傍らで櫂を削りながら、片手間で帳面をつけている一人の男がいた。
「おーっし!今日はもうこの辺であがるぞー!」
「あ、親方!足りなくなりそうな資材を書き出したんで確認してもらえますか」
「おっ!…よしよし、これで全部だな?ちゃんと頼んどくよ。ところでどうだ?久々に潮風亭で一杯」
どやどやと帰り支度をして出ていく職人たちを横目に、男は声を掛けてきた人物……親方に先ほどつけた帳面を手渡した。潮焼けした顔で朗らかに笑いながら帳面を受け取り、お猪口を傾ける仕草をした親方に男は思わず苦笑する。
「駄目ですって。親方だってオレがもうすぐ婚約するって知ってるでしょ」
「堅いこと言うなって!今からそんなんじゃ苦労するぞ〜?若いうちにパ〜ッと遊んじまわないと…な、いいだろ?」
「あぁもう…一杯だけですよ?片付けたらすぐ行きますから」
腰のあたりを肘で小突いてきた親方の押しの強さは筋金入りだ。こうなったら自分の方が折れるしかないと、男は渋々その誘いを承諾した。
「そうこなくちゃなぁ!とっとと来いよ!」
太い尾の生えた尻を叩き、親方が上機嫌に御船蔵を出ていく。角元で出された大声に一瞬面食らったが、毎日作業の音や威勢のいい声が飛び交う仕事場で過ごしていればイヤでも慣れるもの。親方との無遠慮だが小気味のいい豪快なやりとりも、男にとっては日常茶飯事だった。
扉が閉まるのを見届けて、男は次に仕事に掛かる前に海風で錆びの浮きやすい仕事道具を一度手入れしなければなぁと思いながら、広げていた道具を一通り集めて大工箱に並べて仕舞っていく。
と、背後で扉の開いた音がした。親方が忘れ物でもしたのかと思い見向きもせず、先程まで削り磨いていた櫂を拾い上げて壁に立て掛ける。声は一向に掛けられない。
「…?お疲れ様ですー」
親方ではなく、職人の誰かかもしれない。船大工たちは皆、男よりも年上だ。こちらから声を掛けないのは失礼に当たるだろうと、男は挨拶をしながら扉の方を振り向く。
扉の前に立っていたのは親方でも職人でもない、まったく見覚えのない人物だった。
「……赤肌に黒髪、白角に羽根の彫り物。カンナの紅鳶(ベニトビ)だな?」
「え」
低く重い声で男の外見を口にしたのは、黒い羽織袴に狐面をつけた恰幅のいい人物。見知らぬ人物の突然の来訪にぽかんと口を開けていた男……ベニトビが、サッと顔色を変えて弾かれたように扉とは反対の方向へと駆け出した。よほど慌てているのか自分で立て掛けた櫂も大工道具を仕舞った箱も蹴り飛ばし、怯えた表情で狐面の男から逃げようとする姿に先程までの好青年ぶりは見受けられない。
船を進水させるための出入り口まであと僅かというところで、ベニトビの行く手に別の人物が現れる。狗のような面を被り赤い羽織を羽織った人物は、海風に吹かれながらゆらりと不気味に現れベニトビの前に立ちはだかった。
「ひっ、なんで…!」
前後を塞がれ、それでもベニトビは踵を返して右手側の階段のある方を目指す。御船蔵を出てしまえば小金通りや船着場は目と鼻の先。ベニトビは怪しげな二人が現れた作業場を抜けて、とにかく人目のあるところに逃げてしまいたかった。
狗の面を着けた人物が袖下から細縄を取り出し、背を向けたベニトビに投げつける。先端に分銅が括りつけられた細縄が足にぶつかった拍子に二重三重に絡まり、もつれて転げて万力が備え付けられた作業台につんのめったベニトビの頭部を、後ろから大股で迫ってきた狗の面の人物が強かに押さえつけた。
「逃げてんじゃねぇよ」
「ぐぅッ、まて、待ってくれ!なんでオレなんだ!!」
大声で抗議するベニトビを無視し、邪魔だと言わんばかりに太い尾を細縄の合間に押し込む。ベニトビよりも幾分か小柄にも関わらず、狗の面の人物は片腕でベニトビの角を掴み、もう片腕で赤肌に白い鱗の目立つ両腕を器用に押さえ込んだ。
「逃げる素振りにその口振りだと、我々が何なのか解っているようだな」
「オレは“狐狗狸”が来るようなことは何もしてない!ホントだ!」
ベニトビは、獣を模した面をつけた二人が何者なのか知っていた。狐狗狸(こくり)は当て字で、本来の名称は読みをそのまま“酷吏”と書く。クガネでの事件や揉め事を主だって取り締まる赤誠組とは違い、酷吏はひんがしの国の沽券に関わるような重大な事案が発生した場合にのみ遣わされる者達だった。
クガネの市井でも存在を知る者は少なく、本当に実在しているのかも分からない都市伝説のような存在として、狐狗狸さまやこっくりさんなどの名称で伝わっている者達が一体何故、一介の船大工でしかないベニトビの元に現れたのか。
音もなく近づいてきた狐面の人物が、懐から冊子を取り出し作業台の上に放る。表紙に書かれているのはある簪職人の名前。覚えのある名前に目を見開いたベニトビの眼前で節くれだった手が頁を捲り、開かれた箇所には紅鳶と琥珀の文字があった。
「真面目な職人で助かったよ。個人で受けた仕事でもちゃんと帳面をつけていてくれた。おかげでこうしてお前さんに辿り着けたんだからな」
「は……?」
「花街で芸子が妖異にされた事件の首謀者として、カンナのベニトビが告発された」
「調査の結果は黒。お前さんはクガネの民と都そのものの安寧を脅かし、引いてはひんがしの国の威信を貶めかけた罪人として赤誠組の預かりでなく、我々酷吏が捕縛し連行する」
「……うそだろ?」
赤みの強い肌でも分かるほどに青ざめ、怯え震えて歯の音を鳴らすベニトビを余所に、狐面の人物は冊子を懐に仕舞込み、狗面の人物は粛々と手錠と縄をかける。角から離した手で襟首を掴まれ強引に立たされたベニトビが、突然膝をつき地面に頭を擦りつけはじめた。
「……何の真似だ」
「頼む!見逃してくれとは言わない、あと少しで彫り物が完成する…職人として認められるんだ!それまで、いやせめて祝言を挙げるまででいい、ホントに少しだけ待ってくれ…!こんな…オレの人生がこんな中途半端な終わり方なんてそんなのっ」
「芸子と姉貴分の命だけじゃ飽き足らず、家門の汚点と犯罪者の妻まで欲しがるのか?ヒトを二人も妖異に貶めといてどの口がほざきやがる」
狗面の人物が痛烈に批判し指摘したのは、疑いようのない事実、もうすでに起こってしまった現実だった。膝と額を土につけたまま、ベニトビは突きつけられた言葉の重みに堪えきれず振り絞るようなうめき声で唸る。
「……あんまりだろ…っ」
「狐面の、あんたが連れてってくれ。俺じゃ道中で叩っ斬りかねねぇ」
一向に立ち上がる気配のないベニトビに掛けた縄を狐面の人物に手渡し、狗面の人物が退いた。縄を引いても動かないベニトビの角を鷲掴んで無理矢理に立たせ、狐面の人物がやれやれと肩をすくめる。
「自覚があるのは結構なことだが、あまり物騒なことを口にするな。狗面の」
「…善処する。あとは任せた」
狗面の人物は踵を返してそのまま振り返りもせず一人、御船蔵を後にした。
クガネを騒がせた事件はこうして、人知れず幕を閉じたのである。
〜人物目録〜
ジェン・リンスゥ
クガネで刀商をしているウルダハ出身の元・銀冑団騎士。ミッドランダー男性。三十一歳。
七三分けの金髪にもみあげと無精髭を蓄え、赤いパンスネを掛けた姿は不審者そのもの。だがその裏では日夜クガネの治安を維持するため働いている仁義を重んじる仕事人。
銀冑団の前総長・ソルクザギルがウルダハの共和派に貶められ聖剣オウスキーパーを持ったまま謎の失踪を遂げ、繰り上がるように総長となったジェンリンスが真相を探ろうともしないまま銀冑団の名誉挽回のために冒険者にまでその偏見に満ちた内情を暴露しだした事に業を煮やし、クガネへと出奔した。
ウルダハの政争や陰謀・貧富の差を目の当たりにして育ってきたため根っからの権力者嫌い。年若い頃から立場を問わず権力者に異を唱え民の味方であろうとする愚直な姿勢を貫いており、ウルダハでも煙たがられる存在だった。当時は剣の腕も荒削りで素行も悪い街のチンピラ同然の男だったが、とある老齢の銀冑団騎士に「高潔な守護者になる器だ」と見初められ銀冑団に入団している。
自分が騎士などに任ぜられたこと自体に懐疑的だったため、自分を見出してくれた騎士や団長には気を許していたもののウルダハ王家や銀冑団という組織には忠誠など誓っておらず「戦う術を持たぬ者、武器すら取れぬ者のために剣と盾を取るべし」という無辜の民を守る誓約を立てている。
銀冑団を出奔した現在でも、その誓約は破られていない。ともすれば現在の方が聖剣オウスキーパーに輝きを宿すことができる可能性を秘めているが、本人はそれを舌打ちしながら否定するだろう。もはや騎士など、名乗るつもりもないのだから。
佩いている愛刀は片山一文字。赤誠組から帯刀を咎められる可能性があることや、旅行者から追求されると説明するのが面倒だからといった理由で普段はミラージュプリズムを使って隠している。基本的な戦闘スタイルは居合術だが、最も得意としているのはカウンター。
見えない刀から繰り出される居合、フラッシュや砂かけによる目潰し、接近されれば頭突きや足蹴りによる牽制、特注の編笠を盾代わりにしたシールドバッシュを使うなど、おおよそ元騎士とは思えないような卑怯と罵られかねない不意打ちを数多く用いる。
刃傷沙汰や喧嘩がご法度とされるクガネにおいて「一発で相手を無力化して赤誠組に突き出しゃ責任は問われねぇし、相手から手ぇ出してきたんなら正当防衛だろ」という屁理屈から磨き抜かれた先の先・後の先を打つ戦闘スタイルと敵対した者を足止めし苛つかせる粘り強い戦い方は、相手を確実に捕まえるための戦術に他ならなかった。
たとえ初手の居合や目潰しに引っ掛からなかったとしても、元々守りに長けた戦い方を心得ているジェン・リンスゥは攻め手を読み捌き、不意打ちや騙し討ちを織り交ぜてカウンターを狙ってくるためそう易々とは突破出来ない。そのため相手が守りを打ち崩そうと躍起になって手を焼いているうちに、ケンザンが赤誠組を呼んで取り囲みお縄を頂戴するというやり方が捕物の定石となっていた。
相手を殺さずに制圧するためなら手段を選ばない、騎士としても浪士としても対人戦の酸い甘いを噛み分けてきたジェン・リンスゥの捕物は、時にケンザンですら目を見張るほど彼の独壇場だったのである。
遡ること数年前、銀冑団どころかウルダハからもエオルゼアからも飛び出したジェン・リンスゥは、はるか遠くひんがしの国のクガネに到着してすぐにならず者と鉢合わせ騒動に巻き込まれる。その時出会ったケンザンに剣の腕を見込まれ“仕事”に誘われ、「異国の地で衣食住に困らないなら」と条件を提示してこれを承諾。現在に至るまでケンザンの手足として働いているが、二人は決して主従の関係などではなく、あくまでも互いを都合よく利用できる相手として信用し合っている。
ケンザンにとっての剣であり、協力者であり、家老ケンザンが道を誤ったその時は……と本人からその命を預けられている介錯人。それを了承してはいるものの、内心では「あんな狸の喉笛も腹も首もいるもんかよ。面倒な事ばっかりしやがって…とうに家老なんて辞めちまってんだから高みの見物決め込んどけばいいだろうが」と毒づいている。
形式上はすでに引退しており家老の身ではないはずのケンザンだが、肩書きは返上していても何かにつけて相談を受けてはすぐに仕事人として動いてしまうため、ジェン・リンスゥはそれに呆れながらも付き合い、言葉ばかりではない隠居を押しつける機会を窺っている。その程度には、拾われた恩義から来る情を抱いているのだ。
驚くほどに口が悪く態度も悪いが、自覚はあっても改める気はさらさら無い。交渉事は大体恫喝じみている。表向きの職業である刀商として生計が成り立っているのは客商売が上手いというよりも、名のある刀を取り扱う者として気難しい職人や気位の高い武人、荒っぽい流れ者や冒険者相手でも物怖じせず正面切って渡り合えるところが大きい。歯に絹着せぬ物言いはするが、半端ななまくら刀を扱うような真似もしないので贔屓にしてくれている者もいるようだ。
またその出身と経験から、あからさまに他人に迷惑を掛けようとしたり詐欺を働こうとする輩を目敏く見つけては自ら当たりに行く節がある。
「何してんだテメェ」
「ってぇなァ…!どこ見て歩いてんだコラ」
「なんだァ?見ねぇ顔のヤツが知らねぇ商売してんじゃねぇか。俺にも一枚噛ませろや」
その反面基本的に女子どもや若葉には優しく、クガネを訪れたばかりの無知な冒険者や観光客はそれとなく道案内をしたり、何か面倒を起こしてもいきなり罵ったりまくし立てて責めるような真似はせずに最低限のルールから教えようとする。口では「面倒くせぇな」と言いながらも、困っている様子が見られれば僅かな謝礼や情報が対価でも手を貸すため、その根の真面目さと面倒見の良さを知る人からは“スゥさん”と親しげに呼び慕われているようだ。
「家老だったケンザンが見込んだ浪士である」という点で役人や赤誠組からも一目置かれているが、とにかく不遜なためあまり信用されていない。本人も権力を鼻にかける者が嫌いなため特に気にも留めず、自分から進んで近付こうとはしない。
ボウことウートウとは性格的な相性があまり良くない。過去は捨てたとして語らないが、銀冑団時代に利己主義な権力者達の私腹を肥やすために利用された事、毒を使った暗殺の事前事後の処理をさせられる事が少なからずあったため、嘘か真か分からないウートウの過去に対して「毒矢を誤射しといて介抱もせず出稼ぎに出てきただァ?ふざけてんのか」と警戒心を顕にしている。
かといってそれ以上過去を詮索するわけでもなく、ウートウの方も弁解や釈明をしたりもしないため、ケンザンの“仕事”に使われる者同士ではあるが顔を合わせれば煽ったり煽られたりする関係。
相性が悪いのは性格面だけであり、前述の不意打ちを多用した粘り強い戦い方に毒物を用いたサポートが加われば捕物の成功率が格段に跳ね上がるため、ケンザンからは意図的に組まされる場合が多い。眉間にシワを寄せて青筋を立てるが、それで“仕事”が手早く終わるならと渋々承諾している。それはそれとして悪態はつくが。
黒いフードの男ことモユの事はワケありの竜騎士として認識しており、同じくワケありの騎士だった身として「辛気臭い面しやがって…」と思いながらも最低限の世話は焼いている。突然の襲撃に本気で腹を立てて反撃したのは事実だが、冷静になって考えてみれば何か事情があっての事だと嫌でも察しがついてしまったため、そんな怒りも冷めてしまった。
妖異との一件で共闘した際、戦いの中で相手の動きや狙いを読み、攻め手を変えられる冷静さと器用さを持っているモユを頼もしい存在であると同時に非常に厄介な男であるとも認識しており、肩を並べるのはいいが手合わせ自体はしたくないと思っている。
元々堅牢な守りの戦いから派生して変則的なカウンターを習得したジェン・リンスゥと、元より竜の鱗すら抉る突破力を持っている上で一度流れを作ってしまえば攻撃の手が止まらなくなる竜騎士との戦い方では相性が悪く、相対して最初は優位に立てたとしても決定打には欠け、戦いが長引けばジリ貧になるのは自分の方だというのが目に見えているからである。
ただでさえ苦手意識のある戦い方をする上に、攻め手を読む目と対応する冷静さまで持ち併せているのなら相手にする方が馬鹿らしいとして、「あんな野郎と正面切ってやり合うぐらいなら金払ってでも避けるに決まってんだろ。ああいうのは傭兵として利用すべき手合いだ」としている。これでも彼なりのモユの腕前を認めた上での最大の賛辞。
【ゲスト出演枠】
ボウことウートウさん、黒いフードの男ことモユさんはフレンドさんのキャラクターです。ちょっとお借りするだけのつもりがこんな長丁場の大事件になるとは思わず、文章表現上キャラ立ちさせるためにやや脚色を加えてしまった上、完全にメインとして巻き込む形になりました。ごめんね!!!!!!!筆が不安定なのに張り切った私が悪い!!!!!!!!書きたかったの書こうとしたらブレーキが壊れたんですごめんね!!!!!!!!!!
だがそれはそれ、これはこれ。ー○○○ー‹SE.6›‹SE.6›‹SE.6›
ボウ(ウートウ)
クガネの町で奉公人として働くヴィエラ族男性。ケンザンとジェン・リンスゥの協力者であり同業者。“仕事”の際には身元や素性が割れないよう、種族の特徴である兎のような耳をフードで覆い隠している。聴力と洞察力に優れ、二人の窮地を救ったことも一度や二度ではない。
客引きとして働いているため人当たりは良いが、考えを悟らせない思慮深さと底の知れない深緑の瞳が相俟ってどこか近寄りがたい印象を受ける。
「故郷の森で毒に倒れた仲間を介抱し、その薬代のために出稼ぎにきた」という美談がまことしやかに囁かれた事があったが、本人は否定も肯定もしていない。実態は「故郷の森で師匠に毒矢を誤射、最低限の介抱のみ施して隠蔽工作をし、黙って森を出て自分の生計を立てるために奉公人をしている」なので随分と良い方向に話が転がったなと思っている。真偽が知れない噂話はすぐに廃れた。否定しなかったのは単純に都合が良かったため。
多種多様な“仕事”をするためにあらゆるヒトを使うケンザンは、ウートウに協力を取り付ける際に本人の口から後者の実態を掻い摘んで聞いた上で同業者として迎え入れている。
「やった事はやった事として、本人に少なからず面倒をやらかした自覚があるなら同じ事はしないだろう、後始末しなきゃならない自分のためにもな。それに、それを差し引いても毒物に明るい人材が欲しかったのは確かだ。だから使う」
利害が一致し適任だと判断できれば、過去の行いや素行も問わず手段も選ばないケンザンはウートウのその知識と手腕を強かさとして認めているが、ジェン・リンスゥの方がやたらと食って掛かる。“仕事”に私情は挟まないとしているが、どうにも矜持に抵触してくる相手らしい。
致命的とまではいかないが性格的な相性の悪さは自覚しているようで、“仕事”以外ではお互い極力顔を合わせないようにしている。が、同じ町で商売人をしている以上すれ違い鉢合わせる事もままあり、その度に互いを避けるでもなくどちらかが情報交換と言う名の煽り合いを仕掛けに行くので始末に負えない。
「喧嘩するほど仲がいいのか?」
「はは、まさか」
「冗談でもやめろや」
御船蔵からツバキに向けて放ったのは、普段の仕事でも使っている痺れ薬を塗った一矢。彼は続けてシュエンも狙ったが、そちらの矢にも痺れ薬を塗った矢を使用している。遠目から見て取れるほどに動揺したシュエンの様子を確認し、彼は結局、新しく調合した薬を塗った矢を放つことはなかったのだ。
モユ
ジェン・リンスゥの捕物の最中に乱入してきたために反撃され赤誠組に捕らえられ、“仕事”に使われることになった黒いフードの傭兵。本人は黙して語らないが、その槍技はエオルゼアの北方・イシュガルドで振るわれる竜騎士のものと酷似している。
生き別れたのか死に別れたのかも分からない「アウラ族のあの子」を探し、一抹の望みをかけてはるばるひんがしの国まで渡ってきたが「自国では異端者として害されていたアウラ族という存在が、異国ではヒト違いをする程度にはありふれている、ヒトとして認められている種族である」という文化のギャップに心を曇らせることになってしまった(※時間軸が新生時点だと考えるとそうなるかなと思った次第です本当にごめんなさい)
意気消沈し憔悴しきった様子だったが、ツバキがスイの里の出身であることを知ると様子が一変、無謀な特攻を繰り出しクガネに来る以前に負った傷が開いても槍を手放さずに戦い続けようとするなど、相当なりふり構わない様子が見受けられた。その後、最低限会話ができる程度に回復したツバキからスイの里への行き方だけを聞き出していなくなっている。
結局最後まで名乗りもせず目的も告げないままいなくなったため、ジェン・リンスゥからは「考えが読めなくてやりにくい奴」ケンザンからは「何か事情がありそうな御仁」という認識をされたまま時は過ぎ……事件もすっかり忘れられた頃に、アウラ族とヴィエラ族とを伴って再びクガネに現れる。
ケンザン・オムロ
ひんがしの国はコウシュウ、クガネの家老として長年勤めてきたミッドランダー男性。五十六歳。白髪混じりの黒髪に髭を生やした恰幅の良い老人。顔面に刀傷を持っているが、指摘されると「こいつか?なぁに、若い頃に少しばかり無茶をして負った向こう傷さ。荒事はとうに辞めてるよ」と苦笑して誤魔化そうとする。
とうに隠居した身ではあるが、ともすれば世界各国の外交問題へと発展しかねないクガネの治安維持のために影に日向にと働いてきた実績と経験を買われ、いまだその影響力を色濃く残す人物。単なる家老としてだけでなく、幕府お抱えの仕事人として日夜働きづめだったためワーカーホリック気味。ジェン・リンスゥからはそれを指摘され舌打ちされ苦言を呈されている。
若い頃はジェン・リンスゥに負けず劣らず……むしろ彼以上に気性の荒い無頼漢であったが、コガラシという名の侍に負かされて以来素行も性根も改めて剣の修行と勉学に打ち込む。
生家は華道の名門として知られ家柄としてもそれなり、地頭も良かったためそのまま行けば本土で官職に就く事も……と周囲からは期待されていたが、当の本人は「世直しなんて途方もない目標を掲げた相手に負けたんだ。直すべき世とは何なのか知りたい」と、世界情勢に直接関わるクガネで働く事を望んだ。
その努力と剣の腕が評価され、念願のクガネで荒事を任されだしたのは二十代半ば。血で汚れていく両の手とたった一人で出来る「世直し」の限界を悟り、ならばせめてとクガネの泰平のために心血を注ぐようになる。たとえ小さくともクガネの地が彼にとっては世界そのもの、直すべき世そのものだったのだ。やがてその覚悟と実績が周囲にも認められる形で実を結び、三十代半ばでクガネの家老として召し抱えられる事となる。
かつては剛剣の侍として知られており、ケンザンという名前にかけて「一度振るえば折れた剣の山が出来る」としてその名が通っていた。それを鼻にかけていた時期もあったが、侍コガラシに敗北して以来「力でただ打ち負かすだけでは人の為にならない」と考えを改め、ジェン・リンスゥと出会ってからは刀を置いている。
己を打ち負かした男の背中と世直しという理想を追いかけ、確かな実力と地位を得ながらも結局は力に物を言わせる剣しか振るって来られなかった自分とは違い、言動こそ荒くれそのものだが護る事にこだわり、実際に殺さず捕まえ守ることに特化した戦い方をするジェン・リンスゥの事を心底認めており、この男ならきっと理想とする世直しが出来る……人のために剣を振るい続けるだろうと確信し信用している。
名は体を表す剛の者として知られていたケンザンであったが、彼は心底、ただ静かにクガネの日常を、そこに生きる人々の営みを支え守りたいと願っていた。
荒事続きの日常で仕事上の付き合いやストレス解消のために酒も煙草も浴びるように嗜んできたため、身体のあちこちにガタが来ている。刀を置いたというよりも、思うように刀を振るえなくなった、という表現の方が正しい。
切った張ったが思うように出来なくなる以前より「一朝一夕にいかんとはいえ、誰かの幸福を願い支える事…それを明日もその先も続ける、続いていくようにする事の、なんと難しいことか…生涯を掛けて学び続けなければな」とニーム由来の軍学書の写しや実用書などを読み漁り、風水士や召喚士とも交流を深めていたのが功を奏して使い魔を使役したり簡単な結界を張る術を身に着けるまでに至った。大規模な結界などは張り慣れておらず、いわゆる後張りバリアになる。
かつて振るっていた愛刀は羅刹刀。ジェン・リンスゥに刀と居合術を教えたのはケンザンだが、元々の素養と経験から居合とカウンターに特化していったジェン・リンスゥとは違い、ケンザン本人は居合を使うよりも羅刹刀を鞘のまま振るって相手の武器を破壊し、一度刃を抜けば相手の獲物ごと圧し斬るような力業の戦い方を得意としていた。現在懐に入れて持ち歩いているのは月読命経典(※経典は召喚本、学者本は本来”月読命文書”ですが文章表現上の都合で経典としています)
体力的に思うように刀が振るえなくなったというだけで武器破壊をしていた剛腕は健在。接近されれば経典の角で殴りつけ、ほんの一瞬だがスゥをも上回るレベルの火力を文字通り叩き出してくるため、後衛・詠唱職の老人だと甘く見て油断し近付くと物理的に痛い目を見る。
ジェン・リンスゥの前歴を知っており、自分の防具としてではなく「有事の際には盾役を任せられるように」と帝国製繊維による編笠を特注していた。妖異事件では意図せず使う機会が訪れたが、狙い通りに、予想していた以上の成果が得られたため、事件の後もいくつか予備の編笠を作らせている。
ジェン・リンスゥが刀を振るい、ケンザンが妖精や結界術を使った支援をし、時にはボウや赤誠組にも協力を要請して総動員で行われていたのが従来の捕物であるが、この妖異事件以降はより少ない人数でも実行可能になった。
ジェン・リンスゥに盾役を任せ、ボウにその援護を……ケンザンがジェン・リンスゥの刀の鞘を用いて一時的に侍として立ち回ることが可能になったためである。
DH/TH/TD/TDD/THDと役割と編成を巧みに切り替えられるのは、それぞれがきっちりと緊張感を保って“仕事”をしているからこそ。他者に任せっきりにしない、絶対の信頼とは言わない紙一重の信用関係である彼等だからこそ、臨機応変な対応が出来る……クガネでの捕物を成立させられるのである。
土地柄のおかげで年齢のわりに柔軟な考え方が出来る方ではあるものの、家老として大局や大衆を優先して考え働いてきたため個人への気遣いや配慮に欠ける部分がある。適材適所を見極められる人物ではあるが、それこそ有事の際にはどれほど相性の悪い者同士でも容赦なく組ませるため、ジェン・リンスゥからは「人を顎で使う古狸」と評される根っからの仕事人間。
真っ向からそう指摘してきたのはジェン・リンスゥぐらいのものだが、付き合いの長い友人や同僚達からも似たような苦言を呈された事があり、はては見合いをした相手にすら「私よりもお前さんに似合いの者を知ってる。紹介しよう」と相手の恋慕の情を反故にして友人を紹介したため「本当に食えない人ね」と愛想を尽かされた経験がある。紹介した友人からも「何やってんだよお前は!」と叱責され、そこでようやく相手の気持ちに気付いて謝罪したが縁が結ばれることはなかった。齢を重ねた現在では、円満な夫婦とその仲人になった男として良好な関係を築いている。
この歳になるまで連れ合いのいない日々を送ってきたが、交友関係にある人達はケンザンが目を離せば働き詰めになる事をよく理解しているため、一人きりでいる事の方が少ない。最近では悪態を付きながらもあれこれ付き合い動いてくれる悪友が出来たことで、隠居した老人として充実した日々を送っているようだ。
それはそれとして求められればご意見番として働くし現場にも出るが。休めや。
ツバキ・スイ
クガネで芸子をしていたスイの里出身のアウラ族女性。二十ニ歳。流線形の後ろ角に羽根と花があしらわれた飾りを付け、太い尾を持つ。
漁に出たまま行方知れずとなってしまった両親を探し、スイの里を出たのが十六の頃。それからサカズキ島の海賊衆の元で世話になり、クガネの置屋の主人に声を掛けられたのは十七になったばかりの頃である。それ以来、クガネの町で芸子として修行しながら生活していた。
シュエンとは大の親友同士であったが、両親を探すために芸子になっておきながらいつまで経ってもその手がかりすら掴めず、町に馴染み芸を覚えるのがやっとの自分を友としても客としても応援し支えてくれるシュエンを心強い存在だと思う反面、どこか申し訳ないと思う気持ちを抱えてしまっていた。
両親の捜索を半ば諦め見合い話を受けていた、というのも間違いなく事実だが、ツバキが見合いを受ける決定打となったのは他でもないシュエンの見合い話である。
「家のためなんでしょう?仕方ないよ」と会えなくなることを寂しがりながらも、家柄と将来のあるシュエンの今後を考え、金輪際会わないようにするためにラザハンの商人との縁談を受けたのだ。
親子ほども年の離れた相手ではあったが、「妻に先立たれて、気晴らしに旅行でもどうかと勧められて…僕らには子どもがいなくてね。もし娘がいたら、君ぐらいの年頃だったかもと思ってしまって。見合いだというのにおかしな話だろう?でもどこか妻と似ている君と、少し話がしてみたかったんだ」と淋しそうに笑う、どこか父の面影のある相手を放っておく気にはなれなかった。突然家族をなくしてしまうことがどれほど辛いことなのか……ツバキも心底理解していたからである。
夫婦になるための見合いをした、というよりも養子縁組に近い面談をした、と言った方がしっくりくる。そんな、緊張感がありながらもどこか和やかな雰囲気で話は進んでいき……。
ツバキの色よい返事に驚いた相手はまさかこんな形の合縁奇縁が結ばれるとは思っていなかったようだが、ツバキの身の上話を聞いて「互いに見える面影が、いつか自然に見えなくなる日が来たらいいね。その日がきっと、僕らが本当に家族になれる日だ」とツバキのことを温かく迎え入れている。
琥珀の簪が原因で妖異イルミンスールの依代となってしまい、自我が曖昧なまま花街の井戸に身を投げる。スイの里で使われていた泡を生み出すまじないを応用して地下水脈内に潜伏し、クガネ中に根を伸ばして土地と人々のエーテルを少しずつ吸い上げ、妖樹として芽吹くその時を待っていた。
五日間ものあいだ人知れずクガネ中のエーテルを吸収していたことを考えると、妖樹として芽吹くのも時間の問題……クガネの土壌がヴォイドに汚染されてしまうまで、本当に一刻の猶予もなかったと言えるだろう。
妖異の特性として隷属させたシュエンの生命エーテルと直接繋がっており、彼女が追い込まれ危機に陥ったのを察知して水脈内を移動、波止場の井戸から現れる。
ツバキの肉体としては戦闘に不向き、植物の妖異であるゆえにほとんど動けない身なので直接的な脅威ではなかったものの、つるによる援護でシュエンの隙をカバーし、溜め込んでいた生命エーテルをシュエンの回復に使ったためジェン・リンスゥ達は苦戦を強いられることになる。
簪の琥珀……妖異イルミンスールの種子が砕かれたことでその支配から逃れられたが、体内のエーテルが著しく減少・混濁してしまっていたために衰弱。ボウが矢尻に擦り込むために調合していた練り薬を再度調合しなおし服用させ、ラザハンの商人が商材として持ち込んでいたエーテルを活性化させる錬金薬を徐々に与えることで一命を取り留める。
クガネでは妖異に変じた芸子として“始末”されたことになってしまったため、ケンザンの計らいで事情を知らされたラザハンの商人とひっそりと連れ立ち、誰にも告げられないまま異国の地へと渡っていった。
商人がラザハンへと帰国する際、ツバキによく似たアウラ族と、白い羽角に黒い棘の尾を持つアウラ族の付添人がいたという噂が流れたが、真偽は定かではない。
シュエン・カンナ
クガネでも伝統ある鳶職一家の若頭として働いていたアウラ族女性。二十四歳。椿の花を彫り込んだ羽角に、細く棘のある尾をしている。
物心ついた時から大工道具と職人たちとに囲まれて育ち、男所帯の職人一家であるカンナ家の中でひときわ小柄で身軽であるという点を強みにして、組み上げ途中の入り組んだ現場や高所作業で活躍し重宝されてきた女大工。
上にも下にも兄弟や職人仲間が多かったため面倒見が良く、仕事の片手間に日用品の修理も請け負うなど、クガネの町人たちからも慕われていた気さくで姉御肌な人物だった。
カンナ家は一族でクガネ名物とも言える朱塗りの大橋を手掛けたことを誇りに思っており、赤みの強い肌や髪の色も併せて名前に朱や紅といった字を当てる風習がある。
角に彫り物を施すという他のアウラ族にとって信じがたい行為は「誰かに角を任せてもらえるぐらい信頼される仕事をしろ」という職人としての戒めであり、丁寧に彫り込まれた角は伝統的な一人前の証でもある。
見習いとして仕事を覚え始めると同時に自分で図案を考え、共に仕事をする職人たちに仕事覚えや手腕を認めてもらえると少しずつ手が加えられていき、やがて施された紋様がハッキリとした図案通りの彫り物として認識出来るようになる頃には、自ずと一人前の職人として認められるようになるのだ。
見習いとしてのスタートがどれほど早くとも、彫り物が行われるのは基本的に角が固まりきるとされる十八歳前後から。彫るのにも彫り直すのにも手間と時間が掛かり、滅多な事がない限り彫り物の入った角はほぼ一生モノになる。そのため、角に刃物を入れるのを怖がる若者や古臭い伝統だとして拒否感を示す若者も多く、カンナ家の若衆の中でも彫り物のある角を持っている者は非常に少ない。
大工道具で見習いや職人たちと遊び、材木置き場や足場をアスレチック同然に飛び跳ね回るような環境で育ったシュエンは、幼少期からごく自然に自分の彫りたい図案を考えていた。
だが、二十歳になる直前にツバキと出会ったのをきっかけに「椿の花」を彫ることに決め、考え抜いて彫り始めていた図案をスッパリと変更。若衆の中でもひときわ熱心に仕事に打ち込み腕を上げ、その角に見事な花を咲かせ若頭として認められるほどになる。
彼女は苦心する親友と同じ名の花を自身の角に彫り込んで見せることで「時間はかかっても必ず周囲に認められるようになる」と示し、親友を勇気づけたかったのだ。
目の前で妖異に変じてしまったツバキを見て気が触れ、カンナ家の借り受けている蔵に閉じ込められていた……と思われていたが、実際は妖異ボギーマンに憑依され、妖異イルミンスールがクガネ中に根を張る間囮として使役されて町中を彷徨っていた。五日間もの間クガネ中で目撃情報があった「姿が見えなくなっていく妖異」というのは、ツバキではなくシュエンの事である。
地元の大工としてクガネの町中を知り尽くしていた上に、生来の身軽さと妖異ボギーマンの幻影魔法で姿を消す特性、月の満ち欠けも相俟って赤誠組の調査の目をことごとく掻い潜る。だが、かつて妖異ボギーマンと対峙したことのあったジェン・リンスゥに妖異の正体と「強い光が当たると見えるようになる」という弱点を看破され、その姿を現した。
ジェン・リンスゥに姿が見えたのは騎士時代に妖異と戦う際に呪術士から掛けられたまじないが残っていたため。銀冑団を辞めクガネに渡ってから数年経っても作用したあたり、まじないを掛けたのはかなり実力ある呪術士だったようだ。モユに見えたのは、もしかしたらクガネに渡る以前に誰かが練習と称して似たまじないを掛けていたのかもしれない。
家名のための縁談を迫られて花街への出入りを厳しく制限され、ツバキとなかなか会うことが出来なくなってから「ツバキがどうやらラザハンの商人と良縁を結び、海向こうへと嫁ぐらしい」という話を耳にする。
「ツバキに逢いたい、親友として傍にいたい」という一心から駆け落ちを決意したが、簪を贈った自分のせいで妖異イルミンスールの依代にされてしまったツバキを守り助けるため、妖異ボギーマンに肉体を明け渡す形で協力していた。
完全に妖異に堕ちきっていたわけではなかったため、妖異と同化して見えないはずの自分を見つけ出し、互角以上に渡り合ったジェン・リンスゥ達に「この人達ならツバキを助けられるかもしれない」という可能性を感じ取り、ツバキの消耗も鑑みて妖異に反発。イルミンスールの触媒となっていた簪を掴み取り、ジェン・リンスゥ達の前に投げ捨てる。
事件直後にクガネの術者たちも呼んで妖異ボギーマンを祓い、ヒトとしての自我を完全に取り戻すことに成功したが、ケンザンの使い魔を直接取り込んだ影響と、消耗した体力を妖異イルミンスールの能力を介して補填された影響で体内エーテルのバランスが大きく崩れ、身体の一部が変質。白い角を持つアウラ・レンでありながら、体表の鱗と尾は黒くなってしまい鱗の面積も増えてしまった。
ツバキの見合い相手であるラザハンの商人から「なくした者同士の縁なのかと思っていたけれど、そんな事はなかったんだね。家族がいなくなる辛さは誰よりも分かってる…でも、君たちを引き離してしまうのはあまりにも忍びない。君さえよかったら、一緒に来ないかい?」と声を掛けられ、ツバキにも泣きながら縋られ、躊躇いながらも二人の手を取り異国で生きていく道を選ぶ。
遠くラザハンの街角に、親子のようなアウラ族の夫妻と、その夫婦と仲睦まじく暮らす白角黒尾のアウラ族がいるという。明るく働き者の三人家族の評判がサベネア島中で知られるようになるのは、もう少しだけ先の話。
センリ・クマフデ
ジェン・リンスゥが気に掛けているローエンガルデの少女。年齢は十四歳だが、すでにルガディン族女性の平均最大身長を超している。
ドマで反乱が起こった折にクガネに逃げ延びてきた毛筆を扱う職人一家の一人娘で、家のためにとしばしば玉の輿狙いの見合い話を設けられている。センリ本人が見合い話を断らないのは「いつか海を越えてウルダハに渡り、探し人に会う」という目標のためであり、そのためにもまずは両親を安心させなければと持ち込まれる話は全て受けることにしている。
ドマからクガネへと渡った際に家財の大半を手放して仕事場の規模も縮小したものの、特別金銭的な苦労をしているというわけではないらしい。元々職人や使用人を何十人も雇うほど大きな家だったため、見栄っ張りの両親(特に婿入りした父親)が焦っているだけで無理をして玉の輿を狙う必要はないのだが、センリはそんな両親の顔を立てようと気遣って口出しをしていない。
海向こうの話を聞くのが好きらしく、観光客や冒険者にも気さくに声を掛けてウミネコ茶屋で団子や茶を嗜んでいる姿がよく見掛けられる。裁縫を趣味としており、クガネの職人が生み出す伝統的な物から他国と取引される鮮やかな布地、冒険者や観光客の衣服、無地鼓座や帝国劇場艇プリマビスタの演劇衣装などにも興味津々である。土産話の礼として、自分で仕立てた巾着や御守袋を渡すこともあるようだ。
最近では太めの猫のような生き物と並んで座っていることが多く、「通りすがりにセンリお嬢さんともう一人の、二人分の話し声を聞いた」という噂が出回っているようだが……?
十年ほど前に両親の仕事の都合でウルダハを訪れた際、一人はぐれたセンリに声を掛けてきた暴漢たちを叩き伏せ、両親の元まで送り届けてくれた白銀の鎧の騎士がいた。それ以来海向こうの騎士に憧れを抱き続け「名前も知らず、もう顔を思い出すことも出来ないけれど、一目お会いして直接お礼が言いたいんです」とはにかんでいる。
……本人も覚えてはいないが、両親の元に送り届けられる直前その騎士に「およめさんになってあげる」と発言しており、件の騎士は「デカくなっても貰い手がいなかったら考えといてやるよ」とだけ答えている。センリは別れる間際に自分が叫んだ「ぜったいまたあいにくる!やくそく!」という部分だけを覚えており、それを果たすために花嫁修業に励み勤しみ見合いをしているのだが、そう上手く話が運ぶわけもなく……。
数度目の見合いが破談になったあと、偶然知り合いいつの間にか茶飲み友達となっていた“口は悪いが面倒見の良いスゥおじさん”に「なんでそこまで玉の輿にこだわった見合いばっかすんだよ?」と尋ねられ、上記の家柄の話に加えて何の気無しに“海向こうの騎士”の話をしたところ勢いよく茶を噴き出して噎せだした。
その理由を、彼女は知らない。
「家のためってのも本心なんだろうが、たった一目会って一言礼を言うためだけに見合いを繰り返してんのか?とっくに居なくなってんのに?しかも約束したからったってお前…そこだけ覚えてたんじゃ本末転倒だろ。デカくなってても中身はまだほんのガキじゃねぇか」
とは、誰の言葉だろう。ちなみに十年でのビフォーアフターの差があまりにも激しすぎて全く気付いていなかったらしい。そりゃそうだ。
その話をして以来、茶飲み友達のスゥおじさんが少しだけ長く愚痴や惚気話に付き合ってくれるようになった気もするが、きっと自分の気のせいだろうとセンリは思っている。
その騎士がとうに銀冑団を辞め、異国の地で怪しげな刀商をしながら日夜不届き者を追い回して捕物をしていることなど露知らず、センリの見合いは今日も続く。
ベニトビ・カンナ
クガネの御船蔵で船大工として働くアウラ族男性。二十二歳。幅広の角に鳥の羽根を模した未完成の彫り物、太い尾を持つ。
カンナ家の流れを汲む職人志望であり、センリが見合いをしていた船大工というのはこの青年の事である。
いわくつきの琥珀を買って簪職人に加工を依頼し、完成したかんざしをシュエンが買うように仕向けてツバキ共々二人を妖異に変じさせた張本人。ベニトビのこの行いこそが今回の花街妖異事変の発端であり、彼は妖異が討伐されたあとも自身の仕事とセンリとの見合いを続けていた。
元々はシュエンと同じくカンナ家の若衆の一人であったが、自分の不注意が原因で高所作業中に転落。療養を経て現場に復帰したものの、落下した際の恐怖が拭いきれず鳶職としては働けなくなってしまう。
怪我の療養から戻ってみれば思うように働けず、それに加えて同期であり本当の姉のように慕っていたシュエンがメキメキと腕を上げて若衆の頭に抜擢されていた現実にプライドをへし折られ「あんなことがなければ若頭になるのはオレのはずだったのに」と厄介な方向に拗らせる。
身内の伝手で御船蔵の船大工へと転職したが、転職してから「カンナ家の鳶職の証」である角への彫り物に着手。その際、彫り物の図案として是非使わせてほしいとシュエンに頼み込み、彼女が椿の花以前に彫りこもうとしていた初期の図案……鳥の羽根の図案を譲り受けている。鳶職としての活躍を望めなくなった彼が羽根を彫りたいと申し出たとき、周囲の反応は実に様々だった。表面上はあくまでも不遇な好青年だったために周囲の人々は誰も彼の抱える闇に気付けず、シュエンも快くその図案を譲っている。
シュエンが父親に連れられ初めて花街を訪れツバキと出逢う以前から親兄弟に連れられて花街に出入りしており、シュエンの父親とツバキの両名に「仲良くなれそうな娘がいる」と互いの存在を仄めかしていた。それで終わっていればツバキとシュエンが出逢うきっかけとなった好印象な人物なのだが、シュエンへの嫉妬が強まるにつれて「オレの方が先にツバキを好きだった」と後天的に思い込みこちらも拗らせている。
シュエンの両親にシュエンへの見合い話を勧め、彼女の花街への出入りを告げ口し、ツバキの縁談をシュエンに聞かせて駆け落ちを示唆、告白代わりにかんざしを贈ってみてはどうかと勧めている。裏で何かしら手を回して外堀から埋めていき、シュエンの望みや逃げ道を塞いでやろうとするなどやり口がかなり陰湿。
全て思い通りになるように仕組んでいた彼の誤算はいわくつきの琥珀が本当に妖異由来のもので、ツバキだけでなくシュエンまでもが妖異に変じ、討伐されてしまった事である。
ベニトビ自身の不注意から起こった転落事故には花街も妖異も、何ならシュエンすら関係がない。彼自身、己のほんの僅かな油断と行い、思い込みが原因でここまで被害妄想と拗らせが発生し、人生までもが転落していくことになるとは思ってもみなかっただろう。
〜 あとがきにもならない備忘録と言う名の裏話 〜
・即席のお遊びで作ったパチモンが荒くれ者のまま活躍するにはどうしたらいい…?そうだ、任侠ものにしよう。からスタートした。ジェン・リンスゥ自体は元ナイトの侍でクガネにいるとほぼ固まってたので、何か事件起こしたろ!と思って妖異が出てくる話にしようと思った。
・せっかくクガネだから和風で鳥と花のモチーフがいいなと思ったので鳶職と芸子の二人の話も軸に。日本風な伝統や美意識みたいなものも(作品表現として)織り込みたかったので、見合いや簪、由緒ある家柄や伝統的な彫り物みたいなちょっと古めかしいニュアンスを入れた。
・最初から名前/種族/家柄まで決まってたのはシュエンとベニトビのみ。センリは元々存在してたけど名前/家柄は後付け。ツバキとケンザンはこの話を書くにあたって生まれた人物。
・椿になったのは実は「ぽとりと落ちた」を使いたかったため。花の名前の芸子は決まってたけど、桜は散るしなぁ…これじゃ死ぬなぁ…と、色々調べててしっくり来たのでツバキになった。椿の花言葉の意味もなかなか良いので暇だったら調べてみてね。
・ケンザンの初期コンセプトはクガネで運用されるGM。「NPCのくせに詐欺師紛いの行いをするジェン・リンスゥを監視/反省させるために利用してるゲームシステム側の人物」って設定だった。壱のときはまだこの路線。
書いてるうちに「あんまり人間味ないの面白くないな…やめっか!」と思ったので思いきって路線変更。クガネの家老になってもらった。
あくまでも国利のために手段を選ばず働く事から手段を選ばない役人=酷吏(※意味合い的には蔑称だけどあえて)自称してるって事にした。
・ケンザンは術者なのでPvPキャス狐面、ジェン・リンスゥは侍なのでワーグ狗面。
ケンザンが狸なのは作中や人物目録でも書いたように「ヒトを利用する者」だから。恰幅の良い老人にしたのも所謂「狸親父」にしたかったため。
ジェン・リンスゥが狐狼なのは「犬に似てるけど飼い慣らされない者」にしたかったから。ケンザン=狐面は先に決めてたので「普段表立って嗅ぎ回り追う者」として狐狼、酷吏としては「命令に付き従うだけの狗(犬)になる」って意味で狗を担う者にした。
・酷吏と狐狗狸の語呂合わせというか音合わせはわりと気に入ってる。こっくりさんの部分は漢字の当て字が実在してたのもあるけど、必ず複数人で行う目に見えないモノに頼った調べ物=クガネの影で調査や捕物のために動いてるケンザン達にぴったりハマる気がする!と思ったので。
あとはこっくりさんの枕詞が「おいでください/お越しください」なので、クガネで何か厄介な問題や事件事故が起こって、もう引退してるけどご意見番として「家老だったケンザンを呼ぼう」ってなった時にそういう頼られ方してたら面白いかな〜と思ったから。
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