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シノハラ
2024-12-01 15:55:45
4003文字
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アルカヴェ♀
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母親に最近の動向が大体筒抜けだった先輩の付き合ってるアルカヴェ♀
アルハイゼンが自室に引っ込んで、はや一時間。羨ましいことに寝つきのいい彼はとっくに眠って夢も一段落している頃ではなかろうか。
カーヴェも彼に倣って部屋に戻り、机の前で大げさに深呼吸をする。仕事道具がところ狭しと並んだ大きな机には昼間から異国情緒に溢れた封筒が一枚鎮座していた。
いや、情緒というのは間違いで、正しく異国なのである。封筒には自分の名前と、フォンテーヌで暮らしている母の名が記されている。
少し前、カーヴェは母に手紙を送った。最近の自分の仕事のことやスメールであったちょっとしたことをつらつらと綴った後、カーヴェはようやく自分に恋人ができたことを報告した。
その決心がつくまで実に半年。そのカーヴェの懊悩とは全く比例せず、母からの返信はほぼ最速でカーヴェの下に届いてしまった。多分、届いたその日にペンを取り、翌朝にはポストに投函したのではないかというくらいのスピード感で。
自分は誰かの母親になったことがないので、娘に男ができた時の親の気持ちは分からない。けれど、カーヴェはもう三十目前だし、その頃にはもう母はカーヴェを育てていたわけで。であれば、ようやくかくらいの気持ちなのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、カーヴェは手にとってから優に五分は握り締めていただろう手紙の封を切る。そうしておそるおそる母の手で書かれた自身の名を見て一行空けて始まった文章を読み、カーヴェは声なき悲鳴を上げた。
* * * *
がちゃんと乱暴に戸が開く大きな音がして、アルハイゼンはびくりと体を痙攣させながら目を醒ました。強引な目覚めに心臓がどくどくと音を立てて不満を主張しているのを感じながら跳ねるように身を起こして、音のした方に視線を走らせる。
――
と、そこにいたのはおおよそ半年前にとうとうアルハイゼンのものになってくれた女の人だった。慌てて飛び込んできたらしいカーヴェは頬どころか顔全体を真っ赤にして、目に至っては涙が滲んでいる。
「君、いつから僕の母さんと連絡を取ってたんだ!」
ああ、そんなことか。彼女の悲鳴に近い詰問を受けながらくわりと一つあくびをして、アルハイゼンは脳に酸素を送り込む。それから手紙を置いてくる余裕もなかったらしい彼女が、ふんわりとした生地の寝巻きを着ているのに気がついた。
踝辺りまでを覆う生地をたっぷりと使ったネグリジェはおおよそ二ヶ月前に解禁された、もう仕事はしませんよと彼女が自身に言い聞かせるための衣装らしい。風呂に入るタイミングによっては洗い物が増えるが、気持ちの切り替えができるのはいいことだと彼女はその時ぽそぽそと言っていたように思う。
男と暮らしている時点で些細な話にも思えるが、彼女は彼女なりに自衛していたということなのだろう。もちろんアルハイゼンだって、彼女と暮らすにあたって何一つ対策をしなかったはずがない。
「カーヴェ、おいで」
完全にベッドから起き上がり腕を広げて彼女を呼ぶとカーヴェは一瞬たじろいで、手の内の物を気にしたようだった。母親からの手紙に不要な折れ目を作りたくなかったのかあまり使う機会のないアルハイゼンの机に手紙を置いてから、ベッドにもぞもぞと上がってきた。
「
……
ごまかされないからな」
「ごまかすつもりはないよ」
それでもアルハイゼンの腕の中に来てはくれなかった人を少々強引に引き寄せて再びマットレスに沈むと、彼女の口ばかりが抵抗を示してくる。彼女の疑念を否定しながらも、溢れた髪を耳にかけるついでに頬を撫でてしまったので自分でも説得力に欠けると思ってしまった。
「君がこの家に来た頃に君のお母さんに挨拶に行ったことがある」
「いつ? いや、僕が来てすぐの週明けに家を数日空けた時か?
……
てっきり仕事の出張だとばかり」
他人を家に上げたばかりで不用心だけど、仕事なら仕方ないと思っていたのにとカーヴェがぼやく。彼女がそんな悪心を持てるのであれば、そもそも日頃の苦労のほとんどはせずに済んでいるだろうに。
「互いに成人しているとは言え、人様の娘を家で預かるんだ。親に挨拶して当然だろう。君はもし立場が逆だったとして、相手が他国にいるからと言って秘匿するのか?」
「いや
……
しない、だろうけど」
至近距離にあるカーヴェのまなこがふらふらと揺らぎ、最後に悔しそうに伏せられる。それから今にも唇を尖らせてしまいそうになりながらも恨めしげにどんな話をしたのかと問うてきた。
「奇をてらったことは何も。ただ、君が仕事で苦労した結果しばらく人と暮らす必要があって俺が家に置いていると伝えた。嘘をついたつもりはないが、精神的なものが起因していると彼女が考えるような話し方をしたのは確かだ。もちろん、君が隠したがっているから詳細は伏せるし、詮索もしないでほしいとも伝えている。現に、君がお母さんから探られることもなかったはずだ」
「そうだけど
……
それじゃあ無駄に心配させたんじゃないか」
一人娘が精神的に参って、一人で暮らせなくなっていると聞いた母親の心情を気にしてか、カーヴェがようやく視線をアルハイゼンに合わせる。当時アルハイゼンからカーヴェの話を聞いた彼女の母親も、随分と彼女の身の上を案じていたのを思い出す。どういう理由で二人が離れ離れになったのかをアルハイゼンは知らないが、彼女達は互いを気にかけて暮らしている。
「ああ、だから手紙で日頃の君の話を伝えていた。君の仕事の話や家の修繕をしてくれたこと、メラックを起動させた日のこと、俺と共通の友人ができたこと。もちろん、君が鍵を忘れて出かけることも正体を忘れるまで飲んで家に帰ってきた途端床で寝ることは伝えていない」
「ぐっ
……
いや、う〜
……
ありがとう
……
」
最後にちくりと刺されてカーヴェが呻いてから、それでもアルハイゼンの必要最低限の気遣いに謝意を示す。本当ならアルハイゼンが報告の取捨選択をする必要がない生活を送ってほしいとは常々思っているのだが、そういう生活に辿り着くまではまだまだかかるのも承知している。いや、彼女が酒に溺れずに済むようになったとしても、鍵を忘れないようになるかはきっと彼女にすら分からないだろうが。
「それにしても、よくあっさりと帰って来られたな。揉めなかったのか?」
自分の生活の大部分が母親に漏れていた事実を反芻してしまっているのか、今度は恥のせいでカーヴェの頬がじわじわと赤らんでくる。熱を集めるそれを指の腹で確かめながら、アルハイゼンは確かにそれは予想外だったと当時のことを思い返す。
「それについては君のおかげだよ、カーヴェ先輩」
「僕の?」
カーヴェの現状に加え自分の心情
――
つまり、カーヴェに恋心を抱いており、この状況に下心があるとは言え、彼女から思いを返してもらえない限り自分からどうこうするつもりはないことをアルハイゼンは彼女の母親に伝えたのだ。娘の精神の話を聞いた時、彼女はわずかに眉間に力を込めたようだったが、根気強く最後までアルハイゼンの話を聞いてくれた。
「学生時代から良くしてくれているアルハイゼン君なら、と君のお母さんは言ってくれた。どうやら君は自分と俺が不仲になったことを黙っていたらしい」
「いやだって、言わないだろうわざわざそんな」
「まあ分からなくもないが。幸い、学生の頃の君があれこれ手紙で伝えていてくれたおかげで、随分とスムーズに話が進んだのは間違いない」
同居している親に愚痴を言うならともかく、遠くにいる親に話すことでもないだろう。そのおかげと言うべきか、彼女の中ではカーヴェとアルハイゼンは学生時代程ではないにせよ、それこそ有事に泣きついてしまうくらいの関係を保っていると思われたらしかった。
それに加え、今は亡きアルハイゼンの父親が彼女と多少の面識があったらしいのも後押しになったようだった。あなた達ほどではもちろんないけれど、と過去を懐かしむように彼女はアルハイゼンの父親との記憶を教えてくれたのだ。だから、全くの赤の他人だとも思えないのだと、彼女は言っていたのを記憶している。
「母さん、僕の書いたこと覚えてくれてたんだな。それも、随分前のことをすぐ思い出せるくらいに」
そっか、とカーヴェが吐息を零すようについた相槌は酷く幼い響きがする。彼女にとって母親との関係は学生時代よりもっと前から形を変えられていないのだと、今更ながらに思い知らされた。そんな彼女にとって、アルハイゼンとの交際は果たしてどれだけの勇気を振り絞って報告されるべきものだったのだろうか。そう思うと、いつの間にか落ち着いていた心臓がちりちりと焼けるのを感じる。
「君のお母さんは何と?」
目を伏せてどこかふわふわした気持ちを持て余しているように見えるカーヴェに尋ねると、ぱちんと瞬きが一つあって美しい眼差しが寄せられる。それからその視線が柔らかく解けて、口元がむにむにと動いて最後に少女のように微笑んだ。
「僕からも教えてもらえて嬉しいって」
「俺も同じ気持ちだ」
嬉しくて堪らないとばかりに紡がれる声にアルハイゼンは目を細めてカーヴェを抱き寄せる。そうすれば自分からアルハイゼンの肩口に額を寄せてくれたカーヴェの後頭部に手のひらを当てると、足首に近い甲に彼女の爪先が少しばかり掠める。外の空気に触れていたせいでひんやりとしたそれが、早く温もってしまえば良いと思う。よかった、と夜に相応しい微かな声がアルハイゼンの耳を擽るので、アルハイゼンは彼女を捕らえる腕の力をほんの少しだけ強めた。
急がなくていいから、いつか二人で君のお母さんに会いに行ければいい。まだ告げるには早いだろう願いを飲み込んで、アルハイゼンはひとまず目の前の幸福に浸ることにした。
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