あがれす@ばんちゃ
2021-12-11 20:32:18
2953文字
Public 14本編の二次創作
 

雪原の鎮魂歌

それは寒夜のこと。ある兵士の独白。
※暁月のあるクエストのネタバレが含まれる一個人の解釈短文です。彼も確かに生きていたんだ。

記憶は魂に宿るのか、それとも肉体に宿るのか。
この心は、どこへ還っていくのだろう。


虫の息、とでも言えばいいのだろうか。
どこかで致命的に狂ってしまった街の中で、私はただ横たわっていた。
共に戦ってきた仲間だったモノを殺すしかなかった。信頼してくれた民を救えなかった。この国を……守れなかった。
私は最早、息も絶え絶えに倒れ伏すことしかできなかった。
化け物になった同胞達に殺されるのか、暴走した魔導兵器に潰されるのか……もしくはこのまま、凍えて死ぬか。
どちらにせよ、私は人知れず事切れるのだろう。
それがただ……あぁ……あまりにも、口惜しい。


「おっ、丁度いい容れ物発見!頑丈そう、しかし死にかけている!こんな状況じゃありふれていそうですが、探すとなるとなかなかどうして……これも、“運命”というやつなのかもしれませんね」


夢を見ているような心地だった。私の目の前で、死んだはずの皇太子殿下が食事を召し上がっている。死の間際には走馬灯というものを見る事があるらしいが、これはそんなものではないと断言できた。一介の兵士でしかない私は、こんな……想像するのも恐ろしい経験を有していない。
だからそうだ。これは夢なのだと、そう思い込みたかった。

身体が勝手に動く。
私の目は自分の両の手の平を見つめ、その両手で兜を触って確かめる。私の内に、私のものではない困惑が湧き上がった。大仰な動きで現れたバトラーが何か話しているが、こちらはそれどころでは無い。これは一体、なんだ?
バトラーの口から出た、アウルスという名に覚えがあった。ガレアンでも魔法を使えるようにする研究をしているという噂が、まことしやかに囁かれていた人物だ。
話の内容は半分も理解できなかったが、どうやら私ではない誰かが私の身体の中に居て、その誰かが私の身体を動かしている、という事だった。

どこの誰とも知れない何者かに、死にかけだったとはいえ身体を使われるなど……一瞬そう憤ったが、そんな考えはすぐに冷めてしまった。私にはもう何が出来るわけでもない。風前の灯火が、たまたま消えそこなっているだけだ。
雪と氷に覆われた鉄に転がり、後悔と絶望が熱を奪っていく感覚を知っている。今さら中身が変わったところで、何も変わるはずがないと、そう思っていたのだ。

皇太子殿下が倒れ伏し、その後ろにいた見たこともない、知らない誰かが笑う。
湧き上がる感情は私のものではない。それでも、目の前で何か……底知れない悪意がカタチを成した事だけは、こんな私にも理解できてしまった。


私の身体が、廃墟と化した帝都を息を切らせて走っている。時おり物陰に身を隠し息を潜め、呻き声をあげながら徘徊する同胞だったモノや、命令系統が崩壊し暴走する魔導兵器をやり過ごす。道中で襲いかかってこないのは大破した魔導アーマーや、すでに事切れている誇り高きガレアン達だけだった。
あぁ……やはり口惜しい。我が祖国は、どうしてここまで狂ってしまったのか。

(………………)

なんだ……?今、何か……

(自分の身体なら、救えたんだろうか)

それはあまりにも傲慢な、私の中にいる知らない誰かの思いだった。
熱を奪われたはずの心が、勝手に明け渡されたはずの身体が怒りに打ち震える。救えただと?何を、誰が!私はただの一介の兵士だ。何も成せずに朽ち果てるはずだった者だ。それでも……それでも帝国軍人としての矜持が、ガレアンとしての誇りが、その身勝手極まりない誰かの思いを許せなかった。

「あぁ!良いところに来てくれた、軍人さん!」
「手を貸してくれ!」
「ありがたい!軍人さんがいれば!」

元は帝都だった廃墟に置き去りにされてから、もうずいぶんと時間が経っている。私の身体を使っている誰かは、道中で見掛けた民間人たちに手を貸していた。この誰かは先ほどの傲慢さを裏打ちするだけの強さを持っているようだったが、慣れない肉体に悪戦苦闘している。それでも、お世辞にも洗練されたとは言えない戦い方の民間人たちからすれば上等に映るのだろう。軍人である私の姿を見て、皆必死に奮戦していた……彼らを守るのは本来ならば、私がやらなければならない事だったはずなのに。
ヤツが来たぞ!隠れろっ!」
銃撃と魔導兵器も意に介さず、一際巨大な同胞だったモノが迫る。民間人たちと肩を寄せて身を固め魔導アーマーの影に隠れたものの、爆散したモノが魔導アーマーごと私たちを吹き飛ばした。

元より私は、消えそこなった風前の灯火。もはや痛みも遠く、雪と氷に覆われた鉄の感触すらも分からなくなっていた。……私は今度こそ死ぬだろう。肉体の感覚こそないものの、私はもう疲れ切ってしまった。もう眠ってしまいたかった。風雪がすべてを覆い隠し、雪解けがすべてを忘れさせる事になっても構わないとすら思った。狂った故郷で肉体を奪われるなどという、こんな悪夢にさっさと別れを告げたかったのだ。

それなのに、ずるりと、重い腕が持ち上がる。

鉛のような身体が、這いつくばって前に前にと進んでいく。私の中にいる誰かは、こんな状況でもまだ諦めを知らないようだった。……だが、所詮は私の肉体だ。鎧の中は血に塗れ、肺には穴が空き、眼球も鼓膜もとうにイカれている。歯を食いしばりどうにか気力だけで進んでいるが、それもいつまで保つか。

……私はここまで、足掻けただろうか。

この人物はきっと、私よりも遥かに強い。それこそ私の身体でなければ、あの民間人たちの一人か二人は救えていたかもしれない。そう確信できる程度に、この人物は強かった。技術や肉体だけの話ではない。何よりずっと、心が強かったのだ。
そうでなければ見渡すかぎりの瓦礫の中で、狂ってしまった廃墟の中で、息絶えた我が同胞に祈りなど捧げないだろう。救えただろうかと嘆かないだろう。関係のない民間人など、助けようとはしなかっただろう。
神に縋り祈るのは蛮族の行いだと教えられた。共に生きる隣人から目を逸らし、ありもしない虚構を信仰し尊ぶことが退廃を呼ぶのだと私も信じていた。だが私の身体にいる者は、死者に祈り、己ならば救えたかもしれないと信じて嘆いたのだ。

あまりにも愚かで……傲慢な発想だ。私には到底理解出来なかった。だが、それで充分だった。同胞のために祈ってくれた。民を救おうと尽力してくれた。……最期に見るには、あまりにも眩い光だった。
私には、この誰かの背を押す理由が充分すぎるほどあったのだ。


追いついた。追いつけた。間に合った。
もう走るどころか、呼吸する気力すら残っていない。居座っていた誰かが、元の身体へと抜け落ちていったのだろう。指先から臓腑から、急速に熱が失われていく。帝都を離れた雪原の街で、私はようやく、名も無き兵士として終わることが出来そうだった。
遠くから駆け寄る人々の中に、見知った民衆派の顔があった。最期に聴こえたのは、厳格で公正な偉大なる祖国を謳う国歌だった。


あぁ……口惜しいが、これは、私には充分すぎる最期だ。
誰に聴こえることもなく、私は最期に、願いを口にする。
願わくば、願わくば、冬来たりなば、春遠からじ、と。