あがれす@ばんちゃ
2022-02-13 13:24:35
5799文字
Public くがね浪士
 

くがね浪士捕物帖 〜壱〜

まさかまさかのジェン・リンスゥ外伝。書けてる部分まででひとまずは。

 紅玉海から吹き抜ける潮風が、クガネの町並みを悠々と渡っていく。エオルゼア地方の海都とはまた違った趣と賑わいを見せるひんがしの国の一角、ウミネコ茶屋にその人物はいた。
「呉服商に紙細工の職人、焼物屋そんでもって今度は船大工だって?懲りねぇなァ親父さんも」
 七三分けに撫でつけられたくすんだ金髪に、無精に蓄えられた口髭ともみあげ、赤いパンスネを掛けた男は、渋めに淹れられた熱い茶をことさら渋い顔で啜る。
「良い方でしたよ?両家の婚姻の条件も申し分なかったですし」
 不躾に音を立てて茶を啜る男も意に介さず、女性は……いや、少女は茶を口に含みながらにこかな表情を見せる。隣り合って座る男よりも立派な体格をしてはいるが、そのルガディン族はまだ、齢十四になったばかりの“少女”だった。
「お前さんが構わねぇってんなら別にいいけどよォ玉の輿狙いの見合いもほどほどにしとけよ、センリ」
 串団子に齧りつきながらそうぼやいた男性に、センリと呼ばれた少女はくすくすと上品に笑う。彼女の身の上を知る人達や見合いをする相手は大抵、両家がつつがなく良縁で結ばれるようにと配慮してセンリを“お嬢さん”と呼ぶ。だが、町角で茶を嗜む仲になったこの傍若無人な男は、出会った時からずっとセンリのことを子供扱いし名前で呼び捨てていた。
「失礼な奴だ」と後ろ指を指す者ももちろんいたが、態度が改められることは一向になく……だがその態度はむしろ、センリにとっては居心地の良いものだった。良いところのお嬢さんではなく、年端もいかない少女として扱ってくれる、家の外で唯一子どもとして扱ってくれる相手。センリにとってこの不遜極まりない人物は些細な話にも付き合ってくれるかけがえの無い友人であり、静かに見守ってくれる大人だった。
 空になった湯呑みと団子の乗っていた皿を丁寧に片付け、センリはゆっくりと立ち上がる。上背はおよそ二.五ヤルム……ルガディン族の成人男性にも並び立つようなその体躯は、男の身長を遥かに超えていた。
「またお話聞いてくださいね、スゥおじさん」
「へいへいわかったから寄り道せずにさっさと帰んな。俺だって親父さんにどやされたか無ぇんだからよ」
 スゥおじさん、と呼ばれた男は帰路につこうとするセンリを一瞥もせず、適当な返事をしながら中身がとうに飲干された湯呑みに口をつけ、啜るフリをした。センリはそれに気付かないまま会釈し、上機嫌に去っていく。
 朱色に塗られた大橋を渡り、小金通りの方向へと遠ざかっていく背中を見送りながら、男はやれやれといった様子で溜息をつき「もう一杯茶ァ淹れてくれ、熱くしてな」と売り子に声を掛ける。注文を受けた売り子が小気味よく返事をし、湯呑みと皿を下げていった。

 と、先程までセンリが腰掛けていた場所に、楽座街の方からやって来た恰幅のいい老人が入れ替わるように腰を下ろす。
「よぅ、スゥさん。またセンちゃんの惚気話に付き合ってたのかい?」
「うるっせぇなァ……なんだ狸爺、仕事か?」
 不機嫌そうに舌打ちをし、赤いレンズ越しにじろりと睨みつける薄氷のような瞳もどこ吹く風といった様子で、老人は売り子に胡麻団子と茶を注文した。おしぼりで顔を拭いながら、老人は呟くように話し始める。
「察しが良くて助かるよ。ちょいと面倒なことになっててね」
「あんたからの仕事が面倒じゃなかった事なんかねぇだろうが」
「はっはっは!違いない」
 胡麻団子と茶を持ってきた売り子に礼を言い、老人は一口ぬるめの茶を啜る。男は悪態をつきながらも、自分が注文した熱い茶の入った湯呑みを見つめ話の続きを待っていた。
花街に納められた謹製品の中に、“あっちゃいけない物”が紛れ込んでたらしい。芸子が一人、妖異に化けちまった」
なんだと?」
「幸い怪我人や死人こそ出てないが、取り逃がしちまった上に行方がどうにも掴めない懇意にしてた若いのが直接化けるところを見たらしいんだが、これがなぁ手掛かりを聞こうにも、気が触れちまってて話にならんのよ」
 よっぽどだったんだろうなぁ……と呟きはしたものの、老人は最後まで表情一つ変えず、世間話でもするかのような調子で話し終えた。
 そうしてやや間をおいてから、老人は再び茶を口に含む。胡麻団子を小さく齧り「赤誠組が動いてるんだが、どうにも旗色が悪くてな」と溢した老人に男は一瞬眉をひそめたが、ははぁと合点がいった様子を見せてから「くだらねぇ」と吐き捨てた。
「大方、お上の意向だろ?」
「あぁそうだ。本当にくだらない話さね妖異に化けても元はヒト、クガネで刃傷沙汰はご法度だの一点張り。そのくせこっちには、事が大きくなる前に妖異を見つけ出して始末せよときた」
「ハァ〜……ろくでもねぇお偉いさん方の考えそうなこった」
 そう言いながら、男は湯呑みの茶を一息に煽る。熱く淹れてもらったはずの渋い茶は、すっかりぬるくなっていた。男はのそりと立ち上がり、湯呑みを重し替わりにして小銭の入った巾着を置く。……と、男が立ち上がったのとほぼ同時に、老人が胡麻団子の皿を差し出した。男はその指先に挟まれた紙切れを受け取り、団子も一つくすねて口に放り込む。
「本当に面倒くせぇ仕事ばっかり持ってきやがって金払いは大丈夫なんだろうな?」
「おうとも。こんな仕事、飯代ぐらいじゃ割に合わん。たんまり引っ張ってきてやるさ」
「ハッ!せいぜい期待してるぜ、古狸のケンザン」
「そっちも気張れよ、狐狼のジェン・リンスゥ」
 そうして男は老人からの仕事を引き受け、ウミネコ茶屋を後にした。

 店先に並べられた行灯が、小金通りを歩く鈍い金髪をほんのりと照らす。道ゆく観光客への呼び込みや商品を吟味する人々を眺めながら、ジェン・リンスゥは買い付けのメモを見るように先ほど受け取った紙切れに目を通していた。
 クガネの下町を慣れた様子でふらりと歩き、肩で風切るこの男。普段は刀商として市場を出入りし、商人や職人に儲け話をせびっては流れの冒険者に刀を売りつけるなどの蛮行を働いているが、その実、市井では公然の秘密として裏の顔を持っていた。彼はとうの昔に隠居したコウシュウはクガネの家老・ケンザンの手の者……所謂、岡っ引きといわれる役割を担う者なのである。
「芸子はツバキに、若いのは……シュエン?まさか大工の朱鳶(シュエン)か?」
 覚えのある名前だった。クガネの町並みでも一際目を引く、朱塗りの大橋を手掛けた鳶職一家。カンナのシュエンと言う名の人物はそこの若衆で……センリが姉のように慕う友人だったはずだ。
 小さく舌打ちをしてからぐしゃりと紙切れを握り込み、人目に付かないよう口に入れて飲み込む。ジェン・リンスゥは仕事に私情を持ち込むような男ではない。だが、この事件は間違いなく彼の神経と矜持を逆撫でた。
 人一人が妖異に貶められ、人一人が狂わされておきながら、事件解決に向けた調査は遅々として進んでいない。そればかりか妖異の始末を任されたのは隠居したはずの老人と、異邦人である自分だ。
 狸と呼び捨て悪態をついてはいるが、恩人であるケンザンがあくまでも理知的にこの話を持ち込んでいなければ、ジェン・リンスゥはとっくに赤誠組に殴り込みをかけていた事だろう。
ヒトを何だと思ってやがるんだ」
 戦のための術や武器でなく、生活のための技術と道具を手にしていた者たちが、何の理由もなく貶められていいはずがない。こんな道理に反する事など、あっていいはずがない。
 小金通りを大股で通りすぎ、ジェン・リンスゥは肩をいからせ真っ直ぐ異人街へと向かう。花街に納められたという謹製品……芸子のツバキが妖異に変じた要因と思しき代物の正体と出処を探るため、彼は知己の商人を訪ねなければならなかった。

「いいから見せろっつってんだろうがッ!」
「いやいやいや、いくら貴方でもそればっかりは無理デース!」
 恐ろしいほどの剣幕で迫るジェン・リンスゥを、ウルダハ商館の番頭であるハンコックがなだめる。ウルダハ商館内にある応接室で、いつ終わるとも知れない二人の押し問答が続いていた。商談の内容が漏れ聞こえないようになっている室内でがなり立てるジェン・リンスゥの語気は、今この場で新たな事件が起きかねないほどの怒気をはらんでいる。
「ハンコックてめぇガレマール大使館の前で花火上げようとしてた連中を誰がとっちめてやったか覚えてるよなァ?あいつらご丁寧に、エオルゼア諸国のクレストまで付けて騒ぎやがってよォ
「いや、その節は本当にお世話になりましたが、それとこれとは!」
「だったら帳簿ぐらい見せてもらっても構わねぇんじゃねぇのか?なァ?」
 以前に恩を着せた一件を持ち出し、ここぞとばかりにまくし立て凄む。怯んだハンコックが返答に困ったのをいい事に、ジェン・リンスゥは再度、ウルダハを始めとしたエオルゼア諸国とクガネとの商い取引の帳簿を見せるように迫った。
「お前もわかってんだろ、ハンコック。ただでさえ妖異絡みなんだ、これで呪具の類でも持ち込まれてりゃそれこそ国際問題。笑い話にもなりゃしねぇ」
……話を聞くかぎり、貴方が危惧している可能性は捨てきれません。デスが、大切な顧客の情報をそう易々と個人に開示するわけにはいかない。貴方もよくお分かりでしょう?」
 赤いレンズ越しに、薄青と深紫が交差する。互いに譲れない矜持と責任を掲げた話は平行線のままだ。長い長いため息を吐きながら、身を乗り出していたジェン・リンスゥが天井を仰ぐように座椅子に深く寄りかかった。
「頭の固ぇ野郎だなァ!」
「オォー、そこは口が硬いと言ってもらいたいデスネ」
 パンスネを外し目元を揉みほぐしながら、赤いレンズを透かして天井を見上げる。ウルダハ出身の商人という色眼鏡で判断していたが、ハンコックは手段を選ばず粗探しをしようとするジェン・リンスゥとは決定的に違った。故郷から遠く海を越えた異国の地で番頭という立場を任されているだけあって、ハンコックは冷静に、一商人として至極真っ当な意見を返している。
「まァ、だからこそ信用できるか」
 どれほど声を荒らげられても、どれほどの事情があったとしても、商売人としての一線を土足で踏み越えようものなら進言し踏み留めるのも辞さない。ジェン・リンスゥは自分では決して至れない、ハンコックの商人としての在り方を買っていた。
 背もたれに体を預けたまま怒気を収め、パンスネを掛け直したジェン・リンスゥを見て、ハンコックが慎重に、丁寧に言葉を紡ぐ。
「先ほども言った通り、帳簿をお見せすることはできません。デスが、貴方には借りがあります。今回に関してはそれ相応の事情もネ」
 二人の間の座卓に、ハンコックがトンと指を置いた。「取引といきましょう」と、その指先が真っ直ぐに真横へと引かれる。決して譲らない薄青と深紫、二人の男が協力するための仕事の線引きが行われた。
「餅は餅屋、桶は桶屋。帳面と……そうデスネ、マーケットボードの個人取引はこちらで調べます」
 その言葉に、ジェン・リンスゥが勢いよく身を乗り出す。
 そもそもの話として「花街で芸子が妖異に変じた」以外の情報が不足しているのだ。ケンザンは「花街に納められた謹製品」と言ってはいたが、唯一の目撃者であるシュエンはとても話のできる状態ではなかったという。それに加え、妖異に変じたのがツバキという芸子たった一人だけという事もあり、ジェン・リンスゥは「謹製品に“何か”が紛れ込んだのではなく、ツバキかシュエンを狙った誰かが“何か”を持ち込んだ可能性が高い」と踏んでいた。
 ジェン・リンスゥがウルダハ商館の番頭であるハンコックに話を持ち込んだのはそのためだ。例えば帳簿をすんなり確認できたとして、妖異の触媒になりそうな鏡や香の類などが花街へ卸されていれば、その取引だけを押さえて調べていけばいい。ハンコックにめぼしい調査を押しつけて、その間に花街を出入りした者の足取りを追えれば御の字だとジェン・リンスゥは考えていた。
 それが叶わなければ、ジェン・リンスゥは花街の取引から人の出入りまで、さらにはマーケットボードの個人間のやりとりまでもを一人で片っ端から調べ上げなければならなくなる。ケンザンも別口で調査を進めているとはいえ、妖異となった芸子の行方がようとして知れない以上、余計な手間や無駄な時間を掛けるのは極力避けかった。
 だからこそ貸しを作っていたハンコックを訪ね協力を迫ろうとしていたわけだが、ジェン・リンスゥ一人ではどれほどの時間が掛かるか分からないこの調査を、ハンコックは一手に引き受けようと自ら買って出たのだ。
取り付く島もねぇかと思ったが、ずいぶんな大盤振る舞いじゃねぇか。それなりの便宜と見返りをってやつか?」
「信用は金じゃ買えませんからネ」
「ハハッ!違いねぇ」
 先程までの剣幕が嘘のように膝を打ちながら笑い声を上げ、話は終わったとばかりに立ち上がったジェン・リンスゥをハンコックが見上げる。
 恫喝紛いのやり口はいただけないが、それが彼なりの誠意なのだとハンコックは知っていた。目の前の男は対峙する相手が誰であれ、傷付いた誰かのために声を荒げずにはいられない男なのだと、ハンコックはすでに知っていた。貸し借りを帳消しにしたかったのは勿論だが、そういう意味では正しい人物だと判っているからこそ、ハンコックは損得勘定もした上で調査を引き受けたのだ。
「何か分かったら連絡してくれ、なるべく急ぎでな」
「ええ。調べがつき次第、信用できる者を」
 振り返りもせず出ていく背中に東方風の一礼をして、音を立てて閉まった扉をしばし見送る。頭を下げたままのハンコックは小さく息を吐き、やがて背筋を伸ばしてパンスネを掛け直しながら応接室を出ていった。奇妙な縁と良好とは言いづらい関係で結ばれている仕事相手だが、借りを返すためにも請け負った以上はきっちりとこなさなければ。
「蛇の道は蛇と言いますが、さて藪からは何が飛び出してきますかネ?もっとも
 あのヒトなら、鬼でも蛇でも怒鳴りつけながら叩き斬りそうですが。